大和と若干不仲な提督、武蔵の計らいで観覧車に大和と二人で乗っけられる。
大和からの、ちょっぴり苦い本音のお話。

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第1話

四月の停滞、鉄の瓦解

 じっとりとした汗が頬を伝う四月。季節外れの暑さが、列島を襲っていた時のお話。

 私と武蔵、それに大和の三人で、海辺の公園へ遊びに来ていた。珍しく、大和を混ぜての外出に、武蔵は少し浮足立っている。やはり、姉妹艦同士で一緒にいるのは心地がいいのだろうか。

 

 一方大和は、私と武蔵が談笑する一歩後ろで日傘を差しながら景色を堪能しているようだった。

「ねぇ武蔵、この間の演習の事なんだけど……」

 私と武蔵は、先日の演習の事や、出撃時の課題点などを談義する。

 大和はそんな私達を見ながら、傘をくるくる回す。彼女は出撃も演習も最近していなかったから、何も言わず、私達の会話をただ見ているようだった。

 

 表情は傘の影に隠れて見えなかったけれど、きっと彼女なりに外の景色を楽しんでいるのだろう。私は敢えて声を掛けることはしなかった。

 

 陽も傾き切った夕方、少し風が涼しくなって過ごしやすくなり、皆で休憩していたところ、武蔵が手を叩いて二人の注目を集める。

「そうだ、三人で観覧車に乗らないか? 少し暗くなってきたし、鼠の居城もよく見えるはずだ」

 彼女にしては粋な提案だ。武蔵は私と大和に一枚ずつチケットを渡す。どうやら、今日は彼女の奢りらしい。

 

「……ありがとう、武蔵」

 大和はちょっと遠慮がちにチケットを受け取る。その手つきは少しだけ震えていた。きっと、妹から施しを受けるなんて、思ってもみなかったのだろう。

 

 高くて大きい観覧車。パチンコ屋の屋上にあるような小さいやつではなく、ちゃんとした大きいの。

 多分、一周十五分くらいだと思う。……大和のため息が聞こえた気がした。高いところが苦手なのだろうか。

 大和に「高いところ大丈夫?」と聞いてみる。しかし、彼女からは乾いたような苦笑いしか返ってこなかった。

 

 三人で観覧車の乗車口に立つ。海から入ってくる少し肌寒くなった風と、ゴンドラの駆動音だけが響く。足元に敷かれた金属の凸凹が、妙に気になった。

 人もいない観覧車の乗車口、いよいよ乗る順番が回ってくる。いざゴンドラに足を掛けた瞬間、武蔵が一歩身を引いたのが見えた。

 

「たまには、大和と二人で楽しんで来い、相棒」

 そう言って彼女はロビーに残る。大和と二人、籠に乗り込んだ所で、扉が閉められた。

 

 ……二人きりになってしまった。

 なんとも気まずい空気が、大和と私の二人の間に流れる。彼女は喋るでもなく、窓に反射した自分の顔を眺めているように見えた。

 

 ゴンドラが上昇し、外で見守る武蔵の姿が小さくなってゆく。籠の駆動音と軋み音だけが響く中、彼女は何だか思い詰めたように手を握ってただ俯いていた。

 

「……ねぇ、大和。見て、外が綺麗だよ」

 返事は返ってこない。

 

「大和ってば」

「提督は、大和じゃなくて、武蔵と楽しく遊んでればよかったんです」

 私の言葉に被せるように、大和は冷たく呟く。その様子から、私はやっと今の状況を理解する。

 この密室に彼女と二人きり。正直、町の景色だったり、夜景を見ている余裕なんてなかった。

 

「そんなことないよ、私だって大和と一緒に遊びに来られて良かったと思ってるし」

 一先ず、何とかしてこの場を収めなければ。そう思ったけれど、一体彼女が何に怒っているのかは未だによくわかっていなかった。

 彼女は私と目を合わせようとしない。でも、その目はなんだか潤んでいるような、そんな気がした。

 

 下界から微かに聞こえる救急車のサイレンが、やけに大きく聞こえる中、大和は口を開く。

「提督は、大和なんて要らないんです。あの子さえいれば、きっと他になにも要らないんです」

 やっと、彼女が何に対して苛ついているのかが解った気がする。確かに私は武蔵をお気に入りとして随分とかわいがっていた。きっと、その扱いの差が、彼女のプライドを傷つけたのだろう。

 

「いやいやいや、大和だって大事だよ。そんな武蔵だけってことは……」

「嘘よ! 本当にどうでもよくなかったら、大和はこんな思いしてないもの!」

 彼女は私が言い終わるのを待たずに声を荒らげる。

 その声は鉄製の狭い籠の中で行き場を失ったように反響し、私の鼓膜を刺した。

 大和は、俯きながら膝の上で手が白くなるほどに拳を握っていた。スカートと手が擦れる音が、やけに生々しく二人のいる空間に響く。

 

「……今日だって、そうです。提督は武蔵とばっかり楽しそうにお喋りして、大和の方には一度だって振り向かなかった。私がどんな思いをして、後ろを歩いてたかなんて、考えもしなかったでしょう?」

 

 何も言い返せなかった。『楽しんでいるだろう』なんて、私が彼女と向き合いたくないがための、都合のいい思い込みだったのだ。

 救急車のサイレンが遠ざかり、代わりにゴンドラの軋む小さな音と、大和の震える呼吸の音だけが空間を支配する。

 

「……いっつもあの子ばっかり構って、大和の相手は全然してくれない。大和だって武蔵に負けないくらい強いのに! あの子よりもずっと気が利くのに!」

 彼女の長い髪が揺れる。思いがけず立ち上がった彼女に、揺れるゴンドラ。大和の瞳から、堪え切れなくなった雫が零れ落ち、金属の凹凸に模様を作る。

 

 私は手を伸ばしかけて、止めた。今更どんな言葉をかけても、どんな風に触れても、噓になってしまうような気がしたから。

 観覧車の頂上。綺麗な夜景なんて目に入らなくて、ただ涙を流しながら立ち尽くす彼女と、どうしていいかわからず固まる私の姿が、情けなく反射しているだけだった。

 

 どうすれば、彼女にこんな思いをさせずに済んだのだろう、そんな考えが、頭の中をぐるぐると回る。きっと私は駄目な提督だったのだ。

 私と大和を乗せた檻は頂上を過ぎ、ゆっくりと武蔵の待つ地上へと降りてゆく。

 普段なら、あっという間に終わってしまうゴンドラの旅だけれど、今日ばかりは永遠と勘違いしてしまうほど長い数分間。

 

 「……地上(した)に、着いちゃいますね」

 座りなおした大和は、持っていたハンカチで涙を拭うと、静かに呟く。二人の間に流れるのは、和解の兆しではなく『もう元には戻れないかもしれない』という冷たい予感。

 

「……ごめんなさい。今日のことは、忘れてください」

 降り際に、彼女はそう独り言のように零し、開いた扉からゴンドラを後にする。はっとした私は、彼女の背中を追うように外へ出た。

 

「戻ったか、相棒。大和と仲直り……」

 いつもの調子で私たちを出迎えた武蔵が、言葉を失う。まだ春の冷たく肌寒い風が、私と彼女たちの間に溝を作るように流れていく。

 大和は武蔵の姿を見た瞬間、糸が切れたように武蔵の胸に飛び込み、声を上げて泣き始めた。

 

「……全く貴様は、最高の()()()()()()を用意してやったのに、一体大和に何をしたんだ?」

 そのまま武蔵に連れていかれる大和。私はただその背中を見送ることしかできなかった。

 昼間のじっとりとした暑さが嘘のように、背筋を這ってくるような寒さが、私の体温を奪ってゆく。

 

 ――結局次の日、大和はいつもの調子に戻っていたけれど、私と彼女の間には埋まらない何かできてしまったような気がした。




初投稿でいきなり変なのを投げるな(自戒)

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