銀河皇帝のスペアに転生した元社畜、地球軌道上の要塞でネトゲ三昧の隠居生活を満喫する 〜足元では超大国が滅亡級の異星遺産を巡って暗躍中ですが、主人公(ぼく)の命は絶対安全なので特等席で傍観します〜   作:パラレル・ゲーマー

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第158話 裏山のトンネルと、眠っていた勇者ロボ

 朝倉悠真(あさくら・ゆうま)は、都内でも多摩丘陵に近い新興住宅地に住む、ごく普通の高校二年生だ。

 成績は中の上、部活は写真部(幽霊部員になりつつあるが)、特技と言えるほどの特技はない。ロボットアニメやSF映画は人並みに好きだが、部屋中がグッズで埋まるほどのマニアでもない。

 父親は地元の土木会社に勤め、母親は総合病院の看護師。最近の世界的な『アーティファクト騒動』のせいで、両親ともに連日クタクタになって帰ってくるのを見ているため、悠真としては「世界の終わりより、目の前の期末テストの方がリアルに嫌だ」と考える、極めて地に足の着いた少年であった。

 

 世界では、都市を変えるコアだの、海底遺跡の緩和医療だの、髪色を変える神社の石だの、現実感のないニュースが毎日のように流れている。

 だが、それらはあくまで画面の向こう側の出来事であり、悠真にとっては、親の疲れた顔と、提出期限の迫った課題と、次の期末テストの方がよほど切実だった。

 

 その日、放課後の気まぐれが、彼の平凡な人生のレールを完全にへし折ることになるなど、当然ながら知る由もなかった。

 

「……うわ、まだ残ってるんだ」

 

 悠真は、実家の裏手から続く小高い山の斜面で、鬱蒼と茂る草木をかき分けながら呟いた。

 小学生の頃、近所の悪ガキどもと一緒に秘密基地を作って遊んだ場所だ。トタン板やベニヤで作ったボロボロの小屋の残骸が、苔むして半分土に還りかけている。

 最近、近所の小学生たちが「山の中で変な穴を見た」と騒いでいたのを思い出し、部活の写真コンテストの題材(廃墟的な風景)として使えるかもしれないと、軽い気持ちで足を伸ばしたのだ。

 

「この木、昔トビーが登ろうとして落ちて骨折したやつだっけ」

 懐かしさに少しだけ口角を上げながら、悠真はさらに奥へと進んだ。

 子供の頃は巨大なジャングルに思えた裏山も、今の身長から見ればただの狭い雑木林だ。すぐに元の道へ引き返そうと思った、その時だった。

 

「……ん?」

 

 見覚えのない場所に出た。

 斜面の一部が不自然に崩れ落ち、そこに、ぽっかりと【トンネルの入り口】のような穴が開いていたのだ。

 

 コンクリートで作られた近代的なものではない。かといって、自然にできた岩穴とも違う。

 金属と石が複雑に混ざり合ったような、未知の材質で構成された滑らかな壁面。表面にはびっしりと苔が生えているにもかかわらず、その構造物自体には一切の劣化や錆が見られなかった。

 

「……こんなの、あったか?」

 

 悠真は、首を傾げた。

 この山は、子供の頃に隅々まで走り回った縄張りだ。こんな巨大で人工的なトンネルがあれば、絶対に見逃すはずがない。

 

 彼は、スマートフォンを取り出し、カメラモードを起動して入り口の写真を撮った。

 トンネルのアーチ部分には、文字のような幾何学模様が刻まれている。古代文字か何かだろうか。全く読めない。

 

「なんか、ヤバい雰囲気だな……」

 悠真は、本能的な警告音に従い、引き返そうと踵を返した。

 だが。……その時、トンネルの奥から、フワッと青白い光が漏れ出してきたのだ。

 

「え?」

 振り返ると、トンネルの奥へと続く空間が、まるで彼を招き入れるかのように、一定の間隔で配置されたライン状の照明によって照らし出されていた。

 

「いやいやいやいや」

 悠真は、後ずさりした。「完全に罠だろ、これ。ホラー映画の最初の犠牲者になるやつの行動パターンじゃん」

 

 頭ではそう理解していた。

 しかし、その光は決して暴力的なものではなく、むしろひどく懐かしく、穏やかな、静かな鼓動のような温かさを放っていた。

 ……気がつけば、悠真はスマートフォンのライトを点灯させ、トンネルの中へと一歩、足を踏み入れていた。

 

 湿気はない。虫の気配もない。

 外のジメジメとした空気とは打って変わって、トンネル内部は妙に清浄で、微かにオゾンのような匂いがした。

 

「……すげえ」

 悠真は、スマホで動画を回しながら、ゆっくりと進んでいった。

 

 やがて、トンネルは急に開け、巨大な空間へと繋がった。

 

「……なんだ、こりゃ」

 

 悠真は、完全に息を呑み、その場に石像のように固まった。

 

 そこは、山の内部とは到底思えないほど広大な【格納庫】であった。

 天井は遥か高く、ドーム状に広がる壁面には無数の光のラインが幾何学的な模様を描いて走っている。

 

 そして、その巨大空間の中央に。

 片膝をつき、両腕をだらりと下げた姿勢で。

 

 ……【巨大な人型ロボット】が、静かに眠っていた。

 

 高さは、三十メートルから五十メートルほどはありそうだ。

 そのフォルムは、古代文明の神像のようなどこか有機的で神聖な雰囲気を漂わせつつも、同時に、鋭角で構成された最新鋭の戦闘兵器のような機能美を併せ持っていた。

 額には日輪を思わせる金色の角(アンテナ)。肩には重厚な盾のような装甲。背中には、複雑に折り畳まれた翼状のユニットが見える。

 全身を覆う装甲は、赤と白、そして鈍い銀色を基調とし、一切の錆も汚れもなく、まるでたった今ロールアウトされたかのような完璧な美しさを保っていた。

 

 その胸部中央には、巨大な円形の【コア】らしき構造があり、トンネルの照明と同じ青白い光が、ゆっくりと、呼吸するように明滅している。

 

「……子供の頃に来た時……こんなの、絶対に、絶対になかったぞ……」

 

 悠真は、震える声で呟いた。

 ダイダラボッチの伝説、戦時中の防空壕の噂、山が鳴るという怪談。……地元の老人たちが語っていた与太話が、一気に現実の恐怖(あるいはロマン)として脳内に押し寄せてくる。

 

「ロボットアニメかよ……」

 

 悠真の心臓は、破裂しそうなほど激しく波打っていた。

 もし自分がアニメの主人公なら、ここでロボットに駆け寄り、「乗せてくれ!」と叫ぶ場面だろう。

 

 だが、悠真は現代日本の、極めて常識的な高校生であった。

 最近の世界のニュース――空飛ぶ黒鯨、アメリカのアポロンの矢の流出、人を殺す吸血鬼――を見ていれば、得体の知れないアーティファクトに無断で触れることが、どれほど致命的な結果(自分の命や社会の崩壊)を招くか、痛いほど理解していた。

 

「……よし。帰ろう」

 

 悠真は、一歩も前へは進まず、スマホのカメラを降ろし、震える指で『110番』をタップした。

 

「あ、もしもし! 警察ですか!? いや、イタズラじゃないです! 本当なんです!

 ……裏山に、めちゃくちゃでかいロボットがいて……秘密基地みたいなのがあって……!」

 

 彼は、人生で一番必死に、警察への通報を行った。

 

 ***

 

 十分後。

 パトカーのサイレンの音が、裏山の麓に響いた。

 

 駆けつけたのは、地元の交番勤務の若い巡査と、ベテランの巡査長だった。

 彼らは、息を切らして山を降りてきた悠真を保護し、半信半疑の顔で話を聞いた。

 

「君ねえ、受験のストレスで幻覚でも見たんじゃないの? 勝手に廃トンネルに入ると危ないよ」

 若い巡査が、苦笑交じりに嗜める。

「最近はアーティファクトのニュースばっかりだから、映画の夢でも見たんでしょ」

 

「いや、だから廃トンネルじゃないんですって! 中に照明があって、マジでガンダムとかエヴァみたいなのが膝ついてるんです!! 動画も撮りました!」

 悠真が必死にスマホの画面を見せる。

 

 ベテラン巡査長が、その動画を覗き込み……数秒後、顔色をサッと変えた。

「……おい。案内しろ」

 

「え? 巡査長、本気にしてるんですか?」

「いいから来い。……この映像、ただの合成には見えん」

 

 三人は、再び山道を登り、あのトンネルの入り口へと到着した。

 

「……なんだ、これ」

 若い巡査が、苔むした金属のアーチを見て、完全に言葉を失った。

 

 彼らは懐中電灯を抜き、拳銃に手をかけながら、慎重にトンネルの奥へと進んでいく。

 そして、あの広大な格納庫へと出た瞬間。

 

「…………」

 二人の警察官は、膝をついて眠る数十メートル級の巨人を前に、文字通り顎を落として立ち尽くした。

 

「……本物、だ」

 若い巡査が、腰を抜かしかけて後ずさる。

 

「……おい、本部へ連絡だ」

 ベテラン巡査長が、無線機を握る手がガタガタと震えている。

 

「本部に……何て言うんですか?」

 若い巡査が、半泣きで聞き返す。「裏山に巨大ロボットがいましたって言うんですか!?」

 

「アホか! そんなこと言ったら俺たちが精神科送りになるだろ!」

 巡査長は、必死に公務員としての語彙力を振り絞った。

「……政府に。……政府の、既存技術外事象評価セルに直接繋げ!!」

 

 ***

 

 そこからの情報の伝達速度(エスカレーション)は、凄まじかった。

 

 最初は警視庁本部。

 次に公安調査庁。

 そして内閣情報調査室を経て。

 数十分後には、首相官邸の地下深く、既存技術外事象評価セルへと、その映像データが直接叩き込まれた。

 

 報告書の件名は、段階を追うごとに必死に書き直されていた。

 第一報:『東京都内山中における巨大人型構造物発見事案』

 第二報:『東京都内山中における巨大人型機械構造体発見事案』

 最終報:『既存技術外巨人型アーティファクト発見事案』

 

 東京、首相官邸地下。特別防音会議室。

 矢崎薫総理は、メインモニターに映し出されたその報告書のタイトルと、添付された「膝をつく巨大ロボット」の鮮明な画像を見て。

 ……そのまま、机に突っ伏した。

 

「総理……」

 沖田室長が、痛ましく声をかける。

 

「……巨大、ロボット……?」

 総理の、魂の抜け殻のような声が響いた。

 

「はい。多摩地域の山中にて、先ほど発見されました。地元の高校生からの通報です」

 沖田が、無表情のまま事実を述べる。

 

「勘弁してください……っ!!」

 矢崎総理は、ついに頭を抱えて悲鳴を上げた。

 

 無理もない。

 

 ここ数ヶ月、彼女は国家のトップとして、常軌を逸したアーティファクトの連続攻撃に晒され続けてきた。

 オルドヴァイのモノリス、八百比丘尼の訪問、ドイツの吸血鬼、ニューメキシコのリオ事件、ネス湖の死者の湖、そして全世界をジャックしたCicada 3301。 そのすべてに対応し、不老無病の国民投票という地獄を乗り越えた後も、ドバイのミラージュ・コア、与那国島のガイアズ・ドリーム、髪色を変える石と、危険度の高低がまるで違う案件に振り回され続けていた。

 

 ようやく、髪色が変わるだけの石という、比較的平和な案件で少しだけ息をつけるかと思った、その矢先に。

 

 ……今度は、日本の首都の裏山から、巨大ロボットが生えてきたのだ。

 

「もう……もう、処理能力の限界よ……」

 総理が呻く。

 

 その横で、パイプ椅子に深く腰掛けた月刊ムーの三神編集長が、モニターのロボットの画像を拡大しながら、極めて楽しそうに目を輝かせていた。

 

「いやあ。……高校生が裏山で巨大ロボットを発見。しかも、舞台は東京都内。

 ……ロボットアニメの第一話としては、これ以上ないほど王道の、完璧な導入ですねえ!」

 三神は、缶コーヒーをプシュッと開けて、満面の笑みで言った。

 

「その感想を、一番最初に言わないでください」

 総理が、氷のような視線で三神を睨みつける。

 

「ですが、事実です。……ロマンの塊ですよ、これは」

 三神は全く悪びれずに肩をすくめた。

 

「ロマンで済めばいいですがね」

 沖田が、冷徹に水を差す。「相手は数十メートル級の未知の機動兵器です。もし暴走すれば、都内は火の海になります」

 

 矢崎総理は、深呼吸をして、どうにか為政者としての理性を再起動させた。

 

「……とりあえず、現状の確認よ。この件について、何か事前に手がかりはなかったの?」

 総理は、ふと、数日前に面会したあの不老不死の存在の言葉を思い出した。

 

「……三神さん。八百比丘尼に、連絡を取ってみてくれないかしら。

 彼女、先日ここに来た時、『世界中にロボットが埋まってる』みたいなことを言っていなかった?」

 

「ええ。確かに言っていましたね。……聞いてみましょう」

 三神は、スマートフォンを取り出し、慣れた手つきでメッセージアプリを開き、テキストを打ち込んで送信した。

 

『東京都内で巨大人型アーティファクトらしきものを発見しました。こうした存在に心当たりはありますか?』

 

 数分後。

 ピロン、と軽い通知音が鳴り、返信が届いた。

 

 三神は、その画面を見て、少しだけ呆れたように苦笑し、そのまま総理と沖田へ画面を向けた。

 

『ウケる~。

 たぶん、知覚フィルターでずっと隠されてたやつだね。

 だから言ったじゃん、全世界にロボット埋まってるよ?

 ダイダラボッチとか、一晩で山が動いた伝説とか、そういうの、ありふれてるでしょ。

 私も千年くらいの間に、何度か起動して歩いてるの見たことあるよ。

 まあ、詳しくはまた今度ね~! スタンプ(アザラシが手を振る絵柄)』

 

「…………」

 総理は、完全に無言になった。

 

「……以上ですか?」

 沖田が、念のために確認する。

 

「はい。詳しく聞こうとしたら、“また今度ねー”という女子高生みたいなノリで綺麗に誤魔化されました」

 三神が、スマホをポケットにしまう。

 

「彼女らしいですね……」

 総理は、深い疲労とともにため息をついた。

 

「三神さん。あなたはどう見ますか?」

 沖田が、真面目な顔で問う。

 

「私も、おおむね彼女の意見に同意します」

 三神は、ホワイトボードの前に立ち、マーカーを走らせた。

「……巨大ロボットと、日本各地の『巨人伝説』が紐づいているという認識は、おそらく正しい。

 ダイダラボッチ、山を動かす巨人、大地に巨大な足跡を残す者。

 ……それらの民間伝承の一部は、単なる自然現象の擬人化ではなく、過去に一時的に目覚めて活動した【巨神型アーティファクトの目撃記録】であった可能性が高い」

 

「つまり、昔話の巨人は、巨大ロボットだったかもしれないと?」

 総理が眉をひそめる。

 

「ええ。全部とは言いませんが、一部は」

 三神が頷く。

 

「また、創作や伝承に事実が混ざっているパターンですか」

 沖田が忌々しげに言う。

「オルドヴァイのモノリスに続き、今度は勇者ロボ……。人類の文化は、どこまでアーティファクトに侵食されているのでしょうね」

 

「胃が痛いわ」

 総理は、再びこめかみを押さえた。

 

 ***

 

 日本政府の対応は迅速だった。

 都内という最悪の立地条件でありながら、地元警察を総動員して裏山周辺を「不発弾処理の可能性」という名目で即座に完全封鎖。

 自衛隊の特殊作戦群、防衛省技術研究本部の技官、ロボット工学者、古代史・民俗学者からなる【特別調査隊】が、重武装と最新の計測機材を携えて現地へと突入した。

 

 悠真と彼の家族は、重要参考人として保護され、都内の安全な施設へと移送されていた。

 

 保護施設の応接室で、悠真はガチガチに緊張しながら事情聴取を受けていた。

 目の前には、険しい顔をした公安の捜査官が座っている。

 

「……朝倉くん。君は、あの格納庫の中で、何かに『触った』か?」

 捜査官が、鋭い視線で問う。

 

「触ってません!」

 悠真は、全力で首を横に振った。

「写真と動画だけ撮って、すぐに110番しました! マジで一ミリも近づいてないです!」

 

「……賢明です」

 捜査官が、少しだけ表情を緩め、安堵の息を吐いた。

 

「いや、普通あんな得体の知れないもん、触らないでしょ……」

 悠真は、心底ビビった声で答えた。「俺、死にたくないっすもん」

 

 捜査官は、そのあまりにも『真っ当な一般人』としての反応に、少しだけ好感を抱いたようだった。

 

 一方、現地の格納庫。

 防護服に身を包んだ調査隊が、ライトで照らし出しながら、巨大ロボットの周囲を慎重に調査していた。

 

「……放射線反応、なし。熱異常、なし」

「材質不明。金属のようですが、セラミックのような硬度も併せ持っています。表面に一切の劣化が見られません」

「重力場が、機体の周囲数メートルだけわずかに歪んでいます。知覚フィルターを維持するための名残かもしれません」

 

 防衛省の技官が、レーザー測距計で胸部のコアを指し示す。

「……胸部コア付近に、ゼロポイント・エネルギー、あるいは空間縮退炉らしき強烈な動力反応があります。完全に休眠状態ですが……莫大なエネルギーを内包しています」

「背部の翼状ユニット、および腕部の装甲展開機構を確認。……明らかに、戦闘を想定した構造です」

 

 同行したロボット工学の権威が、データを見ながら頭を抱えていた。

「……あり得ない。こんな構造、既存のロボット工学や物理学では全く説明がつきません。

 この質量とサイズで、二足歩行の関節の重量分散が成り立つはずがない。自重で崩壊するはずだ。……なのに、これが『動けるように作られている』という事実が、私の学者のプライドを粉々にしています」

 

 防衛省の幹部が、横から冷徹に問う。

「……兵器として、運用できるか」

 

 科学者が、呆れたように彼を見た。

「……それを一番最初に聞くの、本当に人類(軍人)という感じですね」

 

 調査が進む中。

 部隊の一人が、機体の胸部、あるいは頭部へと続くアクセスハッチらしき通路を発見した。

 彼らが接近すると、まるでセンサーが反応したかのように、機体の外装の一部が音もなくスライドして開いた。

 

「……内部へ入れます」

 

 調査官と数名の技官が、慎重に、銃を構えたまま内部へと足を踏み入れる。

 

 そこにあったのは。

【コックピット】らしき空間だった。

 

 だが、それは現代の戦闘機やロボットアニメにあるような、レバーやペダル、無数のスイッチが並ぶ操縦席ではなかった。

 

 座席は中央に一つだけ。

 操縦桿はなく、座席の周囲を半透明の光のリングが取り囲んでいる。

 そして、座席の真正面に、手のひらを置くための【認証台】らしきコンソールがあり、その奥に球形の光学中枢(メインモニター)が浮かんでいた。

 

 調査官が近づくと、光学中枢にフワッと光が灯り。

 ……空間に、ホログラムの文字が浮かび上がった。

 

『認証者不在。』

『起動権限、未登録。』

『守護意思照合を開始できません。』

 

 調査官が、その文字を見て目を丸くした。

 

「……日本語?」

 

 別の技官も、信じられないというように画面を覗き込む。

「アーティファクトのシステムメッセージが……なぜ、現代の日本語で表示されるんだ?」

 

 すると、コックピットのスピーカーから、極めてクリアで、感情の乗っていないAIのような女性の合成音声が響いた。

 

『現地文明の主要言語へ、自動翻訳し、表示しています。

 ……不明な点があれば、質問形式での発話を推奨します』

 

「……ッ!!」

 調査隊全員が、一斉に銃を構え、周囲を警戒した。

「対話インターフェースが稼働している! 本部へ即時報告しろ!」

 

 官邸地下の会議室へ、リアルタイムでその映像が送られる。

 

「……対話可能、ですか」

 矢崎総理が、少しだけ身を乗り出した。「アステカの超人の時のように?」

 

「いえ、生体反応はありません。あくまでシステムの【管理AI】との対話のようです」

 沖田が報告する。

 

 現場の調査官が、深呼吸をして、認証台の前に立ち、慎重に手を置いた。

 

 ピピッ。

 コンソールが赤く発光し、冷たい音声が響いた。

 

『認証失敗。』

『守護適性、基準未満。』

 

「……拒否されました」

 調査官が、苦笑して手を離す。

 

「私がやってみる」

 護衛部隊の自衛官(特殊部隊の隊長)が、進み出て手を置いた。

 

『認証失敗。』

『命令適性は高いですが、本機の起動権限には該当しません。』

 

「……軍人の命令系統では駄目ということか」

 自衛官が渋い顔をする。

 

 次に、科学者が興味津々で手を置く。

 

『認証失敗。』

『探究適性は確認しました。しかし、守護適性が不足しています。』

 

「好奇心だけでも駄目か……厳しいな」

 

 最後に、防衛省から派遣された政治家の代理人(キャリア官僚)が、国家の権限を代表して手を置いた。

 

『認証失敗。』

『統治権限は、本機の起動権限ではありません。』

 

「……国家権力も拒否されたぞ」

 官僚が、屈辱に顔を歪める。

 

 官邸の会議室で、その様子を見ていた三神編集長が、愉快そうに笑い声を上げた。

 

「いやあ、素晴らしいですね!

 国家権力、軍の命令、科学の好奇心、そして所有権。……人類の権力の象徴を、ことごとく完璧に全否定してくれました!」

 

「笑い事ではありません、三神さん」

 総理が頭を抱える。「この強大な兵器の起動権限を、我々日本政府がコントロールできないということですよ」

 

 現場の調査官が、苛立ち交じりにAIへ質問する。

「……では、誰ならこの機体を動かせるんだ?」

 

 その時。

 認証台の中央部分が、カシャリと音を立てて開き。

 

 中から、一つの【小さなアイテム】が、ふわりと空中に浮かび上がった。

 

 それは、掌に収まるほどのサイズの、美しい青緑色の【結晶体】だった。

 勾玉のようでもあり、鍵のようでもあり、あるいはこの機体の胸部コアを小さくしたエンブレムのようでもある。

 

「……何だ、これは」

 

 調査官が、その結晶体を手に取った。

 だが、何も起きない。光りもしない。

 

 自衛官が持っても、科学者が持っても、官僚が持っても同じだった。

 ただの綺麗な石ころにしか見えない。

 

 コンソールに、文字が表示される。

 

『認証候補者を探索してください。

 本機は、条件を満たさない者の強制起動を、完全に拒否します。』

 

 官邸の会議室。

 

 矢崎総理が、モニターに映るその小さな結晶体を見つめながら、低い声で呟いた。

「……認証候補者」

 

「厄介ですね」

 沖田室長が、険しい顔で言う。「国家が物理的に見つけて接収したからといって、そのまま国家の所有物(兵器)にはならない、ということですか」

 

「……誰を探せばいいのですか」

 防衛省の幹部が、苛立たしげに言う。「条件が不明すぎる」

 

 三神編集長が、缶コーヒーを揺らしながら、ニヤリと笑った。

 

「……ロボットアニメの文脈(お約束)なら。

 だいたい、相場は決まっていますよ」

 

「……その予想、絶対にやめてください」

 矢崎総理が、本気で嫌そうな顔をして三神を睨みつける。

 

「ですが、今回の導入は、本当に教科書通りのロボットアニメの第一話なんですから。……避けて通れませんよ」

 三神は、全く怯むことなく答えた。

 

 ***

 

 現場の保護施設。

 事情聴取を終え、疲れ切ってパイプ椅子に座っていた悠真の元へ。

 先ほどの調査官が、厳重なジュラルミンケースを持って戻ってきた。

 

「……朝倉くん。少しだけ、協力してもらえないかな」

 調査官は、極めて慎重に、優しい声で作った。

 

「えっ……何ですか?」

 悠真が、ビクッと身構える。

 

 調査官が、ケースを開け、あの『結晶体』を取り出した。

 

「これを、持ってみてくれないか」

 

「……ヤバいやつじゃないですよね?」

 悠真は、完全に引き気味で聞いた。「俺、呪われたり消滅したりしませんよね?」

 

「分からない。だから、絶対に無理はしなくていい」

 調査官は、正直に答えた。

 

 彼らが悠真にこれを持たせた理由は、三神のオタク的なアニメ予想を信じたからではない。

 現場のログデータを解析した結果。

『悠真が接近した時だけ、トンネルの知覚フィルターが解除されて入り口が開いた可能性がある』

『警察官が来るまでの間、悠真がいたからこそ通路が安定していた』

『悠真のスマホ映像だけ、強烈な電磁干渉の中でもノイズが少なかった』

『悠真が山から離れた途端、格納庫の一部機能が低下した』

 ……という、明確な【システム的な反応の偏り】が確認されたからだ。

 

「……分かりましたよ」

 悠真は、恐る恐る、右手を伸ばし。

 その青緑色の結晶体を、そっと握りしめた。

 

 その、瞬間だった。

 

 フワァッ……!!

 結晶体が、悠真の掌の中で、眩いほどの強烈な青白い光を放ち始めたのだ。

 

「うおっ!?」

 悠真が驚いて手を離しそうになるが、結晶体は彼の手のひらに吸い付くように離れない。

 

 同時に。

 保護施設の部屋の照明が、激しく明滅し。

 窓の外、数キロ離れた裏山の方向から……ドゥンッ! という、重い地鳴りのような音が響いた。

 

 格納庫側の巨大ロボットの胸部コアが、遠隔で呼応するように、一瞬だけ強く発光したのだ。

 

 悠真の持っている結晶体から、あのAIの女性の声が響いた。

 

『――候補者接触を、確認。』

『第一次認証、データ一致。』

『守護者(ブレイブ)候補:登録保留。』

『……システムの最終承認まで、待機してください。』

 

 光が収まり、結晶体は再びただの石に戻った。

 

「……は?」

 悠真は、自分の手の中の石と、調査官の顔を交互に見比べた。

「……えっと、これ、俺、何かのボタン押しちゃいました?」

 

 調査官たちは、完全に沈黙し、ただ呆然と悠真を見つめていた。

 

 官邸地下の会議室でも、その中継映像を見ていた全員が、完全に固まっていた。

 

「……やっぱり」

 三神が、小さくガッツポーズをした。

 

「……言わないでください」

 矢崎総理は、両手で顔を覆い、机に突っ伏した。

 

「……民間人の、しかも未成年の高校生を、あんな巨大な未知の兵器(アーティファクト)に乗せるわけにはいきません!」

 防衛省の幹部が、我に返って激しく反対する。

 

「当然です」

 沖田室長が、冷徹に同意する。「そんな真似は、国家の危機管理上、絶対に許されない」

 

「当然ですが」

 三神が、非情な現実を突きつける。

「機体側が、彼を明確に『候補者』として認識し、紐づけてしまった以上。……今後、彼を無関係な一般人として切り離して扱うのも、極めて困難になりましたね」

 

「本人の安全確保が最優先です」

 沖田が、即座に指示を出す。

「同時に……この事実が、外国勢力やCicada 3301の連中に知られた場合。彼は、世界中のインテリジェンス機関やテロリストから狙われる『最重要ターゲット』になります」

 

「Cicadaの動きは?」

 総理が、顔を上げて問う。

 

「現時点では、配信や声明はありません」

 サイバー担当官が答える。

「しかし、都内での異常な警察の動員、封鎖、通信規制のパターンから……彼らのような存在が、遅かれ早かれこの異常を察知する可能性は、非常に高いです」

 

 三神が、楽しそうに笑う。

「高校生が裏山で巨大ロボットを発見し、しかも唯一の認証者候補。……Cicadaの連中が、最高に飛びつきそうな美味しいネタ(エンタメ)ですねえ」

 

「絶対に、配信させないで」

 総理が、沖田に厳命する。

 

「それができれば、苦労はしませんが」

 沖田は、深い溜息をついて答えた。

 

 ***

 

 一方、格納庫の調査チームは、起動権限の確認を保留したまま、機体AIに対してさらなる情報開示を求めていた。

 

「……この機体の、目的は何か」

 調査官が問う。

 

『目的:【守護】。』

 AIの音声が、即座に答える。

『封印対象の再起動時、周辺文明の生存継続を支援すること。

 ……なお、侵略、支配、制圧を目的とした本機の起動要求は、すべて拒否されます。』

 

「……封印対象とは、何か」

 

『同系統機のうち、統制型・殲滅型・暴走型の個体を含みます。

 詳細な機密情報は、守護者(認証者)の確定後に開示されます。』

 

「……同系統機は、他にも地球上に存在するのか?」

 

 AIは、少しの間を置いて、極めて重大な事実を口にした。

 

『存在します。

 複数地域で、休眠中。

 ……現在、一部の個体において、封印状態に【異常】を検知しています。』

 

 その報告を聞いた瞬間、官邸の総理たちは背筋を凍らせた。

 

「八百比丘尼さんの言う通り……本当に、全世界にロボットが埋まっているようですね」

 三神が、嫌な予感を的中させて呟く。

 

「……本当に、勘弁してください……」

 矢崎総理は、ついに胃薬の箱に手を伸ばした。

 

 ***

 

 そして、その頃。

 日本から遠く離れた、北の地。

 

 北朝鮮の国境付近、白頭山(ペクトゥサン)の山麓の地下深く。

 厳重な警戒が敷かれた秘密の軍事採掘施設の中で。

 

「地震観測のシェルター建設」という名目で岩盤を掘削していた作業員たちが、突如として現れた異様な光景に、畏怖と歓喜の声を上げていた。

 

 岩壁が大きく崩れ落ちた奥の空間。

 そこに、剥き出しの土と岩にまみれた、【巨大な黒い腕】が、不気味なシルエットを現していたのだ。

 

「見ろ……! 伝説は本当だったのだ!」

 北朝鮮軍の将校が、目を血走らせてその巨腕を見上げる。

「我らが偉大なる、白頭の鋼神だ……!!」

 

 その黒い腕の奥深く。

 巨大な機体の胸部と思しき部分で、黒と赤が混ざり合った禍々しいコアが、ドクン、ドクンと、重い脈動を開始していた。

 

『……統制意思、検出。』

『恐怖支配構造、適合。』

『封印解除条件、一部成立。』

 

『――ドミニオン・フレーム第七型、再起動準備に入ります。』

 

 朝鮮語へと自動翻訳されたシステムメッセージが、地下の冷たい空間に響き渡った。

 

 同時刻。

 日本の多摩丘陵、地下格納庫。

 

 眠り続けていた日本の勇者ロボの胸部コアが、突如として赤く点滅し、警告音を発した。

 

『警告。』

『封印対象の覚醒兆候を、検知しました。』

『守護者候補は、至急、最終認証を完了してください。』

 

 保護施設の部屋で。

 手の中の結晶体が激しく熱を帯びて光り出したのを見て、悠真は完全にパニックに陥っていた。

 

「ちょ、待って! 何これ! 熱っ! 警告って何!?」

 悠真は、結晶体を放り投げようとしたが、それはやはり彼の手から離れない。

 

「……俺、マジで何に巻き込まれてるんですかぁぁっ!!?」

 

 どこにでもいる平凡な高校生の、悲鳴のようなツッコミが、夜の東京に虚しく響いた。

 

 都内の裏山に、巨大ロボットが眠っていた。

 それだけなら、世界がまた一つ、奇妙なアーティファクトを見つけたというだけのニュースで済んだかもしれない。

 

 だが、その機体は、国家の命令を拒み、軍人の手を拒み、科学者の好奇心を拒み、政治の所有権を拒んだ。

 そして、ただの高校生が手にした小さな結晶にだけ、静かに光を返したのだ。

 

 ロボットアニメのような導入。

 笑い飛ばすには、あまりにも生々しい現実(リアル)だった。

 

 その頃、北の山の下では。

 守護者ではない別の巨神が、人間の権力者の野望に応えるように、長い眠りから目覚めようとしていた。

 

 巨大な鋼が激突する、新たなアーティファクトの時代が。

 今、静かに、そして確実に幕を開けようとしていたのである。




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