少子高齢化、
社会福祉コストの増大。
この難題に果敢に立ち向かう者達がいた。
それを彼らは贖罪と呼ぶが、それはまさに希望であった。
「班田収授法(ハンデンシュウジユノホウ)の復活を提案致します!」
厚生労働省の天塚智(アマツカサトシ)大臣と
農林水産省の中臣鎌太郎(ナカオミカマタロウ)大臣が連名で提案した
法案に日本中が驚愕した。
班田収授法とは有名な大化の改新以降に実施された制度で、
6歳以上の男女に口分田という農耕地を支給し、死亡したら返却させる事で、
安定した税収を目的に作られたと言われる。
これを現代日本に導入するというのだから、
永田町をはじめ関係各所は蜂の巣を突いたような騒ぎとなった。
しかも、昔の制度と違い、60歳以上の男女に適用するというから、
対象が約4000万人!その作業は半端では無かった。
法案について両大臣の説明は次のとおりだった。
まずは天塚大臣が概略を説明する。
「現在、日本は未曾有の危機の中にある。
特に最近は連日の値上げに次ぐ値上げで、
国民は日々の生活すら厳しくなっている。
さらに、少子高齢化で老人が増え、
年金や医療費は上がる一方。
加えて、食料自給率は38%と外国に依存している始末。
この様な現状を打破すべく、
画期的かつ根本的解決の為の政策としてこの法案を
提出するものである。
日本全国には使われていない休耕地が42万ヘクタールもある。
そして、日本には現在60歳以上の方々が4000万人いる。
この休耕地を政府で買い上げ、60歳以上の方々に年金の補助
として貸し与える。死んだら返して貰う。
一人当たり1アール程度。
そうすれば、年金を上げる必要は無くなり、
毎日の野良仕事で健康にも良い、
休耕地の活用で食料自給率も上がる。」
というのだ。
与党内でも賛否あり、今回の提出はかなり強行的に行われたらしい。
反対していた大派閥の鹿入派の議員達は欠席して
審議にすら参加していなかった。
野党からも、
「4000万人!そんな制度、実現は不可能だ!」
「それだけの休耕地、買い上げるのに幾らかかると思ってんだ!」
とあちらこちらからヤジが飛んだ。
これに中臣大臣が答える。
「えー、この制度。既に1400年近く昔の日本で、
普通に実施されていた制度です。
今の日本で実施できない理由がございません。
さらに休耕地の買取ですが、休耕地は誰も引き取り手が
無い土地が多いです。だから、高くても1アール10万、
安ければ数百円と皆様が考えるより遥かに手に入りやすい。
相場の2倍で購入したとしても、5000億程度の予算で
買収は可能です。
年金受給者は現在、3900万人。
月当たり5000円、年金を上げるだけで年間2兆円以上
かかります。毎年です。
単発でこの程度の出費なら投資として妥当であると考えます。
さらに、今までは休耕地に対しても宅地より固定資産税を
かなり低く設定しておりましたが、農耕の実態が無い農地に
ついては固定資産税を宅地に準ずる額まで引き上げる予定です。
この倍額買取と増税のアメとムチで買収にはそれほど
困難は無いと思われます。」
この回答に野党は一瞬大人しくなるが、
すぐに、
「1アール程度の農地で何が変わるんだ!」
「1アール程度でたいした収穫出来ねぇだろ!」
との反論がなされる。
この反論に天塚大臣は、
「1アールと言えば正方形なら10m×10m。
この広さの農地ですと全国平均で、
例えばさつまいもですと、224Kgが収穫出来ます。
さつまいもの後、枝豆を植えれば48Kg獲れますね。
これを60歳以上の消費カロリーで計算致しますと、
1年間に必要なカロリーの40%を賄う事が可能です。
そして、それを日本全体で見れば、全体のカロリー12%
〜14%分に相当します。
見方を変えれば、30%台しかなかった食料自給率を
50%超えにまで回復させられるという事です。」
食料自給率50%超えという言葉に国会に歓声が上がる。
この歓声によって、一気に法案への好意的な雰囲気が流れる。
それに焦り戸惑う野党議員が、なんとか足を引っ張ろう再び反論する。
「そもそも対象は60歳以上の方との事ですが、
全く農業経験の無い方々に農業が務まると思いますか?
そんなの不可能だ!」
これを聞いて再度天塚大臣が答える。
「私はこの法案を私ども団塊の世代がやるべき贖罪であると
考えています。
出来る、出来ないじゃ無く、成し遂げなきゃダメなんです。
私達の世代は日本を高度経済成長させたと若いもんに
自慢しとりますが、ありゃ嘘ですわ。
実際は戦争に行って帰って来た私らの親世代が、
敗戦のショックに負けずに死に物狂いで頑張ったおかげ。
私らはそのご相伴に預かっただけ。
しかも、親世代が作った好景気って波に乗っかって、
親世代から教えて貰った事をほとんど下の奴らに
繋がなかった。下の奴らは下の奴らで、好景気のおこぼれを
自分の才覚のおかげだと勘違いしてふんぞり返ってた。
そんで、せっかくの好景気をはじけさせて、
景気が悪くなった途端、今までのやり方が通用しない。
就職難に喘ぐ若いもん集めて、仕事は現場で覚えろ!
OJTじゃと、ろくすっぽ教育もしてやらずに仕事させる。
何のこたぁない、教えられんかっただけじゃ。
それを「即戦力」だの「自己責任」だの若いもんに
全部、責任おっ被せて、使えなきゃ使い捨てる。
私らは相当罪深いと思うよ。
それなのに、さらに今後、このバブル世代の面倒を
彼らに押し付ける事に忸怩たる思いである。
これ以上彼らを苦しめるのは辞めにしよう。
かくなる上は我ら団塊の世代が先頭切って農業を取得して
今度こそ下の世代に伝えていこう!
若い世代の負担にならない。
むしろ、食料で彼らを支えられるそういう存在になろう!
それこそが私らのやり残した宿題だ!」
この天塚大臣の演説とも言える答弁に国会内の団塊の世代の
議員達は万来の拍手で答えた。
バブル世代の議員達は少し居心地悪そうにしていたが、
それでも思うところがあったのか、それ以上は反論しなかった。
法案は見事議決された。
法案が施行されるまで、各地で農業セミナーが実施され、
60歳以上の人々はもちろん、若い現役世代も参加した。
国民にとって農業が一気に身近になったのだ。
施工後も、農地を借り受けて代わりに作業をする
小作農がビジネスとなったり、
当てがわれた農地が自宅から遠かったので、
持ち家を売って近場に引っ越すという事がよく行われたり、
休耕地によって経済も格段に活性化した。
現役世代にとっても、老後の働き口が確保されて、
低額な年金なんかよりよっぽど安心感があると評判だった。
さらに、小さい頃から祖父の農地を手伝っていたおかげで、
農家以外からも農業に携わりたいという若者が増えた。
日本に活気が戻っていた。
後に天塚大臣と中臣大臣の行動を
「令和の改新」
と呼ぶ様になった。