皆さんにとっての昨日、もしかしたら明日の出来事
『怪盗』は古今東西、盗みの醜悪さを『芸術』に変える――崇高な使命を担う。
狙うのは『標的』のみ。目的の為の殺しなどNG中のNG。
だから、私――『怪盗紳士』は誰の命も奪わない。
軽やかに鮮やかに、そして、ユニークに『絵の世界を全て、自分の物にする』。
私の予告状が一枚、届くだけで右へ左へ大騒ぎ。市民は喜び、警察は庭駆け回る。報道陣は結果を待ち焦がれる。
ただのコソ泥と呼ぶ警察の声さえ、私レベルになれば賛辞に聞こえる。
さて、今日も展覧会へ行き、『仕事』に励もう。
下見はOK、持ち主への予告状も送付済み。仲間は前日から会場スタッフに紛れ、準備万端。
そして、警備担当は本庁の
会場のボディチェックは何の変哲もない。
フィクションのインターポールならば、真っ先にマスクの変装を疑って顔面チェックする。
現実はそうしない為、つまらない。あっさりと潜り込めた。
私の変装が今回、展覧会の主催者だからと理由もあるだろう。本物には日付変更と嘘のスケジュールを伝えた。この手は標的を変えても毎回、効く。危機感が逆に心配となってくる。
私の仕事が終わった後にでも、警戒心が上がってくれるように願おう。
「失礼、剣持警部でいらっしゃいます? 私、主催者の……」
「ああ、これはわざわざ……」
私が近寄っても、剣持警部と数人の警官は厳しい表情を見せるのみ。全く、疑われないのも淋しいモノ。
標的の名画はA4サイズ、360度を見張れるように台へ展示されている。
主催者ならば、触れても問題ない。
でも、予告まで1時間ある。まだ触らない。モチーフは別の場所にある為、時間をずらして盗りに行く段取りだ。
〈ボス、大変です。どうしよう、こんなの予定外過ぎる!〉
カツラで隠したインカムから、鬼気迫った仲間の声。私は携帯電話を取り出し、緊急の案件が来たように振る舞いながら、人気の少ないトイレへ向かう。
「何があったの? 手っ取り早く、言って」
〈実は……岸辺露伴が来ています! キャー、言っちゃった♪〉
状況を把握しようとすれば、緊迫した声が一転。黄色い声に早変わり、うっさ。
しかも、キシベロハン? 仲間がこれだけ興奮するなら、警察関係者とは思えない。以前に会った名探偵の孫はそんな名前ではなかった。
ただのミーハー根性で騒ぎ出すなど、コイツは今回の仕事で切ろう。
「落ち着いて、有名人なの?」
〈……
「それを言うなら、損してるでしょう。誰よ、そいつ」
〈『ピンクダークの少年』の作者デス。これなら分るでしょ?〉
「……そんな名画、あったかしら?」
〈うあsどふぁふぁfjskf……ブチッ〉〈心の扉は……〉
素直に言ったが、仲間が急にバグった。
余裕綽々の仕事だからこそ、ミスは許されない。そんな緊張感をぶち壊され、ちょっとイラッとした。
展示場所へ戻れば、剣持警部もいない。警官に扮した仲間へ聞けば、有名人へご挨拶に行ったと知らされる。余程の方なのだろうか、仲間は変装を忘れ、血涙を流した。怖っ。
予告の時間まで10分を切った。標的の傍にいる剣持警部は予告状を睨み、ふっかいため息。
「予告状なら、もっとスマートに時間を教えてくれんもんかね。毎回、奴の謎解きには疲れる」
「アハハ(予告状の意味ないじゃん。大体、自力で解いた事もないのに)」
剣持警部の愚痴を主催者として聞き流し、愛想笑い。
5分、3分、1分と迫る。手慣れた仕事だとしても、この瞬間――神経を侵す緊張感が好き。
――ジリリリ!!
「なんだ!? 『怪盗紳士』か!」
段取りのまま、火災報知器が鳴り響く。剣持警部が標的から目を逸らした。
その瞬間、私は手にある『怪盗紳士』のカードを取り出す。あたかも知らない間に持たされたように、わざとらしく、大袈裟に腰を抜かした。
「ああ! これは……!!」
「どうしまし……あ! 奴のカード!! 絵を盗んだだと!? じゃあ、そこにあるのは……」
私の泣き崩れた演技に気を取られ、剣持警部や警官の視線は標的へ目をやった。勿論、まだ手に取っていない。
「待って! 違う! 確かに、これは……偽物だわ!」
私は慌てふためき、名画を掴んだ。隠していたもう一枚を絵の後ろへ貼り付け、偽物とすり替わった風を装った。
「な、なにぃ!! すぐに出入り口を封鎖しろ! 奴はまだ来場者に紛れているはずだ!」
「「は!!」」
剣持警部の指示に従い、警官は私から離れて行く。私は傷心のフリをして、名画を抱き締めた。
「大丈夫ですか、すぐに奴を見付け出しますんでっ」
「ああ……刑事さん、お願いし……」
――ガチャン!
身を屈め、慰めてくる。そんな剣持警部へ顔を向けた途端、私の手首に冷たい鉄の感触と重さが襲った。
予想外過ぎて、絶句。
「刑事さん?
半笑いになったのは本当に、半分だけアクシデントが面白かったからだ。
「……なんで、と申されましても。絵に触れたアンタに手錠を掛けただけなんだが?」
私に問いかけられた剣持警部はまるで、主催者に手錠を掛ける事そのものに違和感や疑問がない。そう言いたげな口調だった。
直感。
火災報知器が鳴った後、絵に触った者が『怪盗紳士』。剣持警部は誰かにそう、入れ知恵された。でなければ、名画が盗まれたとは言え、主催者の姿をした人間へ手錠を掛けるはずない。
名探偵の孫はいないし、来ない。これはもう確認済みだ。
「やるじゃない、剣持警部♪ でも、こんなので私は止められないわよ」
「え? あ、お前!!」
私は口調を変えてウィンク、剣持警部はそこでやっと変装に気付いた。名画を口に咥え、手錠もそのままにハンドスプリング。呆気に取られた彼を置き去りにし、予定通りの逃走ルートへ飛び込んだ。
「あ!? か、『怪盗紳士』……俺の手錠、返せぇ!!」
剣持警部の遠吠えは仕事の成功報酬とも、言えるだろう。彼から手錠を掛けられ、ちょっぴり楽しんでいる自分がいた。
さて、予定通りに地下駐車場へ到着。今頃、仲間が私の囮となり、警官に追われている手筈だ。私は仲間と合流し、来場客として堂々と会場を出発しよう。
先程、インカムで黄色い声を上げた仲間を見付ける。お互いに安全だとハンドシグナルを送り、車へ乗り込んだ。さっと別の姿へ変装完了、名画は木枠から外す。絵そのものは膝へ文字の羅列が多い書類と一緒に置いた。
これが意外とバレにくい。
地下駐車場には他にも人――男がいた。暗がりでも分かるスラリとした体格、モデルのような立ち振る舞い、卵の殻に見える何かを被り、尖ったイヤリング、ハイセンスなファッション。
顔は見えにくいが、整っていると雰囲気が伝える美形。
絶対、警官ではない。
背を向けたままの男を車で、通り過ぎた。彼は異様にこちらを見なかった。私はそれを警戒しなかった。
――ププ!!
唐突のクラクションに我へ返り、周囲を見回す。
「あれ?」
「まだ駐車場?」
地下駐車場の出口、バーゲートへ向かう途中にいた。後ろには一般人の車、運転手はイライラしている。すぐに駐車料金を支払い、外へ出た。
「はい、行っていいですよ」
「次の人」
道路へ出た途端に検問。情報通りだ。
仲間は堂々と偽造免許証を見せ、私は膝にある紙の束を広げた。
「! ……運が良かったですね。お気を付けて」
「……?」
検問の警官は車内を一瞥し、にっこりと微笑む。どういう意味だろうと思いながら、私達はその場を去った。
会場が見えなくなった時、仲間はようやく緊張を解く。赤信号で止まり、口も開いた。
「運が良かったって、何ですかね?」
「さあね、私の活躍が見られたって意味かも」
仲間の疑問に警察への皮肉を返し、私は膝に置いたままの戦利品を手に取った。
――ドリッピング画法で描かれた少年の絵、岸辺露伴という文字。
「はあ!? 何これ!?」
「ボス、静かに……って、うおお!? 岸辺露伴のサイン!? マジっスかあ!? いつの間に!!」
下品な悲鳴を上げ、私は狼狽えた。確かに膝へ、名画を置いていた。それはない。
最寄りのコンビニへ駐車し、座席のシートも隈なく探した。サインに喜ぶ仲間を叱り付け、エンジン部分も探させたが、名画はなかった。
そして、検問のやり取りを思い出す。警官の反応から見ても、その時点でサインが置かれていたと今、気付いた。
出し抜かれた? 誰に? 剣持警部がこれ程までに頭が切れるはずがない。
もう一度言うが、名探偵の孫は来ていなかった。
「ボス……いらないなら、貰ってもいいですか? コレ」
「!? お好きにどうぞ!!」
人の焦りを知らず、仲間はサインをスリスリと頬ずる。私は別に怒ってはいないが、絶対にコイツは切ろうと決めた。
翌日、名画は守られたと新聞記事を読んだ。モチーフも盗めずに結局、今回は失敗。
否、私は負けてない。剣持警部の手錠をゲットしたのだから、勝ちだ。
それよりも気になるのは、仲間の態度。
「良いなあ、岸辺露伴のサイン!! と言うか、来てた!? 見たのか、お前ら!」
「ずりぃぞ。オレ、我慢したのにぃ」
「へっへっへ、俺が貰ったもんねえ」
「ボス、同じの下さいよお」
私が仕事を成功させた時より、盛り上がっている。
まんまと岸辺露伴なる人物に、話題をかっさらわれた。誇りが傷付き、悔しい。
しかし、改めて見れば、サインされた絵は好みだ。
「ねえ、その岸辺露伴ってどんな画家なの? 最近?」
「……!?」
「ボス、漫画は読まないんでしたっけ?」
「売れっ子漫画家ですよ」
「それも、世界に通じる天才っ」
要約すれば、人気のある漫画家。
私はフィクションそのものに興味はあるが、実は作家を覚えない。だから、彼の有名な怪盗の三代目をモデルにしてくれた作者も知らない。
私のキョトンとした反応から察し、仲間達はこぞって『ピンクダークの少年』を貸してくれた。
結論から言えば、メチャクチャ面白かった。
思わず、単行本全巻を買い揃えてしまった。
今までの仕事で手に入れた美術品の数など、簡単に上回る冊数。アジトの本棚を埋め尽くした時、ハッと我へ返った。
――この怪盗紳士が!! 欲しい物を盗まず、漫画の売り上げへ貢献する為に!! 金を払った!!
普段の自分は出版社へ予告状を送り付け、生原稿を盗むだろう。作品に目を付けた瞬間、敗北した。
「ボスは……何と、戦ってんスかね?」
「岸辺露伴?」
悔しさにのたうち回り、仲間から心配されたのは別の話だ。
こんなニアミスが好き
怪盗紳士
正体不明が売りだったが、『怪盗紳士の殺人』編にて女性と判明。単独ではなく、仲間もいる
剣持警部
捜査一課なのに、怪盗紳士担当。作品は守れたけど、手錠を盗られて始末書。岸辺露伴のサイン、貰えた(やったね!)
岸辺露伴
ご存知、『ピンクダークの少年』の作者。『怪盗紳士』の予告状を知り、好奇心のままに『取材』した