竹刀ちゃんと狩衣くん   作:星が好き

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第二部 21回目
21回目-1 始まり


日は東の空にあり、鳥が歌う

木々の隙間から少し溢れる天の光を朝露が反射する

濃い緑の葉から滴る雫でそこかしこから鬱蒼とした緑の匂いが漂う

 

奥羽の濃い深緑の山中だ

 

琉堂玉乃衣(るどう たまのい)は赤い鳥居の前にいた

 

彼には見知った文字面が躍る、その神の住まう門の前にほんの少しだけ立ち尽くす

神の存在など信じない彼にしては、珍しく己が信心に殉じるような恭しい気持ちだった

 

左手の薬指に嵌めた黄緑の宝珠の付いた指輪に口付けしてから、鳥居の向こうにある神の座へ向け、歩みを進めた

 

潜り抜ける際、彼は指輪を嵌めた拳に全てと戦う覚悟を込め直した

 

(ただ、君と一緒にいたい、本当にそれだけなんだ――――)

 

 

目覚めた時には江戸後期

世の雰囲気も決して明るさ一辺倒とは言えない時代だ

飢饉による打ちこわし、一方では賄賂が蔓延り、金に富み私腹を肥やす者、飢え死んでいく者、明暗の別れるのがこの時代

そんな人々を救済せんがため立ち上がった新興宗教の一つ、「琉堂教」も間違いなく時代が産んだ産物だった

 

棍棒で殴られたような痛みが走っていた

喉の奥が締まり呼吸は荒く、息が上手く吐き出せない

黙っていても口の中が渇き、目の奥が血走り、絶えず胃の中から酸っぱいものがせり上がる

 

顔は青ざめ、額には青筋が浮き、全身の穴という穴が鬱血している

足裏の鈍った感覚は、辛うじて自分が畳に立っている事を伝えてきた

 

虚ろな視線で向けた先は、俺が目覚めた部屋の調度

嫌になるほど、見知ったものしかない

 

思い知らされた

俺は人間だった頃に幼少期を過ごした部屋へ逆戻りしたのだと

 

視線を縮んだ手のひらに落とし、そのまま先ほどまで繋いでいた君の手の感触を確かめるように握りしめた

手のひらを開くとそのわずかな温もりさえも掻き消えた

 

「振り出し」

 

嫌な言葉が浮かんだ

だが、冷静に考えてみれば、おかしな話でもなかった

 

以前、己は終わったはずの生を「繰り返し」たのだ

ならば、一体どうしてそんな奇跡がもう一度起こらないなどと言えただろうか

 

令和まで時代が下っていたから?

転生して別人になったから?

「羅刹」として負った業が深かったとして、なんとかその清算に漕ぎつけられたはずだから?

 

そうだ、どれもこれも結局は根拠など何もない話じゃないか

 

(…ああ、そうだね、俺がバカだったよ、竹刀ちゃん)

 

己には「幸せ」なんてきっと程遠い幻想なのだ、だって本来は「心」持たぬ怪物なのだから

 

少し、己の性質という「殻」を破れた気になっていたことこそが間違いだ

ならば、幸も不幸も感じない自分に、つまりは「始まり」へと回帰しただけ、それだけではないか…

 

否―—――

こたびに限ってはそれではいけない

 

『絶対に飲み込んでなどやるものか』

 

彼は強い意志で現状の全てを否定した

 

だって、やっとだ

出会って、死んで、別れて…その果てにようやく掴んだ幸せの絶頂にいたのだ

これからあり得たはずの更なる幸福の未来が、たったつい先ほど露と消えた

 

認められない、絶対に

 

見上げた江戸の雲一つないすっきりとした空を睨みつけ、彼は心の中で吠えた

もう二度と何も奪わせはしまい、と――――

 

思い立ったら即行動、彼は元来そんな性質だった

慎重に状況を見極めて動く面もあるにはあるが、今直面する問題については一歩たりとも引く気はなかった

 

だから彼は己が今、彼の人から受け継いだ力を十全に使える蓄えがあると分かると、すぐに左手で剣印を作り呪文を唱えた

 

バシュン

 

着の身着のまま彼の地へ発った

もはや地図など不要、目指す先は「鳥土里神社」、一所である――――

 

彼の感覚では一時間にも満たぬ、十数分前に自身が足を踏み入れた地だった

しかし、鳥居前の苔むした木々は先ほどよりも若々しい色合いをしており、周囲の草花も明らかに異なる季節のものが咲き誇っていた

 

時間が巡っているという現実を叩きつけられた

 

(…これ以上、「時間」なんてものに狂わされてたまるか)

 

左手を握り締め、決意と共に鳥居を潜った

鬼が出ても蛇が出ても、例え、倒すべき「敵」がそのすぐ先にいるのだとしても――

彼の心に強く灯る意志は、光り輝く虹色の瞳に宿っていた

 

 

石畳の参道

つい先ほど恋焦がれる想いのままに駆け上がった時と同じ感触を足裏に感じた

 

しかし、今ではまるで心境が違っている

 

その先には――

 

  待っておったよ、小僧

  随分早い「夏休み」じゃな、まだ「春」じゃが?

 

己が会うべき人物が仁王立ちに腕組みをしてふんぞり返っていた

 

  話があるんだけど

 

玉乃衣は乳児と見紛う外見の割には、底から響くような低い声を出し、眼前の紫髪の少女へと切り出す

 

彼女は一つ大きく頷き、

 

  皆まで言わずともよい

  何か果たし合いでも申し込みに来た風情じゃがあいにく雑魚に用はないよ

  とっとと去ね、と言いたいが、まあそれだけでは流石に要領得んにも程があろう

  溜飲も下げねばならぬじゃろうし

  仕方ないから、少しわらわの知ることを話してやるとするかの

  えーと、茶でも飲んどくか?

 

不敵な笑みでそう応えた

 




これまでのお話は一種の前日譚で、ここからが本編と捉えてください。

とは言え、ここまでで全体の半分くらいの長さではあります。
ここから先は前日譚のような二人の些細な甘いやり取りはとても少なく、基本的にこれまでいくつか出てきた妙な点や設定を整理していくためのお話となります。


少し時間は掛かりますが、結末まで書き切ります。

なお、この第二部でこのお話全体の終わりとなりますが、元々あくまでモデルとなっている「彼」が主軸の映画公開までの私なりのアドベントカレンダーだったので、恐らく公開にはまだまだかかると思われるのでこれからは投稿ペースが落ちます

映画公開日がもし決まったら…
それに合わせられたらいいですね
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