君は今回は大人しくしてくれていた
結局それはかなり綿密な打ち合わせあってのことだ
絶対そこらの学生教えてる教師達より俺たち物凄い学術的な話しまくったよ…
君は黄緑の瞳を爛々と輝かせて俺とのやり取りに興じてくれていた
こんな話は普通は端から聞いたら超絶つまらないことだろう
君の気質は完全に学者のそれだった
考えてみれば昨日挙手して俺へ怒涛の質問攻めや自説展開などしていた姿は「まさに」だ
俺もこういう話が好きかといえば嫌いではないが、どちらかといえば折角の君とのお喋りはもっと甘くて愉しいやり取りに終始していたい
でも、俺もかつては、自分が頭も吸収力も良いからとはいえ、こんなに一所懸命になって学んだ知識を、相手が大して頭の出来が良くないからと方便で誤魔化す虚しさをずっと感じていなくもなかった頃があった
長年やってそんな虚無感はどこかへ消え失せていたけどまあ、摩耗というか一般的には最適化ってやつなんだろう
多分、世の教師と言われる、専門分野を受け持つ人間達は等しく同じ経験をしているものではないだろうか
つまり、そういう知的好奇心ってやつが今満たされてはいるのかな、と俺は前向きに考える事にした
それに君と無限にお喋りしたければ例の時間が経たない空間でも開いてもらって叶えること自体は可能だし
さて俺の講話の枠が脱線することは無い
ここまではね
「桃源郷のように」
そう書かれた何気ない一文があった
俺も君も何の着目もしていない部分だったが、熱心な信者が挙手して質問してくれた
宗祖様と鳥土里先生は桃源郷をご存知なのですか?
(は?)
俺も君も固まる
君は何事か考え出した
いや、なんというかこれまずい気がする…
ただ、別に純粋な好奇心で質問したであろう信者を責められない
何気ない質問などこれまで山のようにあったからだ
俺としては、桃源郷は多分だが極楽浄土のようなもの
俺達、琉堂教が目指す先と似てるだろうね
とかで適当に茶を濁したいところだが…
んー
竹刀ちゃん、君なんで今、左手を前に出して剣印結び始めてるのかなあ
その構えって確か、君の
神祷術 第三の編 大時天換 空即是色
(あー、うん、投げよ…)
俺は早々に諦めた
信者達は君の術に興奮していた
そりゃそうだ
いきなり周囲の景色が様変わりしてはね
とんだ冬の花見が突然開催されてしまった
でもこれいつもの君の空間術とも違う?
俺は目配せしたが
お察しの通り単なる幻術でございますです
一応、具現化術の向きもあるゆえ、それなりに周囲にあるもの自体は本物と言えるですが、けれど実態はある幻という所でございますですね
君の桃源郷の解釈ってそういう感じなの?
ええ、まあ、ご質問内容が冥府を教えてくれとか、まんま信者さん方が一番知りたいであろう極楽浄土とは?という趣旨であればちょっと別方面の魂への働きかけをしたところでございましたですが、ご質問内容はあくまで「桃源郷」、であれば別位相の異界を擬似的に見た目だけ持ってくれば事足りるというお話でございますです
擬似的に持ってくる?
ええ
ん?つまり本来は普通にあるってこと?
ございますですね
そうなの?
寧ろ無いとお考えでございましたでしょうか、ああ其ういえばあなたは無神論者さんでいらっしゃいましたですね
神様はじめ、妖精さんも精霊さんもいらっしゃるのでございますです
そもそもあなたは既に聖域という特別な場所をご存知のはず
人の思い描く不可思議な現象、存在、場所がいずこにもないとは逆にあまりにも説として弱くはございませんでしょうかです
まあ、それは確かに
はい
にしてもこれ皆興奮しちゃってて授業にならないね、どうしようか…
あなたは困っておられる
(ふふ、いたずら成功)
ご心配なく手抜かりはございませんです
幻術とは申しましたですが其れは表面上の話、裏では空間術として構成したものにて時間の経過を遅目にしておりますです
ふーんどのくらい?
通常の三分の一くらい遅いでしょうかね
やるねえ
ええ、転んでもただでは起きない鳥土里先生にてございますです
ん?転んでもって
あなたに謝るべきかと
何を
昨日は申し訳ございませんでしたです
私はきっとあなたの努力もお優しいお考えも水泡に帰させてしまったところがあったのやもと、あなたを批判しようと思ったのではなく
なんだ知ってるよ、そんなの
いえ、でも
俺はさ
君がいてくれることが嬉しくて、それだけで奇跡みたいなものって思ってて
だから…
私はなにゆえか涙が溢れた
え!
いやごめん全然泣かせるつもりなんて無かったんだよ
(まずい周囲には信者がいる…)
君はそれどころじゃないし
えーと
魏術 雪笠宿
花吹雪がひっきりなしに舞ってる空間で助かった
白い構造物が突然現れても違和感が無い
俺は取り敢えず二人で引きこもりながら落ち着いて君の話を聞くことにする
一体どうしたの?竹刀ちゃん
私、あなたに、たくさん、日々ご迷惑をば
うっうっ
なんかもう昨日の講話のことだけでもないらしい…
あなたは、私を、ずっと、小鳥って、呼んで、私は、ずっと、嫌で
え?その事だったのそれはごめんね
揶揄い過ぎたね
こっちこそ謝る
違う、違うので、ございますです
左様、ではなくて、私、本当に、子どもでどうしょうも、ないのに、
あなたは、ひたすら、優しくて、
知らず、知らず、甘えて
うっ
私、子どもで、ございました、です
あなたは、凄く、お優しい、時々、意地悪、ですけれども
私、私は
君は涙ながらに
俺を睨みつけるほど真っ直ぐ見る
思わず俺も居住まいを正した
成長したい、大人になりたいです!
ゆえに!
私の至らなさはあなたがしっかり批判してくださいまし
君は自ら頭を振った
いえ、左様では結局甘えているのと同じ
其うではなくて、あなたにたくさん!私のダメなところもっと真正面から強く批判してもらいた
俺は君の口を塞いでしまった
そして暫し君の唇の感触を味わった後ゆっくり離した
その後、徐に俺は話し出した
勘弁してよ
俺はね、君が好きなんだ、君と居られる今が幸せなんだ
それはきっと短くて、それほど長くはいられないんだ
でも、君がただ居心地がいいだけの俺が良いって事じゃないならそれは俺も勿論しっかり考えるからさ
二人でゆっくり話し合いながらやっていこうよ
それこそ仕事も舞も日々の生活もさ
俺はちゃんとした奥さんなんていたことないし、今だって君は別に奥さんにはなってくれないんだろうけど
でも二人でいるんだからさ
何でも言い合おうよ
それじゃダメかな
私はまた一つ涙をこぼしてしまった
ダメだ、一つだけ絶対に言えないのだ
何があっても、いや一つだけではない、私は私は
あ、もちろん言いたくないことは普通に黙っててね?
あなたの優しさに結局嗚咽がぶり返した
胸の奥、決して明かせない秘密の上に、冷たい絶望が雪のように静かに降り積もっていく
取り敢えず涙を引っ込めさっさと事務的な授業を終えて、その後の質問攻めにももう私が何を言ったのか覚えていないほど、ぼうっとやり過ごした