竹刀ちゃんと狩衣くん   作:星が好き

34 / 39
20回目-34 噛み合わぬ二人、播磨にて

 

  ねえ、竹刀ちゃんはさ

  今日は収穫あったの?

 

私がさじで掬ったお魚を食みながらあなたは私に尋ねた

 

  其れなりには…

 

私は短く答える

 

新しい本が五十冊見つかったとか言うとまた食いつかれそうで辟易した

 

而も勝手に誰かの蔵書を盗み見しているだけに仕方ない話だが数冊は春本だった

何処かの殿方の秘蔵本らしく艶やかな女性が描かれていた

いつもなら表紙や題名で察して中身は読まずに捨てるが、図らずもまぐわいの知見を得たために読んでみて後悔した

 

私は生まれつきの化け物ではあっても、人間としての性別は女ゆえにあまり分からない事だが、生来男性というものは性欲が強いらしい

 

あなたも其のご多分に漏れずということなのだろう

 

食事の介助をしながら横目であなたの様子を見るに今は私を邪な視線で見ていないようだ

大人しく私の手料理を食べてくれる分には有難いが、もう少ししたらあなたの性衝動というやつが産声を上げるのだろう

 

私は化け物としての力が無尽蔵だがあなたの枯れなさもまた無尽蔵と言えよう

 

結論としては私はあなたにとって丁度良い位置にいるのかもしれない

あなたの性欲に他の女性が付いてこれるとは思えない

 

言ってしまえばあなたがただ一人我慢すればいいだけの話ではあるが其れも少々可哀想か

私の特定条件でちょっと淫らになってしまう体質もだが、性の問題を理解してもらえないのはきっと辛いことだ

 

あなたが元々ただの女好きで性欲が強いだけなら適当に花街の女性でも買えばいいが、あなたは其うしなかった

胡蝶先輩に恋をしていたがゆえだろう

 

昨日、あなたは先輩を婚約者と呼び一途だったと言っていた

信じてみよう

 

(じゃあ今の私はあなたにとってなんなんでしょうかね?)

 

妻など過ぎた言葉、普通に敵でいいし、関係としては事足りる

運命共同体、一蓮托生、捕食者と非捕食者、思いつく言葉はあれどなんだかどれもしっくりこない

 

(私とあなたの関係ってなんでしょう…)

 

左様な下らない事を考えていたせいだろう

気づくとあなたが覗き込んでいた

 

  竹刀ちゃん?

  どうしたのぼーっとして

 

(か、顔近っ!)

 

  いえ、別に…

 

  そうなんだ、なんか考え事?

  それとも今日の収穫あんまりなくてがっかりしてるとか

 

  いえ、左様な事じゃないです

 

あなたはまた顔を近づけてきた

 

  ふーん、じゃあなんか悩み事?

  俺でよければ相談乗るよ

  俺そういうの仕事柄慣れてるし

 

  いえ、何もないのでございますです

 

正直放っておいてほしい

面倒臭い事此の上もなし

 

  経験上、何もないって言うときほど悩んでるものなんだよねえ

 

  私は化け物でございますですゆえ、あなたの経験則は役に立ちませんです

 

  何言ってるの

  竹刀ちゃんは竹刀ちゃん

  化け物なんかじゃないって今朝も言ったばかりでしょ

 

今朝か、確かに普通の女の子扱いは嬉しかった

けれど今は、ちょっとウザい

 

  あなたが私の一体何をご存知であると?

  あくまでたかがたった半日一緒にいただけの付き合いに過ぎませんですが

  あなたは知らない、知るはずもない、私がいかなる化け物であり愚かな生き物であるか、まあ私が本質的に何者なのかは私自身も存じていないことにはなりますですが、而してはっきり普通ではない

 

  先ほど今朝と仰ったですが、同じく今朝に私が申した事を覚えておいでで?

  私は化け物ゆえにあまり無防備に近づくと怪我するのだと警告申し上げた筈でございますが?

 

虫の居所が悪く、ついきついことを言った

 

  それこそ俺はそんなの気にしないよってその時も言ったの覚えてないの?

 

あなたは私の肩を掴みまた触れるだけの口づけをしてきた

 

  な、な…

  い、今のは、あの、何の脈絡にて行われた行為で…

 

  駄々っ子をあやすならこうするのが早いかなぁって

 

  バカにしてるです?

 

  してないけど、今はちょっと侮ってはいるかな?

 

  なっ

 

  だって実際何かに悩んでるのか俺に気に入らないことでもあるのか話してくれなきゃ分かりようがないんだもの

  朝と同じで、君が挙げた化け物云々は方便でしょ?

  もっと全然違うこと考えてたんじゃないかって気がするけど

 

(ぐっ)

 

斯く鋭い観察力、流石は本職のお悩み相談請負人、基、宗祖様だ

それとも私が分かり易すぎるのか

 

言うべきだろうか

あなたは今私が半分八つ当たりしているってわかったのに怒りもしなかった

其れは正直ありがたいと言えばありがたい

 

けれど例えばだ

本日私が何をしたか?

「あなたとの間にできたかもしれない尊い命の灯を吹き消した」

其れは言える筈がない

言えないまま今後もずっと同じ事をし続けるだろう

 

消した理由だって言えない

もう死んだ人間ゆえに其処に宿る命なんて不条理な存在はあり得ない事としただなんて

 

左様な畜生にも劣る行いをしておきながらあなたと私の関係がなんなのか分からず八つ当たりしたなどという、まるで自身を人としてちゃんと見てほしいと言っているかのような甘えなどどの口で言えただろうか

 

私のエゴや都合を批判される事や断罪される事は大いに構わない

理窟も通る

 

けれども私がそもそもある種の擬似的な延命を続けている理由は、神様の言いつけである羅刹さん狩りの成果が挙がり切っていない事に起因するのだ

 

今、断罪されるわけにはいかなかった

 

(あと少しだけ待ってくださいませ)

 

あなたという倒すべき羅刹さんと私という罪深き化け物両方一遍に葬る準備はさほど掛からず終わるのでございますです――――

 

  言う言わないは君の自由だけど少なくとも言ってくれない限り俺が何か君の腫れ物に触れる可能性があることはわかってね

  できれば俺はそんな事したくないけど流石に俺だって君の気持ちが全部わかるわけじゃない

  まあでももちろん言ってくれたらその都度謝りはするからさ

 

あなたは私を安心させるように笑う

其の様子を見ていたら私は、自分自身がどうしょうもなくちっぽけに思えて情けなさに一筋涙がこぼれた

 

結局私も実年齢に相応しくただの子どもに相違ない

 

あなたは私を抱き締める

 

  君は普通と違うから俺なんかには想像もつかない物色々抱えてるのかもしれない

  でも別に小さな悩みでもいい

  何も言ってくれなくてもいいけど

  ただ言ってくれたらなんだって聞くからね

  それだけは忘れないで

 

あなたはまた私を安心させるようにキスをした

涙の味と混ざってしょっぱい味がする

 

 

(竹刀ちゃん一体何があったんだろう)

 

気になるけどこういうのは話してくれるまで我慢するしかない

君はそもそも悩みや困難そして不幸から俺を頼ってやってくる信者たちとは違う

 

俺なんて最初からいない前提なんだ、きっと俺自体が君の平穏と思われる人生に突然現れた図々しい異物に過ぎない

君は優しいからそんな風に思わないでいてくれるのかもしれないけど、

俺の君と共にありたいという願いは押しつけでしか無いのだからきっとどこかで無理も出てくる

 

きっとそんなちぐはぐな俺と君との在り方に業を煮やしてしまったのかもしれないな

でもそれでいい

君が俺から離れないでいてくれるだけで俺は幸せなんだから

 

今朝起きて君がいなくて絶望しただなんてきっと君は想像もつかないだろう

それくらい俺達の距離は遠いんだ

 

俺は結局、君の慈悲かそれとも何らかの条件でまだ殺されずに済んでいるだけの純然たる敵に過ぎないんだよね

 

そんな事を考えていたら腕の中の君は震える声を出した

 

  ごめんなさいです…

 

そんな事気にしないで、そう言うべきだったのに俺はその瞬間全く違うことを考え反応が遅れた

 

今、ひどく聞き覚えがあった――――

間違いない

今朝見た夢、俺の子どもの頃から、つまり絶対に君を知るはずのない時からずっと見続けている変な夢

 

俺に謝って泣く女

その声音と全く同じだったのだ

 

「…ごめんなさい…っ」

 

あれは俺を遺してろくでなしの父親と無理心中した母親の声じゃない?

 

ごめんなさい、そう聞こえていた

けれど

 

「ごめんなさい…す」

『「ごめんなさいです」』

 

完全に声が重なってしまった

 

まさか俺は羅刹ですらなかった子どもの頃からまだ生まれてもいない君を知っていた可能性があるのか!?

 

それともこれから何かが起きる予期か何かだろうか…

 

何か神とか仏とか本来俺には無縁であるはずの空想上の超常の存在が本当に存在していて、俺と君の運命ってやつでも操っているかのように思えて空恐ろしくなった

 

  あなた…?

 

俺はどれほどそうしていたのだろうか

君の呼びかけで我に返る

 

泣いても無表情の君にしては珍しく不安そうに俺を見ていた

そういやさっきはちょっと喧嘩してたみたいなもんだったね

 

君に怒ったとかじゃないよ、と言ったけど俺の表情が多分ぎこちなかったせいだろう

本当に君のせいじゃないけど伝わる訳は無かった

 

だからか君は俺から離れてもう一度ごめんなさいですとペコリと一礼し俺をさっさと家に転送してしまった

なんとなく気まずくなったまま昼休みは強制的にお開きとなった

 

折角あんなに美味しい手料理を俺のためと言ってしかもきっと態々景色だって綺麗なところを用意してくれたのに…

そう思うと俺の方こそ謝りたかった

 

君は言葉でこそ何も言わないし口を開いたら開いたで絶対に天邪鬼な事しか言わないのは目に見えてるから、言葉にはしない不器用な優しさを感じて嬉しかったのに碌にお礼も言えず終いだった

 

仕方ない、通信もどうせ切ってるんだろうし夜にきちんと謝ろう

俺の幼い頃からの夢の話なんて君には関係ないのにあの時俺はどんな表情してしまったんだろう

それこそ下手すれば化け物でも見るような目で君のことを見てしまったのでは無いだろうか

後悔しか無かった

 

----

 

(はあ、誰かと関わるってやっぱり面倒でございますですね)

 

あなたを勝手に飛ばした後に私の可愛い子さんと一緒に片付けをしながら思ったことだ

 

悪いのは私でございますです

きっとお優しいあなたを怒らせてしまいましたです

 

反省、すべきだろうか、

いいえ、私の在り方など変わるはずもない

既に死者であり生まれつきの化け物であり、あなたの敵、最初から其れだけではないか

 

あくまであなたが餌として私が都合がよいために私を利用したがっているに過ぎない

関係性の名前など求めても意味がないしきっと斯様な事はこれからも続く

 

(私は変わりようがない)

 

左様ないじけた暗い事を考えたせいだろうか

 

可愛い子さんに

 

  竹刀のお姉ちゃん、大丈夫?

  

心配を掛けてしまった

 

最初はなにゆえか顔を見ても全く気づかなかったが、よく見なくてもあなた生き写しのお人形さん

あなたと違って人殺しはしてない、優しいいい子

 

頭を撫でながら、人間関係は難しいのでございますです、と説明にもならない説明をしたところ

 

  本体のお兄ちゃんが意地悪だから竹刀のお姉ちゃんを困らせちゃってるんでしょ?

  あんなの放っておいていいよ

 

恐らく、斯様な小さな子に気を遣わせた

 

仮にも自身の生みの親に対して左様な事を言うのも良くない

私はちょっとだけ否定した

 

  違う、のでございますですよ

  あのお方は人食い羅刹さんには違いございませんですが人の痛みが分かり私のだめなところはだめと仰っているだけでございますです

 

(なにゆえ私があなたの配下さんにあなたのことを弁解して差し上げなければならないのか…)

 

けれど、少なくとも、今私は、「違う」のだと答えた

きっと其処に私の本心があるのだろう

でも何だろう、あなたを信じたいのか、お人形さんの認識を正したいのかよくわからず言語化できない

 

けれどやはり思うこと

 

(人間関係は疲れる…)

 

今まで竹刀に興味持つ人間なんて誰もいなかった

いや、彼女の方こそ化け物ゆえに誰とも関わりたくなくて認識阻害術を掛け続けた

 

長く伸ばした前髪にだって、巫女である竹刀が余計な気苦労を背負い込まぬようにと神様が直々に施したそれが掛けられていたのだ

 

しかし昨日、狩衣は何でもないことのようにそれを破った

当人は全く気づいていないが、単なる元人間にしては明らかに異常な量の聖浄気を持っているために聖域にも入れたのだろう

元より人間ではない自分と比較してもまずあり得ないほどの力だと竹刀は推測する

 

昨日聖域にて口にした彼への問いは目下継続中

 

(あなたこそ何者なのでございますです?)

 

結局謎ばかりでよくわからなかった

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。