琉堂院での時間は恙無く進む
今日の一コマ目は写経にした
昨日から君と離れ離れになると仕事に全く身が入らない
どうせ講話なんてやったところで上の空になるのが落ちだった
(竹刀ちゃん元気で頑張ってるかなぁ、 新しい本は見つかったのかなぁ…)
まあ君は強い子だし俺が気に掛けてるなんて聞いたら、気分を悪くしちゃうのかもしれないけど
でもなんだろう
君は雑多な環境にいる時は雑草みたいに強い気がするけど、案外、寒々しい冬空の下になんて置いたら、しおらしくなっちゃってたりするんじゃなかろうか
なんて、ガサツでずぼらで面倒くさがりな印象の君にそんな繊細なもの想像する方がどうかしてるかな…
いや、どこかで俺が知らずに傷ついてるくらいなら、寒空を跳ね除ける元気でいてくれる方が万倍良いんだけどね
あ、傷ついてるといえば、今朝なんであんな怪我負ってたんだろう?
「野暮用」とか言ってたけど
凡そ外敵とかはいなそうな聖域で野暮用って何だったんだろう
…まさかと思うけど
俺、何かしてないよね?
溺れて気絶しちゃったまま、まさか君にうっかり攻撃したとか
え?ないよね
流石に?
そういえば、気絶っていうか多分溺れて気失った時、なんか違う夢を見た気がする
それはなんだっけかな、思い出せないけど
うーん…
…宗祖様?
ん?ああごめん
なんだい筆頭
いえ、あの昨日から何かお加減が良くないのでしょうか
ずっと遠くを見ていらっしゃるようですが…
確か日に当たられるとあまりお体が優れなくなるのでしたよね
ひょっとしてそれでしょうか、せめて窓をお閉めになられては
俺は頭を振った
ああ、ううん
太陽はね、つい最近大好きになったから寧ろそのままにしておいておくれ
え!?それは真でございますか?
確か何十年も苦手でおいでだったのでは
うん、切っ掛けって大事だね
俺はなんか嬉しいんだ
太陽は元気をくれるよね
筆頭はまた遠くを見始めた宗祖を心配そうに眺めたが、先ほどの澄み渡った顔をしていた宗祖を信じ、何も言わなかった
そう、君と見た朝日、
気まずくなった後仲直りできた時の沈む夕日
照らされる君
はにかみながら俺に口づけする君
さっきだって名残惜しく別れた時のほんの少しだけ君が俺を惜しんでくれたような目
全部太陽が視界の端に映ってた
ただでさえ美しい君を
より明るく、より鮮明に照らしてくれる
だから君と一緒に見る太陽は大好きさ
ああ、凄いな
たった三日目でこんなに溢れてくるね
君との小さな思い出が
ひとつひとつが宝物に思える
シノハユちゃんとだって勿論そうだったけど、でも彼女とは思い出したいと思えるような思い出は、ほとんど作れてなかったな
それは間違いなく俺のせいだし、後悔でもあるんだけど、でも今の彼女は俺の事何も知らないのだし、寧ろ俺もゼロと思えばいいのかもしれない
少なくとも君を傷つけた思い出の数々を俺がずっと持ち続けなくていいのかもしれない
やっぱりありがとう竹刀ちゃん
君はシノハユちゃんの事を考えて、でも俺のことだってちゃんと考えてくれたんだよね
不器用で君自身優しいところに気づけてないのかもしれないけど、俺本当は君のそんなところが一番好きなんだよ
だからこそ思うのは君は痛みも悲しみも分からない化け物なんかじゃないって事だ
君がそっちに居たいなら止めないけど、もし本当はそこにいることに居心地の悪さを感じているなら、どうか俺のそばにいておくれ
これは単なる俺の自己満足だ、願いなんだ
だから口にはしないけど純粋な本心なんだよ
にしても、俺って惚れっぽいのかな?
確かに女の子は元々分け隔てなく好きだ
美味しいし、それに女好きが祟って死んだ父親の遺伝も確実にある
けど実態を見ればそう単純な話でもない
まず俺は以前の生でシノハユちゃんに出会うまで心、感情ってやつが無かった
喜怒哀楽が全て抜け落ちていて何をしてても心に響くという経験がない
感情を知りたいがために適当に目をつけた可愛い女の子達とそれなりに恋愛ごっこを演じてみたけど本気になんてまるでなれない空虚だった
因みに全員最後は食べた
この辺りやってることはまるで違うけど、恋愛に興味があるからと小説を読み漁っていたらしい、竹刀ちゃんに近いものはあったかもしれない
なんとなく君と俺って本質は似てると思うんだよね
君は感情は間違いなくあるけど何か、恐らく「人間性」の類いかな
それが決定的に抜け落ちてるように感じることがあるから
とにかく、そんな感情なくて心が空っぽだった俺をシノハユちゃんが変えてくれたんだ
シノハユちゃんはお姉さんのカナヰちゃんを俺に殺された恨み一つでその小さな身体全てを毒で満たし、それを気づかせず俺と対峙し体力差で敗れ去ったかと見せ掛け、自身を吸収させた俺に夥しい量の毒を完全に不意打ちで食らわせ、自身の死を以て俺を殺すという非情に苛烈な復讐をやり遂げた子だった
あの熱い熱い君の俺への殺意、復讐心、激しい憎悪、全部覚えてる
それはきっと今でも俺だけのものだ
俺は死後、今際の際でシノハユちゃんに会い、少しだけ言葉を交わした
そこでは互いに死人同士だったからか、君は俺を睨んだり怒ったりすることなく、ただ、やるべきことをやり遂げたんだっていう晴れ晴れとした、吹っ切れた笑顔をしていた
それを見た瞬間に、俺はそれまで全く知らなかった恋というものに落ち、確かな感情が芽生えた
そのままなぜか、今の繰り返しの生が始まったけど、俺は歓喜に打ち震えたんだ
だって絶対にまた人生終盤で君に会えるんだもの
俺を好きになってくれるかなんてその時はあまり気にもしてなかったけど、ただもう一度君に会い、俺に君の毒ごと激しい感情をぶつけて欲しかった
だから囚えた
君といたなら、あらゆる喜怒哀楽をきっとたくさん知ることができると信じられた
実は、もう一度カナヰちゃんを殺そうかとも考えたけど、それは止めにした
シノハユちゃんが可哀想かなって思ったから
俺は自分が間違っていたとはこの期に及んでも思ってない
けど、何か噛み合わなかった
それはひと言で言えば相性の話なんだろう
愛があればそんなの関係ないとする事例なんていくらでもありそうだけど、俺とシノハユちゃんはそうなれなかった
ズレが大きく膨らんで、囚えたのは俺の方なのに追い詰められていった
だからそれを解き放ってくれた竹刀ちゃんに感謝して、そして君を真っ直ぐ見つめたいと思うのも自然だと思うんだ
君は俺の一生の恩人にして、それだけじゃなくてとても可愛くて優しい不器用な女の子
何をしてても気になるしいつだって会いたい、愛を交わし合いたいって思うのはごく普通だよね
まあ君は愛なんて思っておらず、ひたすら契約の延長でしかないのだろうけど、
でもきっと君の一番親しい男は俺なんだ
それだけは確かなはず
そうでなければ大嫌いだと言ってる男に態々宥める目的だろうと、自分からキスしたりしないだろう?
君は自分をそこまで安売りしない子なはずだ
面倒くさがりとあと人外意識が強くて自暴自棄になりがちなのは確かだろうけど、俺と会うまで碌に誰とも話さなかったようだし
淫乱体質だろうが、それまでは処女だったという時点であれでも貞操観念はかなり強いのだろう
なのにいくら契約だろうと俺と寝てくれるってことは好感度は決して低くはないはずだ
まあ、ここまで状況整理して自分を慰めてる俺がいること自体虚しすぎると言えばそれまでの話だけどね
でも、とにかく竹刀ちゃん
君は、君ならきっと俺に色んな知らない感情も、見たことも聞いたこともないような物もたくさん教えてくれるよね
君との未来を考えればやっぱりワクワクするんだ
君といれば、俺は少年に戻る
多分そういう事なんだ――――
君と肩を並べて同じ方を向いて、同じ物を一緒に見て同じ時を例え短くても刻んでいきたいんだ
「君と生きる」
俺は結局それだけが望みなんだよ
ああ、竹刀ちゃんもうすぐ会えるね
会えたら次はなんて言おうか
俺は信者たちの写経の間違っている所を指摘しながら、ただひたすら君に想いを馳せていた