フットペダルに乗せた足が動く前に、反射的な思考が機体を真下に下げる。
0.01秒後に自身が居た場所を奇怪な胎児の化物が通り過ぎる。それも三体も纏めてだ。
後方に過ぎ去る胎児に向けて、後部接続したフォースから三本のサーチ・レーザーを放ち、胎児を追尾、纏めて撃墜する。
敵を撃破しても気を抜けない。今度は背後と真下から同様の緑色の胎児が突撃してきた。回避は間に合わない、だから逆に後方に突撃して胎児を機体にぶつける。正確には背部に接続したフォースと接触させて敵を防ぎ、真下の胎児が正面の射軸に合った瞬間、レールガンを叩き込んだ。
弾け飛んだ粘液と肉片がキャノピーに張り付く。すぐさま補修用ナノマシンが汚染物質を除去する。そしてまたレーダーを頼りに索敵。
絶え間無く触手の草原より現れては襲い掛かる、異様に頭部が肥大化した緑の胎児の形をした汚染体。R戦闘機に匹敵する巨体はそれだけで立派な凶器となる。せめてもの救いは数こそ多くとも防御力は無きに等しく、容易に撃破が可能な点か。
カーテローゼはかれこれ2時間は同じことを繰り返している。バイドミッション発動から既に40時間が経過した。その間、一秒も休む事なく戦闘が続き、五箇所の高濃度汚染区域の大型汚染体を撃破してきた。
その都度、汚染係数を頼りに移動を繰り返し、現在は奇妙な空間へと入り込んだ。上下左右も分からない漆黒の空間。宇宙空間に似ているが、よく見れば奇怪な触手に空間全土が覆われている。隊長機のR-9E2のセンサーでは、ある種の閉じられた閉鎖空間らしい。
フォースにも使われる人工生命体バイド・レプリカは空間そのものに干渉する機能がある。その性質によって異層空間を作り出して、安全に増殖を行うと資料にある。
つまりここは通常次元と異なる法則に支配された、既存の常識が何一つ通じない異質な場所と言うわけだ。このような異常しか存在しない空間において頼りになるのは己の愛機と僚機だけだ。
前方で縦横無尽にレーザーを乱射して敵を殲滅するR-13Aと、後方から各種センサーで絶えず状況分析を続ける指揮官機のR-9E2のおかげで、どうにか今も死なずに戦っていられた。
「こちらカーテローゼ。シュライバー少尉、前方の戦況はどう?」
「相変わらず敵がわんさか寄って来て、汚染係数は段々数値が上がっている。それ以外は変化無し」
フロントを務める白犬のマークの描かれたR-13Aから届く少尉の平坦な声の調子が状況の停滞を裏付けている。
汚染係数の上昇はすなわち敵中枢が近づいている証拠。しかし、進めど進めど状況の変化は乏しい。このまま永遠に胎児を相手取って徒に消耗を待つだけなのか。
「バイタルが乱れているぞカーテローゼ中尉。こちらのセンサーは今までに無い汚染係数の高まりを計測している。敵中枢は近いのは確実だ」
「…了解です隊長」
直接的な襲撃以上に先の見えない焦燥感は、思ったよりカーテローゼの精神を摩耗させていたらしい。彼女はコンソールを操作して精神安定剤を使用する。体内のナノマシンが薬剤を生成して、精神疲労を軽減する。
フェリクス・フォン・フレーゲルが開発した戦闘用ナノマシンは驚くほど多機能でありながら、非常にコンパクトな内容量を誇る。R戦闘機に搭載したナノマシンは従来の生存必須物資をほぼ排除して、容積と総重量を1割まで削りつつ、同等以上の機能を維持している。
止血剤、鎮痛剤、精神安定剤、覚醒剤、疲労回復薬、その他医療用薬剤の生成。薬剤以外に酸素生成、栄養補給、排泄コントロール。戦場における人体の不利となる要素を悉く排除する機能を持たされている。おかげでR戦闘機のパイロットは40時間もの長時間、多大な負担を強いられながらも心身のパフォーマンスを低下させずに戦闘を続けられた。
古来より戦闘機の限られた空間をどう活用するか。生存に必須となる物資を可能な限り小さなコックピットのスペースに詰め込み、かつ兵器の性能を低下させないため、兵器設計者達は常に頭を悩ませている。
同盟の場合は戦闘艇スパルタニアンに最低一週間パイロットが生存可能な食料他医療品を詰めたサバイバルセットを積み込んで、兵士の生存に最大限配慮している体裁を整えている。帝国軍はもう少し期間が短く設定してあるが、これはワルキューレが母艦の近辺での戦闘を重視した運用思想のため、艦から離れ過ぎた場合は死を覚悟しろと言う無言の命令に聞こえる。
いっそパイロットを排した無人機を採用してはどうかという意見も両軍で度々見受けられたが、現在でも有人機が幅を利かせているあたり、相応のデメリットが横たわり続けているのだろう。
技術的にはR戦闘機も無人機として運用可能と思われるが、フェリクスもまた有人機を採用している。無事に生きて帰れたら主に直接質問してみようと、カーテローゼは何気なく思った。
R戦闘機隊は汚染係数の高まる地点を目指す。数値が高まるごとに敵の襲撃は激しさを増し、襲い掛かる胎児の撃破は既に数百を数える。パイロット達は敵中枢は近いと直感的に備えた。
隊長機R-9E2のバイド汚染係数センサーが前方約300km先に異常値を計測。極めて高濃度の汚染体の存在。42時間の闘争の末、ようやく敵中枢を捉えた。
「カーテローゼ中尉はシュライバー少尉と合流して、二機で敵中枢に―――ちぃ!?」
不意に隊長からの通信が途絶えた。最悪の事態が脳内を過ったが、カーテローゼは最後の命令を受諾。この戦いに決着をつけるべくR-9Cのスラスター出力を一気に上げて加速、合流したR-13Aと共に胎児の群れを突っ切る。
押し寄せる緑の海を拡散波動砲でこじ開け、背部に迫る敵は青い雷撃で追い散らし、とうとう最深部へ到達した。
異層空間の最奥は蠢く黄金の触手で覆われた壁。中心部には巨大な触手の球体が鎮座する。汚染係数センサーは振り切れそうなほどの数値を叩き出している。
この場での最高階級になったカーテローゼは球体の撃破を最優先目標に指定。R-13Aが後方で群がる胎児を引き付けている間に、拡散波動砲をチャージ。青白い粒子が収束する光景に危険を察知した護衛の胎児の突撃を幾度となく回避。ヘルメットのバイザーにチャージMAXの表示が出た瞬間、至近距離から波動砲を撃ち込んだ。
閃光が止み、二人のパイロットは無意識に歯軋りをする。球体は健在だった。幾ばくか触手が剥がれ落ちて、奥に鎮座する巨大な緑色の人型が薄っすら見える。今もなお襲い掛かる胎児に共通する巨大な頭部を有する外見。それはさながら黄金のカーテンに遮られた玉座に座る王のように挑戦者を見下ろしている。
現行のR戦闘機が搭載する最大級の火器である拡散波動砲ですら、あの壁を貫くには至らない。ライトニング波動砲は追尾性こそ優秀でも貫通力はスタンダート波動砲にすら劣る。ましてフォースのレーザーでは到底足りない。
ならば取れる手立てはあと一つ。先に動いたのはR-13Aだった。後部接続してあったフォースを分離、スラスターを加速させて敵の玉座目掛けてアンカーフォースをぶつける。R-9Cが即座に退避した瞬間、アンカーフォースを中心とした空間が歪む。
フォースに蓄積された高密度エネルギーを全て開放する事で次元の壁が粉砕。一定空間に異層次元を発生させる事で既存物質を諸共粉砕した。これがR-13Aのアンカーフォースに搭載されたスペシャル・ウェポン【ヒステリックドーン】である。瞬間的破壊力はスタンダードフォースの【ニュークリア・カタストロフィー】を超える。
超兵器の威力は絶大だった。波動砲の直撃にも耐えうる触手の防壁は完全に破壊され、奥にふんぞり返るバイド中枢の巨人が露出する。
今度はR-9Cが中枢に吶喊。直接フォースを纏い、敵に体当たりを決行。巨人は同族のフォースに肉体の大部分を食い散らかされ、体内をレーザーで焼かれて断末魔を上げる。それでも完全な撃破には至らず、カーテローゼは咄嗟に火器管制を波動砲に切り換えた。
ほんの1秒が永遠にも感じられたが、1ループチャージした瞬間、フォースを切り離して波動砲の照準を巨人の頭部に合わせる。
「これで終わりよ!」
コントロールスティックの発射ボタンを押した。人類が生み出した狂気の青い閃光が、同種の狂気の申し子であるバイド中枢を吹き飛ばした。
頭部を失った巨人は生体組織を維持出来ずにボロボロと崩れ去る。中枢を失った事で汚染体は活動を停止した。あれだけ群がっていた緑色の胎児は力なく宙を漂い、何の反応も示さない。
カーテローゼは大きく息を吐いた。これほど長く苦しい戦いは経験が無かった。
「終わったね中尉。最後は見事だった」
「そう、ありがとう。でも犠牲は多かったわ」
「隊長の事かい。これも戦いだ、犠牲はどうしようもない」
確かに犠牲の無い戦など存在しない。あの軽薄なエースの言うように、どれほどの名指揮官、精鋭の兵を用意しても必ず戦死者は出る。
「機体だけでも回収か、せめて汚染体になっていたら処理したいわ」
「――――――嬉しい申し出だが無用な気遣いだ」
二機のコックピットに通信が入る。驚く二人に、隊長が淡々と無事を伝えた。
「そう驚くな。敵にレドームと通信系を破壊されて、長距離通信が出来なかっただけだ。スラスターも大半が壊れてあまり速度が出せんから少し待っていろ」
R-9E2はすぐに姿を現す。元あった機体上部の円状レドームは跡形も無く、機体後部のメインスラスターも全て破損している。現在はかろうじて無事だったサブスラスター1基とZ式慣性制御機構を使ってどうにか千鳥足で飛行していた。
とにかく無事を確認したR小隊は通常次元への帰還に入る。
先頭のR-9Cが異層空間の最も不安定な箇所に波動砲を斉射した。波動砲により次元隔壁が粉砕されて通常次元への脱出口が出来た。
三機は脱出口に飛び込み、元居た通常次元へと帰還。すぐさま旗艦【ターキッシュデライト】に通信を入れる。
「こちらカーテローゼ中尉。ターキッシュデライト、応答願います」
「こちらターキッシュデライト、聞こえている。こちらでも汚染係数の低下と敵汚染体の活動停止を確認した。BR中枢を撃破したのか」
「どうにか作戦は完遂しました。今から帰還します」
「了解した。英雄の凱旋を歓迎する――――――一つ伝言がある。『貴女は私の誇り』だそうだ」
「あっ、は、はい!」
誰からの言葉なのかすぐに察して、思わず涙腺が緩んだ。脳波操縦が乱れて僚機から心配されて、カーテローゼは慌てて誤魔化す。
着艦するまでが戦闘だ。一旦気持ちを落ち着けて、操縦に専念する。
敵中枢を撃破した突入隊の帰還をもって、総指揮官フェリクスは惑星パラスでのBRミッション終了を宣言。
事後処理は山のようにあるが一先ず危機は去ったと言える。