(竹刀ちゃん!)
俺は冷たい雨の中、ただ必死に走って君を探していた
何があったんだろう
どうしていなくなっちゃったんだろう
心配で胸が押しつぶされそうだ
俺何か気に障るようなことやっちゃって無いよね?
さっきの君は見たこともないくらいに震えていた
あの強くて聡明な君が震えるなんて一体どうして…
いつもの聖域に駆け込んでみたけれど、小さな姿はどこにも見当たらない
他に心当たりなんて、出会ってまだ四日目の俺には数えるほどしかなかった
(…まさか奥羽の奥地だっていう鳥土里神社に?)
そんな場所まで行かれてしまったら、もう二度と戻ってきてくれないかもしれない
君のことを少しずつ知ってきているつもりだったけれど君がその小さな背中に抱えているものの重さは、俺にはまだほとんど何もわからないんだ
どうしたら…
不意に夜の冷気を含んだ風が頬を打った
その瞬間、君のあの美しい黄緑の瞳が大粒の涙を零す光景がどこかで見えた気がした
この感覚には覚えがある
三日前、初めて出会って、俺から逃げて聖域に隠れていた君を見つけた時
そして翌日の朝、寝所から忽然と消えていた君をやはりそこで見つけた時だ
どちらの時も不思議と君の居場所が直感でわかった
それと全く同じ感覚が闇の向こうから俺を確かに導いている
俺は迷わず、その気配のする方角へと地を蹴った
(きっと君はそこにいる…!)
息を切らせて辿り着いたのは、俺の屋敷から二十里は離れた、静かな地だった。
果たして、雨に打たれながらぽつんと蹲る小さな黒い影を見つけた
近づくと、君の衣服には真新しい返り血が染み付いている
(ああそうか、今夜の狩りはもう終わっているんだね)
俺がここまで近づいても君はピクリとも動かない
そういえば竹刀ちゃんは、なぜか俺の気配にだけは、いつも気づけないみたいなんだ
あれほど知覚能力に優れた子なのに不思議なこともあるものだよね
こんばんは
探したよ竹刀ちゃん
こんな時間に昼間の農作業の続きかい?
君は黙々と、無心に畑仕事を続けていた
冬だというのに、そこには奇妙なほど青々と多くの作物が実っている
声を掛けられ、君は徐に顔を上げた
だが、その瞳は光を喪ったように虚ろだった
胸が締め付けられ、俺は思わず駆け寄る
竹刀ちゃん、大丈夫かい?
傘も差さずにずぶ濡れだよ
いえ、
雨は平気でございますですゆえ
君はキッパリと応えた
まるで俺を拒絶するかのように
…何してるの?
畑
あまりにも素っ気ない返答
それは見ればわかるけど一体どうしたの?
頭、冷やそうと…
…こんな冷たい雨に打たれて農作業しなくてもね
えーと、ここはどこなんだい?
うちからもまあ、俺でもギリギリ走って来られなくもない場所だけど
…羅刹さんなら、左様でございましょうですね
(歯切れが悪いな)
俺もずぶ濡れだけどそんなことはどうでもよかった
君は心ここにあらずといった様子だし
畑仕事をしてるというがどう見ても違う
現に、小さな手は完全に止まってしまっている
それに聞いてはみたけど答えはまだ返ってきていない
ここは一体どこなんだ?
畑
ん?
私の畑がある場所でございますです
うん、そうみたいだね…
要領は得ないけれど、とにかくここが「君の所有する畑」だということだけは分かった
どう見ても今は普通じゃないし、焦らず少しずつ尋ねることにしよう
君のなんだね
はいです
なんでここなの?
…………私しか知らないがゆえ、でございますですかね
君しか知らない?
ええ
それ以上は話してくれそうもなかった
埒が明かないので話題を切り替えることにした
ねえ、竹刀ちゃん
いつまでここにいるんだい?
えっと、頭ってのは冷えたのかい
頭は冷えましたです
じゃあ帰る?
いえ
…………
君は何かを躊躇うように視線を彷徨わせた後、意を決したようにこちらを見上げた
あの、狩衣さん…
胸の内を、打ち明けてくれるのだろうか
うん
私、えっと、お悩み相談業務は外していただきたく
うん、いいよ
やりたくないなら無理はさせられないね
あなたはいつものように優しく微笑んで其う告げた
其の瞬間、なにゆえか…
いや、先ほどまで脳裏に焼き付いた記憶を呼び覚ましていたからだろうか
重ねてしまった
守りたかった、守るべきだった、其して、守れなかった
いや、私が滅ぼした
私の大事な集落
私の愛した家族
気付いたらもう駄目だった
さっきは堪えた
涙なんて流さなかった
己の愚かさを、其して大切なものを奪った羅刹さんたちを、どちらも絶対に赦さない
必ず全てを滅ぼすという鉄の意志を持つことで辛うじて踏み留まれていた筈だったのに
もう、無理だった
私はあなたの羽織を掴み、其の肩に顔を埋めて、結局子どものように大声を上げて泣きじゃくってしまった