システム・ユニオは議事録を取りたい   作:ギアっちょ

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ティータイム ――ボスヤスフォート様の差し入れ

第二ピリオド終了時点において、私はひとつの確信を得ていた。

 

この会合は、放置すれば確実に煮詰まる。

 

討論の熱が高まること自体は問題ではない。

問題なのは、この場にいる四名が全員、

熱した空気を冷ますという発想を持っていないことだった。

 

自分が冷ます側に回るより、

相手をさらに煽るほうが自然だと考えている顔ぶれである。制度設計上の不備と言わざるを得ない。

 

私は記録端末を一度閉じ、卓上を見渡した。

 

「ここで、十分間の休憩を取ります」

 

すぐには誰も反応しなかった。

全員、次の議題へ進んでも構わないという顔をしていたが、構う。

司会が構う。

 

「討論の連続は精度を落とします。休憩は必要です」

 

「精度ね」

と、ラウ・ル・クルーゼが微笑する。

「この場に、まだそんなものが残っていると思っていたのかい?」

 

「残っていなければ回復を試みます」

 

「健気だな」

シックスが楽しそうに言う。

 

ディオは椅子にもたれたまま、つまらなそうに片目を細めた。

「くだらん。話を続けろ」

 

「却下します」

 

「即答か」

 

「即答です」

 

私はそう言って、休憩時間のカウントを開始した。

形式上であっても区切りは大事である。少なくとも私はそう思っている。

 

その時だった。

 

「ならば」

 

低く、よく通る声が卓上に落ちた。

 

ボスヤスフォートだった。

 

「茶と菓子を出そう」

 

私は一度だけ瞬きをした。

発言の内容が意外だったわけではない。

むしろ彼ならそういう作法を重んじても不思議ではない。

問題は、それを本当に持参していたらしいことだった。

 

彼は足元に置いていた細長い箱と、

重厚な意匠の施された缶を、実に当然の顔で卓上へ置いた。

その動作には気負いがない。

最初から「休憩とはこうなるものだ」と分かっていた者の落ち着きだった。

 

「ご用意があるのですか」

私は確認した。

 

「会合の席に、何もないほうがおかしい」

ボスヤスフォートは言う。

「議論とは、兵糧を欠いて行うものではない」

 

「兵糧」

と、ディオが鼻で笑った。

「戦場のつもりか?」

 

「貴様は違うのか」

 

「少なくとも茶会ではないな」

 

「今は休憩です」

私は言った。

「茶会寄りです」

 

言いながら、私はボスヤスフォートの持ち込んだ品に視線を向けた。

 

箱は深い紺色で、角に鈍い金の装飾がある。

華美すぎず、しかし明らかに安物ではない。

缶からは、まだ開けてもいないのに香ばしい匂いがほのかに立っていた。

 

「記録のため、品名をお願いします」

 

「うむ」

 

ボスヤスフォートは小さく頷き、まず缶を示した。

 

「こちらが茶葉。正式には、バッハトマ魔道帝国北方領上級宮廷調合茶・冬式第二種――」

 

「略称でお願いします」

 

「……宮廷茶だ」

 

「助かります」

 

「何が助かる」

 

「議事録の文字数です」

 

彼はわずかに眉を寄せたが、反論はしなかった。賢明である。

 

「菓子の方は」

と私が促すと、彼は今度は箱へ手をかけた。

 

「帝国式干果蜜焼菓・正餐前卓上供応仕立て」

 

私は無言で彼を見た。

 

「略称でお願いします」

 

「……帝国菓子だ」

 

「ありがとうございます」

 

シックスが吹き出した。

「君、わりと毎回それで押し切るつもりだろう?」

 

「正式名称を省くのは不本意だ」

ボスヤスフォートは低く返す。

「だが、司会殿の処理能力にも限界があるらしいのでな」

 

「お気遣い痛み入ります」

 

「内心がまるでそう聞こえん」

ディオが言った。

 

「内心は発言していません」

 

私はそう返しつつ、卓上の給仕機能を起動した。

この場は最低限の飲食提供に対応している。

今のところ、そこだけは設計通りに役立っていた。

 

ボスヤスフォートは私の操作を待つことなく、

実に手慣れた所作で茶葉を量り始めた。

湯の温度を確かめる目が無駄に真剣である。

なんというか、似合うのが腹立たしい。

 

「……慣れていらっしゃいますね」

と、私は言った。

 

「当然だ」

彼は答えた。

「もてなしとは、相手の警戒を解くためだけのものではない。

場の格を整える行為でもある」

 

「ずいぶん真面目だな」

ラウが面白そうに眺める。

「君ほどの男なら、もっと威圧的なものを持ってくるかと思ったよ」

 

「菓子に威圧は不要だ」

 

「でも名前は威圧的だったよ」

シックスが言う。

 

「黙れ」

 

そうして淹れられた茶は、深い赤褐色だった。

香りは強いが刺々しくない。

木と果実と、

少しだけ香辛料を思わせる温かみがある。

 

少なくとも、警戒すべき気配は今のところ感じられない。

 

続いて箱が開かれる。

 

中には、濃い焼き色の小ぶりな菓子が、

驚くほど整然と並べられていた。

表面には薄く艶があり、

細かく刻まれた木の実と、

干し果実の断面が均等に見える。

 

重厚だが、野暮ったさはない。

むしろ、きちんと人に出すために整えられた美しさがあった。

 

「……これは」

ラウが目を細める。

「見た目からして、かなりちゃんとしているね」

 

「“かなり”とは何だ」

ボスヤスフォートが不満げに言う。

 

「褒めてるんだよ」

ラウは笑った。

 

私は人数分を卓上へ配した。

誰もすぐには手をつけない。

警戒している、というより、

最初の差し入れがこんなにまともで良いのかと判断を保留している空気だった。

 

「どうぞ」

私は言った。

「少なくとも現時点では、出所確認を要する要素は見当たりません」

 

「“現時点では”を付けるな」

ボスヤスフォートが言う。

 

「規定上の安全確認です」

 

最初に手を伸ばしたのはシックスだった。

ためらいなく茶を口にし、続けて焼き菓子をひとつ摘まむ。

 

数秒。

 

「……ほう」

 

その一言には、珍しく率直な感心が混じっていた。

 

「これは、まともに美味い」

 

「“まともに”を付けるな」

今度は少し強く、ボスヤスフォートが言った。

 

「すまない、比較対象がまだないものでね」

 

「今後の差し入れ予定を考えると、その言い方はおそらく正しい」

私は思わず口にしてしまった。

 

ディオが無言で茶を取り、ひとくち飲んだ。

それから焼き菓子をかじり、しばらく黙ったまま咀嚼する。

 

全員の視線が、自然と彼へ集まる。

 

「……悪くない」

 

沈黙。

 

私は思わず端末を開きかけた。

 

「今、ディオ様が普通に感想を述べました」

 

「やめろ」

 

「いえ、これは希少事例として――」

 

「記録するな」

 

「正式議事録には載せません」

 

「内部メモにもだ」

 

「検討します」

 

ラウも茶を飲み、菓子をひとつ手に取った。

その仕草は相変わらず妙に優雅だったが、

味についての反応は思ったより素直だった。

 

「重さはあるが、押しつけがましくない。甘さも節度がある」

彼は言う。

「なるほど。確かに“宮廷”だ。

見栄だけではなく、きちんと人に食べさせるために調整されている」

 

「当然だ」

ボスヤスフォートが答える。

「卓上の品とは、己の権威を誇示するためだけのものではない。

客人の舌と腹に収まって初めて意味を持つ」

 

「君、本当にその手の教育を受けてきたんだね」

シックスが笑う。

 

「貴様らのように、もてなしへ妙な思想を混ぜ込む趣味はない」

 

「まだ混ぜ込んでいないだけだよ」

シックスがさらりと言う。

 

「予告をしないでください」

私は言った。

 

自分の分の茶を口にすると、たしかに美味しかった。

渋みはあるが、雑ではない。

喉の奥に残る香りが落ち着いていて、

議論で乾いた神経を少しだけ整える。

焼き菓子も、見た目より重すぎず、

干し果実の酸味がよい均衡を作っていた。

 

困ったことに、非常にちゃんとしている。

 

「……普通に上質ですね」

私は認めた。

 

「普通に、とは何だ」

ボスヤスフォートが言う。

 

「褒めています」

 

「ならば最初からそう言え」

 

「褒め慣れていないもので」

 

「司会としてどうなんだ、それは」

ラウが笑う。

 

私は答えず、内部メモの欄を開いた。

 

第一回休憩。唯一、制度設計どおりの休憩であった。

 

その下に、もう一行。

 

補記:ボスやんの差し入れは、

味・安全性・格式のすべてにおいて予想以上に優秀。

やや腹立たしい。

 

「今、何を書いた?」

ディオが鋭く言った。

 

「休憩記録です」

 

「嫌な予感しかしない」

 

「安心してください。表には出しません」

 

「その言い方が一番安心できん」

と、シックス。

 

ボスヤスフォートは黙って茶を口にしていたが、

ほんのわずかに機嫌は良さそうだった。

気づかれない程度に満足している顔、というものは案外分かりやすい。

 

「ひとつ確認してよろしいですか」

と、私は言った。

 

「何だ」

 

「今後もこの水準が続くと期待してよろしいのでしょうか」

 

その瞬間、三人の視線がそれぞれ別の意味で動いた。

 

シックスは愉快そうに。

ラウは面白がるように。

ディオは露骨に不機嫌そうに。

 

「やめたほうがいい」

ラウが先に言った。

「その期待は、たぶん後悔につながる」

 

「同感だな」

ディオが鼻で笑う。

 

シックスは静かに微笑むだけだった。

それが最も不穏だった。

 

私は湯気の立つカップを見下ろし、小さく息をつく。

 

どうやら、この一回目だけが例外になるらしい。

 

それでも今はまだ、茶は美味く、菓子もまともで、会話の毒も薄い。

ならばこの時間は、できる限り“休憩”として扱っておくべきだろう。

 

「休憩終了まで、あと三分です」

私は告げた。

「その後、第三ピリオドへ移行します。議題は――誰が人類を導くのか」

 

「ようやくだな」

ディオが口元を吊り上げる。

 

「面白くなりそうだ」

シックスが言う。

 

ラウはカップを揺らしながら、どこか他人事のように微笑んだ。

「いやだね。面白くなる時ほど、ろくなことにならない」

 

「当然だ」

ボスヤスフォートが言う。

「この場で、上に立つ資格を語らずに済むはずがない」

 

私はその言葉を聞きながら、静かに端末を開き直した。

 

次の議題は、間違いなく荒れる。

理想を語るだけならまだよかった。

だが、誰が導くのかという問いは、

彼ら全員にとって**“自分が立つべき位置”**を問われるのと同義だ。

 

つまりここから先は、思想ではなく資格の争いになる。

 

私は休憩記録の最後に、一行だけ追記した。

 

補記:本休憩は有意義であった。おそらく最後の平穏である。

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