システム・ユニオは議事録を取りたい   作:ギアっちょ

8 / 15
第四ピリオド ――力か、制度か、血か

第二回休憩を終えた時点で、私はひとつ確信していた。

 

この会合において、休憩とは疲労回復のためだけに存在しているのではない。

むしろ、次の議題へ進む前に、前の不快感を一度整理しておくために必要なのだ。

 

ラウ・ル・クルーゼの差し入れた「五体満足」は、

味そのものは悪くなかった。

 

悪くなかったが、

食べ方ひとつで人間性診断を始める茶菓子は、

一般的には好ましい休憩とは呼ばない。

 

私は記録端末を開き、議題欄を切り替えた。

 

第四ピリオド 力か、制度か、血か?

 

表示された文字列を見た瞬間、卓上の空気がわずかに変わる。

 

ディオの目が少しだけ細くなる。

シックスは、逆に面白そうに笑う。

ボスヤスフォートは腕を組んだまま、最初から何か言いたそうだ。

ラウだけが、いつものように穏やかだった。

 

このテーマはまずい。

血という言葉は、だいたい誰かを面倒にする。

 

「第四ピリオドに入ります」

 

私がそう告げると、ディオが鼻で笑った。

 

「また厄介な問いだな」

 

「今回は、皆様とも少なからず反応する論点を含みます」

 

「少なからず、か」

ラウが微笑む。

「ずいぶん遠慮した言い方だ」

 

「司会ですので」

 

私は続けた。

 

「問いは明確です。

人類を導く資格、あるいは支配や統治の正当性は、

力にあるのか、

制度にあるのか、

それとも血にあるのか。

 

前回は“誰が導くのか”を論じました。今回は、その資格の根拠を詰めます」

 

「面白い」

シックスが言った。

「ようやく、皆が好きそうな話だ」

 

「私は好きではない」

ディオが言う。

 

「そう見える」

ラウが笑う。

 

「では最初に――シックス様」

 

「僕からかい?」

 

「血の話題に最も嬉しそうだった方からです」

 

シックスは楽しげに肩をすくめた。

 

「公平だね」

 

公平ではない。進行上の判断である。

 

シックス――ゾディア・キュービックは、

肘掛けに指を置いたまま、

あまりにも自然な声で言った。

 

「僕の答えは単純だ。

力は瞬間、制度は器、血は蓄積だよ」

 

ディオが露骨に嫌そうな顔をした。

予想通りだった。

 

「個人の力は強い。だが偶然に左右される。

制度は便利だ。だが、中身が腐れば機能しない。

血は違う。

何代にもわたって選ばれ、継がれ、

研がれた傾向や資質は、

個人の思いつきよりずっと重い」

 

「傾向、ですか」

私は記録する。

 

「そう。

騎士の家系には騎士の発想が育つ。

支配者の家系には支配者の視野が育つ。

そして僕の一族のように、七千年かけて

“人をどう傷つけるか”を考え続けてきた家系には、

それにふさわしい感性が育つ」

 

「嫌な家系ですね」

私は言った。

 

「褒め言葉として受け取っておくよ」

 

「褒めていません」

 

「分かっている」

 

シックスは楽しそうに続けた。

 

「血筋を神秘化する気はない。

だが、意味がないとも思わない。

一族とは、長期的な選別と蓄積の結果だ。

偶然優秀な一個人より、

繰り返し同じ方向へ磨かれてきた系譜のほうが、

再現性は高い」

 

「では、導く資格は血にあると?」

私が確認する。

 

「血にだけ、ではない」

シックスは首を振る。

「血は資質の土台だ。

そこへ制度を被せ、必要なら力で補強する。

でも根の部分は、やはり血だよ。

人を導く者がどんな環境で何を継いできたか、それは無視できない」

 

「なるほど」

ラウが静かに言う。

「君は血を誇りではなく“アーカイブ”として見ているのだね」

 

「言い換えは好きにしていい」

シックスは笑う。

「誇りでもあるけどね」

 

ディオが、そこで露骨に舌打ちに近い音を鳴らした。

 

「くだらん」

 

私はすぐ視線を向ける。

 

「では、ディオ様」

 

「最初から言っておく」

ディオは低く言った。

「血など、支配の正当性にはならん。」

 

シックスが目を細める。

 

「ほう?」

 

「酔っ払いのクズの息子でも、世界の頂点には立てる。

それが答えだ」

 

その声音には、いつもより余計な熱があった。

静かだが、静かすぎる時のほうが面倒なのがこの男である。

 

「血筋だの家柄だの歴史だの

――そんなものは、最初から上に立っている者に都合のいい飾りだ。

 

導く資格とは、己の力で他者を屈服させ、その上に立てることだ。

生まれではない。

奪い取り、証明し、支配し続けることだ」

 

「制度は」

私は聞く。

 

「弱者のための杖だ」

ディオは即答した。

「使えるなら使えばいい。

だが制度に従う王など、王ではない。

制度とは、強者が弱者を回すための道具にすぎん」

 

「血は?」

私はさらに聞く。

 

ディオはわずかに笑った。

 

「役に立つなら利用する。

だが敬う必要はない。

価値があるのは“強い血”ではなく、強さに使える血だ」

 

ボスヤスフォートが低く言った。

 

「貴様、よくもそこまで露骨に言えるな」

 

「何がだ」

 

「血筋を軽んじると言いながら、使える血は欲しがる。

矛盾している」

 

ディオは平然と返す。

 

「していない。

神聖視していないだけだ。

価値ある器なら使う。

それだけのことだ」

 

「だからこそ、貴様は信用ならん」

ボスヤスフォートが言う。

 

「信用など要らん」

ディオは笑った。

「恐れられれば十分だ」

 

私は記録する。

 

ディオ・ブランドー:正当性の根拠は力にある。血統や歴史は飾りにすぎず、制度は支配の効率化装置にとどまる。価値ある血は利用対象であって、敬意の対象ではない。

 

「分かりやすいですね」

私は言った。

 

「貴様のその言い方は、毎回どちらにも取れるな」

 

「便利ですので」

 

次に視線を向ける。

 

「では、ボスヤスフォート様」

 

ボスヤスフォートは腕を組んだまま、少しだけ息を吐いた。

さっきからずっと「それは違う」と言いたそうだったので、

順番が来て機嫌は少しだけ良さそうだった。

 

「自分の答えは、単純ではない」

 

「想定済みです」

私は言った。

 

「貴様、最近遠慮が薄れてきたな」

 

「進行効率の問題です」

 

ラウが笑っている。無視する。

 

「力だけでは短い」

ボスヤスフォートは言った。

「制度だけでは冷たい。

血だけでは足りぬ。

どれかひとつを絶対視する発想そのものが危うい」

 

「では、何を重視されますか」

 

「器だ」

 

シックスが楽しそうに言う。

「また便利な言葉を」

 

「便利で結構」

ボスヤスフォートは一歩も引かない。

「力はいる。無ければ守れぬ。

制度もいる。無ければ回らぬ。

血筋も無視はできん。民にとっては看板であり、秩序の記憶でもある。

だが、それらをまとめて背負えるだけの器がなければ、どのみち破綻する」

 

「つまり」

私は整理する。

「力は担保、制度は骨格、血は看板。

統治の根拠は、それらを抱える統治者の器にある、と」

 

「概ねそうだ」

ボスヤスフォートは頷いた。

「血筋など、所詮は入口にすぎん。

高貴な家に生まれても、愚物は愚物だ。

逆に力だけで上に立っても、責任も歴史も制度も軽んじる者は長く持たぬ」

 

「ずいぶんと、両隣を刺す言い方だな」

ディオが言う。

 

「事実だからな」

 

「血については、かなりフラットですね」

私は言った。

 

「神聖視はせぬ」

ボスヤスフォートは即答した。

「だが軽んじもしない。

血筋とは、信仰対象ではなく政治資源だ。

使えるなら使う。だが、それだけで人を上に置くほど愚かでもない」

 

「おや」

ラウが微笑む。

「その割には、“正統”という言葉が好きそうだったが」

 

「正統とは、血だけではない」

ボスヤスフォートは切った。

「継承、責任、実績、民の認知、そのすべてを含む。

貴様らのように、血を呪うか、利用物と見なすか、

あるいは悪趣味な誇りにするかのどれかではない」

 

「“悪趣味な誇り”とは心外だな」

シックスが笑う。

 

「本当にそう思っているなら、さらに質が悪い」

私は言った。

 

「辛辣だね」

シックスが嬉しそうに言う。

 

私は記録欄へ入力する。

 

ディス・ヒフツェン・ボスヤスフォート:力・制度・血のいずれか単独では統治の正当性は支えられず、それらを背負う器こそが重要。血筋は神聖ではないが、看板・秩序・政治資源として無視できない。

 

そして最後に視線を向けた。

 

「ラウ様」

 

ラウ・ル・クルーゼは、少しだけ首を傾ける。

 

「やれやれ。

皆、ずいぶんと真面目だね」

 

「茶菓子で人格診断を始めた方にだけは言われたくありません」

私は言った。

 

「まだ根に持っていたのかい」

 

「当然です」

 

ラウは静かに笑い、やがて口を開いた。

 

「私に言わせれば、力も、制度も、血も、どれも正当性そのものではない。

あれは全部、人が支配を語る時に使う物語だよ」

 

卓上が少し静かになる。

 

「力は分かりやすい。

強い者が上に立つ。原始的だが、人は嫌いじゃない。

制度はもっと洗練されている。

誰かひとりの恣意を、“仕組み”という顔で薄めて見せる。

血はさらに厄介だ。

生まれや系譜に意味を与え、支配を自然なことに見せる」

 

「つまり、全部が方便だと?」

私は聞いた。

 

「そう」

ラウは穏やかに言った。

「力は恐怖の物語だ。

制度は責任回避の物語だ。

血は運命の物語だ。

人は、自分が従う理由を欲しがる。

だからその時々で、いちばん都合のいい神話を採用する」

 

「それでは、何を根拠に人は導かれるべきだと?」

ボスヤスフォートが問う。

 

ラウは少し考えるように目を伏せた。

 

「根拠など、本当はないのかもしれないね」

 

ディオが嗤う。

 

「逃げたな」

 

「違うさ」

ラウは穏やかなままだった。

「私はただ、人が“正しい支配”を欲しすぎるのだと思っている。

デスティニープランのように適性へ委ねるのもそうだ。

さらにアコードのような“選ばれた上位者”を載せるなら、なおさらだ。

血で意味づけ、制度で固定し、最後は力で押し通す。

あれは実に完成度が高い。

だからこそ、ぞっとする」

 

「美しい完成形だと思うけれど?」

シックスが言う。

 

「美しいよ」

ラウは頷いた。

「だが、美しいということと、

人間にとって良いということは別だ。

 

あまりに綺麗に整理された世界では、

人は自分の人生が“割り振られた役目”に見え始める」

 

「綺麗に整理されない世界のほうが好きか?」

ディオが聞く。

 

「好き嫌いの話ではない」

ラウは答える。

「人はね、泥の中で足掻きながら、自分で選んだと思いたがる生き物なんだよ。

その錯覚まで奪えば、残るのは統治ではなく管理だ」

 

「血についてはどう見るのです」

私は尋ねた。

 

ラウの目が、ほんの少しだけ冷えた。

 

「血は誇りではない」

その声は静かだった。

「逃れがたい設計図だ。

人はそこへ意味を足しすぎる。

高貴だ、汚れている、優れている、呪われている――好きに名前を貼る。

だが結局、血は人を縛るための物語に使われやすい。

 

私はそこに美しさは見ても、救いは見ない」

 

その言葉に、ディオは少しだけ不機嫌そうに目を逸らし、

シックスは逆に興味深そうに笑った。

ボスヤスフォートは黙っている。

たぶん今の一言の重さだけは、誰も軽く扱えなかったのだろう。

 

私は記録する。

 

ラウ・ル・クルーゼ:力・制度・血はいずれも支配を語るための物語であり、正当性そのものではない。力は恐怖、制度は責任回避、血は運命の物語として機能する。血は誇りではなく逃れがたい設計図であり、美しさはあっても救いはない。

 

「総括します」

 

私は言った。

 

誰も遮らなかった。

たぶん、この回はそれぞれに少しだけ面倒な場所を踏んだからだろう。

 

「ディオ様は、正当性を力の実証に置き、血と制度を道具化します。

シックス様は、血を長期的蓄積として高く評価し、その上に制度と力を組み合わせる立場です。

ボスヤスフォート様は、力・制度・血をいずれも単独では不十分とし、それらを背負う器を根拠とみなします。

ラウ様は、力・制度・血をいずれも支配のための物語と位置づけ、正当性の神話化そのものを危険視します」

 

「ひどい一覧だな」

ディオが言う。

 

「ええ」

私は頷いた。

「皆様とも、結局は**“人類に階層は必要である”**という点で一致しており、

違いはその階層をどこに固定したいかだけです」

 

シックスが楽しそうに笑う。

 

「いいまとめだ」

 

「訂正します」

私は続けた。

「階層という言い方も、少し優しすぎました。

皆様はそれぞれ、自分の納得する支配の根拠を探しておられるだけです」

 

ボスヤスフォートが眉をひそめる。

 

「雑だな」

 

「分かりやすいですが」

ラウが微笑む。

 

「だが、間違ってはいない」

ディオが言った。

 

「珍しく意見が一致しましたね」

私は言った。

 

「喜ぶな」

 

「喜んでいません」

 

私は端末を閉じる。

 

「第四ピリオドを終了します。

次の議題は、愚かさは罪か、可能性かです」

 

「さらに面倒だな」

ディオが言う。

 

「ええ」

私は答えた。

「力も制度も血も、結局は“愚かな人類をどう見るか”に繋がりますので」

 

ラウが笑う。

「君、だいぶ容赦がなくなってきたね」

 

「進行に必要です」

 

「本当かな」

シックスが言う。

 

「本当です」

 

そう答えながら、私は内部メモを開いた。

 

補記:第四ピリオド終了。

血という語で露骨に機嫌を損ねる者が一名。

露骨に嬉しそうになる者が一名。

実務に戻そうとする者が一名。

全部を物語にしたがる者が一名。

総じて面倒。

 

少し考え、さらに一行加える。

 

補記:結局、誰も“ただの人類”を信じていない。

 

端末を閉じた時、ラウがふとこちらを見た。

 

「最後の一行、声には出ていなかったよ」

 

「助かります」

 

「だが、顔には出ていた」

シックスが笑う。

 

「最悪です」

 

「いや」

ボスヤスフォートが低く言った。

「今のは、わりと正確だ」

 

ディオはつまらなそうに肩をすくめる。

 

「だからこそ、上に立つ者が要る」

 

「あるいは、選別構造がね」

シックスが言う。

 

「あるいは、誰も信じすぎないための制度だ」

ボスヤスフォートが返す。

 

ラウだけが、どこか楽しそうに締めくくった。

 

「ほら、また始まる」

 

私は静かに告げた。

 

「始めません。

本日はここで区切ります」

 

それが正しい判断だと、今回は誰も異論を挟まなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。