チャラノ小路チャラ隆の野望 作:ぺこりーにょ
この筆不精の作者に筆を慌てて筆を取らせるとは…大した奴だ。
※訳(高評価と感想を送ってくださった皆さんありがとうございました)
ホームルームが終わり、担任のデカパイ姉ちゃんが去っていく。
「それでは、各自有意義な初日を過ごすように」という言葉を残し、茶柱佐枝は教室の扉へと向かって歩き出した。カツッ、カツッという規則的なヒールの音が教室に響く。
その歩み、その一歩一歩の振動に合わせて、スーツ越しにも明らかな豊満な双丘が、重力と慣性の法則に抗うように魅惑的な軌道を描いて揺動していた。
俺は姿勢を気怠げに崩したまま、その揺れの周期と弾性係数を視覚情報から無意識に算出し、一つの結論に至っていた。
あれほどのデカパイ。ホワイトルームの教官たちにもいなかった。
当然といえば当然だ。俺が育ったあの無機質な白い部屋において、教官たちに求められていたのは純粋な戦闘能力、指導力、そして徹底した効率性であった。乳房という器官は、格闘戦において死角を生み、機動力を削ぐ単なる「無駄な脂肪の塊」に過ぎない。そのため、女性教官たちは皆一様にスレンダーであり、戦闘に特化した機能美しか持ち合わせていなかった。
だが、ここは外の世界だ。戦闘能力ではなく、社会的な魅力や生殖本能へのアピールがヒエラルキーを決定づけるこの高度育成高等学校において、あの絶対的な質量は『兵器』に等しい威力を誇る。
「すげぇな。あの谷間に顔を埋めたら、どれだけのマイナスイオンが発生するんだろうな。マジでパネェわ」
俺が改めてボインの偉大さに感謝の言葉を捧げると、隣の席で文庫本を開こうとしていた黒髪の美少女、堀北鈴音の手がピタリと止まった。
「……あなた、本当に脳内を一度高圧洗浄機で洗ってもらった方がいいわよ。教師の背中を見送りながら、何を真顔でブツブツと気持ちの悪い分析をしているの? 発情期の猿でももう少しTPOを弁えるわ」
「心配すんなって。俺はデカパイも好きだけど、鈴音ちゃんみたいなスレンダー美人もストライクゾーンだから。ワンチャン、今から俺の胸に飛び込んでくる?」
「……私のペン先があなたの眼球に飛び込むワンチャンなら、今すぐ提供できるけれど。試してみる?」
堀北は一切の冗談を排した、純度百パーセントの殺意を込めた瞳でこちらを睨みつけてきた。
素晴らしいツンデレ具合だ。俺のチャラ男としての魅力に、彼女の理性が崩壊寸前であることが手に取るようにわかる。
茶柱が完全に教室から姿を消し、扉が閉まった直後だった。
教室内を支配していた緊張感がふっと緩み、誰もが隣の席の相手と探り合いの会話を始めようとした、まさにその絶妙なタイミング。
「みんなちょっといいかな」
教室の最前列から、爽やかなバリトンボイスが響き渡った。声のトーン、発声のタイミング、そして周囲の視線を一手に集めるそのカリスマ性。完璧なまでの『陽キャ』の所作だ。
イケメンフェイスが話し始めた。パット見の数値から察するにこのクラスで群れのオスを目指す一人であることは間違いない。つまりは早くも俺のライバル登場ということだ。
俺は目を細め(チャラ男特有のアンニュイな視線を作り)、彼を観察した。
金髪に染め上げているが、不良っぽさは微塵もない。むしろ清潔感に溢れ、顔のパーツの
「……なるほどな。
俺は小さく舌打ちをした。
彼は、いわゆる『クラスの絶対的中心人物』に収まるべくして設計されたような男だ。現に、彼が立ち上がって笑顔を見せた瞬間、教室中の女子生徒たちの頬がわずかに紅潮し、男子生徒たちも「こいつには逆らわない方がいい」という無意識の服従の姿勢を見せていた。
真のチャラ男としてこの三年間で天下を獲る俺にとって、彼は明確な
イケメンフェイス──彼岸のライバルは、人懐っこい笑顔を浮かべたまま、クラス全体を見渡して言った。
「これから3年間、共に過ごしていくんだ。だから自己紹介をやってはどうかな。まず僕は平田洋介。中学でもサッカーをしていたから、この学校でもサッカー部に入るつもりだよ。気軽に声をかけてほしい」
完璧だ。
無駄のない自己開示。協調性を重んじる提案。そして「サッカー部」という、スクールカーストにおいて不動の上位を約束されるキラーワードの投入。平田洋介の放ったこの自己紹介プロトコルは、隙がなさすぎる。
「賛成ー! 平田くんの言う通りだよね。これからよろしくね、平田くん!」
すぐさま反応したのは、天使のような笑顔を振りまくショートヘアの女子、櫛田桔梗だった。彼女のこの相槌により、平田の提案はクラスの『絶対の総意』として承認された。
どうやら自己紹介パートが始まるようだ。
平田を起点として、前の席から順に自己紹介が進行していく。
「お、俺は池寛治! 趣味は……えーと、女の子と遊ぶこと! よろしくな!」
「山内春樹です! 中学では野球部のエースでした! よろしくっす!」
次々と立ち上がり、自分の名前とアピールポイントを口にしていくクラスメイトたち。
俺は腕を組み、背もたれに寄りかかりながら、彼らの自己紹介を冷徹に採点していた。池のナンパアピールは薄っぺらく、山内の野球部エース発言は虚勢の匂いがする。どれもこれも、
「……次、私ね。堀北鈴音よ。趣味は特にないわ。友達を作る気もないから、必要以上に話しかけないでちょうだい」
隣の堀北の番が来た。彼女は立ち上がることもなく、座ったまま、まるで氷の刃のような声でそう言い放った。
教室の空気が一瞬にして凍りつく。平田でさえ、そのあまりの拒絶っぷりに苦笑いを浮かべるしかなかった。
「ウェーイ、鈴音ちゃんマジ尖ってんねえ! そういう触れたら切れそうなナイフみたいなところ、俺は嫌いじゃないぜ」
「……あなたが次に口を開いたら、本当にその首動脈をペンで切り裂くわよ」
堀北の冷酷な脅迫をBGMに、俺はゆっくりと深呼吸をした。
心拍数をコントロールし、表情筋を微調整する。ネクタイの緩み具合、シャツの第二ボタンの開き具合を最終確認。
平田の爽やかな自己紹介。櫛田の愛想の良い挨拶。そして堀北の絶対零度の拒絶。
様々な要素が入り乱れ、場は完全に温まっている。
ここで並の自己紹介をすれば、俺はただの「少し態度のデカい変な奴」として処理され、カーストの中層に埋没してしまうだろう。
必要なのは、圧倒的なインパクト。
一瞬にして群れの
俺の脳内スーパーコンピューターが、バスの車内で読み漁ったティーン向け雑誌の恋愛コラムと、大自然のドキュメンタリー番組の知識を高速で掛け合わせていく。そして導き出された『究極の自己紹介文』。
俺はゆっくりと立ち上がり、机に片手をついて重心を大きく斜めに崩した。
視線はあえて誰とも合わせず、斜め45度上の虚空(おそらくチャラ男の神がいる方角)を見つめる。そして、抑揚の一切ない、Siriのような機械的なフラットボイスで口を開いた。
「ウェーイ。俺の名前は綾小路清隆。女子だけは気軽に名前を呼んでくれ。現在、俺は彼女をダース単位で募集中だ」
平坦な声が、教室中に響き渡る。
なぜ
クラスメイトたちが「……ダース?」と意味を理解できずにポカンとしている間に、俺はさらに言葉を重ねた。
「得意な科目は……ベッドでの保険体育だ」
その瞬間、前の席に座っていた櫛田桔梗の肩がビクッと跳ねたのが見えた。
「これまでの人生で培ってきた強靭な体幹と、正確無比な腰の可動域には絶対の自信がある。一晩の消費カロリーの算出と、心拍数をコントロールしながら相手に与える快楽の数値化なら誰にも負けない。ってことで、立候補する女子たちは後で俺のところへカモンベイビー。シクヨロ」
最後に、右手の親指と人差し指で銃の形を作り、教室内をゆっくりとスイープ(掃射)して、両目を同時に閉じる完璧なウインクを放った。
そして、何事もなかったかのようにドカッと椅子に座り直す。
……。
…………。
………………。
教室内が、真空状態になった。
比喩ではない。本当にクラスの数十人が、呼吸をするのを忘れて完全に静止したのだ。
先ほどの俺の「よろちくび〜」の時とは比較にならないほどの、重く、冷たく、そして圧倒的な絶望感が教室を支配していた。
無理もない。
入学初日の、まだ互いの名前もろくに知らない高校一年生の自己紹介において。
一切顔色を変えず、瞬き一つせず、微塵の照れも感情の起伏も見せずに「彼女を12人募集している」「得意科目はベッドでの実技体育だ」と宣言した男が目の前にいるのだ。
彼らの常識という名の防壁は木っ端微塵に粉砕され、理解の範疇を超えた
最前列の平田洋介は、爽やかな笑顔のままピクピクと右頬を痙攣させていた。彼の優れたコミュニケーション能力をもってしても、「ベッドでの保険体育」というパワーワードに対してどのような相槌を打てば平和に解決するのか、答えを見出せずに脳がショートしているらしい。
女子生徒たちに至っては、もはや悲鳴すら上げられなかった。
ただ無意識のうちに、自らのスカートの裾をギュッと握りしめ、あるいは胸元を両腕で隠すようにして、本能的な防衛姿勢をとっている。まるで、檻から放たれた極度の飢餓状態にある肉食獣を前にした草食動物のようだ。
「……すげぇな、あいつ」
静寂の中、池寛治が震える声でそう呟いた。
「あ、ああ……俺たちの想像を絶するヤバい奴が来た……。もう、次元が違いすぎる……」
山内春樹も、顔面を蒼白にしながらそれに同意している。
彼らの目には、恐怖と同時に、自分たちには絶対に到達できない領域に踏み込んだ者への『畏怖』が宿っていた。
完璧だ。俺のチャラ男としての狂気は、見事に彼らを圧倒し、このヒエラルキーの頂点に俺を君臨させたのだ。
「……ねえ」
俺が自らの論理の正しさに酔いしれていると、隣の席から、地底のマグマよりも熱く、そして南極の氷よりも冷ややかな声が鼓膜を打った。
黒髪の美少女、堀北鈴音だ。
彼女は手元にへし折れたシャーペンを握りしめていた。
「なんだい、鈴音ちゃん。俺の圧倒的なオスとしての魅力に、ダース単位の第一号に立候補したくなったか? マジウェルカムだぜ。それな」
俺が気怠げに視線を向けると、堀北はもはや人間の発するものではないような、蛇の威嚇音にも似た息を吐き出した。
「……あなた、ついに自分の脳髄が完全に腐乱していることを、クラス全員の前でカミングアウトしたのね。ええ、清々しいほどの変態宣言だったわ。ダース単位? ベッドでの実技体育?」
彼女はへし折ったシャープペンシルの鋭利な断面を、スッと俺の頸動脈のあたりに向けた。
「あなたが次に眠りにつく場所が、実技体育をするベッドの上ではなく、警察署の冷たいコンクリートの床になることを心から祈っているわ。いえ、いっそ今ここで、私があなたのその劣情を催す脳の海馬を物理的に切除してあげましょうか? 医療廃棄物として処理する手間はかかるけれど、社会への貢献度を考えれば安いものよ」
「アハハ、鈴音ちゃんのそういうSっ気のあるところ、俺は高く評価してるぜ。実技体育でも、そういうハードなプレイは需要あるしな。ワンチャン、縛ってみる?」
「……死んだほうがいいと他人に心の底から思ったのは初めてよ」
「オッケー。それじゃ、次の初めてはベッドの経験だな」
堀北はついに完全に俺に背を向け、窓の外の景色に現実逃避を始めた。しかし、その耳がわずかに赤くなっているのを俺は見逃さなかった。
怒りで毛細血管が限界まで拡張しているのか、照れ隠しのどちらかだ。だが、後者であることは論理的に明らかである。
かくして、俺の自己紹介は終わった。
俺は満足げに、机の上で指を組み、深々と息を吐いた。
『彼女をダース単位で募集』し、『ベッドでの実技体育』を極める。
公衆の面前で堂々と己の性欲と野望を数値化して語れる男。それこそが、この高度育成高等学校を制する真のチャラ男の姿なのだ。
さあ、かかってくるがいい、10万ポイント(実質1万円の可能性あり)の女たちよ。
チャラノ小路チャラ隆の『実技体育』のカリキュラムは、まだ始まったばかりなのだから。
短編なのにもう4話ってどうなるの。短編とは?
一応作者は最新刊まで読んでますが、1巻の記憶とかねねーわ!と読み返したけど、だいたい同じ…かな?
ほら、カラーイラストの綾小路くんの椅子の座り方とかっぽくない?