場所は東京府
夕方、あなたに話し掛けたところ怒涛の如く私に会いたかった旨の話をされる
あなたの文句とも抗議ともつかない言葉の数々が頭の中で木霊し、毎度のことながら其の熱量に辟易しつつも若干圧倒される
(つい先ほども会っていたのに…)
とはいえ、執拗なあなたとの心内会話にももうすっかり慣れてしまった
私は適応能力が高いらしい
一つ深呼吸
人がたくさんいるのが東京府の特徴だ
空気を鼻から吸い込むだけで周囲に溶け込めたような錯覚を覚える
(化け物に其れは許されませんですね)
さて
私は「平常のように、」と努めて
もし、
あなた、狩衣さん
羅刹さん狩りのお誘いでございますですよー
あなたを呼び出したのだ
(うわあい!竹刀ちゃんからのお誘いだあ!!)
嬉しいなあ、やっぱり毎夜の事とはいえ、普段の君の俺へのおざなりな態度から感じ取れるよりは、実際には邪険にされていない事を実感できるのがまず嬉しい
喜び勇んで俺は君のお誘いに乗る
今夜は東京府だし早く終わらせて、その後の手合わせもじっくりやったら…
その後は時間それほど経ってないはずだし二人で、「夜のでえと」と洒落込むのもいいよね♪
などとルンルン気分でいたら、珍しく上からお呼び出しが掛かったらしい
琵琶の弦の音色が頭の中に響き渡る
(えー、普通に勘弁してよ…折角、竹刀ちゃんとこれから水入らずでお出掛けするのに!)
…でも、まあ、しょうがないか
俺は、琵琶の音は一旦流して、君へと回線を開き直す
なんか今、祇園様に呼び出されちゃったみたいだから、ちょっと待ってて…
と手短に用件を告げた
君は、「はいはい」と特に気にもしていない様子だったけど、これまでの経験上、勝手に先行される可能性もあるから困るんだよなあ
狩りは二人でって言ってるんだから、待っててよ!
俺は念押しで君に伝えた
さて、琵琶女ちゃんに召喚されたわけだけど――
祇園様はなんかちょっとうん、怒ってるなあ、これ
まあ、怒りっぽいのはいつも通りではあるけれど
俺はいつもの調子で適当に胡麻を擂る
正直、この繰り返しの生が始まってからは最早、半分くらい祇園様とかどうでもいい存在になりつつあるけれど
それはそれ
しっかり忠実な部下を演じておかないとね♪
祇園様は本来、全羅刹の思考が読める能力をお持ちだけれど、今世の俺の思考はまるで読めていないとしか思えなかった
と言うか、正確には祇園様の頭の中で、俺が実際に思考した内容とはまるで異なるもの、例えば、過去の俺が言っていたような事をそのまま考えていると「認識の書き換え」が行われている、あるいは事実誤認が勝手に働いているようなのだ
本当に便利な「死に戻り」の生涯だ
お陰で知られたら一瞬で極刑ものである俺の考えが読まれる心配はない
シノハユちゃんに殺されて時間が巻き戻り生き返ってから、今わの際で恋した彼女のことをずっと考え続けてあっという間に俺が一度死んだ頃の齢、百五十年が経過した
しかしここ一ヶ月だけはもうお別れしてしまった彼女のことではなく、竹刀ちゃんのことばかりを考えている
(はあ、注意喚起とか通達とか、青い彼岸花の件なら早く終わらせて欲しいなあ)
俺の注意が逸れてため息を零してしまったせいだろう
流石に祇園様に睨まれた
狩衣、貴様は、私の話に不満でもあるのか?
低く重い声が静寂に包まれた永遠の城に響いた
いつまで経っても青い彼岸花を見つけられん無能の分際で
うーん、痛いなぁ
羅刹を束ねるその御力で以て身体を捻られる
全身が引きちぎれそうだ
まあ、竹刀ちゃんに出会った頃、事あるごとにしょっちゅうやられてた、全身ズタズタに斬り刻まれていた時ほどじゃないけれど
つい脳裏に君が浮かんじゃう俺
君ときたら、一見貞淑で大人しそうな女の子の割には暴力性が高いのは分かってるけれど、俺への冷たい態度はいつまで経っても軟化してくれないんだよなあ…
ただ、流石に最近は全身刻まれるってほどのことはなくなってきたから、幾分マシになったのかな
代わりに天井にぶち上げられるか、地面にめり込まされるかになってるけど
(ん…?)
あ、いけないなぁ
今は祇園様からお咎めを受けてるんだった
縛られて身動きも取れない俺はそれでもなんとか口を開く
滅相もございませぬ
不満など有り得るはずもなく…
俺は変わらぬ忠誠は誓い続けているつもりなのですが
もし何か至らぬものがございましたらば――
えーと、そうですねえ
あなたに二心抱くようなことなんてあるはずもございませんが
でも、そのように見えておいででしたら、そんな俺なんて不要でしょうから
どうぞあなたの鋭いこの触手にて俺をもっと追い詰めて縛り上げて…
心持たぬ俺に「反省」という物が何たるかこの身体に直接刻み込んでいただくのを所望いたしまする
そうすれば、ひょっとすると反省の「心」というものが痛いほどわかるようになるやも
(…て、あれ?)
俺はいきなり離され、地面に尻もちをついていた
まあ、どっかの誰かさんみたいに照れ隠しで天井や地面に埋められるよりはマシなので、祇園様のあり難いお慈悲に素直に感謝しておくことにする
相変わらず気色が悪いな貴様は…
俺の魏術で生み出す氷よりも冷ややかな視線が俺を見下ろす
だがまあ良い
成果も上げられぬ貴様を今断罪したとて、何の面白みもない
拾った命だ、せいぜい尽力することだな
何も期待してなどいないが
祇園様は場の全員に、その芯から響く声で呼び掛けた
さて、お前たちに通達だ
もうすぐこの夢幻城にて羅刹狩りどもを一網打尽にする、かねてよりの計画を実行に移す
時期はおよそ半年後だ
そのために気づいている者もいようが、少しずつ雑魚羅刹どもをこの夢幻城内に溜め込ませている
長年放し飼いしていた何十万という数の雑魚をようやく使う時が来た
この軍勢で羅刹狩りなど軽く圧殺してくれる
良いな、二十四節巍たちよ
お前たちの出番は巡って来ぬかもしれんが、それもまた良しとせよ
羅刹狩りどもは一匹残らず皆殺しだ
言いたいことだけ告げて俺たちの返答も聞かずに祇園様は去ってしまわれた
(まあ心読めるから要らない上に、そもそも命令は絶対だから聞くまでもないんだろうけどね、いつもこんな風に一方的だったんだよなあ、なんだか懐かしいかも)
…心得た…
祇園様が去ってからだいぶしてそんな言葉を静かに壱番殿が発した
参番殿は少し表情を盗み見ると青筋浮かべて地面を睨んでいる
肆番は…なんかびくびくしてるからほっといて、伍番は恍惚としてるね
陸番の兄妹は取り敢えずほっと胸を撫でおろしている…っと
(あ、消えた)
琵琶女ちゃんの奏でる音に合わせて俺達は一人ずつ元居た場所へ帰されていく
(確かに前の生でもこんな出来事あったなあ)
それで実際決戦前に集めようとした時、何十万どころか、千体くらいしか集まらなかったんだっけ
それが俺の心当たりのせいだとすると、多分その軍勢ってやつもうほとんど全滅してるんじゃないかなあ、俺も加担してるし
でも、その件については何のお咎めも受けてないし知ーらないっと
(ただ…)
夢幻城での戦いまであと半年なら君といられるのは、残り三ヶ月ほどなんだろうか…
俺は、祇園様の通達よりもそのことの方がよっぽど気になった