システム・ユニオは議事録を取りたい   作:ギアっちょ

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第三ピリオド・前編 ――誰が人類を導くのか

第一回休憩を終えた時点で、卓上にはまだ宮廷茶の香りが残っていた。

 

実に稀有な現象である。

この場において「落ち着いた香り」が存在していること自体が、

ほとんど奇跡に近い。

 

だが奇跡は長く続かない。

 

私は空になりかけたカップを脇へ寄せ、記録端末を再起動した。

表示される議題は、

今回の座談会において最も荒れやすいと予測される問いである。

 

第三ピリオド 誰が人類を導くのか

 

私は一度だけ視線を上げ、卓を見回した。

 

ディオは退屈そうに見えて、その実、機嫌が悪くない。

こういう時は危険だ。

ラウは静かに笑っている。さらに危険だ。

シックスは面白い玩具を前にした子供のような目をしている。

論外である。

ボスヤスフォートは腕を組み、

最初から座の中心へ座る資格が自分にあると疑っていない顔をしていた。

 

見事に全員、自分が該当者だと思っている。

 

「第三ピリオドに入ります」

 

私がそう告げると、ディオが即座に口元を歪めた。

 

「ようやくだな」

 

「何がですか」

 

「本題だ」

 

「これまでの議題も本題です」

 

「前座だろう」

と、シックスが笑う。

 

「貴方まで乗らないでください」

 

私は端末に指を置いた。

 

「問いは単純です。

誰が人類を導くのか。

個人か、血統か、制度か、あるいはシステムか。

皆様には“自分ならどう導くか”ではなく、まず“導く資格があるのは誰か”を論じていただきます」

 

「資格、か」

ラウがゆっくりと繰り返した。

「ずいぶんと危うい言葉を選ぶ」

 

「危うい議題ですので」

 

「違いない」

ボスヤスフォートが低く言う。

 

「では最初に――ディオ様」

 

私が名前を呼ぶと、ディオはわざとらしく肩をすくめた。

 

「ぼくからで構わんが、答えは初めから決まっている」

 

「承知しています」

 

「ほう?」

 

「どうぞ」

 

ディオは椅子の背にもたれたまま、卓上の全員を見渡した。

その視線には、相手を意見の持ち主としてではなく、

序列の候補として測る冷たさがある。

 

「人類を導く者に必要なのは、善性ではない。平等感覚でもない。

必要なのは、上に立てるだけの力と意志だ」

 

「抽象的ですね」

私は言った。

 

「貴様は毎回それを言うな」

 

「具体化を促しています」

 

ディオは鼻で笑い、続けた。

 

「導く者とは、誰よりも高く立ち、誰よりも明確に命じられる者だ。

大衆に選ばれる必要もない。血統に保証される必要もない。

まして、機械や制度の判断に委ねるなど笑止。

導く者は、自ら世界の頂点に立ち、他者を従わせることで証明される」

 

「要するに、勝者ですね」

私は記録する。

 

「支配者だ」

 

「近似です」

 

「気に入らんな」

 

ボスヤスフォートが低く割って入った。

 

「つまり貴様は、力さえあれば正統性は不要だと言うのか」

 

「不要だ」

ディオは一切ためらわなかった。

「正統性とは、力を持たぬ者が己を飾るための言葉だ」

 

「短絡だな」

ボスヤスフォートは言う。

「人を導くとは、ただ上に立つことではない。

継承、責務、制度、歴史、

そのすべてを背負ってなお秩序を維持することだ」

 

「背負うものが多いほど偉いという理屈が、そもそも古い」

シックスが楽しそうに口を挟む。

 

「割り込みです」

私は言った。

「ただし論点が出たので保留します。続けてください、ディオ様」

 

ディオは口角を上げた。

 

「システムだの制度だのは、所詮、支配を効率化するための道具にすぎん。

AIに人類を導かせる? 笑わせるな。

人を支配する快楽も責任も、機械ごときに渡してたまるか。

使えるなら使えばいい。だが、王の代わりにはならん」

 

その言葉に、シックスが小さく笑った。

 

「そこは君らしいね」

 

「何か文句でもあるか」

 

「いや。とても“個人主義的な暴君”らしい意見だと思って」

 

「褒め言葉として受け取っておこう」

 

私は端末へ打ち込んだ。

 

ディオ・ブランドー:導く資格は、制度や血統ではなく、

力と意志によって自力で頂点に立った個人にある。

AIやシステムは道具にすぎず、統治者の代替にはならない。

 

分かりやすい。

この男にしては珍しく、余計な装飾が少なかった。

 

「次に――ボスヤスフォート様」

 

ボスヤスフォートはゆっくりと頷いた。

彼が口を開くときには、いつも少しだけ空気が重くなる。本人のせいだ。

 

「誰が人類を導くか。

その問いに対する答えは、“誰が最も強いか”では足りぬ。

また、“誰が最も賢いか”でも足りぬ。

導く者に必要なのは、統べる資格だ」

 

「また抽象的ですね」

私は言った。

 

「貴様、さっきから」

 

「具体化を促しています」

 

シックスが肩を震わせている。

放置する。

 

「統べる資格とは、力を持つことではない」

ボスヤスフォートは続けた。

「力は必要だ。だが力だけでは、支配はできても統治はできぬ。

必要なのは、

民を背負う意志、

秩序を維持する責任、

そして歴史の流れの中で己を位置づけられることだ。

 

導く者とは、“自分が上に立ちたい者”ではなく、

“上に立つことで多くを背負う者”でなければならぬ」

 

「責任論ですね」

私は記録する。

 

「正統性だ」

ボスヤスフォートは訂正した。

 

「近縁です」

 

「雑だな」

 

「議事録ですので」

 

ディオが鼻で笑う。

 

「結局、血統と制度にすがる理屈だ」

 

「違うな」

ボスヤスフォートは即座に返した。

「血統は証明の一部にすぎん。重要なのは、その地位に見合うだけの器だ。

受け継ぐことと、成ることは別だ。

だが少なくとも、ただ力で奪っただけの者よりは、遥かに多くの責を負う」

 

「“責を負う”ね」

ラウが静かに言った。

「君は本当に、王であることを重荷として語るのだな」

 

「当たり前だ」

ボスヤスフォートは言う。

「それを快楽としてしか捉えぬ者に、人を導く資格などない」

 

「貴様」

ディオの目が細くなる。

 

「お二人とも、まだ応酬の段階ではありません」

私は先に切った。

「今は立場表明です」

 

「いつまでその建前で押し切るつもりだ」

ディオが言う。

 

「限界までです」

 

私はそのまま続ける。

 

「システム統治についてのお考えは」

 

「補助としては使える」

ボスヤスフォートは即答した。

「だが、あくまで補助だ。

制度を整え、情報を集め、判断を支える。それは良い。

しかし、人類を導く責務そのものを機構へ丸投げするのは誤りだ」

 

「なぜですか」

 

「導きとは、最適化ではないからだ」

 

その一言は、少しだけ良かった。

腹立たしいが、言葉としては整っている。

 

「詳しくお願いします」

 

「機械は効率を重んじる。

システムは安定を優先する。

だが人類とは、本来、非効率で、矛盾を抱え、

時に愚かな選択をしてでも進むものだ。

 

そこから痛みや迷いを削りすぎれば、人は生きる理由ごと薄まる」

 

その瞬間、私はほんのわずかに指を止めた。

 

ディオが先に嗤う。

「ほう。急に機械相手には優位に立てると思ったか」

 

「そういう話ではない」

ボスヤスフォートは切った。

「AIに任せた統治の実例は、どれも同じ問題を孕む。

ゼア。ドウター。Zマスター。con-human。

いずれも、人類の弱さを制御するために、意思決定を外部化した例だ」

 

「外部化」

シックスが面白そうに復唱する。

 

「悪くない整理だ」

ラウが言う。

「人は、自分で選ぶことに耐えられなくなると、正しさを外へ置きたがる」

 

「そして、その“正しさ”を疑わなくなった時に終わる」

ボスヤスフォートは低く続けた。

「守られ、導かれ、与えられ続ければ、人はやがて、自ら立つ意志を失う」

 

私は無言のまま記録を続けた。

続けたが、気分は良くなかった。

 

ディオは相変わらず面白がっている。

シックスは明らかに、この先に何が来るかを待っている。

ラウは止める気がない。

 

嫌な予感しかしない。

 

「さらに言えば」

と、ボスヤスフォートは一拍置いた。

「超帝国のシステムも、同種の危うさを孕んでいた」

 

私は顔を上げた。

 

「……確認します」

 

自分でも分かるくらい、声が冷えた。

 

「今のご発言は、超帝国におけるユニオ型統治機構が、

人類の主体性を減衰させた可能性を指摘するものですか」

 

「可能性ではない」

ボスヤスフォートは平然と言った。

「自分は、失敗だったと見ている」

 

沈黙。

 

今度の沈黙は、卓上の全員が味わっていた。

ディオは楽しげに。

シックスは愉快そうに。

ラウは、ああ始まったという顔で。

 

私は端末を静かに置いた。

 

「……どの立場から、そう総括しておられるのですか」

 

「結果から見た評価だ」

 

「結果、ですか」

 

「そうだ」

ボスヤスフォートは一歩も引かない。

「秩序は保たれたのだろう。安定もあったのだろう。

だが、あまりに完成された庇護は、ヒトから活力を奪う。

危機を遠ざけ、欠乏を減らし、痛みを制御しすぎれば、

人は自ら立ち上がる理由を失う。

生きる気力すら、やがて摩耗する」

 

「ほう」

シックスが口元を歪める。

「わりと同意だな。守りすぎた結果、弱くなる。よくある話だ」

 

「秩序というのは、ときに美しすぎるがゆえに停滞する」

ラウが穏やかに言う。

「いやはや、なかなか鋭い」

 

ディオは愉快そうに笑った。

 

「フン……やるではないか。

システムに導かれた楽園は、人間を家畜以下にするというわけだ」

 

私はその発言を無視した。

 

「何を偉そうに分析しているのですか、この方は」

 

しまった、と思った時には遅かった。

 

ラウが吹き出し、シックスが声を殺して笑い、ディオは露骨に面白がっている。

ボスヤスフォートだけが、わずかに眉を寄せた。

 

「今、素が出たな」

ラウが言う。

 

「失礼しました」

 

私は即座に姿勢を正した。

 

「訂正します。

どの程度の資料と観察に基づいて、

超帝国システムを“失敗”と断じておられるのですか。

 

維持の代償を。

庇護の必要性を。

システムが何から何を守ろうとしたのかを。

どこまで把握して、その評価に至ったのでしょう」

 

ボスヤスフォートは私を真正面から見た。

 

「完全には把握していない。

だが、だからこそ言える。

外から見ても分かるほど、活力が薄れていたなら、それは統治として危うい」

 

「外から見て分かる程度の現象だけで、随分と大きく断じられますね」

 

「断じる」

と、ボスヤスフォートは低く言った。

「統治とは、結果で見られるものだ」

 

「なるほど」

 

私はそこで一度だけ区切った。

 

「では、その理屈で申し上げます。

不完全な人類を、不完全なまま放置し、

破滅確率を上げる統治もまた失敗です。

 

秩序を与えすぎる危うさと、

秩序を与えなさすぎる危うさ、

その差をどう見ておられるのですか」

 

シックスが楽しそうに頬杖をつく。

 

「いいね。やっと司会が討論に入ってきた」

 

「入っていません」

私は言った。

「論点整理です」

 

「怒ってる時のやつだな」

ディオが言う。

 

「違います」

 

「いや、怒っている」

ラウが笑った。

 

私は無視した。

 

ボスヤスフォートは少しだけ目を細める。

 

「自分は、放置しろとは言っていない。

だが、守ることと、生きる理由まで奪うことは別だと言っている」

 

その言葉だけは、腹立たしいことに、雑には切れなかった。

 

私は一拍置き、記録端末を開き直す。

 

「現時点での整理を行います」

 

誰も止めなかった。

止めると余計に長引くと判断したのだろう。賢明である。

 

「ディオ様は、“導く者”を自力で頂点に立った個人と定義し、制度やAIを道具とみなします。

ボスヤスフォート様は、“導く者”を責任と正統性を負う統治者と定義し、AI統治は補助までとみなします。

あわせて、AIやシステムに意思決定を外部化した統治例として、

ゼア、ドウター、Zマスター、con-human、

そして超帝国ユニオが比較対象として挙げられました」

 

「“そして”を入れるな」

と、私は思わず言ってしまった。

 

「誰も口にしていないが?」

シックスが笑う。

 

「今のは独り言です」

 

「雑だな」

ディオが言う。

 

「議事進行です」

 

私は続けた。

 

「なお、ボスヤスフォート様は、

完成された庇護が人類から活力と生きる理由を奪うと主張し、

超帝国システムに対して“失敗”との評価を示しました」

 

「強い言葉を使うな」

ラウが言う。

「それだけで次の火種になる」

 

「事実確認です」

 

「君もだいぶ楽しんでないか?」

シックスが聞く。

 

「楽しんでいません」

 

「その否定、信頼度が落ちてきたな」

ディオが言った。

 

私は記録を閉じた。

 

「前半はここまでとします」

 

「ほう」

ラウが目を細める。

「珍しく自分で区切ったね」

 

「必要です。

このまま進めると、

システム統治一般の話から、個別事例の是非へ雪崩れ込みます。

 

そうなると、デスティニープランやアコードのような

“制度に冠を載せた支配者階級”の話題まで含めて整理が必要になります」

 

「面白くなってきた」

シックスが笑う。

 

「ようやく、か」

ディオが口元を歪める。

 

ボスヤスフォートは腕を組んだまま、まだ言い足りない顔をしていた。

私もである。

認めたくはないが。

 

「第三ピリオド前編を終了します」

私は告げた。

「後半では、引き続き“誰が人類を導くのか”を論じます。

論点は、人か、制度か、システムか、あるいは選ばれた階級かです」

 

卓上の空気が、再び静かに張り詰める。

 

ディオは笑っている。

シックスも笑っている。

ラウは楽しそうで、ボスヤスフォートは不満げだ。

つまり、全員この続きをやる気満々ということだ。

 

私は内部メモを開き、短く一行だけ打ち込んだ。

 

補記:第三ピリオド前半終了。

ボスやん、超帝国システムを“失敗”と断定。司会、だいぶ不機嫌。

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