第一次BRミッションの開始より既に30時間が経過した。帝国軍と汚染勢力は膠着状態を保っている。
BRに汚染されて疲労の概念が存在しない敵勢力と違い、生身の帝国軍兵士は効率的な交代制とナノマシンを用いて戦況を維持している。今のところという但し書きを必要とするが。
損失は全体の5%程度に抑えられている。艦艇は3隻大破、R戦闘機は10機が損失。数千倍の敵と一日以上の戦闘して出た被害としては少ないと見ても、作戦目標の中枢破壊に至っていない段階では下手な慰めにしかならない。それでも突入隊の援護のためには戦力分散を目的とした戦闘の継続が必要だった。
艦隊旗艦【ターキッシュデライト】の艦橋では今もフェリクスが戦況を見守り続けている。指揮官のグリルパルツァーは現在休息に入り、代わりにキルヒアイスが【バルバロッサ】から指揮を執っている。作戦が長丁場になる事を見越して、二人はあらかじめ指揮を4時間交代に決めていた。
つまりフェリクスは艦橋に居るだけで特別仕事をしていない。前線で戦う兵士や指揮官と違い、あくまで上がってくるデータの確認ぐらいしかやる事が無かった。それでも自室でのほほんと過ごすのは兵の士気にも差し障りがあり、置物扱いをされても艦橋に居座っていた。
現宙域の汚染艦隊との戦闘に意識を向ければ、キルヒアイスの指揮は的確で、可能な限り自軍の損失を抑えつつ敵の数を減らしていた。今のところ上手く汚染群を捌いているように見える。少なくとも自分の仕事は当面無い。
手持ち無沙汰の解消に手元の端末を操作して、せめて戦闘状況の再確認に務める。
当該宙域に布陣した艦隊を囮に、惑星パラスに突入したR戦闘機の三個小隊は、それぞれ汚染係数の高い地域に向かい汚染体との戦闘を始めた。
軍事基地、薬品工場、物資集積所、鉱山、密林、海中。惑星上のあらゆる場所がBRに汚染を受け、増殖する苗床へと変貌していた。それらの奥地には例外無く周辺地域を統括する大型汚染体が巣食っていた。生物型、機械型、両方の特徴を備えた混合型。
全てを撃破する事で汚染体の増殖速度はやや遅延が見られる。という事はまだ中枢の撃破には至っていない証拠である。
汚染の発端であるフォースが運び込まれた軍の研究施設は既にもぬけの殻だった。ある程度増殖した後に、場所の特定を警戒して別の場所に中枢を移したのだろう。
(オリジナルと同様に警戒心と知性を備えている。厄介な事だ)
人工生命体は製造段階から攻撃性と知性を下げる調整も可能だったが、弱体化し過ぎると今度はエネルギーの収束性能まで低下してしまう。安全性に気を配り過ぎて低性能では、次元兵器として役に立たないと判断して現在の性能に落ち着いた。
端末を操作して、空間ウィンドウの映像を切り替える。過去の戦闘データから切り替わり、画面一杯に醜悪な生命体と狂った世界が映る。
肉感のある生々しい上下の壁、両生類の幼体のような肉塊、無数の胞子を飛ばすイソギンチャクに似た肉床。どれもが醜悪で狂った造形の生命体に溢れた異常な環境。
汚染が進み生態系が丸ごと作り替えられて、一つの生命体の胎内と化している。さしずめ【生体洞窟】と呼称すべきだろう。この状態からさらに時間が経てば、いずれは次元そのものを変質させて異層次元を作り出すだろう。弱体化してもバイドの系譜の生命体に長期戦を挑むのは無謀に尽きる。
汚染体は縄張りに侵入した敵対者目掛けて殺到するも、大半が青白い粒子の壁に薙ぎ払われて消し飛んだ。R-9Cの拡散波動砲だ。
残った敵も今度は青い電撃が焼き払い、黒い機体から放たれた三本の牙を備えたフォースが散々に食い散らかして殲滅した。
索敵機のR-9E2から継続的に送られてくるデータに思案する。未だ敵中枢には辿り着いていないものの、戦況は悪くない。
突入した三個小隊の内、一小隊は損害過多により撤退したが残る二個小隊は順調に拠点の生体プラントを潰している。
生体洞窟を攻略中のカーテローゼの居る隊は、先鋒のR-9DVこそ大破して離脱したがR-9CとR-13Aは現在も無傷のまま。若干の戦力低下もそれほど影響は無い。
最後の一隊は損失無しのまま、現在市街地で4機が巨大戦艦を相手取っている。データによれば敵戦艦は全長5kmとある。同盟にこの規模の軍艦は存在しないので、おそらく多数の艦か残骸を取り込んで生成した合体艦だろう。
艦に備えた無数の砲台から吐き出されるエネルギー弾を掻い潜り、R戦闘機小隊はそれぞれの役割を全うして着実に敵艦の火器と推進器を潰していく。この様子なら遠からず敵汚染艦の撃破を見込める。
それなりに余裕を感じた矢先、端末からの警告音に意識が向く。データリンクしたR-9E2の後部警戒レーダーからの警告だった。矢継ぎ早に送信されるデータには、音速で強襲する大型汚染体の存在がはっきりと示された。
データから立体映像を作り出して艦橋の大型ウィンドウに表示する。
「これはミミズ、蛇…か?それにしては―――」
士官の一人が一見して蛇のような姿の汚染体に確信を持てずに言い澱む。
確かに一見すればそれは蛇に似た存在だった。しかし蛇と言うにはあまりに醜悪で巨大であった。
データには胴回りはゆうに30mを超える。胴体は蛇のような細さはなく、巨大な球状の肉塊が数珠繋ぎに連なっており、それが数十は連なって一つの胴体を形成していた。表面は明らかに不潔な粘液で塗れて、肉でありながら金属的な光沢を放っている。体表は脈打ち、無数の孔もある。
何より観測者を不快にさせるのが頭部だろう。生命に備わる目や口は存在せず、かぎ爪のような突起だけが先端に一対備わり、小刻みに開閉を繰り返していた。
「全長500mだと!?これが一個の生物だというのか」
艦橋の兵士が呻く。バイドに汚染された生態に慣れていれば驚くほどの要素ではない。時に惑星に匹敵する超巨大バイドとて存在するが、今世において初のバイドミッションとあっては仕方あるまい。
巨大球連汚染体の突撃にR戦闘機隊は冷静に対応する。二種の波動砲とレーザーが汚染体の表面を破壊。苦痛に悶える汚染体は金属質の肉片と体液を砲弾のように無数に飛ばすが、Z式慣性制御機構による優れた運動性のR戦闘機には掠りもしない。
R-13Aが専用のアンカーフォースを汚染体の頭部に射出。牙のような三本のコントロールロッドを有するフォースが喰らい付き、敵が引き剥がそうと必死にのた打ち回る。さらにフォースとR戦闘機を繋ぐ光学チェーンが胴体に巻き付き、却って自由を奪われる。
その隙にR-9Cが拡散波動砲を至近距離から胴体の一球体に集中的に叩きつけて、半ばから引き千切った。
このまま撃破といきたかったが、敵大型汚染体は暴走してR戦闘機を連れたまま逃走を始める。他のRと違い、R-13Aは有線制御式のフォースを使用していた為、敵に引っ張られる形で併走せざるを得なかった。
連れて行かれる僚機を慌てて追い、より強い汚染反応を示す空間には戦艦にも勝る巨大な肉塊が鎮座していた。臓器のような脈打つ肉塊の至る所から蛇腹状の管状器官が突き出て蠢いている。センサーの示す高濃度の汚染係数から、この肉塊が生体洞窟を生み出した生体プラントに間違いあるまい。あまりにも奇怪で生理的嫌悪感を醸し出す外観に、一部の兵からは目を背ける者も出た。
生体プラントの管状器官の一つから、瀕死の球連汚染体と同種がもう一体吐き出される。代わりに瀕死の汚染体が管状器官に突撃した為、寸前にR-13Aはフォースを引き剥がしてもう一体の汚染体の撃破を優先した。
R-9Cがフォースから赤青の対空レーザーを放ち牽制。チャージが済んだR-13Aがライトニング波動砲を球連汚染体の頭部に叩き込んで怯ませる。その隙に2機は巨大生体プラントをレーザーで攻撃。肉塊は痛覚があるのか痙攣して、管状器官から無数の肉片を砲弾のように吐き出す。たまらずRは回避運動を優先。
僅かな時間で汚染体は復調して、砲弾など意に介さずR戦闘機に襲い掛かる。超音速で突撃する汚染体と砲弾の嵐に回避が手いっぱいの2機。
状況はさらに悪化の途を見せる。肉塊より突き出た複数の管状器官から完全に修復された球連汚染体が粘液を迸らせて這い出て来た。あの肉塊は生体プラントだけでなく、生体組織の修復機構も備えているらしい。それも数秒で致命的な損傷を完全に修復する程の性能。
つまり先に生体プラントの方を破壊しなければ、際限無く球連汚染体の相手をさせられる。
すぐさま優先順位を修正した小隊は巨大な肉塊に波動砲を放つ。反撃の砲弾はフォースを盾にしつつ、レーザーで迎撃。自らの巣を守るかのようにR戦闘機に襲い掛かる二体の球連汚染体の突進を回避。すれ違いざまにレールガンを胴体に撃ち込むが、硬質の体表に阻まれて効果的なダメージを与えられない。この様子ではレーザーでも大きな違いはあるまい。
生体プラントはそこまで頑強ではないが巨体故に波動砲でも撃破は困難。球連汚染体は動きが早く頑強、かつ生体プラントが修復を行うため一撃で頭部を破壊するぐらいしなければ撃破は難しい。
かなりの難敵に戦況を見守る艦橋には緊張感が張り付く。ただ、フェリクスはこの状況を打開する手段に見当がついている。あとはカーテローゼ達がそれに気付くかどうか。
すぐさま隊長機のR-9E2から指示が飛ぶ。R-13Aはアンカーフォースを球連汚染体にぶつけて注意を向ける。もう一体にはライトニング波動砲を撃ち、汚染体が小うるさいR-13Aに突撃する横から、R-9Cが汚染体前部の球状肉腫にチャージした拡散波動砲を至近距離から解き放つ。汚染体は長大な肉腫の大部分を引き千切られて、危険を察知して生体プラントへと逃げ込む。
頭部が管状器に潜り、その後ろに邪魔なビットを切り離したR-9Cがピタリと張り付いて一緒に生体プラント内に侵入する。
その後、センサーが凄まじい熱量を計測。生体プラントが激しく脈動して急激に膨張をはじめる。全ての管状器官がのた打ち、青白い光とともに不潔な粘液を噴出させた。
そして肉塊が倍近くに膨れ上がった瞬間、内部からの強烈な圧力に屈して、とうとう限界を迎えた。余りにも巨大な爆発が数秒のうちに連続して内部から引き起こされ、生体プラントは球連汚染体と共に膨大な量の肉片と粘液となって、後方に待機していたR-9E2にまで届く。
「それが正解だ。切り札は使える時に出しておくものだ」
フェリクスは瞬時に最適解を選んだカーテローゼ、あるいは小隊長を褒める。
R-9Cが生体プラント内で行ったのは核融合反応。それも周囲の微小物質を使って、広範囲に強制的な核融合反応を起こした。
【スペシャル・ウェポン】と名付けられた次元兵装フォースに搭載されたシステムである。R-9Cが用いたスタンダード型のフォースには強制的な核融合反応を引き起こす【ニュークリア・カタストロフィー】が搭載されている。
フォースは外部からのエネルギーを増幅する以外にも、内部にエネルギーを蓄積する機構がある。敵汚染体や何らかの物質を喰らう事で蓄積率が高まり、率が高まるほどに攻撃性能は向上し、100%の蓄積に至った時にはオーバードースとなり、通常のレーザーの数倍の打撃力を生み出す。
それだけでなく先程の生体プラントを破壊したように、全てのエネルギーを一気に解放する事で、広範囲殲滅兵装【ニュークリア・カタストロフィー】が発動する。破壊力は御覧の通り、超巨大汚染体すら一撃で撃破した。
無論システムにはリスクも多分にあり、Sウェポンを使えばオーバードースの出力向上の恩恵を失う。窮地を脱する一撃に賭けるか、継続的な恩恵を保持するか。パイロットは難しい判断を迫られる。
今回はあのまま長期戦を強いられたら遠からず追い詰められていた。そう考えれば一気にケリをつけたのは正しい判断である。
生体プラントを撃破したR-9Cのバイタルサインが正常値を示しているのを見て、フェリクスは安堵を覚える。いくら対汚染処置を施したR戦闘機といえど、汚染体の胎内の高密度バイド粒子に晒されれば汚染の危険はある。
幸いごく短時間だったため汚染はしていない。R-9Cはそのまま戦線に復帰。残る一体の球連汚染体をR-13Aと共同で仕留めにかかる。汚染体の頭部を波動砲で削り取り、二つのフォースを叩きつけて、最後はレーザーの接射で体内から焼き尽くした。
大型汚染体を全て排除した事で、このエリアのバイド汚染係数は減少を始めた。しかし惑星パラスの汚染生態系の活動はまだ停止していない。つまり汚染中枢は今も健在ということだ。
R戦闘機隊はさらなる高度汚染地域を目指して移動を開始した。
一連の戦闘を見届けたフェリクスは掌にびっしりと汗をかいていたのに気付く。思った以上にカーテローゼの身を案じていたらしい。
本当にあの少女の身を思えば軍人にさせずメイドのままにしておくべきだろう。しかし当人の自由意思を曲げる事はなるべくしたくない。
これで才能が無ければきっぱりと辞めさせられたのに、思った以上に才覚に溢れて、パイロットの中でもトップクラスの適性を見せている。いずれ私設軍の中核を担うエースになるのは確実だった。
幼い頃から知る相手が優れた才を世に示すのは素直に嬉しくとも、命を危機に晒すのを見るたびに肝が冷える。
特別扱いはなるべく避けているつもりだが、死なせるにはあまりに惜しい。だからか高い資質を理由に、つい新型のR-9Cを与えてしまった。
おかげで生存率は高まったと同時に最も危険な戦場へ送る羽目になり、トータルではむしろ戦死の危険が高まった。ものの見事にドツボに嵌った気がする。
こうあっては以降もより強力な兵器を作り、あの娘に与え続けて死なせないように手を尽くすしかない。
それがカーテローゼをさらなる地獄へと突き落とす行為なのは理解している。
「全く以て度し難い」
狂った性根は死んでも治らなかったらしい。己の業の深さに自嘲しつつ身勝手に、地獄へ放り込んだ少女の身を案じた。