キーンコーンカーンコーン――
授業の終了を知らせるチャイムが鳴る
(…ようやく今日も終わりだ)
少年は胸を撫で下ろした
宿題に使えと言われたPCタブレットをランドセルに押し込む間にも、教室は一気に騒がしくなる
さっきまで午後の日差しに煽られ、気持ちよく居眠りしていた生徒も何故か起き出し、歓声の輪に加わる
担任教師のホームルームをクラスのみんなして聞き流し、いよいよ小学生にはお楽しみの放課後タイムの幕開けだ
学童や習い事に向かう者たち、残っている生徒たちは校庭開放にて女の子は一輪車、竹馬、柔らかいボールでのラリー
男子はケイドロなどで夕方まで遊び耽る
そんな普通で元気で健全な子どもたちらしい集団をよそ目に、全く雰囲気に溶け込もうとしない付き合いの悪い少年が一人
彼の名は「琉堂蒼衣」と言った
誰もいなくなった教室で、一人タブレットを繰る
眺めているのは地図アプリだ
(東京、山形、岩手、宮城、兵庫、新潟、沖縄、京都、福岡、島根…どこかにいい場所はないだろうか?)
蒼衣は考える
正直こんなやり方で見つかるはずがないことくらい分かっている
そもそも「それ」が果たして「ある」ものなのかも定かではない
けれど、他に方法も思いつかないのであった
人気のない屋上へ向かう階段の踊り場に、蒼衣は腰を下ろした
(今日は、えーと、愛知でも行ってみるかな…)
神祷術 第三の編 想い染めてむ八重襲の謳わせ
彼は胸の前で剣印を結び、ただ一念を思い描く
忘れがたき彼の人の元へ――
結んだ左手の薬指には黄緑の小さな宝珠の付いた輪が嵌っていた
シュン――
彼が目を開けると――
先ほどまでいた校舎とは全く違う場所に立っていた
心配性の親から持たされているスマホのGPSにて位置を確認したところ、先ほど調べていた場所には無事に着いたようだ
成功である
この術を修得しようと独力で足掻き出した頃から考えれば、信じられない成長だ
今、小学六年生で、十一歳の彼がこの術をまともに扱えるようになったのは三年前
それまでは術の失敗により、彼の住まいからは遥か離れた県の山奥や谷底に転送されてしまい、暫く行方不明扱いとなり、家から捜索願が出された事など一度や二度ではない
両親は息子を「誘拐されやすい子」と捉えていた
勘違いしてくれて心底助かるというのが彼の見解だ
別に親に心配を掛けたい訳では無いが、彼の生まれた頃からずっと胸のうちにある色鮮やかな黄緑の記憶が、彼を旅先へと誘い続けるのだから仕方ない
術が失敗し、出現地点が山奥になれば高確率で熊と遭遇するし、海へ放り出されれば鮫や鯨、鯱なんかとご対面する
お陰で自身の弱点と思っていた金槌は知らず知らずのうちに克服していたが、命懸けなのは変わらず、正直探索を止めてしまいたい思いもあった
まあ、たとえ飢えた熊や水中の鯱であっても、対して労せず倒せはするのだが…
狩猟に来たのではないため、結局目的が空振りに終わる事に苛立つだけだった
空振り、そう、空振りだ
この術は消費が激しく、日に二度までしか使えない
つまり往復したら終了である
探し人は一体どこにいるのか、
そもそも本当にいるのかすらも知れぬ捜索は虚しいを通り越してもはや現実逃避に過ぎないのではないか、と考えることもしばしばであった
けれども自信を駆り立てる衝動があるのだから仕方ない
生まれた時からずっと持っていたという、左手の薬指に嵌った指輪にそっと触れる
触れていると、ほんの短い時間、その人と共に過ごした鮮やかな日々が脳裏にありありと浮かぶ
ただ、もう一度会いたい――
そしていつまでも一緒にいたい――
彼にはその想いしかない
赴いた愛知でも、特に収穫はなし
というか仮に、探し人が本当に愛知にいるのだとしても何の手がかりもないため、見つけられるはずもなかった
例えば今、眼前に見えている森の何処かにいるのだとして、一体どこをどう歩いたら辿り着けるのか?
途方に暮れるとはこのことだった
きっと生まれつき彼の人の記憶があっても、指輪が無かったらさっさと諦めていたかもしれない
とてもそんな自身は想像がつかないが、それでも世界は、いや、一番いる可能性の高い「この国」に限定したとしても広すぎて、絶望しか沸かなかった
断っておくが、彼は頑張り屋ではない
怠惰とも違うが、自身の強い衝動に動かされて宛てもない旅をするような性質の者では決してない
それでも止めないのは、ひとえにその先にある幸福に、己の人生の全てを投げ打ってでも掴み取りたい価値を見出していたからに外ならない
(…と、気合ばかり勇んだところで見つかるわけはないんだよねえ)
深いため息が出た
いっそ、いないならいないと言ってくれ
そして勿論、いるならいると教えてほしいよ
なんて、そんな都合よく記憶の中の想い人が語り掛けてくれる訳もなく、彼は本気で自分がバカになりかけているのではと頭を抱え始めていた
大和という、世界から見れば面積は中くらいの国土全てを虱潰しにするまで、一体あと何年掛かるかすらも見当がつかなかった――
何にせよ、今日の捜索はこれで終わりだ
時には夜を徹して探索活動に没頭する日もあるが、所詮小学生では親の目、学校の目、友人の目がある
周囲にあまり心配は掛けられないし、目立つのも却って面倒だ
いずれもっと年齢的に己の身の振りをある程度自由にできるようになるまでは我慢するしかない
…実際、やろうと思えばいくらでも誤魔化しは効くが、そこまでして本当に存在するかも分からない存在を追い求める強い根拠の方が希薄だった
ただいま
力なく帰宅した
(君はどこにいるんだろうか、竹刀ちゃん…)
居なくて普通かもしれない
それが当然かもしれない
魂が紡ぐ思い出は鮮やかとは言え、もう一度言うが、同じ時間を生きている保証などどこにもないのだ
夕食のテーブルにつく
この時間は取り敢えず親がニュースのチャンネルをつけている
蒼衣はあまり興味は無かったが、耳だけそちらの音を拾っていた
アナウンサーの淡々とした声が耳に入る
では、次のニュースです
動画配信者の男性が山中の祠を破壊したとして問題になっています
祠が破壊された山中からは、今朝になって小さな神社の鳥居のような構造物が確認されました
また、鳥居の上部には「鳥土里神社」と文字が書かれているとの情報も入っています――
蒼衣は弾かれたように顔を上げ、ニュースに釘付けになった