東方狸囃子   作:ほりごたつ

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EX その69 くろうは買ってでもするか?

 仄かな寒気を()びる風。雲足が早い妖怪の山方面より降りてきた秋風に髪を撫でられながら齧る栗は優しい甘さで、焼いた香ばしさとともに我が身に染み入っていく。じんわりと広がる風味、夏場の西瓜やさくらんぼのようなさっぱりした甘さとはまた違う栗の甘さはどこかあたたかく、一つ二つと口に含めばそれだけで心も豊かになるようだ。

 これに合わせて秋番茶でも啜れば渋みと甘みの両方を楽しめて愉悦の一時と洒落込めるのだけど、生憎と今はそう出来ておらず、年間通して変わらない自前の徳利酒でお茶を濁している。

 濁すとはいっても、焼き栗の香りでいっぱいだった口の中を慣れ親しんだ酒の味で流すのもまた味わい深くあるし、度々目が合うあたしの酒虫ちゃんは相変わらずかわいいし、知らぬ間に拵えてくれている酒も十分にウマイし、ご機嫌に暇を明かすことには成功しているから、これ以上を望んではいないのだけれどね。

 

 酒虫ちゃんとお揃いで、あたしのほうも相変わらず暇を楽しむだけの日々。

 今日はと言えば先の通り、何を考えるでもなく、ひとつ剥いては口に放り込み、ふたつ剥いては酒で流してホッと息をつくだけ……だったのだが、みっつめを手に取った頃にふと思った、食べ物はやはり秋がいいなと。

 

 なんたって空気が違うのだ。

 あたたかな春の芽吹きの勢いもなく、猛々しく盛る夏のような眩しさもない。そして来たる冬ほど静かでもない、穏やかな時が流れる秋は獣から成り果てたあたしにとってはとてもとても居心地がよく、緩やかに流れる空気は何を喰ったって美味しいと感じさせてくれるものだ。

 

 これで剥かずに済んだら言うことなしだなと、しかしそれでは味気ないなと。

 そんなことも考えつつ皮剥き、だからこそ情緒があるのだと頷き、食う。

 そうやって自問自答しつつ明るいうちから美味いもの喰って飲んで、郷を流れる空気に同じくあたしの心もほこほこでなんとも暖かに感じるけれど、日中からこの調子だと夜にはちょいと困りそうだな。なにを口にしても美味いからとあまりに飲み食いしすぎてはお腹ポッコリになってしまいそうで、それは少し恥ずかしくもあるが……そうはいっても元々肉付きのいい連中とは違ってあたしの場合は多少肥えたところで問題もないか。着物姿じゃ目立たんし元々の体も浮いた(あばら)が指でなぞれるくらいだから見た目の方も変わらぬはず、却ってが肉付きよくなったほうが抱き心地もいくらかよくなり、歓迎もできそうだけれど、いざという時になんだか重く感じるから乗らないでと言われるのはきっと切ないから、今日のところは抑えめで勘弁してやろう。 

 

 して、程々で抑えるにはどうしたものか。

 もぐもぐしながら案じるモヤモヤまで食についてだなんて、本格的に食欲の秋を楽しんでいるのだと自分でもつくづく思う……で、そうだな、夜は夜で馴染みの屋台でお酒飲みつつなにかつつけばいいか、ミスティアの屋台なら多少の注文をつけたところでそれに応えたものを出してくれるし、鼻歌交じりに焼かれる銀杏の二つ三つを肴に呑む女将のお酌はまた格別のはずだ。

 

 見つめる川面に浮かぶ女将の顔。

 今日はどうしますと笑顔で、小首を傾げながら伺ってくれるその表情もまた肴の一つで、それもおいしいものだとか考えながら。人間の里を流れる川の上、橋の欄干に背を預け、今日も盛況な霧雨の大道具屋を眺めながら宵の味を考えていると、荷車押した人間達が今年の恵みを荷台に載せて里のあちこちへと流れていった。

 

 今季は秋の妹様がやたらめったら頑張ったみたいで大地の恵みが豊作となり、畑の野菜も田の米も大収穫なのだと。なにを穫るにも人手が足らず、小作を生業とする者達以外にも人手としてかり出され、積み込む代八車ですら売れるほどなのだと。

 その味も、素のまま食ってもそれはもう美味しいものがギュッとしてドカンと美味いのだそうな。今戴いている栗なんかも類に盛れず大当たりで、粒の大きさこそ不揃いではあるけれど甘みの強いものがたらふく採れるらしく、あたしが口にしているコレも甘味処の末娘が寺子屋帰りに友の家事を手伝った際に頂いたものなんだとか。

 タダで提供するくらいなら羊羹にするなり甘露煮にでもするなりして店で出せばいいと考えなくもないが、今年は栗畑の持ち主が売らずに子の友人へ土産で渡すほどの実りだ、商なう側がかけた手間暇と時間を取り返せるほど同じ里の連中が買う見込みもないのだろうし、それならば馴染み客に振る舞ったほうが恩が売れてよいのかもしれないと考え直して、なにも言わずに頂戴した次第。ムリに断ったりするのは、まいどどうも狸のねえちゃん! と、曇りない笑顔でよこした店主の爺の顔を潰すことにもなりかねなかったからね。

 

 それでも紙の袋で二つは多かろう。焼いたものと生のもの、どちらも中身は変わらぬ栗だけでパンパンになった紙袋相手にそうぼやくと、その呟きをかき消すように人で賑わう通りのどこかしらから話し声が聞こえた。

 『いい』と言ったあたしへ当てつけたように聞けたのは『よくないね』

 誰かの具合かそれとも景気か、はてさて何が悪いのか。

 耳を寝かせてその声に集中してみればそれは通りの奥、長屋に住む女連中が集った井戸端から漏れ聞こえていたようで、牛頭天王様の噂が終わったと思ったら次は首のない羅刹が云々と、また別の噂話で井戸端会議が盛り上がっている様子だ。

 水を組む音に混じって三人、四人くらい姦しいのが雁首揃えて首、首と、なにやらおどろおどろしく話している気配だが、少しばかりの笑い声も聞こえる辺りに深刻さってのはそれほどでもないとみえる。まぁそれもそうか、その噂自体が荒んだものってわけでもないからね。

 

 今の噂で盛り上がる前、その時にもとある噂で里は賑やいでいた。

 それは『牛の首』という都市伝説で、どこぞの妖怪どもが組んで里に住む人間達の心をちょいと弄ぶって趣向だった。ばら撒いた正体不明の種は撒いてすぐから効果を発揮し始めて、噂を聞きつけた里の人の心に謎めく恐怖の色を滑り込ませていったそうだが。正体のわからない怪物話で慌てふためく様はそれなりに面白おかしくて、しばらくは上手く事が運んでいたように見えたそうのだが……そうやって人にとってはよろしくない遊びで妖怪が楽しんでいるのを許さないヤツってのがここにはいて、その時も当然の如くあの巫女さんが姿を見せたのだと。で、紅白がちょろっと探偵ごっこをしてすぐくらいにはあの遊びも終わってしまったのだと。

 

 この話を聞いて『さっさと止められてしまうなんて、大妖怪二匹が組んだにしてはちょっと詰めが甘いんじゃないの』なんて煽りながら笑ってやったのだけど、それはすぐに悪手と気付いた。

 嘲笑うあたしに向かってぬえちゃんからは『今回は遊びも兼ねた修行の一環だからいいの』なんて、あっけらかんな返しをされて、組んでいた姉さんの方からは『これくらいが儂ら日陰者にできるギリギリのラインじゃ、ここより進むと引き際を誤りかねんからのぅ』などと、それぞれのしたり顔で言い返されてしまって、叩きつけた悪態を結託して叩き返してくる二人の口に負けたあたしは笑顔を引き攣らせてしまった。

 

 ……いや、それだけならいい、良かったのに!

 ぬえのやつってば『仲間外れにされたからってやっかまないでよ、アヤメちゃんはマミゾウと一緒に都市伝説異変で遊んでたんだからいいでしょ!』などと、言ってやった以上の煽りをかぶせてきやがって、八つ当たりの文句までふっかけてきやがって!

 あの異変ではあたしも遊べてない、振り回された挙げ句寺の住職にぶっ飛ばされただけだ、と、ありのままの返事をしたら『こやつは逃げ回る術こそ長けておるが引き際をすぐに忘れる、それこそ楽しくなったら逃げるどころか自ら首を突っ込んでいくやつじゃ、人間達にしてやられたのもそのせいじゃよ』などと姉さんからの追撃まで増やしてしまい、結局最後まで言い返せないまま、姉さんはともかくぬえにまで馬鹿笑いされ、あたしはとても悔しい思いをしたのだった。

 

 でまぁ話を今に戻すと、その時に味わった歯がゆさと姉さんと共に笑う親友の顔を見て、そういやこいつと組んで遊ぶなど久しくなかったな、叩きに叩かれて潰れてしまった気持ちをなにかで発散してやりたいかなってイタズラ心が合致するに至り、前回の鵺狸コンビに続き今回はあたしとぬえでコンビを組んでちょいと噂を流して遊んでいたわけなのだが…… 

 

 

 

「おやおや、今日も変わらずのご様子で。それとも、そう見せているだけでしょうか?」

 

 流れる川面眺めてつらつらしていたあたしに寄りかかった人影。

 耳馴染みのよい声色で寄ってきたその影はすぐに色づいた。

 見つめる水面に映るそれは見慣れないキャスケット帽で尖り耳を隠した誰かさん。そのまま目線を動かすと、足下は焦げ茶にレースアップの紐がかわいい革靴に白いハイソックスで、声と違って姿のほうは馴染みがないな。

 

「あんたは珍しいわね、一言目があややじゃないなんて。また天狗風邪でも引いた?」

「出会いがしらに酷いですねぇ」

 

 いつもなら囓るに適した脛から引き締まった太腿まで拝めるというに。

 得意気に出しっぱなしの生足はどうしたのか?

 履いてる下着が見えそうなミニ・スカートでもないなんて。

 膝上のキュロットパンツで布面積を増やすだなんて、秋の陽気にでも当てられたか?

 

「心配してあげたのよ」

「そういうの、世間では冷やかしと言いますよ」

 

「冷えたならこれから引くのね、お大事に」

 

 天狗世間に疎いから知らなかった、冷やかしてるのはあんたのほうだ。

 あたしは至福のひとときを邪魔された清く正しい被害者だと、そんな気持ちのありったけを込めた嫌味は口だけでなく顔にも出ていたようだ。

 クスリと笑う天狗記者から間髪入れずのお返事が届いた。

 

「被害者面から飛んでくるにしてはまた、図々しい物言いで」

「そのままそっくり返してあげるわ。あたしは流れ行く季節の味を静かに楽しんでいたの、そこを邪魔されたから嫌味の一つを言っただけ」

 

 ヌケヌケと、どの口が図々しいなんて言うのか。天狗の顔に書いてある見出しを黙読し、徳利を啜る。わざとらしく喉を鳴らしてイイ音を立てると、それを合図に言い負かしてやった記者がネタ帳開き、そのまま閉じていてほしい口まで開いた。

 

「声をかけただけで邪険にされるとは思いもしませんでしたよ」

「厄介払いしたいだけでまだ邪険にはしてないわよ、これ以上絡んでくるならお望み通りにしてあげるけど」

 

「つれないですねぇ、もう少しお話してくれてもいいじゃあないですか」

「あんたと話してると酔いが冷めるからイヤよ」

 

「そんな事言わずに、私とアヤメの仲じゃないですか」

「羽のない天狗と仲良くなった覚えはないわ」

 

 姿に合わせたのか、今日は黒羽隠した天狗。

 太陽光を吸い尽くすような黒さは触れるに暖かく、心地よい。あたしは羽に顔を埋めて嗅ぐのも結構好きなのだがそれをやるとしかめっ面を見せてくれて、それも良いってこのままだと話すが逸れっぱなしになってしまうな。ともかく、今日はそいつも見えなくて少しだけ残念だ。

 

「その言い草は椛にも嫌われてしまいますよ」

「あの娘にも好かれていた覚えもないわよ、あたしって厄介者みたいだし」

 

 脳裏に浮かぶは、人の顔見てため息零す哨戒天狗の顔と下がった尻尾。

 これだけでは好かれている気配など微塵もないのだけれど、毎度毎回お山で会うたびに声はかけてくれるし、なんだかんだでかまってもくれるからそれほど嫌われてはいないのだろう。

 お役目故のお声掛けだとか、そういった無粋な真実からは目を逸らすとして。

 

「ほら、用がないならどっか行きなさいよ、押し売りも間に合ってるんだから」

「今日は勧誘ではありませんよ、少々立ち話でもと思いまして」

 

「話ねぇ、これといってなんにもないんだけど」

 

 ヘタをうつと立ち話で済まなくなるのがこいつとの語らい、今日のように向こうから絡んでくる時ほどそれは顕著で付き合いきれぬこともある。だがまぁいい、酒のアテに栗だけってのも飽きてきた頃合いだ、本当に少々で済むのなら付き合ってやるのも吝かではない。

 

「……でも、ちょっとだけならいいわよ。付き合ってあげる」

「お早い心変わり。何か思惑が?」

 

「そのほうが早いとこ立ち去ってくれるでしょ」

「あやややや、ツンケンしなくても。いつもいつも暇しかしていないアヤメには長話こそうってつけのものだと思いますが、はて……あぁそうでしたか、邪魔されては困る事でもしていらっしゃると、そういうことですか」

 

 ネタ帳つついて聞きたい素振り、にも関わらず人の話を聞かない天狗。

 あたしからの文句をヒョイヒョイと、軽やかな動きで躱してくれて。そこは風の者らしく身軽で妬ましいが、軽口に軽口を返しても操るに長けた風が如く避けられては面白くもない、あたしのお酒が不味くなる一方だ。

 

「それで今は? あぁこれからというお話でしたね」

「決めつけないでもらいたいんだけど」

 

「だけど? なんです?」

 

 開きっぱなしの鴉の嘴は放置してちょいと考え事、案じるタネはこの違和感。

 雰囲気というかなんというか、ヒシヒシ感じられる変な余所余所しさはなんだろう。着ている服装が違っているからか、文の口調がいつも聞いているよりも落ち着いた様子だからなのか。原因はわからないが、今日は見た目も変わっているから格好に合わせて調子の方も演じているのかね、鼻につく遠回りな口ぶりからはなにか探っていますって気配が多分に漏れ出しているし。ふむ、なんだか今日の文は僅かに混ぜられたしつこさと冷静さが滲んで見えて、そういうのも悪くないと感じなくもないな。

 古い妖怪相手に言うのもなんだが、今のこいつは見た目のそれらしい人間臭さを纏っているように感じる。普段も嫌いではないが個人的な好みとしてはこういう冷めた声色で迫られるのもイイんじゃないかなと思ってしまう、が……こいつ相手じゃあそういった考えは楽しめないか。

 この天狗は性格のほうがアレだから誘導してやっても艶っぽい流れにはならなくて面白みが少ないのが玉に瑕だ。どうせならもうちょっとね、黒光りする鳥らしく声や肢体は美しいのだから、ゴシップネタにした連中の傷口煽ってばかりいないでキラキラと色づいた玉の肌や悩ましい表情に興味を持ってもいいんじゃないかね、いっつも浮いたり飛んだりしっぱなしの天狗様なのだから。

 

「ではでは、早速伺っていきたいところなのですけれども」

「早速なんて言われても、意味有りげに迫られてもねぇ」

 

「すんなり話して頂けるなら迫ることもありませんよ」

「かといって今は、なにもないわよ」

 

「ならばこれから?」

「しないわ」

 

「本当ですか?」

「しつこい、下手な絡み方をしないで」

 

「アヤメの場合ちょっとしつこいくらいのほうがいいんですよ、そうしたほうが折りやすい」

 

 然りと心得ていますとも。そんな顔つきの記者さんが腰を折り、覗き込んでくる。

 確かに、あんまりしつこいと面倒さが勝ってしまって有る事無い事言いたくなる性分かもしれないがしかし、そう言われて折れてやるほどあたしは素直ではない。そのへんもこいつはわかってくれているのだと思っていたのだけど。

 

「追いかけ回されるとすぐ逃げるってのも知ってるでしょ?」

「この私から逃げ切れると」

 

「逃げ続けるだけなら自信がないわけでもないけどそれも面倒よね……ホントにないんだけど、なんか言わなきゃ引いてくれないって感じだし遊びはもう終わるって言っとくわ、これで納得して」

「そうですかお遊びですか……では、今はそれでいいとしましょう」

 

 言い切りながら煙管咥えて、これ以上はないと示す。

 納得なんぞしてもらえる気は毛頭ない言い種だと自分でもわかっちゃあいるが、どうやらそうでもないようで、返事を受けた記者が今度は満更でもないと顔に書いてくれた。なんだか今日のこいつは手間が掛からずよいけれど、きな臭さも感じてしまって少々やりにくくもあるな。

 

「それでいいの。見た通り、今のあたしは短い季節の風味を楽しんでいるだけよ」

「でしたら私も一息ついていきましょうか、お隣も空いていることですし」

 

 言うが早いか隣にストン、同じ欄干に背を預けた今日は茶色い黒天狗。

 組んだアイツと似ている長い耳を隠すよう目深に被っていたキャスケット帽を浅くかぶり直して、締めていたネクタイを緩めると、流れるように脱いだ上着は肩にかけた。それから小さなため息一つ吐き出した後で、あたしと同じくどこを見るでもないように視線を上げる文。

 それなりに含みのある言い方をしてやったつもりだがそこにはのってこないらしい。こんなにすんなり身を引かれるとは、先のやりにくさから考えないでおこうと思ったがこれは一考すべきか?

 

「冬も近くなったというのに暖かいですねぇ今日は、ちょっと失敗したかもしれません」

「年中半袖とミニ・スカートなやつがそれだけ着込んでいれば暑いでしょうに」

 

 ですねと苦笑いの天狗、そこは否定せず肯定しておく。ここで隙を見せると潜り込んでくるのがこいつのやり口、天狗取材法四十八の手の内の一つってやつだからな。やたら押しの強い奴がすっと引いたら気になると、そんな取材方法もよくある手口でこいつはそういうことを平気でしてくる、周知もされている、あたしもそれを知る内の一人だから今は藪を突かずに後に飴と鞭でも振りまいて場を濁すとしよう。 

 

「でもたまには別の格好もいいんじゃない、かっちりしたジャケット姿も悪くないと思うし」

「卸したてなんですよ、似合ってますか?」

 

「お似合いよ、ネクタイ姿もいいものね」

「それってネクタイに惹かれているだけでは?」

 

「誰かさんと一緒になんてしないわ、なんなら撤回してあげるけど」

「いえいえ、それは遠慮しておきましょう。アヤメに褒めてもらえるなんて思っていなかったので勘ぐってしまっただけですから」

 

 ふふ、と似合いの姿らしい笑みを見せる天狗。

 浮かべてくれる笑顔は確かに可愛らしい、呑んでもいないのによく回る舌だとか、いらぬ皮肉までかぶせてくれやがってとか、そう感じる心を少しだけ癒やしてくれるくらいには可愛い。

 

「褒めるべきは素直に褒めるのよ、あんたにはあんまり言わないってだけで」

「私には、というのはどういう意味ですかね」

 

「その胸に聞いてみたら?」

 

 見慣れぬ姿の感想に合わせて、甘い顔をすべきじゃあないとイヤミの一つも言っておく。あんまり褒めてつけあがってくれてもそれはそれで手間だと思うから、ここも言い切りからの沈黙で会話を流すが正解だろう。

 

 そうやって頂戴した皮肉には見合うものを返し、続けていく世間話。

 ん~と背伸びまで始めて、本格的に隣で羽休めされてしまったしこれからどうしたものか、そもそもこいつは何がしたいのか。わかっているのは何かがあってあたしに絡んできているってことなのだが、こいつはあたしから何を聞き出したいのだろうね。

 

「ついでに聞くけど、あれでホントに寒くないの?」

「普段の格好ですか? あのままでしたら寒いでしょうね」

 

「風をなんやかんやしてるから寒くないし捲れもしないって話だったかしら?」

「その通り、風の衣を纏っているおかげで冬でも夏でも快適です」

 

 話の着地点を探す中降ってくる新たなネタ。

 最近のあたしも年中の殆どを着物で過ごしていて他人のことを言えるような格好してないが、今日のような秋日和に細身のジャケットまで着ていては言った通りに暑かろう、いくら似合う服装だとしても本人が暑いと感じていては過ごすにつらかろうに。

 けれど、その辺りがちょうどいい話題ではあるかね。待ち合わせたように並んでダラダラしちゃあいるがこのままでは邪魔されただけになってしまうし、とうせならばこいつで遊びたくもあるからこっち路線のガールズトークでもしていこうか。チンタラ話している間になにか、追っ払うに適したネタの一つも湧いてこよう。

 

「冷暖房完備の一張羅、何回聞いても羨ましい話だわ」

「そのおかげで今日は少しだけ暑いのですがね」

 

「だったら今日も涼しく過ごしたらいいじゃない、風を着るんだから今の格好でもできるでしょ」

「今はそうする気にならないんですよ、着替えている意味もなくなりますし」

 

 胸元摘まんでパタパタと、手団扇(あお)いで語る記者。

 暑い暑いと言う割に外したボタンは一番上だけ、そんなに涼みたいのなら一と言わずに二三外せばもう少しマシになるだろうにって身持ちの固いこの女がそうするはずもないか、両肩晒しっぱなしのあたしとは違って。

 それはそれとて、何気ない話に新たな話題をねじ込んできたな。見慣れない衣装摘まんで意識させ、これ見よがしに言ってきた『着替えている意味』ってのが文からのネタ振りで、聞きたいところに繫がるのか。出来ないではなくする気にならないってのもあたしを釣り上げるために態とらしく晒してくれた返しの針なのだろうな。だとすれば、そこに触れてやればそれからは文が聞きたい話に向かって会話の舵取りをしてくれるはずなのだけど……

 

「なんでもいいけど、わざわざ着替えて出向くなんて……あぁそう、奥手の文ちゃんにもようやくそういうのが……お相手はだぁれ? そんな格好でここに来るんだからまさかの人間? 攫い甲斐のあるかわいい男の子でも見つけた?」

「いえ、そういった事ではなくてですね」

 

「違うの? 普段よりも露出の少ない格好だし、清く正しいお付き合いってのを示すために衣装替えしてきたのかなって思ったんだけど、ちがうの?」

「ちがいますよ、用事で降りてきてはいますけど」

 

 ニンマリ笑って無いこと無いこと言い放つも、一蹴されてすぐに終わる。

 見慣れた装いを脱ぎ、人間の着るソレらしい衣服に身を包んでいるから万が一、億が一の可能性ってのに賭けてみたがまぁないか、わかってはいたが。この里の人間の大方は着慣れた和服で出歩いているからあんまり見ないのだけど、若者集うあのカフェーや外れの呉服屋に通うなど流行りに敏感な連中には好んで洋装を着る者もいてそれなりに増えてきたって話も聞いている。とまぁ、そこいらの話から引っ掛けて下世話な話題にもっていったがあからさまにイヤな顔をされた。

 

「なんだ、つまらない。スクープ狙いの記者をすっぱ抜けたと思ったのに」

「それはまたの機会にどうぞ、あればですけどね」

 

 本気でつまらんと顔に書いて見返すと、同じような表情で返された。種族から違うというのに顔付きまで似せなくとも、鏡じゃないんだからそんな顔するなとちょっとだけ楽しくて笑ってしまって。その瞬間に文の顔がまたイヤな感じに戻った。

 

 好ましい表情も見られたしここらで見方も変えていこうか。

 それで、こいつはなにしに来たのだろうね。幻想郷で古く名高い妖怪が最近の若者のマネまでして会いに来る者とは。ぱっと思いつくのは会っているところを見られたくない相手、見せられない誰かってところか。妖怪のお山を束ねる天狗が繋がりを知られるにはマズイやつ、そんなのと会う予定があるから態々着替えて、人に扮していると仮定するのが妥当な線だろうがそんなやつがこの人里にいたかね。

 ここで顔が利く連中といえば口うるさいが体の弱い九代目とその近くの寺小屋で教鞭を執っている口うるさい教師、後はやっぱり口うるさい普通の魔法使いの生家くらいのものだが……あぁ、最近は貸本屋の小娘もなにかと話題に上がっているな。我らが姉さんもなにかと気にかけているようだし、もしかするとこの天狗も小鈴狙いで里を彷徨いていたのかもしれない。

 煩い奴が尋ねるのが煩い連中。揃いも揃って姦しいと感じてしまうけれど、それほど広くもない里だというのに話題となる奴らはこうも揃って騒がしい者達ばかり、少しはあの妖怪、人の里に暮らすろくろ首のように静かに暮らすことをしてもよかろうに。

 

 などと、人間の縄張りで生きる妖怪に意識が逸れ始めた頃、山住まいの妖怪が口を開いた。

 

「それでも気になると、そんなご様子ですねぇ……よろしかったらお答えしますよ? この清く正しい射命丸が嘘偽りなくはっきりとお答えしましょう」

「聞いてもらいたいなら素直に吐いてしまえばいいのにって言い返したいけど、長くなるからいいか。なんでまた着替えてなんて、あんたが人目を気にしなきゃならない奴がここにいたかしら?」

 

「気にしたわけではなりません、引きたくなかっただけですよ。なに、里に天狗縁の品があったという話を聞きつけましてね、なんでも通りの角の酒屋に鞍馬山の力を宿した秘宝があると。それは是非、一目見て置かなければならないと思いまして」

「へぇ、それで探りに来ていたと」

 

「そういうことです。清く正しい私は普段の格好ても怪しまれることはありませんがそれは天狗として(・・・)、天狗以外として(・・・)見てもらうには人に化けてしまうのが手っ取り早いですからね」

 

 なるほど、それで人臭さを纏っていたわけか。

 天狗が天狗の品探しをしている、そんな話が広まればその品は本当に天狗の品だと認識されてしまう。その品物、聞くにタライだそうだが、それが偽物にせよ本物にせよ天狗としては目の行き届かぬ場所に自分達の匂いがするものがあるのはあまりよろしくない、だから私が見定めにきた。

 今日の変装じみた格好はそういったものが理由にあったらしい。ガラクタ市のほうでもそのタライに関わる文書が売り出されていた話もあるらしかったがこちらは文が行くよりも早く売れててしまったようで、今はその帰りなのだと。

 

「都市伝説が具現化してしまう噂が絶えない、どうしても盛り上がってしまうのが今の里です。そんな状態で我々の話が広まってしまうと困る事になりかねませんからねぇ、なにかと」

「どうでもいいけど手間は増えそうね……へぇ、珍しく真面目に天狗してたんじゃない」

 

「失礼ですね、私は常日頃より真面目さを売りにしていますよ」

「それって自分に対してってやつでしょ」

 

「その通りです。私は私が真実と呼べるものを取材し、記事にする天狗ですから」

「さも当たり前って顔で言い切るのが文のいいところよね」

 

「これはこれは。一日に二度もアヤメに褒めてもらえるなんて、お天気が崩れないか心配です」

「そうなったら雨雲散らして頂戴ね。着物濡らしたくないし、天狗の仕業ってのを偶には魅せつけてもらいたいし」

 

 互いに放つ皮肉を咀嚼して、それから訪れる沈黙。

 静かになった空気に添わせるように煙管取り出し、ここらで一服。

 会話のほうも一旦途切れたし、潮時かね。お着替えの謎は解けてしまったし、この真似っこ天狗のそれらしい矜持ってのも見れたし、姿隠した妖怪がその狙いを表したのだからこの話はもう終わりだな。後はどうにかしてこいつを引っ剥がせばあたしの楽しい時間も帰ってくるはずなのだけど……そういえばだ、文がなにしに来たかはわかったけど何故に絡んできたのかはわからないままだな、それも聞けば教えてくれる……いやいや、こいつから貰いっぱなしの聞きっぱなしなんて後が怖いな、ならばここは気付かぬ顔で流してしまおう。

 

「ちょっとアヤメ、その顔はなんです? いきなりニヤつかれると気になりますよ?」

「そういう顔なのよ。で、なに? そろそろ意中の人のことでも話してくれる気になったの?」

 

「その話題は飽きましたねぇ」

「飽きたなら新しいネタ探しに出たら? 羽休みも十分でしょ」

 

 軽々言ってやってから徳利を持ち上げると、軽く添えられた手で止められた。

 なんのつもりか問おうとすると、汗の引いた首元のネクタイを締め直した天狗記者の嘴が開く。

 

「新しいネタなら今からお話しますよ」

「急に真面目な顔して、キリッとしてるところも褒めてもらいたくなった?」

 

「茶化さないでくださいね。そろそろ冗談も尽きた頃でしょうし、ここからは貴方に関わるお話なんですから取り合ってください」

 

 語らいながら添えられた手を払い、徳利傾ける。

 くぴっと一口、いくつもりが潤わない我がお口。

 文の目線を気にせずに徳利を覗き込むと、お酒の尽きた徳利の底の方でこちらを見上げる酒虫ちゃんだけがいた。里へ顔を出してから今まで飲み歩きしっぱなしだったし、あの鬼っ子が振り回している徳利ほどは大きくもない我が酒器だ、このあたりで尽きもするか。

 ならばよい、言われた通り酒飲みの冗談は切り上げて真面目に付き合ってやるとしよう。雰囲気からすればあたしに絡んできた理由ってのを聞けるみたいだし、熱烈に求められているのだから応えてやるのがモテる女としての在り方ってものだろう。

 

「アテ代わりにかまってあげてたじゃない……でもそうね、お酒もなくなっちゃったし、内容次第では改めてあげるわ」

「ではでは気が変わらないうちに聞いてしまいましょう、アヤメは最近の流行りについてなにかご存知でしょうか?」

 

「流行り? 洋服には疎いし和服も今はこれしか着ないから……って、これももういいわね」

「この里で流行っている噂について。首のない羅刹に襲われるって話で賑やかじゃないですか」

 

 言い切って、フフンと笑う射名丸。

 天狗らしく鼻高々に、ここが往来の最中ではなく二人だけで会っていたなら偉そうに胸まで張って魅せてくれそうな勢いを感じる笑みだ。こいつがこういう顔をする時は既にウラをとっている時、目星がついている時が大概だ。そして先の話の切り口からすれば……

 

「あのろくろ首のことじゃあないの?」

「赤蛮奇さんのことではありませんね、彼女からの聞き込みは既に済ませていますし疑いも晴れていますよ。里を賑わす噂の出処として彼女よりも相応しいのはそう、正体を掴ませないでいた誰かさんが怪しいと考えています。例えば人を欺き嘲笑うことに長けた方、とか」

 

 手帳を捲る記者の言い分。

 キャラに似合わぬ丸い筆跡見ながら淡々と言ってくれてあたしの探りを鼻にもかけてくれないがなんだ、これは流した噂の出所として既に割られていそうな予感。

 ……いや、もうわかっているのか、物言いから鑑みれば。

 

「ここまでで、なにか?」

「特には、あたしの与り知らぬことだったし」

 

「ほぅ、ここまで聞いてまだしらを切ると……」

 

――その態度はよろしくありませんよ――

 ぼやきながら手帖になにやら書き記し、すぐにしまって腕組む天狗。

 組んだ腕にトントンと、指先を遊ばせる立ち姿になにか待つ素振りまで含ませて、そんなに返事が聞きたいかね。ここまでの流れや雰囲気から犯人はあたしだって確信を得ているだろうに、そんなに本人の口から吐かせたいのかね、証言としてはっきりしたものがないと記事にしないとか、そういったルールはこの天狗にはなかったと記憶しているが。そもそもその顔はなんだ、あたし達からすればたかがと言ってもいい遊びの一つを突き止めたくらいで鬼の首を取ったような表情してくれて、人真似天狗が姉狸を真似た手抜きの遊びに茶々入れてきただけのくせに、この程度で天狗が天狗になるなど気に入らない、面白くない。

 

 ならばどうしてくれようか、犯人としてはもうバレているのだからすんなり話して鼻を折ってやってもいいがあたしの中の天ノ邪鬼がそうしたくないとごねてもいる、心地よい一時を邪魔された部分をなにか他のモノで補填せよと悪戯心に火が点いた気もする。

 だからここは敢えて濁していこう、こいつだって切り出しから尻尾を掴ませる話し方をしてくれていないのだ、尾のないこやつがそうするのだから尾を揺らすあたしはそれに習って当然だ。

 

「なにがよろしくないのかわからないけど出し惜しみもよくないわよ」

「アヤメに言われたくはありませんがこのままでは拉致が明きそうにない……はっきり言ってしまえばそうですね、貴女にまで積極的に動かれては困るというのをお伝えしておこうと思いまして」

 

「困る? そう言われても、あんたらにはまだ手を出してないわ」

「それはそうでしょう、私達が直接影響を受けたわけではないですからね」

 

「よくわからないことを言うわね、なにかされたから忠告しに来たんじゃないの?」

「間接的に、ということですよ……思い当たる節がありませんか?」

 

 そんなことはないはずです、仰々しく吐く天狗はまたも無視。

 はて、なんのことを言われているのだろうか。こいつから釘を刺されるような事など本当にしていないぞ。節があるなどと言われたが、我が心情はあたしのお肌のようにつるっつるで引っかけられるようなものがない。どうにもあの噂遊びでなにかしらあったようには思えるがアレはもう終わったというか、ほうっておいても終息する遊びだ、あの程度で天狗に害成すことなどないとあたしは考える。でもそれ以外にはなにもしていないし、アレ以外に探すというのならなんだろう、最近で動いたのは……

 

「そうねぇ、強いてあげろっていうのなら……貸し付けたままで取り立てていない奴のとこに顔を出したりはしてるわね、あたしも姉さんも。今日もこの後で会いに行こうかなって思ってたし」

「それはそれは……ちなみにどちら様で?」

 

「寺の忘れ傘よ、暇を見て会いに行ったりしてるの」

「小傘さん、あの方も面倒くさい相手に貸しを作ってしまいましたねぇ」

 

「利子付きで返してくれるってわかってるから態々出向かなくてもいいんだけどね、あいつたまに忘れてるのよ、あたしの顔を見ると返済に滞りがあるんじゃないかと思うみたいで」

 

 普段から驚けー! と誰かを驚かしている、いや驚かそうとしているやつの驚く顔は中々に面白い、二色のお目々を同じく丸くして、たどたどしさに満ちる様は写真に収めて飾っておきたいとすら考える。そんな姿を見せてくれるものだから毎回忘れた頃を狙って様子見するのだけど毎度変わらずハッとしてくれて、あいつはからかっていて本当に飽きない唐傘で愛らしくて、これからも長いお付き合いをお願いしたいところである。

 

「その瞬間の反応が面白くてね――」

「まぁまぁ小傘さんの話はそのあたりで。私個人としてはこのままネタの提供をしてもらっていてもいいのですけど益々埒が明きませんからね。素直に問いますが、以前に流行った都市伝説も当然知っていますよね?」

 

「茶化すなって言われたばかりだったわね……聞いたら死ぬ牛の首が云々ってやつ? あの話も噂でしかなかったみたいね、それなりに広まっていたけど人死にもなかったみたいだし、あたしは楽しめなかったわ」

「内容については省きましょう、私が言いたいのはそこではありませんしね」

 

 かぶるキャスケット帽に指を添えた文が視線を隠して切り出してきた。

 やや強めに聞こえた口調とキメに思える仕草には推理から導き出した答えを語る名探偵のようで、その顔はなんだか輝いているようにも見えるな。

 

「今日聞きたいのは最近まで流れていた『牛の首』に続いて流行った噂についてです。巷で呼ばれている名称から『首なし羅刹』とでもしましょうかね、こちらも聞けば死に至るなどと物騒な話ではありましたが結局はそうならず、噂は噂でしかなかったところに落ち着きましたね」

「二番煎じなんてそんなもんでしょ。笑って話せるネタになってよかったじゃない、文達からすれば面白くないのかもしれないけど」

 

「私達? それはどういった理由で?」

「このままじゃあ記事に出来ないままで終わっちゃうでしょ」

 

「あぁ、そこは特に問題ありませんね、代わりに犯人の記事を書く予定ですから」

 

 そうかいそうかい、そちらはそちらで楽しむか。

 つまり、今この場での語らいは全てその為のインタビューだったりするわけか。

 思ったまま、感じたままに問い返す。

 と、その通りですと返事がきた。

 

「まるっと話してもらえれば悪く書いたりはしませんが口八丁で逸らされても面倒ですからね、私の方から問い正してしまいましょう。あの噂話、出所はアヤメで間違いないですね」

 

 キラリとした顔のまま、ピシャリと言い切る黒天狗。

 散々引っ張ってみたがやっぱりあたしとバレてはいたか、どこから仕入れてきたのか知らないが突き止めてくれるなど、やるものだな名探偵。

 

「あたしだとしたら、それで?」

「おや、お認めになるのです?」

 

「文こそとぼけないでいいわよ、はなっからわかってたみたいだし、遠回りご苦労様」

「させた本人に言われたくありませんね……しかし、ネタが割れても焦りもしないのはなんというか、アヤメらしいですねぇ」

 

「割れたところでね、もう終わる遊びだと言ってやったでしょ」

「割って差し上げた者としてはもう少し驚きを見せてもらいたいところですし、詳しい解説を聞きたくもあるのですけど」

 

「大したことなんてなんにもないけど、聞きたいってんなら話してあげるわ」

 

 また勝手にバラして! アヤメちゃんは!

 脳裏に浮かぶ親友がそう騒ぐけどいつものことだと蹴り飛ばし、語る。

 あたしとぬえで広めた噂は話の通り、前回流行った牛の首をもじっただけの二番煎じといったもの。姉さん達の噂は謎の怪異が人を殺すというものだったが、あたし達はそこに手を加えて、今度は首のない羅刹が人を殺めに出てきたとしてこの里に流した。羅刹なんて物騒なものを選んだのは演目の二枚目だからそれらしく映えるやつにしようって粋な心と、話だけは御大層にしたいという見栄、それと姉さんの言っていた日陰者がやれる範囲を考慮してだ。前回は出張ってきた巫女に解決されてしまったから今回はそうなる前に、面倒な人間に首を突っ込まれず正体は無辜のまま終わるように、解決策もわかりやすくなるように羅刹を選んだと、そんな腹積もりだった。

 

 そんな中身をベラベラすると、キャスケット帽より零れていた髪をかきあげる天狗。

 欲しがっていたネタは話してやったつもりだが、この顔はまだ足りてないって顔だな。

 

「大まかな狙いはわかりました、しかし解せませんねぇ」

「なにがよ、わかりやすい遊びだったでしょ?」

 

「動機自体はわかりますよ、けれど解決策まで用意するのがわかりません。敢えてわかりやすくした部分はどういった狙いで? 意味なくそうしたようには思えませんが」

「そこはほら、巫女達や魔法使いとやり合う気なんてさらさらないし、あいつらに邪魔されない程度に遊んで笑えればそれでよかったから、ちゃちゃっと終わる話にしたかったのよ」

 

 事実、あの子らの顔を見てないのだからあたしの読みは正しかった。それを示すためニヤリ、嫌味に笑ってやるとその笑顔を気に入ってくれたのだろう、先程までの決め顔をやめた天狗が大きな大きな溜息を吐き出した。毒気の消えた天狗の顔も見られたしここまで話してやったついでだ、ネタが欲しい探偵さんにその読みのウラも話しておいてやろう。

 

 以前の牛の首は博麗の巫女さんが牛頭天皇を正体として祀り上げ、噂の真相を上書きすることで解決した。あたし達目線で言うならそのせいで正体不明のタネは割れ、人間達の間ではあの噂は笑って話せる過去のものとなったって感じだ。

 あたし達はそこを逆手にとったのだ。牛の首の解決策には人々の信仰心が関わっている、そして信心高まった人間の中には好奇心旺盛な奴も当然いて、牛頭様をきっかけにした調べものなれば馬頭様にも容易くたどり着くはずだ。そこからはもう手間はない、羅刹と牛を繋げて考えるなら、なにやら牛頭天皇様だけが我々に持て囃されて相方である馬頭羅刹がお怒りになっただとか、ご機嫌斜めになってしまって牛がしなかった行いを人に対してしてしまうとか。そんな雰囲気の結論を人の噂が勝手に作り出すだろうと、そんな読みであたし達は噂のタネを流したわけだ。

 一度得られた答えは他にも当てはめやすく、それを正解と考えがちになる。その元が正体不明、そして神様かもしれないというなら尚更正解を導き出した名高い神職の答えに肖ろうと、人としてはそう考えて必然だ。

 

「それでも絡んでくるのがあの人間達だと思いますよ?」

「その時は解決策が広まって良かった、さすがは霊夢が広めた教えねって嘲笑ってやることもできたし、あの娘を小馬鹿に出来た時点であたしは楽しめているから勝ちなのよ」

 

 その後どうなるか、それは明白。

 嫌みったらしく笑うあたしに向かって封魔の針や退魔の札がそれはもう飛んでくるのだろう。しかしそこも織り込み済みだ、その時はしでかした化け物らしく弾幕ごっこでケリをつけるだけだ。無論勝ち筋なぞまるでないけれどイタズラがバレた妖怪は退治されるが定めにあるのが幻想郷なのだからそれでいい、一度の負けで博麗の巫女を笑ってやれるのだから遊びはご破産どころか寧ろお釣りがくるほどと思える。

 

 「なにもしなくても喧嘩売られて撃ち落とされることもあるんだから、それならやるだけやって弾幕ごっことなったほうがいつそ清清しいじゃない……まぁそれでも、勘のいい巫女さんならあの噂は動くまでもなく落ち着くものだと気が付いてくれたはずだけどね」

 

 それらしい理由の追加に合わせ、確信している部分も話す。

 言われたようにあの子達なら動いた可能性もあった、解決した話がもう一度蒸し返されたとなれば面白くないと感じて犯人捜しに乗り出すかもしれなかった。だがそこも手を打ってあるというか、巫女につけ込む形で盛り上がってしまっているからこそ動きにくいだろうと踏んでいた。

 

「そう思える理由は、文ならわからなくもないでしょう?」

「私なら?……あぁ、そういう(・・・・)狙いで」

 

「そ、霊夢を真似たのはそういう(・・・・)事にしたかったから。真似た相手の匂いってのは鼻につくものでしょ、狙っていようといまいとね」

「霊夢さん達にもあの噂では益がありましたからねぇ、同じ内容の噂に同じ解決方法とくれば浮かぶ顔も同じ顔……霊夢さんにマッチポンプ疑惑が向く可能性を残したわけですね、この里の人間たちがいくら日和見とはいえ二度目ともなれば疑り深くもなるものですし――」

「ね、何もしないで解決されるのに態々評判が落ちるような事をするか、という話よ」

 

 あの妖怪神社や妖怪寺など、噂でいくらか潤った場所は評判を気にする傾向にある。それは面霊気の異変でも表に出て見えるほどだ、ここで説明する理由などないだろう。

 そこを下地に考えれば霊夢が、こと信仰に関わる連中が首を突っ込んでくる可能性は低い。時を置かずにニの轍踏んで手軽に信仰荒稼ぎしているなんて悪評はあの子らの望むものではないからな。あちらの、信仰など気にしない異変の解決者達、魔法使いを筆頭に半人半霊の庭師や吸血鬼の天然メイドあたりが出張ってくる線も捨てきれなかったし、ともすれば怒り心頭な神道の巫女に追いかけられるってのも考えられないわけではないが、前者は博麗の巫女に比べれば御しやすく、絡まれたところでどうにでもなると思えたから気にしなかった。紅白は、神社の評判下げてまであたしを退治するほど生真面目ではないから、そちらも問題はなかったはずだ。

 

「これで本当に納得してもらえたかしら?」

「それが真実というのであれば、ですがね」

 

「もうないわよ? それよりあたしのほうも答え合わせが聞きたいって思わなくもないんだけど」

 

 あたしの方はこれで打ち止め、後はもうなんにもない、本当に。

 それよりもだ、話の流れだとこの遊びのせいで文達天狗衆が間接的な被害を被ったってことになるがそれってばどういうことなんだろうか、こっちは犯人役としてすっぱり話してやったのだから探偵役も行動の動機を語るべきではないのかね。

 そう思って問いかけたが、天狗の顔は明るみに出た真実とは裏腹に、少しだけ陰って見える。

 

「あたしは答えてあげたんだし文からの答え合わせも欲しいわね。犯人候補に選んだ理由も聞いておきたいんだけど、いい?」

「勿論お伝えはしますよ、そこがメインのつもりでしたからね……」

 

 聞かせてくれるはずの口、あたしを問い詰めていた嘴は先の台詞を言ってから噤まれてしまった。本当になんなんだこいつは、聞くだけ聞いて黙るなど。そういう態度は好かんと知っているくせに。そも、つもりってのはどういう意味か。伝えなきゃならないナニカがあったから絡んできたんじゃあないのか?

 そんな心で沈黙天狗を睨む。

 すると咳払い一つの後、続きが吐き出された。

 

「失礼。少し、軽率さに呆れてしまいまして。まさか本当に遊んでいただけとは思っていなかったので呆けてしまいました」 

「あん? どういう意味よ」

 

「そのままですよ。我々の勢力争いにアヤメまで噛んできたのかと思っていたところにね、気晴らしのお遊びでしたと聞かされては拍子抜けもいいところじゃありませんか」

「勢力争いなんて興味ないわよ、姉さんじゃあるまいし……あぁ、そういう繋がりであたしを疑ったわけか、合点がいったわ」

 

「そういうことです。牛の首の噂では貴女のお姉さんが陰日向に動いていたという話もありましたからね、アヤメがこうした争いに乗ることはないとわかっていても強い繋がりのある貴女を見過ごすわけにはいかなかった、我々としても気を回さないわけにはいかなかったのです」

 

 いつぞや興した堆肥ビジネスであったり、夜な夜な連なる付喪神の行列であったりと、小さな事ではあるけれど着々と、それでも確実に幻想郷で幅を利かせ始めた我らが化け狸の御大将。外での勢いに比べれば幻想郷てはまだまだ新参、伸びしろのほうが大きいものではあるがなるほど、こいつはそのあたりを危惧して、あたしが姉さんと組んで狸の縄張りを広げているのではないかと勘ぐっていたわけか。

 そうして探る最中、牛の首は化け狸が一口噛んだネタだったってことに気がついて、そこから首なし羅刹も狸の仕業、前回とは違う狸の仕業としてあたしを犯人だと読んだと、そんなところかね。これだけでは説明しきれぬ動きも、読みきれぬ面も往々にあるがそこは耳の早い天狗だ、何かしら情報筋があるのだろう。

 

 なんにせよ最終的には正解に辿り着いているし、やはりこいつらは侮れないな。

 そう褒めるつもりで文を見る、と、目線があったと同時に大きな溜息をつかれた。

 並ぶあたしの前髪を揺らすほどの息、いくら風に長けるとはいってもなんだよ、そこまで落胆されるとやっぱり面白くない。だから賞賛はやめてくだらん悪態で返してやる。

 

「色々思惑があったところ申し訳ないけど、そんな感じよ? 取り越し苦労でホント、ご苦労様」

「……トリだけに、なんて言ったらさすがに怒りますよ」

 

「冗談に突っかからないでよ、恥ずかしくなるから」

 

 くだらない冗談はヨシとしてだ、どうしたものかねこの空気。

 来た時とはまるで雰囲気の違う天狗、キメ顔したり鼻を高くしていたはずの文ちゃんが真相を知ってから肩を落とす光景は悪くはないのだけど、あたしとしては遊びに釣られた阿呆の顔が見られて万々歳ではあるのだけど。ここまでガッカリされると腹立たしさよりもバツの悪さが強まってしまった気がして、これはこれで面白くもない気もしてきた。

 ならばそうだな、ここは一肌脱いであげるべきかね。

 下手に肩入れすれば天狗の勢力を広げることとなり、あたし達狸としてはオイシクなくなってしまうかもしれない、姉さんにも悪い印象を与えてしまうかもしれないが……元々が姉さんの勘定にないお遊びだったのだ、この程度で裏切りになるはずもないし最低限の駄賃で天狗に貸しを作ったとなれば褒めてもらえるネタにもなろう。ついでにこいつに花を押し付けて持たせたとなればあたし個人としても楽しい終わりを迎えられる。

 

 であれば打つ手は何がいいか……そうだな、天狗の仕業を見せてもらうとするかいね。

 

「ねぇ文、これからどうするの? お山に戻って報告?」

「そのつもりですけど、狸連中に化かされたと言えば私は笑い者ですし、かといって大天狗様や天魔様に偽りを伝えるのも……困りものですねぇ」

 

「そう、あの爺にも通じた話なのね……だったらいいわ。帰る前に一つ、悪巧みに乗りなさいな」

「悪巧み? この噂にまだなにかあります?」

 

「逆よ逆、なにもなくなる前に終わらせるの。解決法を教えてやったんだから記事にして広めろって言ってるのよ」

「私にマッチポンプの片棒を担げと」

 

「イヤなの? 今までにも自作のポンプを散々担いできてるでしょ、今回は自作ではないってだけなんだから気にすることもないと思うんだけど」

 

 文の面子を潰さないため、あたしが協力してあげる、そんな(てい)での提案。

 ほうって置いても落ち着く噂、だがまだ終わってはいない噂。そいつの正体を掴んだ文が狸の目論見にも気付いて、自然消滅する前に潰した。そんな手筈で話をもっていけば上に対する報告として形になるだろう。勢力やら権威やらを気にする天狗なら自分達の手でライバルの企みを潰したと知ればその行動を高く評価してくれるはずだ。たとえそれが自然に消える噂だとしても、大事なのは天狗が狸に一泡吹かせた結果だけだろうから。

 

「……見返りは?」

「特に考えてないけど、あたしと文の仲なんでしょ?」

 

「そういうのはやめましょう。はっきり言っていただいたほうが随分とマシです、アヤメに借りを作ると後が怖い気がしますので」

 

 後の話か、そこは互いに出ずっぱりの化け物なんだから怖いも怖くないもなかろうに。

 あたしは文が乗ってくれるだけで得する案だからなにを望むべくもないのだけど、せっかくお返しの提案を述べてくれているのだ、ここで断っては女が廃るかもしれないな。文のほうからそう言ってくれるならここは甘えていくのが吉というものだ。

 

「だったらそうね、多くは望まないから……冬も来るし、(こな)れた布団を打ち直すための羽をいくらか届けてくれればいいわね」

 

 またですか、そう囀る鴉に向かい鼻を鳴らしてから煙管を咥える。

 大きく吸ってぷかりとさせて、先に同じく後はお任せの姿勢を見せてやる。あたしとしては文がこの話には乗つてこようが降りようが構わない、乗ってくるならお布団がふかふかになり、ついでに人間少女達に襲われる可能性を減らせるだけ。もし厭だと降りても噂が鎮まるだけで文が天魔や上司にどやされるだけだ、あたしに損はないからどちらでも構わない。

 

「後の判断は任せるから好きにしてくれていいわ、できればこの冬もふかふかの羽毛布団で寝たいと考えているけどね」

 

 最後通告変わりに文の顔目掛けて煙を吐く。 

 しかしその煙は届かず、冷えた秋風に消されてしまった。

 この果たして提案は立ち消えとなるか、流れる煙草の煙に案じでいると結論を出したのか、文はなにも言わぬまま何処か里の通りの奥へと消えた。

 

 いつもならバサリと、お山の匂いとインクが香る美しい翼はためかせて飛んでいくのに。

 里に並ぶ民家の屋根など一度の羽ばたきで超えていくのに。

 飛ぶに適した連中が飛ばないなど疲れるだけで、それこそトリらしくなくて苦労だろうにな。


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