例によって狩場の下見だ
基、君曰く「見聞を広めること」に付き合っていたら、付近の街で櫓が組まれているのが見えた
今夜はお祭りがあるらしい
俺は人間の祭りに参加したことなんて無かった
羅刹の俺が夜祭りにうっかり紛れ込んだら、途端に人死に騒ぎで中止だ
高揚した人間の肉は普段よりも美味しいし、祭りなら若い女がまず見つかるけれど
餌場として祭りを愉しみたいかといえば、ちょっと違っていた
だから人間の祭りは人間のもの、羅刹の俺は大人しく身を引いておくって今まではずっと心掛けてきたんだ
でも、この頃はもう、そういう行動制限を気にする必要もなくなっていた
何せ俺には、君という最上級の血肉があるのだから、他の人間をわざわざ食らう必要もないし、どうせ君ほど美味しくないのは目に見えている
今なら何にも惑わされず、お祭りを楽しめるんじゃないかと考えた俺は、君に提案した
「宵の口ほどで狩りはさっさと終わらせて、その後の手合わせは一旦後回しにして、二人でお祭り回ってみない?」って
君はそれを聞いたら、なんか愛読書である『恋愛白楽御殿』の「でえと回」がどうたらこうたらとブツブツ言っていたけれど、無視することにした
お祭りに行くこと自体には別に反対されなかったしね
せっかくだからと、君に以前贈った衣服を着てもらうことを頼んでみた
君は「地味じゃないから…」と嫌がっていたが、仕方ないといった様子で着替えてくれた
嬉しかった
よく似合っていた
「俺の見立てもなかなかいいでしょ」と言いたかったけれど、どうせ君が天邪鬼になるだけなので黙っておいた
真冬だが、南の方だったのもあってあの日の風は心地良かった
太鼓の撥が打ち、心臓に響く音に合わせて踊り出す民衆の、汗ばむような熱気
それを遠くから眺める俺達
羅刹と人外生物が紛れ込んでいるというのに平和過ぎる光景だが、存外悪くはなかった
ねえ、竹刀ちゃん
はい、何でございましょうか、です
一応信奉してる神様がいるのに、こういうのに来ちゃっていいの?
今更過ぎますです
あなたのお仕事を手伝っている時点で、宗派とか無関係でございますですよ
うちの神様は、左様な狭量のお方ではございませんです
ならいっか…
俺は君と手を繋ぐ
右手を取ると、俺の左手と互いの指にはめた金属がカチリと噛み合って、鈍い音が鳴る
これが最近の、俺のちょっとしたお気に入りだった
二人で夜店の店主を一つ一つ冷やかしながら、神社へと続く石畳の参道をゆっくり歩く
いや、速く歩きたくとも、人々が芋洗い状態で身動きが取れないといった方が正しいか
君は途中、何度も「女の子ならこういうのいるかい?」と玩具を勧められていたが、「子どもさんではないので」と断っていた
当然、店主は不思議そうに君を眺める
貰っちゃえばいいのに
多少にやつきながら、俺はわざと君を煽ってみる
別に、好意はありがたいとは思うですが、本当に子どもさんが喜ぶような物は私にはとんと縁がなく
しかもお勧めされたとて普通に有料
お金がもったいないのでございますです
君の貧乏性が発動していた
相変わらず貧しい考えの巫女さんだねえ
一応、ちゃんと毎日お給金はあげているのにね
まあ、本当に物欲しそうにしてるなら俺が買ってあげるけれど、確かに「要らない」って顔しかしていないから、俺も余計なことは言わない
代わりに別のことを言った
ふーん
じゃあ俺は人が良いから、次の店主からは何か買っちゃおうかなあ
その方が大人の対応ってやつだしね?
えー、あなたが大人って…
いやまあ、曲がりなりにも、ではございますですが
ていうか、あなたみたいな怖い大柄の男性に声掛ける勇気ある店主さんなんて、いらっしゃるものでございましょうか、です?
君は眉間に手を当てて、真剣に考えている
それ、流石に酷くない?
俺は黙ってれば美丈夫で通るでしょー。
ほらほら、君の目でよく見てよ
いや、顔近いです!
おっ! 仲のいい美人な兄妹だねえ!
おじさん安くしとくよっ!
ちょっと見てってよ
本当に絶妙なタイミングで、店主が話しかけてきた
兄妹じゃないです!
君はすかさず否定していたけれど、無理だろう
まあ、顔立ちは全く似ていないとはいえ、仲良くじゃれ合っていたら、そりゃ歳の離れた兄妹が一番しっくりくると思うもの
間違っても「身体を重ねる関係」だなどとは、誰も思うまいよ
俺は気にしない風を装ったが、店には立ち寄ることにした
さっきの自らの宣言もあり、一応何か買うかという気になったからだが、眉間にしわを寄せ、腑に落ちないという顔の君も、横に並んで並べられた品を見ていた
日用品中心の小物や、ちょっとした手作りの土産物だった
値札を見ると二束三文
まあ要するに、庶民向けのがらくただろう
すると竹刀ちゃんが、その中のひとつをすっと指差し、俺に言った
此れなんか、あなたにはいいんじゃないです、狩衣さん
なかなか可愛いかと…
蓮の花の意匠が付いている、小さな根付だった
まあ、俺らしいと言えばらしいだろうけど……。
えっ。俺がこれ、自分のために買うの?
思わず本音が漏れた。君は仕方ないという顔をしながら、意地悪く微笑む。
あれあれ。先ほど仰っていた大人宣言は、いずこへなりを潜めてしまわれましたです?
所詮は見栄でございましたですかー。
残念でございますですねえ
君は一つ、ふふんと鼻を鳴らした。
此処はひとつ、大人の私が、いたし方なき弟殿の為に人肌脱いで差し上げますです!
というわけで、はい此れ、おじさんお一つくださいませです
毎度あり!
はい、弟さん! お姉ちゃんがせっかく大枚はたいて買って差し上げましたものですゆえ、大切にするですよ!!
君は俺に根付を差し出し、腰に手を当ててとても得意そうだった
いつの間に俺は、兄から弟に格下げされたのだろうか
俺は何回か瞬きをして、それを受け取る
ありがとう、大切にするね。
…ところで、ひょっとして竹刀ちゃんってお姉ちゃんになりたかったの?
ふと、そんなことを聞いてみた。君は何か癇に障ったようで、目に見えて慌てだす
はあ!? 左様なわけございませんです!
私が姉なんて、姉なんて…ええ、ええ? …
すこーしだけ、ええ、すこーしだけでございますですが!
良い響きかもしれませんですね♪
相変わらずの無表情の奥に、嬉しさがこれでもかと滲んでいた
それからまだ祭り見物は続いた
君は祭りなんてとうに経験済みかと思いきや、辺りを見渡し、どこか物珍しそうにしていた
そして、おずおずとした様子で俺に尋ねる
あの……あんず飴、其の……要りますです?
正直、君の手で作られたものじゃない人間の食べ物が欲しいかと言えば不要だけど、多分これ、竹刀ちゃん自身が欲しいんだろうなと思ったから、頷いておいた
色とりどりのあんず飴に近づいた君は、
硝子細工みたいで綺麗でございますですね
と感想を漏らしていた
珍しいこともあるものだ
宝石とか装飾品とか、まるで興味ある素振りを見せない子なのに
少しだけ頬を紅潮させて飴細工を眺める君
その長い髪を耳に掛けた時、右手から覗いた
俺の瞳と同じ色をした指輪が、飴細工のようにキラリと光った
案の定、あんず飴は俺が食べても味がしなかった
見かねた君が、俺の分の飴も口に含んでくれて、そうしたらようやく味が感じられるようになったのだけれど…
なんです?
君は怪訝な顔で尋ねてきたが、俺は思ったままを口にする
いや、今の舐め方、俺のを舐めてくれる時と同…
ズダン!!!
俺の腕を取ったかと思うと、硬い石畳に思い切り打ち付けられた
此んの、万年発情期が! 一生地面の下に埋まってろです!!
少し地面にめり込んだ
流石に周囲の人目を気にしてか、石畳を叩き割るほどの力は出していないようだった
(まあ、それでも死ぬほど目立っていたけれどね)
君は俺を見下ろしながら、周囲の視線に気づき、今思い出したとばかりに、人払いの術、掛けてたけど、今更、遅いんだよなあ…
どこかズレているのは相変わらずだった
……なんてことがあったなあって、俺は、君から貰った蓮の根付を付けた扇を広げ、思い出し笑いをしていた
また、間が開きましたが、ちょっと他で思いついて書いてたオリジナル創作が完結したのでこちらに戻ってきました。こちらはまだだいぶ長いですが引き続きよろしくお願いいたします。
とはいえ、もう少ししたら一区切りにはなりそうです。