チャラノ小路チャラ隆の野望 作:ぺこりーにょ
「現作沿いの展開!」作者は逃げられなくなる
「次に現作通りの展開!」もはやガードはできなくなる
そして そこで「現作通り!」と予告しよう!
月が変わった。世間一般の暦で言えば、五月である。大型連休を終えたあと、新入社員たちが五月病を発症し、退職代行サービスへ一斉にお電話しはじめるという、何とも世知辛い季節だ。
だが、外界から完全に隔離されたこの高度育成高等学校、そこにいるのは、絶望に塗れた社会人などではない。未来と希望、そして何よりあふれんばかりの若さとフェロモンを湛えた麗しき女子たちである。
衣替えにはまだ少し早いが、初夏の陽気に誘われた彼女たちの足元は実に多様性に富んでいた。健康的なおみ足を黒いスキン(タイツやニーソックス)で厳重にデコレーションし、布地と素肌の境界線に絶対領域という名のロマンを構築する者もいれば、熱を逃がすためか、あるいは己のプロポーションを魅せつけるように瑞々しい生足を大胆に出している者もいる。
あの子のプリーツスカートの中はいったいどういう構造になっているのだろうか。歩くたびに翻るその裾の奥には、どんな桃源郷が広がっているのだろうか。そんな思春期特有の根源的な謎が気になって仕方がない
大型連休を前に、学校から毎月振り込まれるはずのポイントに浮かれている生徒たち。彼らは10万という大金が永遠に続くと信じて疑わない無邪気な羊の群れだ。そんな緩みきった空気を横目に、俺は今日もしっかりと、遅刻ギリギリの絶妙な時間を狙ってクラスの扉に手をかける。
ガラリ、と音を立てて教室へ入る。
一瞬だけ、数人の視線がこちらへ向いた。
だが、俺だと認識した途端、彼らはまるで野生動物が毒々しい色をした未知のキノコを見つけた時のように、極めて自然な動作でスッと目を逸らした。
実に良い反応だ。
入学してから一ヶ月という学園生活を経て、クラスメイトたちは俺という存在への適切な距離感を完全に学び始めている。触れてはいけない劇薬、あるいは近付けば精神の構造式を狂わされる特級の呪物に対するような、正しい畏怖の念。カーストの頂点に立つ孤高のチャラワルとしては、これ以上ない完璧なポジショニングである。
「ウェーイ」
俺は誰にともなく、感情の一切こもっていない平坦な挨拶を教室に落とした。
当然、返事はない。が、それに対して驚くことも傷つくこともなく、毎日毎日、来る日も来る日も来る日も来る日も、俺はただ呼吸をするのと同じテンポで「うぇーい」と挨拶をする。最初はチャラ男としてのキャラ作りの一環だったが、反復練習の成果か、最近なんだか癖になってきた。朝起きて歯を磨くように、俺の口唇は自然とウェーイの形を作ってしまうのだ。
ただ、俺のその呪文のような声を聞いて、池が隣の山内の肩を小突き、山内が「今日も来たぞ……アイツの奇行が始まるぞ……」という悲壮感漂う顔でわずかに身を縮めた。女子グループの一角では、交わされていた和やかな会話が半拍だけ止まり、次の瞬間には何事もなかったかのように不自然なトーンで再開される。俺の存在一つでクラスの空気がピリつくこの現象。俺の圧倒的なバイブスによる完璧なフロアコントロールの証だ。
俺はポケットに両手を突っ込み、気怠げなストリートウォークで最後列の自席へと向かう。
遅刻こそしないものの、俺よりも後に扉を開く生徒は、チャイムの鳴るタイミングからして問答無用で遅刻であるという極限のチキンレース。俺は常にそのギリギリのラインを攻め落とす勝者だ。
一見、頭がパーに見える不気味なチャラ男が、実は一度もサボりも遅刻もせず、毎日しっかりと勉学の席についている……。これこそが、福音書のモテテクニックの項に記されていた『ギャップ萌え』の究極系である。俺の計算され尽くしたこの「根は真面目な不良」というスタイルに、クラスの雌たちは無意識のうちにキュンキュンと胸を鳴らしているはずだ。
途中、平田洋介と目が合う。
王道爽やか系イケメンは、いつものように穏やかな笑みを浮かべて軽く会釈してきた。実に隙がない。五月に入ってもなお、彼の爽やかバフは衰えていないらしい。
一方、須藤は珍しく朝から登校し、机に突っ伏している。
櫛田桔梗は女子たちの中心で柔らかく笑いながら、誰に対しても等しく天使のような対応を振りまいている。だが、ひっそりとこちらをチラチラと視線を向けてきている。内容は翻訳すると、おはよう♡今日も大好き♡と目で告げてきていることは今までの彼女の行動から察するに確定的に明らかだ。
そして隣の席には、堀北鈴音。
彼女はすでに席についており、背筋を伸ばしたまま、あいも変わらず本を読んでいた。俺が隣に来たことには気づいているはずだが、こちらを見ようとはしない。
無視を装っている。
だが、俺が椅子を引いた瞬間、彼女のページをめくる指先がほんのわずかに止まった。
相変わらず素直ではない女だ。そんなに気になっているのなら I LOVE Y♡U の一言でも気軽にかけてほしいものだ。
俺はカバンを机の横にかけ、椅子へ腰を下ろす。
右足を少しだけ前に投げ出し、背もたれへ気怠げに体重を預ける。ネクタイの緩み具合、シャツの開き具合、口角の角度。すべて問題ない。
その瞬間。
キーンコーンカーンコーン、と始業を告げるチャイムが鳴った。
完璧だ。
俺は自分の時間感覚の精度に、内心で小さく頷く。
ホワイトルームで鍛え上げられた生体時計と、チャラ男としての遅刻ギリギリ美学が融合した結果である。
カバンを机に置くと同時。まるで俺の着席を待っていたかのように始業のチャイムが鳴り響き、教室の前方の扉がガラリと開かれる。
担任の茶柱佐枝の入場である。
彼女は無言のまま教壇に立つと、ドンッ、と両手を強くそこについた。その前傾姿勢は、まるで自らの胸部に搭載された圧倒的質量をクラス全体にアピールするかのごとき、扇情的かつ暴力的なシルエットを描き出した。
「……お前たちの……この一ヶ月の生活態度は……」
茶柱の口から低く厳しい声が発せられ、何事かを話し始めている。だが、俺の聴覚はそれにほとんどリソースを割いていなかった。視界に広がる圧倒的な重力場の異常に、脳の処理能力の9割を奪われていたからだ。
いつも思うのだが、あのようなダイナミックな動作をした際、どうして空間に「ブルンッ!」という効果音が鳴り響かないんだい? と、俺は本気でクラス中に尋ねたくなる衝動に駆られていた。
あれほどの
それとも、実は俺の目に(音だが)見えないだけで、歩くたびに「ブルンッ! ブルンッ!!」と大音量で鳴り響いているのだが、若者にしか聞こえないモスキート音のように、選ばれし者にしか聞こえない特殊な周波数に設定されているのだろうか。俺のチャラ男としての
「遅刻や私語……授業……居眠りなど……」
断片的な単語が教室の空気を重くしていく。今日は月に一度の生理の日なのか、茶柱は眉間に深いシワを寄せて、何事かを極めて不機嫌そうに話している。しかし、美人がやれば不機嫌な顔も様になるものだ。
「……学校のルールを何だと……ポイントというシステムは……」
彼女が息を吸い、吐く。言葉を紡ぐ。ただそれだけの基礎的な生命活動のたびに、スーツの生地が悲鳴を上げんばかりにその見事な胸が上下に波打つ。
よく世間では『美人は3日で慣れる』などと言うが、あれは明らかな嘘だ。美人の巨乳は、1ヶ月経っても毎日新鮮に俺のバイブスを刺激し、朝からオスとしての本能を昂らせてくれる魔法のアイテムである。
「……学校側の評価……お前たちの査定……」
たしかにこのように、一見すると風俗店の教師コスプレにしか見えない扇情的な服装はいかがなものかという、保守的な声もあるだろう。
そもそも、教育現場における『清く正しい服装』とはいったい誰が定義したものか。首元までボタンをきっちり留め、身体の曲線を隠すような
これは単なる露出狂の趣味や、男子諸君に対するサービスなどではない。極めて高度に計算された
ホワイトボードに書き殴られる文字と、それに連動してプルンと揺れる絶対的な質量。この二つの情報が同時に脳の視覚野に入力された時、パンピーの男子たちは
つまり、茶柱先生のあの扇情的なプロポーションとスーツの着こなしは、生徒の集中力と煩悩を制御する前頭葉の機能を極限まで鍛え上げるための、学校側が用意した生きた学習装置なのだ。あの胸の揺れという極大の視覚的ノイズを前にしてもなお、冷静に学業を修め、かつ最高にナウいバイブスを保ち続けることができる者だけが、真の覇者としてこの学園の頂点に立つ資格を得る。
これを「破廉恥だ」「教育上よろしくない」などと表面的なモラルで糾弾するのは、大自然が与えた愛の試練から逃げ出すような弱者の思考である。真の教育とは、極上のイイ女が放つ欲望という名の荒波の中で、いかにして知性のオールを漕ぐかを教えることにあるのだ。さらに経済学的な観点から言えば、外の世界の夜の街で同等レベルの接客を享受しようとすれば、ワンセット数万ポイントは下らない。それを国費によって毎日タダで拝めるのだ。日本政府の教育に対する本気度には、ただただ頭が下がる思いだ。マジ卍。
この学園に厄介なPTAが存在しないことに、俺は感謝と喜びの祈りを捧げることもやぶさかでない。
「……当然の帰結として……」
だが、諸君、冷静に考えても見て欲しい。教師というのは、一般的に『聖職者』と呼ばれる存在である。俺の脳内辞書において、この音の響きが意味する真理はただ一つ。
つまり、彼女は『性色者』であるということだ。
Q.E.D. 証明終了。
俺の完璧な論理が導き出した真実に、一人で深く頷いていた、その時だった。
「──ゼロだ」
その単語だけが、周囲のすべてのノイズが消え去ったかのように、やけにはっきりと教室の静寂に落ちた。
ゼロ。
……なんて素晴らしい響きだろう。俺は無表情のまま、深い感動を覚えていた。
0。それは数学において極めて重要な概念である。何もない状態(無)を示すと同時に、位取り記数法*2において数の体系そのものを根底から支える偉大な存在だ。紀元前の古代インドで発見されたこの奇跡の概念がなければ、微積分も、コンピュータを動かす二進法も存在せず、現代数学の発展は大きく遅れていたといっても過言ではない。人類が「無」を数字として定義した瞬間こそが、科学技術が爆発的に進歩するための特異点だったのだ。
まさか朝のホームルームで、数学の歴史と無の境地について深く考えさせられるとは。俺は、クラスメイトたちがなぜか一様に顔面を蒼白にして震え上がっている理由も気に留めず、茶柱先生の知的で豊かな指導に、脳内で拍手を送っていた。
ゼロという数学的かつ哲学的な響きの余韻と、教壇で揺れる絶対的な質量に対する毎朝のパイオツルーティン思考を、俺は一旦切り上げることにした。
ふと教室内を見渡すと、クラスの連中がなぜか一様に顔面を蒼白にし、この世の終わりでも宣告されたかのような絶望的な表情を浮かべてブルブルと震え上がっていることに気がついた。つい数分前まで、大型連休の到来と毎月支給されるはずの10万ポイントに心を躍らせ、浮かれ騒いでいたパンピーたちの姿はそこにはない。まるで魂を引き抜かれた抜け殻のようだ。
「……なぁ、ほりぴー」
俺は気怠げな姿勢を崩すことなく、隣の席でノートに視線を落としているツンデレ隣人に、極めてフラットな声で尋ねた。
「なんでみんな、お通夜みたいに暗い顔をしてるんだ? 今夜の合コンの予定でもキャンセルされたのか?」
ピタッ、と。堀北鈴音のペンを握る手が止まった。
彼女はゆっくりと首をこちらに向け、まるで道端で奇妙な言語を喋る地球外生命体に遭遇したかのような、純度百パーセントの「コイツ正気か?」という表情を浮かべた。その瞳の奥には、軽蔑を通り越して、ある種の哀れみすら混じっているように見える。
「……あなた、正気なの?」
氷の刃のような冷ややかな声が、俺の鼓膜を打った。
「たった今、茶柱先生からこのクラスの現状と、私たちのポイントがどうなったかという重大な説明がなされていたはずよ。あなたがその虚空を見つめる死んだ魚のような目で、一体どこの異次元と交信していたのかは知らないけれど。この状況で合コンがキャンセルされたのか、なんていうセリフが吐けるあなたのその脳の構造、一度本気で解剖学の検体に回すべきだと思うわ」
「ウェーイ。相変わらず辛辣だな、ほりぴー。俺は常にポジティブなバイブスを保つことに全神経を集中させてるから、ネガティブなノイズは自動的に脳内からフィルタリングされる仕様なんだ。マジ卍」
俺が一切の感情を交えずにそう答えると、堀北は深い絶望の溜息をつき、再びホワイトボードの方へと視線を戻した。これ以上俺と会話をすると、自身の知能指数まで低下すると判断したのだろう。見事な危機管理能力だ。
そんな彼女の視線を追うように、俺も教壇の横のホワイトボードへと目を向けた。
そこには、茶柱がいつの間にか張り出していた一枚の大きな模造紙があった。紙面には、クラスメイト全員のフルネームと、その横に二桁の数字が印字されている。どうやら、この前唐突に行われた小テストの結果らしい。
点数は最高点が90点であり、そこから下に向かって、残酷なまでの
俺は無表情のまま、そのランキングの最上位へと視線を滑らせた。
まず目に飛び込んできたのは、我が
最高点である90点台を取った生徒は、高円寺の他に2名ほどおり、その上位陣の極めて狭い枠の中に、俺の麗しき隣人である堀北鈴音の名前もしっかりと刻まれていた。
あの
模造紙の上位層を少し下がったところ。そこに、俺の狙い通りの数字が刻まれていた。
綾小路清隆 87点
完璧なスコア・コントロールである。俺はこのテストにおいて、極めて高度なチャラ男の自己プロデュースを展開していた。
テスト問題のうち、たしか2問ほどは、答えが分かっているにもかかわらず意図的に白紙で提出した。そして、もう1問。これが俺の戦略のキモなのだが、あえて途中の計算式まで完璧に記述しておきながら、最後の最後、一番簡単な足し算の部分で間違えるという高等テクニックを駆使したのだ。
なぜそんなことをしたのか。
答えは簡単だ。「もう、おっちょこちょい☆な綾小路くん☆」という、母性本能をくすぐる究極のキャラクターを演出するためである。
考えてもみてほしい。顔色一つ変えずに常に100点満点を取り続ける男は、冷酷で機械的な印象を与え、女子から敬遠されがちだ。だが、「途中式まで完璧なのに、最後の簡単な計算でミスをしてしまう」という人間味(隙)を見せればどうなるか。クラスの女子たちは「もう、綾小路くんってば頭いいのに抜けてるところがあるんだから! 私が支えてあげなきゃ!」と、母性本能を爆発させるに違いないのだ。
この87点という点数は、俺の天才的な頭脳と、チャーミングな隙が奇跡的なバランスで融合した、ギャップ萌えの結晶なのである。
だが、俺が己の完璧な計算に一人で酔いしれていると、教室の空気が、先ほどの「ポイント・ゼロ」の絶望とはまた違う、ドロドロとした黒い感情の渦へと変貌していくのを感じた。
ざわ……ざわ……*3と、クラスメイトたちが模造紙を囲みながら、信じられないものを見るような目で阿鼻叫喚の地獄絵図を展開し始めたのだ。
「う、嘘だろ……?」
「なんで……なんであいつらが、こんな上にいるんだよ……っ!」
彼らが絶望に打ちひしがれている理由は、火を見るより明らかだった。
クラスメイトたちは皆、心のどこかで無意識のうちに高を括っていたのだ。自分たちは決して頭は良くないが、少なくともあの「プールでブーメランパンツを履いて高笑いしていた
「どんな無惨な点数を取っているか見てやろうぜ」と、底辺を見下すことで得られる矮小な優越感と余裕。それが、彼らの精神の安定剤だったのだ。
しかし、現実はどうだ。
クラス内のトップに君臨するのは、あの
つまり、クラスの大多数のパンピーたちは、「自分たちは、あの変態や頭のおかしい奴よりも知能が劣っている」という、人間としての尊厳を根本から破壊されるような絶対的真実を突きつけられたのである。まさか見下していたはずの存在が、自分たちを遥かに凌駕する格上だったとは。
「ありえねぇ……! 俺、あの『ウェーイ』しか言わない奴よりバカなのかよ……!?」
「あんな……毎日、女の胸と尻にしか目を向けてないやつが、なんで87点も取れるんだよ! 世の中間違ってんだろ!!」
絶望の悲鳴が教室にこだまする。
その阿鼻叫喚の中、俺の隣に座る堀北鈴音だけは、周囲の有象無象とは全く違う反応を示していた。
彼女は、張り出された紙面に記された『綾小路清隆 87点』という文字と、自分の点数との僅かな差を見比べたまま、限界まで目を見開いて完全にフリーズしていた。
その横顔は、先ほど茶柱から
なるほど完璧な作戦っスねーーっ
不可能だという点に目をつぶればよぉ〜〜