竹刀は一息ついて本日の道程に思いを馳せる
成果はまあ、上々だった
蔵を十は見つけた
内容被りではない読んだことのない本も五十冊程度はあった
無事に見聞を広められたと息をつく
しかし一方で思う
それは先ほど狩衣に指摘されたことと同じだ
(絶対に見聞を広めるって斯様な意味じゃないはずでございますです…)
仕方ない、色々と悩んだ結果の落とし所なのだ
別に神様に間違ってると指摘された訳でもない
ただ、引っ掛かる
本当は狩衣の仕事の提案こそまさに自身を成長させる意味での見聞を広める事に繋がるとは分かっていた
無碍に断ったのも彼女の浅慮、いや違う、勇気のなさ、そして誰かと共にあることへの恐怖が招いたこと
もちろん人前に出るのは苦手だ、緊張して吃ってしまうだろう
けれどもやりたくない理由の一番は其処ではない
(私は化け物にして今は此の世の者でなき者)
狩衣ならばまだいい、どうせ殺す対象なのだし例外としておく
けれども他の多くの普通の人々の目に自分を触れさせるのは、不可抗力ならばいざ知らず、少なくとも自身から前に進み出るのは言語道断ではなかろうか
死者が世に留まってしまう場合は普通は幽霊となり霊感ある者でなければ触れられないし人目にも晒されない
しかも当然誰かに積極的に絡みに行くものでもないから、遠くあるいは近くでさりげなく対象を呪うのだ
狩衣もその対象とされていたのだが彼は全く気づいていなかった
一旦損なわれても復活する羅刹の身体ゆえにまつろわぬ魂達がいくら頑張って呪ったところで意にも介さなかったのだ
けれども竹刀の場合は幽霊とは異なり肉体という実体がある幻にして更に厄介なことに、ともすれば生きているとも見なされかねない生死が非常に曖昧な状態だ
(あと少しだけ早くあなたに出会えていれば違ったのでございますですがね…)
彼女はほんの一週間前までは間違いなく一個の生命として生きていた
…まあ、その場合、今と同じような関係ならば、結局私は生きたまま年を越した数え十一歳の私だと嘘をつき続けたのは変わらないでしょうがね
鳥土里竹刀享年数え十歳
彼女は年の暮れに、生来持っていた病がもとで死亡した身の上だった
今の彼女は死んだ肉体を持ち前の化け物としての力で動かしているだけの屍に過ぎない
しかしそのような身体に新たな命が宿るなどあり得るのだろうか?
彼女が先ほど消した命の灯火は一体何の奇跡だと言うのだろう
そう、竹刀は今の自分の状態が本当に分からないのであった
----
竹刀はまた歩き出した
まだ狩衣の昼食を用意するにも早かったからだ
(おや、あれは…)
投網のようだ
播磨は海の国
漁が盛んに行われている
ふむ、お魚さんたくさん引っ掛けておきましょうかです
後でどなたかが見たらなにゆえか冬の海で網を投げ込む前にお魚さんが大漁に掛かって?って驚かれるかもしれませんですね
今朝、狩衣の文机で歌句のダメ出しをこっそりしてみたように竹刀はいたずら好きだ
けれども本当に他人に迷惑を掛けるような事がしたい訳では無い
ゆえに訪れた先々で人々がほんの少し笑顔になれればいいと願うようないたずらを実行する
昨日狩衣に前髪を切られたが、化け物ゆえに人前に出ることを躊躇いそれまで誰にも素顔すらも見せられないでいた
だからいたずらを通した世間との交流にもならない小さな接触を図るのが常だった
首尾よくいたずらは完遂された
銀鱗で鈴なりとなった投網から背を向けた竹刀の黄緑の瞳を吹きすさぶ冬の播磨颪が揺らす
山から海へただすべての命を押し流していく乾いた風はさきほど彼女の中で消えた小さな灯の残滓さえも容赦なく冷たい海の彼方へと連れ去るものだろうか
竹刀はその解を持っていなかった
----
……
……
やあ、こんにちわ!竹刀ちゃん
ねえ、俺の声聞こえてる?
竹刀ちゃん、あのね…
今日の天気についてなんだけどさあ、
いやあ、ごめんね
昨日、雨って言っちゃったけど晴れだったねえ
あ、そうそう、それからさあ、さっき…
(……のっけから五月蠅すぎますです)
今会えなくて寂しいだとか、
お昼はもっと朝よりも長く時間を取ってほしいとか、
今何してるのかとか、
会えなくて寂しいとか、
今朝も可愛かったとか、
最中の喘ぎ声はもっと出してとか、
早くまぐわいたいとか、
あなたが先ほど何してただとか、
本日の講義についての信者さんの理解度の足りなさとか、
お昼何作るのかとか、
早く会いたいだとか…
脳内に響く矢継ぎ早に飛び出す言葉の数々
(天気が晴れなのは当然としてあなたの頭も天晴れなのでございますですよ…)
竹刀は無断で術式を変更し、極力連絡は自分の都合が良い時にしかできないようにした
彼女はガサツでズボラで面倒臭がりなのだ
けれど、料理好きな一面を持つため昼食作りには余念がない
それに折角のいい景色だ
ここで食事をするのも粋ではなかろうか
(ただ、海ではしゃがれても対処に困りますですね)
竹刀は狩衣を少し子ども染みたところがあると評していた
百五十年という数字は出てきているためきっと実年齢はそれくらいなのだろうが、思い返してみると無邪気な部分ばかりが目についた
年甲斐もなくこの海を見たら騒ぐことだろう
だが今はそんな彼を相手したい気分ではない
(海で羽伸ばされるはまたの機会ということに…)
竹刀は昼に出す予定の取れたばかりの新鮮な海の幸を抱え山の方に景色がいいところは無いか探して移動した
それに昨日ほとんど遠出などしたことがないと言っていたのを覚えている
あの時は互いに正体は明かしていないままであったが別に嘘でもないだろう
折角なら狩衣が少しは興味関心を惹かれていたようであるこれぞ風光明媚というべきを見せ驚かせたい気持ちも無くはなかった
竹刀はいたずら好きだ
投網へのいたずらのように相手の反応が見れないことがほとんどの中、狩衣のあっと驚く顔が浮かび、少しわくわくした
腕によりを掛けて海の幸山の幸を中心に昼げを作る
毎朝の神様に捧げる供物は巫女として家事全般を神様に叩き込まれた十年前から欠かさず作っているが、昼夜分は狩衣の術製である氷人形を手にした時から作り始めたばかりであり、それも西洋菓子しか必要ないため、きちんとした昼食作りは料理好きの竹刀をしてこれが初となった
これまでは朝さえ作れば、それだけで膨大な量となるため昼夜分など不要だったのだ
それ以上は食材も余らせてしまうため勿体ない
ゆえに例え相手が羅刹の、それも少し小憎たらしく思っている者であれど誰かのために作る理由があるというのはそれなりに嬉しいことと感じた
(べ、別に奥さんとか言われたがゆえじゃないですよ)
それより前に彼女から言い出して約束したこどだからだ
だが狩衣にきちんと食べてもらうためには腕に寄りを掛けないと気がすまないのも確かだった
準備ができたので呼び出し可能か反応を伺ったところまた怒涛の返事がきた
適当に相槌を打ちつつさっさと術で呼び出したが半泣きだった
酷いよ竹刀ちゃん!
途中から俺の事完全に遮断したでしょ
俺は四六時中だって君と話していたいのに
四六時中まぐわっていたいの間違いじゃなかったです?
それはそれ!
はあ
ねえ、じゃあ早速シよ♪
あなたはご飯と私どっちが欲しいのでございますです?
そりゃもちろん竹刀ちゃん!
竹刀は少し俯いた
折角あなたのために頑張って作ったのでございますですのに…
うわ!それはごめんね
ちゃんと食べるから
でもその前に竹刀ちゃんを食べさせて?
まあ、其れは良いですけどちゃんとお食事も食べてくださいませですよ?
うん、もちろん!
それを聞いた竹刀は少しだけいつもの無表情を崩した
狩衣は自身が惚れ込んでいる美少女のほんの少しだけ口角が上がった表情を初めて見て射抜かれたようにその場を動けなくなり、数瞬の後、衝動のままに押し倒し覆い被さっていた
もう何度目になるのか出会ってたった二日目で既に数えられなくなったほどの睦み合いを交わしながら、狩衣はちゃんとした君の笑顔が見たいと強く思った