神様?
竹刀は素っ頓狂な声を出した
そうだよ、と首長は短く応える
元々この集落には巫女はいないが、土着の神様信仰があり、若者組の者がその役を毎年務める祭りがあるらしい
余所者の竹刀をその神様役にという打診である
祭りの日までで良いので、暫く形式上の「神様」として集落の人間たちの悩み相談役を務めてくれないか、とのことだった
普通は竹刀ほど幼い子が抜擢される事はないが、彼女には不可思議な力があるようなので今回は流石に例外と見なされるのだそうだ
祭り自体は隣の集落で開かれ、そちらの人々がこの集落を訪れた時にも神様役をすることになる
まだ祭りは一ヶ月以上先だが、その時が来たら隣の集落へ神様役として移動するようにとも言い渡された
一ヶ月以上先まで拘束されるのは正直困ったが、受けた恩義を返すため力になれるならと今回に限り、竹刀は了承した
その晩、どこか遠くで影が動いた
影は何かに気づいた様子だったが、気のせいかと思いすぐにその場を去っていった――――
明くる日、早速竹刀の神様役が幕を明けた
訪れる人々の話を色々と聞くだけでよいとのことだったが、竹刀は賢い子だったため、ちょっとした悩みや相談事を持ちかける人々に本で読んだ知識、考えたことなどを詳らかに説明し、時には薬の作り方等まで指導した
他にも神様として天気予報は欠かさず行った
それは竹刀が首長と交わした一つの取り決めが基だった
彼女が初めて首長の家に赴いたその日に既に一ヶ月先まで天気を予言してしまっていたが、あまり先のことが分かり過ぎるのも却って良くないかもしれない
毎日、当日の天気を伝えるので、代わりに過去の予報記録は一旦消してくれないか、と
首長はそれを快く引き受け、以前に竹刀が伝えた気象予報記録は目の前でしっかりと燃やされた
それからも変わらず、神様役となった竹刀が天気を当て続けるため、いつしか彼女は本物の神様然として集落の人々に祀り上げられるようになった
彼女は内心大袈裟だと思ってはいたが悪い気もしなかったので、人々の気が済むまではそっとしておこうと思っていた
集落の人々は優しかった
彼女が本を読みたいと言えばすぐにありったけの古文書を持ってきてくれたし、ご飯もお菓子も至れり尽くせりだった
彼女は生来捨て子で、神様に拾われ、その尊いお方に仕える巫女として育てられたため、あまり「家族」というものを知らなかった
もしかすると、彼女を手塩に掛けて育てた神様からすれば竹刀は手がかかるものの可愛い娘には違いなかったのかもしれないが、少なくとも竹刀にとっては親以前にあくまで己が敬うべき対象として捉えていたために、そこには明確な上下関係があった
そんな彼女は集落の人々と接するうちに家族とは斯様なものだろうか、という朧げな実感を持っていった
そんな事を首長に漏らしたところ、
いつでもわしらを家族と思って、その代わり、旅立つ時には遠く離れても神様として見守っていて欲しい
といった趣旨のことを言われた
竹刀は嬉しかった
集落の人々があんまり自分を頼り崇めるので、このまま一生この集落で神様役をやり続けなければいけないのでは、とも思ってしまっていたが、首長はきちんと祭りの日までと固く約束をしてくれたのだ
誠実さと優しさに幼い彼女は涙が溢れた
必ず、一応の「神様」として、そして何より家族として、出来得るだけお守りする、旅に出ても其れは約束するとそう強く首長に告げたのだった
それを聞いた首長は、竹刀を神様としてではなく、自分の孫を可愛がるように頭を撫でてくれた
竹刀はまた泣いた
泣かないで、笑っておくれ
みんな竹刀ちゃんの笑顔が大好きなんだよ
その時彼女は泣きながら、大好きだと言ってもらったとびきりの笑顔を見せたのだった
そんな風に新しくできたばかりの家族と過ごす温かな日々は過ぎていった
ある日、また天気予報をした
しかし、その日は特別に翌日の天気も伝えておく必要があった
例の祭りの日であるからだ
隣の集落へ移動するその日はこの竹刀の滞在先の集落では夜通し祭りが行われる事になっていた
竹刀は翌日も晴れとなると予報した
それは首長の口から直ちに祭りを準備する集落の人々へ伝えられた
集落の住民は歓喜に沸いた
それもその筈、何十年もの間、歴代の神様役が告げる予報は決まって「翌日は大雨」というものであったからだ
夜通し行われるはずの賑やかな宴は、いつも次の日の朝を迎える前に強制的に解散させられるのが、この村の暗黙の通例であった
それで結果的に予報は当たらずとも何も咎められることもなく進行するのが習慣だったのだ
住民もそれはよく知っていたのだが、たまには晴れ扱いにしてほしいと思っていたため、竹刀の予言は渡りに船だった
厳格な首長もいつもは雨と告げさせ、結果、深夜のバカ騒ぎを戒めていたのだが、今年は特別に、竹刀をとても可愛がっていたため、彼女の顔を立てて、「晴れる」とそのまま伝えた
人々は隣集落へと移動する竹刀を見送った
夜になると、大人たちは酒を飲み歌い遊び、夜陰に紛れて睦み合う若い男女なども見られた
特別だったのだ
人々はあまりにも久々に訪れた祭りの二日目、正確には一日目から続く深夜の宴を大層楽しんだ
誰もが笑顔でそこには幸せしか広がっていなかった
少し離れた地にて竹刀もそんな自分の家族たちの様子を想像しては華やぐ笑顔で笑っていた
それから一週間後、竹刀は隣集落で行われた祭りの神様役を恙無く務め上げたところだった
竹刀は、其ういえば、と気になっていた事を口にする
隣でもこちらでも、夜に彼女には見慣れないとある風習があったからだ
地域信仰?
ええ、毎晩必ずお香を焚くのですよ
魔除けということで
へー
なんか凄く芳醇な甘くて良い香りでございますですねえ
でしょう?
これは一種の守り神として大切にされてまして、基本的に焚かないことは無いのですが
ああ、でも香りが強すぎますから、夜に大騒ぎとかする時には例外的に消すんですよね
丁度、今夜はこれからそうなりますね
なんだかこの香りを焚きしめていると、どうにも羽目を外せない気がするとかみんな思うらしいのです
でも今年の神様によれば、明日は雨じゃないらしいので良かったです
もうずっと長いこと神様役は通例的に豪雨だなんて言ってたんですよ
私たち大人は折角の二日がかりのお祭りなのに結局夜中まで騒げず困ってしまっておりましたからね…
本当にありがとうございます、私たちの優しい小さな神様
いえ、滅相も…
しかし、なるほど魔除けの意味合いだったのでございますですね
竹刀は内心で静かに首を傾げていた
(香りは確かに強いですけれど、斯く香炉には魔除けの霊力など、これっぽっちも含まれてはいないようでございますですね)
神に仕える巫女である彼女の目からすれば、その煙に邪なものを退けるような価値は見当たらなかった
(まあ、地域信仰の実態など得てして斯様なものでございましょう)
実を伴わずとも、ただ伝統ある古き教えを信ずる
人とは、そのように長閑で無辜で、時に非合理な生き物なのだから、と