竹刀ちゃんと狩衣くん   作:星が好き

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20回目-76 雨降って地固まる

視界が開けた先に広がっていたのは、あの日、私の世界を終わらせた凄惨な記憶そのものだった

 

此方と、彼方の集落の残骸

飛び散った血の跡も、全てを灰に帰した炎の爪痕も私は結界の中に当時のまま保存していた

ただ無残に散らばっていた多数の肉片だけは幼い私が時間を掛けて、全て土の下へと埋めた

 

あの日の記憶と寸分違わぬ絶望の景色が、今、二人の前に曝け出されている

 

幼い私が、小さな手を血だらけにしながら積み上げて作った、歪で短い墓石の群れ

私は神様にはなれなかった、けれどせめて斯く場所の墓守にだけはなるつもりだった

例え其れが自己満足の形ばかりの弔いに過ぎないとしても

 

  私は斯く家族と共にあると決めているです

  彼らを決して忘れない

  私の笑顔が好きだと言ってくれた彼らに私の笑顔は全部捧げる

  ゆえに、私は二度と笑わない

  左様な誓いにございますです

 

私は、当時の灰に塗れた風景の中心で佇んでいた

すると、あなたは私の隣へと静かに近づき、また深く口づけをした

 

  なっ

 

衝撃に目を見開く私を宥めるように、あなたはいつになく真剣な眼差しを向けてくる

 

  だめだよ竹刀ちゃん

  それはだめだ…

 

其う言うや、あなたは虚空を睨みつけ、大きく息を吸い込んだ

 

  ねえ、竹刀ちゃんのご家族さん方!

  俺の同胞が君達を殺して食べちゃって、本当にごめんね!

 

(あなた、一体何をして…!?)

 

  でもさ、悪いんだけど、竹刀ちゃんは別に君達が独占していい子でもないんだよね

  さっきの竹刀ちゃんの話だと、元々はずっと神様をさせる予定でもなくて、時期が来たらちゃんと外に返してあげる手筈だったんだろう?

  竹刀ちゃんだって何もなければここまで囚われずにそうなってたはずさ

 

雨音を突き破るように、あなたの叫びが響き渡る

 

  だから竹刀ちゃんは俺がもらうね

  と言っても、俺も竹刀ちゃんに遠からず殺されちゃうんだけどさ!

 

  あ、あの、あなた…

 

  ねえ!君たちが大好きだった女の子がさ、君達の死を背負って、もう笑わないって意固地になってるんだ

  九年間もだよ?

  そんな哀しい駄々っ子、誰も望んでないよね?

  …って、まあ声は届かないだろうから、もうそう言うことだと俺が勝手に決めさせてもらうけどさ

  とにかく、幽霊だかなんだか知らないけど竹刀ちゃんを早く解放してあげてよ

  普通に見てて可哀想で気の毒だと思わないのかい!?

 

あなたは何もない空間に向かって狂ったように叫び続ける

 

…いや、幽霊さんなんて、此方には居ない

だって彼らは誰も世に未練なんて残していないようだったから

 

みんな、真っ白で綺麗な魂になって、とうに冥府へと旅立っている筈だ

 

ゆえに此方でどれだけ叫んだところで何の意味も有りはしない

 

(…なのに、あなたは私などのために、其んなにも声を枯らして叫び続けるの?)

 

  止めて、狩衣さん

  

私は、静かに遮った

 

  幽霊さんなんて、いないのでございますです

  彼らは魂の残滓一つ残さず、皆、成仏してしまっているわけでして…

 

  なるほど、君が言うならそうなんだろうね

 

叫ぶのを止め、あなたはあっさりと首を巡らせた

 

  じゃあ、何かい?

  誰かが引き留めてるんじゃなくて、君だけが一人でずっと、ここに拘ってるってこと?

 

  いえ、其れは、あの…

  

言葉に詰まった

あなたの言葉に、九年間ずっと強固に固定されていた「私」という存在の輪郭が、初めて内側から大きく揺らがされた気がした

 

  君を恨んで死んでいった人間が誰もいなかったんなら、それでいいじゃない

  君の笑顔が好きだと言ってくれたんだっけ?

  それなら尚更、そのまま笑っていた方が竹刀ちゃんのご家族も浮かばれるってものじゃないの?

 

其の問いに対する正しい答えは、今の私には分からなかった

けれど、零れ出た感情の波にはもう抗えず、私はまた、あなたの胸に顔を埋めて泣きじゃくっていた

 

もう、流石にダメだ

考え続けて疲れ果ててしまった

私はあなたの温もりに包まれたまま、泥のように深い眠りへと落ちていった

 

 

 

夢を見た

九年前のあの温かくて幸せだった、ほんの短い日々の夢

 

集落の人々は、私の笑顔が好きなのだと、頬に笑窪を浮かべて喜んでくれていた

 

首長のおじいちゃんはわたしの頭を撫でながら、優しい声で此う言った

 

  《旅立ってもいつまでも笑っておくれ、それを思えばわしらも元気になれるから》

 

夢の中であるというのに、私はやっぱり泣いていた

私を見て、大好きな彼らは口々に言ったのだ

 

  《泣かないで、神様》

  《笑って、竹刀ちゃん》

 

果たして私は彼らの前で、笑えていただろうか――――

 

 

ハッと目を開いた

 

(此の場所は…)

 

いけない

感情に任せて、封印術を解放したまま、眠ってしまっていた

早く元に戻して静かに眠らせてあげないと…

 

私が身じろぎし、覚醒した気配を悟ったのだろう

すぐ上から、聞き慣れた柔らかい声が降ってきた

 

  おはよう竹刀ちゃん

  一刻くらい、ぐっすり寝てたよ

  

見上げれば、あなたはずっと冷たい雨の中で私を冷やさないように強く抱き締めていてくれたようだった

 

其の優しい微笑みがどうしても今しがた夢の中で見た、彼らと重なってしまう

 

「笑って」と言ってくれた、家族の最後の言葉が耳の奥から離れない

 

  …………っ

 

私は、返り血と雨で錆びついた頬の筋肉をゆっくりと動かした

引き攣り、歪み、ぎこちなく、上手くできているかも分からないけれど…

 

其れでも私は、私の笑顔を求めてくれる「誰かさん」の前ですごく久しぶりに、ちゃんと

「笑った」

 

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