竹刀ちゃんと狩衣くん   作:星が好き

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20回目-42 身清めの「朝」

聖域――――

 

朝、いやどう考えても「夜」だ

 

(さっむ!)

 

真冬の早朝とか寒いに決まってる

俺が冷気使いとかもはや関係ない、寒いものは寒い

 

君は俺に「情けなー」みたいな視線だけ寄こしつつ、少し離れた場所にて何故か服を脱ぎ出す

 

  何やってんの!?

  

俺は思わず叫んだ

 

いや、周囲には誰もいない

そしてここは聖域だ

草木以外、山の動物や虫なんかですらその姿は全く見えない

 

(それはわかるけど、でも!!)

 

  だめだよ!

  そんなに堂々と脱いじゃ!

  ていうか、湯浴み場では服脱ぐの躊躇ってなかった?

 

ほら、懸念的中だ

思った通り、君は何か状況が変われば堂々と脱ぐ子なんだ!

そして「何か」とは正確には君の独特の価値基準に基づくもので、俺には何が違うのか分かりはしないんだ!

 

(…本当にどこが違うと言い出すつもりだろうか)

 

俺は固唾を飲んで君の返答を待った

 

  え、其りゃ、本来、湯船とは入らなくても支障は無いものゆえに、敢えて脱ぐという行為がなんとなく気恥ずかしく思えたですが、今は此れより大事な儀式のための神聖な「身清め」

  意味合いも必要性も全く異なるのでございますですが?

 

  身清め?

 

  ええ、はい

 

  それってここで君の術で水浴びでもするの?

 

  いえ、違いますですよ

 

  は?

 

  え?

 

俺は一応周囲を見渡してみる

 

  …水も無いところでどうやって清めるの?

 

  ありますですが、普通に

 

  いや、無いでしょ

  こんなところに水場なんて

 

  あーなるほど…

  まあ確かに当然の疑問ではございましたですね

  あなたちょっと彼処に立つです

 

  あそこ?

  

俺は君が指差した先を見るがやっぱり水なんて無い

敢えて言うなら五十尺くらいありそうな高さの小高い丘があるくらい

 

  丘はあるけど水場は…

 

  能書きは良いですゆえ、向こう歩いてみるです

 

語気が有無を言わせぬものを含んでいるため仕方なく丘へ向かう

 

  登ればいいの?

 

  はい、登れば自ずとわかりましょうです

 

(何がわかると言うのだろうか)

 

けれど言われるままに登った

少しして頂上に辿り着い…

 

(!?)

 

  あっ!

  

見下ろして俺は驚いた

 

水場だ!

確かに…

君が服を脱ぎだしたところが丁度、端の方

 

さっきまで俺達がいた地面の高さよりもずっと高い位置に平面的に存在していたのだ

なるほど、これは確かに不思議な空間だ

 

感服した

 

  説明いたしますと聖なる気、正式名称は「聖浄気」を持つ者しか入れぬ天然の結界である聖域には、例外なく聖水を湛えた「聖泉」が存在するのでございますです

 

そういえば昨日、君は身清めをしたと言っていた

 

(これのことか)

 

  さて、わかったならあなたもさっさと服脱ぎなさいです

  あなたもどうせ、身体ベタベタでございましょうです

 

君は丘から降りてきたばかりの俺の服を無遠慮に引っ張る

追い剥ぎ師にでもなりたいらしい

 

  止めて、自分で脱ぐから!

 

渋々脱いだ

 

端から見たら全裸の男女が草木に立つなんとも絵にならないダサい姿だ

 

(本当に夜で良かったよ、まあ君からしたら「朝」らしいけど…)

 

ただ、聖域って互いの姿が見えるくらいは、夜中でも謎の薄明るさ保ってるけどね…

 

  で、これどうやって入るの?

  頭の上だけど

 

  斯様にするです

 

君は予備動作などないまま、勢いよく俺のみぞおちを蹴り上げ、一瞬で五十尺の距離をゼロにして、頭から着水させられた

そういや暴力少女だったなんて思い出したけどそれよりも!

 

  ちょっ待って!

  俺、全然泳げな…

 

間に合わなかった

水に触れた瞬間から身体が勝手に背中側へ引きずり込まれていく

 

(そうか!これ天地の重力がぎゃ…く)

 

…ゴボゴボ

 

気付いた時にはもう遅く、俺は水を吸い込みながら意識を手放した

 

  はあ、やっと静かになりましたです

  此れにて身清めがゆっくりできますです〜♪

  なんか金槌さん宣言されておりましたですが、まあ大丈夫でございましょうです

 

  なにせ聖水は水であって水ではない超不思議液体、息もできれば声も発せられる

  つまり理論上、決して溺れることはない水場

 

  ちょっと吸い込まれる際にゴボゴボ聞こえたですが溺れるなんてあり得ないのでございますです

  あなたも聖水の力でバッチリ清められ、少しは性欲的な煩悩も解消されれば、私的にも万々歳〜♪

 

 

竹刀は実に呑気だった

 

身清め前の儀礼式を滞りなく終え、勢いよく地面から飛び立ち聖泉に飛び込み、やがて知るのだった

 

人は論理など関係なく、ただ、そこに苦手な水場があるという思い込みのみで溺れられる生き物であるという事実を

 

それは元人間である羅刹をして例外ではなかった

青褪めて気を失う最強格たる大寒の弐番の干からびた魚のような無惨な姿を目撃した竹刀は、暫く呆然とその光景を見つめていたが、程なく何も見なかった振りをしてその場を離れた

 

 

四半刻経過――――

 

 

(ふう、さて本日の身清めも恙無く終え…)

 

  ゴボゴボゴボゴボ…

  ゴボゴボゴボゴボゴボゴボ…

 

(いや、此のままほっとくとか、いくらあなたに結構、非情気味になってしまう私でも流石に無理です!)

 

竹刀はそちらに声を掛けてやることにした

 

  いやあなたね…

  いくら金槌さんでも幻の水で溺れてちゃ、大寒の弐番さんの名折れでございますですよー

 

  ゴボゴボゴボゴボゴボゴボ

  ゴボゴボゴボゴボ

 

  へんじが ない

  ただの しかばねの ようだ

  

  おお らせつ かりぎぬよ

  かようなところで おぼれて

  いては

  いたしかた なし

 

  なのでございますですが?

 

普段はなんとなく呼ぶ機会のないあなたの本名を思わず呼ばせられた私であった

 

  おーい、あなたー

  おーい

  ねえー

  聞いてるでございますですー?

 

  ちょっとー

  あのー

  ねーってばー

  おーい…

 

  …

  …

  …

 

(あれ?此れもしかして普通にまずいのでは?)

 

仕方なくあなたの元へ泳いでいき、様子を確かめる

 

水は多量吸ってるようだが問題はない、其れは其うだ

聖水は飲み込んだ所で何の害もないし窒息などを引き起こす事はあり得ない

 

(ということは)

 

思い込みだけで斯様な状態になったのか…

 

私は呆れて物も言えなかったが、かと言って頭からバカにするのも少しばつが悪い気はした

 

何せ断りもなく蹴り上げたのは私だ

 

其れにあなたを抱えていて気付いたことだが段々あなたの身体が重く重く沈んで行っている

 

流石に思い当たった

斯く症状は…

 

溺死前の其れだ

確かに息もしてなかったが、なにゆえ斯様な事になるのだろうか

意味がわからない

 

しかし、あり得ないとは思いつつ、流石に今起きている事象と論理の擦り合わせをしているほどの暇は無い

 

(ええい、ままよ!)

 

私は取り敢えずあなたを抱えて水面まで泳ごうとしたが、

 

(おっもい!)

 

水を吸いあなたの身体が重くなっていた

いや聖水は元来、身体が吸い込む性質の液体ではない

 

ただ、相手は人ではなく羅刹さんであることを考えると一つの仮説が浮かぶ

身体強化系の能力が思い込みによる逆暴走を起こしているとしか思えなかった

 

(あーもう!仕方ございませんです!)

 

私は焦った

何せ一蓮托生な身の上なのだ

斯様な阿呆みたいな理由で命を落とされては、原因である私が咎を受けることになるではないか

 

(其れだけは勘弁でございますです!!)

 

最早、仕方ない

私はあなたとの生死を賭けた闘いの時ですらも全く使おうとはしなかった、秘蔵の「奥の手」をなりふり構わず使うことにした

 

 

…竹刀は後に、この時のことを振り返り思う

 

斯様に阿呆な使い方したは後にも先にも此れ一度きりでございますです!!

 

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