機動戦士ガンダム ジオンの残響 ―シャアもミネバもいない火星で、亡霊たちは「ザク」の皮を被った怪物を造り上げた―   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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フォーミュラの夜明け

熱い。

 

だが、それは希望の熱ではなかった。

血を流し尽くした第二次オールズモビル戦役の果てに、静かに、しかし確実に産声を上げた新しい時代の胎動が放つ熱だ。

 

宇宙世紀0122年、冬。

月面を赤く染めた戦火は、シャルル・ロウチェスター艦隊の壊滅をもって幕を閉じた。

僕とアンナフェルを乗せたガンダムF90 1号機は、ボロボロになりながらも母艦エイブラムへと帰還した。

ハッチが開いた瞬間、コクピットに流れ込んできたのは、硝煙の臭いと、出迎えたクルーたちの安堵の歓声。そして、僕の腕の中でようやく安らかな寝息を立て始めた、アンナフェルの確かな生命の温もりだった。

 

「終わったんだな。本当に」

 

僕は1号機のコンソールにそっと指先で触れた。

この機体に刻まれていたボッシュ大尉の亡霊……あの冷徹な殺意と絶望は、もう何も語りかけてはこない。

バイオコンピュータが弾き出す数値の列は、もはや死を演算するノイズではなく、ただ静かにシステム終了のカウントダウンを刻んでいた。

 

だが、安堵の溜息を吐き出したその瞬間にも、歴史の歯車は冷酷に、そして優雅に回り続けていた。

 

「ベルフ、お疲れ様。……でも、見て。あれ……」

 

目を覚ましたアンナフェルが、エイブラムのハンガーの奥を指差した。

そこには、サナリィの技術スタッフ、そしてジョブ・ジョン幹部に囲まれ、厳重に秘匿された新型の姿があった。

1号機よりもさらに洗練された、流れるようなラインを持つ白きモビルスーツ。

肩部にはまだ正式な形式番号すら入っていない。だが、その機体からはF90とは比較にならないほどの圧迫感……未来そのものが放つ熱量が感じられた。

 

ガンダムF91。

バイオコンピュータが導き出す究極の回答。

ジョブ・ジョンが遠く見つめるその先には、この機体のテストのためにフロンティアIVへと向かう準備が進められていた。

 

その頃、月を遠く離れたサイド4、再建中のコロニー、フロンティアIV。

平和の陽光が降り注ぐ学園の広場で、一人の少年が、機械いじりに没頭していた。

彼の名は、シーブック・アノー。

サナリィの技術者である母を持ちながら、その技術がもたらす争いを嫌う、真っ直ぐな瞳をした少年。

彼の隣には、パンを手に微笑む少女、セシリー・フェアチャイルドの姿がある。

少年はまだ知らない。自分が、僕の目の前にあるあの白いガンダムを駆り、セシリーと共にコスモ・バビロニアという巨大な嵐に立ち向かう運命にあることを。

 

「シーブック! また機械にかじりついて! セシリーが待ってるわよ!」

 

「わかってるよ、リィズ。今、これの調整が終わるところなんだ」

 

少年の穏やかな日常の裏で、深い闇に包まれたブッホの秘密工場では、一人の男が微笑んでいた。

マイッツァー・ロナ。

そしてその傍らには、かつてボッシュを闇に誘い、今また新たな騎士を求めて暗躍する女、シドニー・アンバーの姿があった。

 

「オールズモビルというデータの苗床は、実に見事な花を咲かせてくれました。……そうでしょう、カロッゾ?」

 

シドニーが耳元で囁く相手は、顔を不気味な鉄の仮面で覆った男、カロッゾ・ロナだった。

工場のラインを埋め尽くすのは、デナン・ゾン、ベルガ・ダラス。

連邦のモビルスーツを旧式と断じる、圧倒的な機動性を備えた貴族主義の尖兵たち。

さらにその奥、暗号化された極秘回線のモニターには、地球圏の誰一人として預かり知らぬ「別の死」の記録が映し出されていた。

 

それは、木星圏からの超長距離通信。

高重力の地獄で、連邦の搾取に耐えかねた者たちが作り上げた、異形なる技術の断片。

「木星帝国(ジュピター・エンパイア)」。

彼らもまた、ボッシュの言う「腐敗した連邦」に見捨てられた者たち。

クラックス・ドゥガチという男が抱く、地球そのものを焼き尽くそうとする底なしの怨嗟は、すでにF90の技術データさえも貪り食い、独自の進化を始めようとしていた。

 

宇宙世紀0123年。

人類が手にするのは、フォーミュラ計画という光が生み出した、もっとも深い影。

 

「ベルフ……何を見ているの?」

 

アンナフェルが、僕の手を握る。

パイロットスーツを脱ぎ、家庭的な温もりを取り戻した彼女の指先が、僕の震えを止めてくれる。

戦いが終われば、また彼女の作った弁当を食べ、洗濯物の匂いに囲まれる日常が戻ってくるのだ。

 

「いや、何でもない。帰ろう、アンナフェル。僕たちのエイブラムへ」

 

僕は、1号機のバイオコンピュータの影に残された、ボッシュの最期の独白を思い出す。

連邦は腐敗している……。いずれ、真に選ばれた者が立ち上がる……。

その言葉が、遠くフロンティアIVで機械をいじる少年の未来と、冷酷な貴族たちの野望、さらには木星の闇から這い出そうとする「帝国」の狂気に繋がっていることを、僕は予感せずにはいられなかった。

 

宇宙世紀0122年。

希望と継承の物語は、ここで一度、静かな終止符を打つ。

しかし、フォーミュラ計画という夜明けの向こう側で、シーブックという名の新たな光が、そしてカロッゾやドゥガチという名の漆黒の闇が、歴史の舞台へと上がり始めていた。

 

物語は、フロンティアIVに響く殺戮兵器バグの羽音、そしてコスモ・バビロニアという名の狂気へと続いていく。

 

熱い。

今度こそ、本当の、歴史が塗り替えられる瞬間の熱が、僕たちを飲み込もうとしていた。

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