九年ほど前
鳥土里竹刀は彼女の仕える神様の教えを受け、大和全国津々浦々、数多の人食い羅刹を狩るのだとして鳥土里神社のある奥羽の奥地から意気揚々旅立った
同時に諸注意も受けた
そのうちの一つは、「決して一箇所に長く留まってはならない」とする物だった
神様の言いつけの通り羅刹を狩っていたが、食には特に気を配っていなかったため暫く何も口にしていなかった
幼い彼女は限界を迎えるのが早く、道に迷いたまたま小さな集落に辿り着いたが、空腹で生き倒れてしまった
気づくとどこかの家の中の布団で彼女は寝かされていた
目を覚ましたが、
此方はいずこ?
当然の疑問だった
その後にすぐ、倒れた彼女を拾ってくれた家主が温かい食事と水を目覚めた彼女に提供してくれた
家主は、ここは東京府外れの山の方にある小さな集落だと語った
竹刀はまだ数え二歳と非常に幼いが、賢い子であったため、少なくとも相手は自分に敵意や害意、利用目的のある人物ではないと見定めていた
食べ物をもらって空腹が解消され、またいつでも旅立てるようにはなったが、世話になっておきながら何も御礼をしないのは良くないと考えた
彼女は家主から受けた恩義に報いたかった
竹刀は丸二日寝ていたとのことで目覚めたその日の朝は冷たい雨が降っていた
家主は愚痴を零していた
折角、張り切って畑仕事をしようと思っていたのにこれではできないではないか、と
もう今日はいっそ一日引きこもって、内職の方を進めることとするか、いやでも納め日は先だし急ぐ必要もないか、
すぐに止むならやはり畑の方の準備をするのにな、と
畑の準備とは重い農具をたくさん運び出ししておくことだが、雨が止むなら先にその準備をし、止み次第すぐに皆で畑に取り掛かれるようにしておけるが、止むか分からないものを、下手に労力を割くのも無駄になる
家主は見るからに悩んで困っていた
竹刀は質問してみた
雨が上がるかどうかで畑仕事をするかが決まるのでございますです?
おや、聞いてたかな
今日は本当は特別大変な男手数人がかりでやらなきゃいけない力仕事があるんだよ
だからまず、近所っていうか首長さんに挨拶して人手集めの声掛けから始めるんだけど、ほら、この大雨だから、今は誰も集まってないだろうし
もし雨が上がるなら、上がってから人を集めだすと時間が凄くもったいなくてね
なにせ始まりの時間次第で夜遅くまでかかるかもしれない作業だから
ならばと思って竹刀は答える
晴れるでございますですよ
ん?
家主は聞き間違えかと思った
私の見立てでは此の後、半刻後には雨は上がりますです
其のおつもりで首長さんのところへ向かわれるがよろしいでございましょうです
竹刀は幼いがはっきり堂々と物を言う子だった
ザンザ振りの雨の中、二つの傘が畑脇の道を歩いている
成人男性が使う大きな番傘と、子ども用の小さな傘
その中で男性と小さな小さな女の子が手を繋いでいた
女の子は先日この集落の入り口で倒れているのを見つけ、介抱のため男性が家に招き入れた娘だった
先ほどこの小さいくせに妙な落ち着きと威風を見せる少女に気圧され、大雨の中、並んで手を繋いで出てきてしまったが男性は非常に後悔していた
首長の家自体は大して遠くもないが、一体何をどう説明すべきだろう
「この子が、あと半刻で雨が上がると言っています」などと、何の根拠もない子供の世迷い言を大真面目に報告する言い訳を考え、彼は激しく苦慮していた
そんな様子を察してか知らないが、幼女は、
大丈夫でございますです
雨は止むものでございますですゆえ
そう言った
いや、そんな、いつか止むからみたいな話ではないのだが、と思ったが幼女ごときに圧され出てきてしまったのは己なのだ
食って掛かっても仕方ないため、ため息を吐きながら大人しく歩いていたところ首長の家が見えてきた
挨拶もそこそこに開口一番、幼女は首長に発した
斯く雨は後、四半刻ともう少しで上がりますです
農作業のために住民さんを集めるが先決でございますです
意味がわからないので当然首長も根拠を尋ねるが、
私は生まれつき天気がわかり、外したことはございませんです
幼女は自信満々に何の根拠にもならない回答を述べた
続けて
本日は雨後即晴れ、その後は清々しき快晴
明日は夕方から曇り始めますですが雨にはなりませんです
なんなら向こう一週間の天気は、一ヶ月先は〜
幼女はどこでこれほど気象の用語を学んだのかと言いたくなるほど無駄に博識な面を見せ、それを何故か書き留める首長の姿があった
外れたら何か罰されても構いませんです
最後にそう言い、天気予報を締め括った
子供の戯れにしては気味が悪くなるほど覚悟を決めているという印象を持った
流石に幼女の根拠の薄い言葉を鵜呑みにするほど首長もバカではない
あと少しで止むならと一旦雨が止むか四半刻あまりの間、結果を待つことにした
お茶も出してもらい、幼女はお茶とお菓子に興じていた
そこだけ切り取って見れば他愛もなき普通の子どもだった
四半刻と少し経ち、果たして彼女は自身の予言を的中させてみせた
確かに雨は上がった
だがまだ雲は残る
流石にこの後、即快晴とはいかないだろうが、そちらの判断についてはまず保留となった
時刻は既に昼過ぎだった
(暑い…)
重労働をしながら彼は思った
朝はあんなに冷たい雨と風が吹いていたのに?
なんなんだこの暑さは
冬だというのに!
重労働から来る汗がしとどに滴っているのも手伝い、どう考えても小春日和を通り越して初夏並みの暑さに思われたのだった
それにしても、と空を見上げる
清々しいほどの晴れ模様だ、今朝の大雨は何だったというのか…
そしてもちろん考える
(あの少女、どこぞの巫女さんとか名乗ったがまさか本当に神通力でもあるんじゃないだろうな?)
男性は何もわからなかった
当の竹刀は連れて行かれた先の首長の家にそのまま留め置かれていた
もちろん本日の空模様は彼女の予言通りであった事は首長にもよくわかった
次はここ三日間ほどの天気が当たるか確認する必要があるため、とにかく暫く彼女を、臨時の部屋を設けて集落へ滞在させることにしたのだ
竹刀としては結局まだ何の御礼もできていないが、一方で三日間、羅刹狩りが滞ってしまうことも気掛かりだった
けれど身から出た錆、たった三日だけならと出発は待つことにした
その間は特に何もしなかったが取り敢えず食事と睡眠は取らせてもらえた
有難いことだが、何かしたい思いは募っていく
しかし、取り敢えず声が掛かるまでは機を待つ外なかった
首長は竹刀の部屋を訪れ、最初の日から数えて四日間の天気予報全てが当たっている事を受け、竹刀にとある願いを申し出てきた
彼女としても願ったり叶ったりである
何せ暇すぎて、そして恩情も充分に賜り過ぎてとにかく何か動きたかったのだ
彼女は首長に花の咲くような無邪気なにっこりとした笑顔で応えた
はい、何でもやりますです!
――――後に彼女は深く後悔する事となる
この全ての浅慮を、己の愚かさを