【もし、あの2020年に「阿久津真矢」が担任だったら】
「いい加減、目覚めなさい! その布切れで、一体何を守っているんですか?」
異常な空気に包まれていたコロナ禍の学校。
思考を止め、顔を隠すことが「正義」となった教室に、阿久津真矢は何を突きつけるのか。
これは、生徒たちが自らの素顔と誇りを取り戻すまでの、魂の記録。

※本作【Director's Cut Version】は本編6話のオリジナル版です。

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悪魔の教室2020【Director's Cut Ver.】

第一章:悪魔降臨

2020年9月。半田市立半田小学校6年3組。

そこは、透明なアクリル板と白いマスクに支配された「音のない教室」だった。

「……修学旅行は中止です。みんなの安全を守るため、わかってくれますね?」

担任の寺尾の言葉に、子供たちは感情を消した瞳で頷く。逆らうことのできない「安全」という名の呪文。その時、扉が開き、黒いスーツの女が入ってきた。

「今日から副担任になる、阿久津真矢です」

彼女は教壇に立つなり、入り口のアルコール消毒液をゴミ箱へ放り込んだ。

「あ、阿久津先生! 何を……!」

驚愕する寺尾を無視し、真矢は氷のような声で言い放った。

「全員、今すぐその汚らわしいマスクを外しなさい。机のアクリル板も、今すぐ後ろへ片付けなさい」

教室に戦慄が走る。

「でも、先生、ルールだし……感染したら……」

怯える進藤に対し、真矢は数センチの距離まで顔を近づけた。

「イメージしなさい。空気感染だと言われているものが、その程度の板や布で止まると本気で思っているのですか? ……愚かですね。それは科学ではなく、ただの『儀式』です。大人たちが対策をやっていますと見せるための安っぽい演劇に、あなたたちは付き合わされているだけです」

「でも、外すなんて怖いです……」

「怖い? ……いい加減、目覚めなさい! あなたたちが今恐れているのはウイルスではなく、『周りと違うこと』でしょう! 思考を停止させ、家畜のように命令に従うだけの人間に、生きている価値などありません」

真矢は黒板に大きく書いた。

【思考停止】

「私の授業では、マスクの着用は一切認めません。アクリル板を立てることも許しません。私に従えない者は、今すぐこの教室から出ていきなさい。……あなたたちを、一生『マスクをした羊』のまま卒業させるつもりはありません」

真矢は震える生徒たちを慈悲の欠片もない瞳で射抜いた。

それは、偽りの安全を剥ぎ取り、地獄のような「自由」へと引きずり出す、彼女なりの宣戦布告だった。

               ♠

第二章:利権

真矢が赴任して二日目。6年3組の教室は昨日以上の緊迫感に包まれていた。

黒板の横には、真矢が持ち込んだ「新規則」の掲示がある。

『一、教室内でのマスク着用を一切禁ずる』

『二、アクリル板の使用は、欠席扱いとする』

「阿久津先生、これは虐待です! 子供たちが怖がっている!」

担任の寺尾が顔を真っ赤にして抗議するが、真矢は教壇から動かない。

「イメージしなさい。恐怖に震え、根拠のない布切れにしがみつく姿。それがあなたたちの言う『教育の成果』ですか?」

真矢は手に持っていた資料を最前列の里中の机に叩きつけた。

「里中さん、読みなさい。そこに書かれている製薬会社の利益、そして国が投じた血税の額を」

里中は震える手で紙を掴んだ。

「これ……兆、って書いてある……」

「そうです。あなたたちが友達と笑うことすら禁じられ、息苦しさに耐えている間、誰が一番笑っていたのか。……答えなさい。この巨額の金は、一体どこから湧いて、誰の懐に入ったのですか?」

「それは……薬を作って、みんなを助けるために……」

「愚かですね。もし騒動が収まれば、この金の流れは止まる。つまり、彼らにとってこのパンデミックは、終わらせてはならない『最高のビジネス』なのです。あなたたちの思い出も、健康も、すべては彼らの利益を最大化するための生贄にされたの。……それでもまだ、その『ビジネスの片棒』を担ぐ不織布を、顔に着けていたいのですか?」

「でも、国が言ってるから! 先生たちだって……!」

男子生徒の進藤が叫ぶが、真矢は一歩も引かない。

「国? 先生? 彼らはあなたたちの人生に責任など取りません。野口先生、あなたもそうです」

真矢は廊下で見ていた学年主任の野口を指差した。

「あなたは上からの指示に従うことで自分の地位を守りたいだけ。その保身のために、子供たちの脳を酸素欠乏に追い込み思考を奪っている。……人殺しと呼ばれても仕方のない行為です」

「な、何を……!」野口が絶句する。

真矢は再び生徒たちを見た。その瞳は逃げ場をすべて塞ぐように鋭い。

「いいですか。明日から、マスクをして登校した者は教室に入れません。アクリル板を片付けない者は、私の授業を受ける資格はありません。……私を訴えたければ訴えなさい。だが、私はあなたたちを、誰かの金儲けのために魂を売る『思考停止の奴隷』にはさせません」

静まり返った教室に、真矢の冷徹な宣告だけが響いた。

生徒たちは、自分たちが信じていた「正義」という名の壁が、内側から腐り落ちていくような恐怖に震えていた。

               ♠

第三章:同調

「……3組の連中、菌がうつるから近寄るなよ」

廊下を通るたびに投げつけられる、他クラスからの罵声。SNSには素顔の生徒を盗撮した画像が並び、「テロリスト」という言葉が踊る。

教室内は、外からの圧力に耐えかねた重苦しい空気に支配されていた。

「阿久津先生、もう無理です……」

里中がマスクを握りしめたまま机に泣き崩れた。

「他のみんなが怖い。お母さんも『恥ずかしくて外を歩けない』って泣いてる。……先生の言う通りかもしれないけど、僕らだけ違うのは嫌だ!」

真矢は教壇からゆっくりと降り、里中の前に立った。

「他と違うのが嫌? ……イメージしなさい。その考えが、かつてこの国でどれほどの人間を殺してきたのかを」

彼女は黒板に一際大きく書き記した。

【村八分】

「自分と違う者を叩き、排除することで安心を得ようとする……。あなたたちが今受けているのは、正義の裁きではなく、卑怯な家畜たちによる集団リンチです。そして里中さん、あなたもまた、そのリンチに加担しようとしている」

「僕が、加担……?」

「そうです。周りに合わせてマスクを戻すことは、『自分もまた他人を監視し、同調しない者を叩く側に回ります』という宣言です。自分の魂を売って、加害者グループの一員にしてもらう……。それがあなたの考える『思いやり』ですか?」

その時、教室にPTA役員の母親たちが乱入してきた。

「阿久津先生! うちの子に何を強要してるの! 全校生徒から白い目で見られて、この子たちの将来が壊れたらどうするの!」

真矢は母親の叫びを冷徹な眼光で遮った。

「将来を壊しているのは、あなたたち親の方だ。イメージしなさい。数年後、自分の意志を殺し、ただ周囲の顔色をうかがって怯えるだけの抜け殻になった我が子を。その時、あなたは『あの時はみんなそうしていた』と、また卑怯な言い訳をするのでしょうね」

「な、なんて失礼な……!」

「私は、この子たちに『孤独に耐える力』を教えている。他人に嫌われることを恐れ、正解を他人に委ねる人間に、自分の人生を歩く資格はありません」

真矢は生徒たちに向き直った。その声は、もはや警告ではなく断罪だった。

「いいですか。明日から、他人の視線に屈してマスクを着けた者は、即座にこの教室から追放します。自分の意志を持たない人間に、私の授業を受ける価値はない。……一人になるのが怖いなら、一生誰かに首輪を繋がれて生きていきなさい。そのまま腐り果てるのがあなたたちにお似合いの末路です」

母親たちの抗議も、生徒たちの啜り泣きも、真矢は一切無視して教室を去った。

残された生徒たちは、真矢という「悪魔」と、外側の「群衆」という二つの巨大な圧力の間で、自分自身の魂をどちらに売るか、極限の選択を迫られていた。

               ♠

●第4話:権威

「阿久津先生、直ちに教室を出なさい。あなたは本日付で解雇、および職務停止です」

授業中、教育委員会の幹部・久保田が数名の職員を伴って教室になだれ込んできた。背後には、責任追及に怯え、自分だけは助かろうとする校長が卑屈な笑みを浮かべて控えている。

真矢はチョークを置くと、乱入者たちを汚物を見るような目で見据えた。

「解雇? 理由を述べなさい。……私が子供たちに、奴隷ではなく人間になれと教えたからですか?」

「黙れ! 君は国の指針を無視し、子供たちを危険な非科学的実験にさらした! これは重大な職務違反だ!」

久保田が机を叩き、生徒たちに向かって叫ぶ。

「いいか、君たち。この女は狂っている。今すぐマスクを着けなさい。アクリル板を元に戻すんだ。従えば、今までのことは不問に付してやる」

数人の生徒が、権威の象徴である久保田の言葉に震え、隠していたマスクに手を伸ばそうとした。

「動くな!」

真矢の鋭い一喝が、教室の空気を切り裂いた。彼女は久保田の眼前に立ち、その胸ぐらを掴まんばかりの距離で言い放った。

「非科学的? 指針? ……笑わせないで。あなたたちが守っているのは、医学的根拠ではなく、ただの体裁でしょう。イメージしなさい。ウイルスは、あなたたちの机上の空論や忖度に従って動きを止めますか? 止めない。そんなことは、この部屋にいる子供たちですら知っている!」

「な、何を……!」

「あなたたちは、自分が仕事をしたというアリバイ作りのために、子供たちの表情を奪い、肺を弱らせ、心を壊し続けている。それがどれほどの罪か、その役人根性で想像したことがありますか? あなたたちがやっているのは教育ではない。上から降ってきた命令を無批判に流し込むだけの、ただのスピーカーだ」

真矢は怯える生徒たちを見渡し、さらに冷酷に追撃した。

「いいですか。今、この男の言葉に従ってマスクを着ける者は、一生、権力者の言いなりになる道を選ぶことになります。……自分で調べ、自分で考え、自分の意志で立つ。その苦しみから逃げ、寄らば大樹の陰で安心を得ようとする卑怯者。そんな人間に、私の教え子を名乗る資格はない!」

久保田は顔を真っ赤にし、随行員たちに真矢を連れ出すよう命じた。

「連れて行け! この女は危険だ! 職務停止どころか、即刻罷免だ!」

職員たちが真矢の両腕を掴み、力任せに廊下へと引きずり出そうとする。

生徒たちは息を呑み、椅子を鳴らして立ち上がった。

「先生……!」

里中が消え入るような声でその背中を呼んだ。

真矢は足を止め、振り返った。

助けを求めるような、あるいは縋るような生徒たちの瞳を、彼女は氷のような冷たさで見据えた。

「……何を見ているのですか」

その声は驚くほど低く、教室の隅々まで染み渡った。

「私がいなければ、何もできないのですか? 誰かに守られなければ、自分の顔も出せないのですか? ……イメージしなさい。あなたたちが今、その手で握りしめているものは何ですか。私がいなくなれば、またその布切れで自分の意志を覆い隠し、家畜の群れに戻るのですか」

久保田が「いい加減にしろ!」と叫び、真矢をさらに強く引っ張る。

真矢は乱れた服を直すことすらせず、最後に出入り口の戸口で、生徒たちに冷徹な視線を投げた。

「……せいぜい、賢いふりをして生きなさい。誰かの用意した檻の中で、一生、自分を騙し続けながら」

それが彼女が3組に残した最後の言葉だった。

扉が乱暴に閉められ、廊下を去っていく真矢の足音が遠ざかる。

静まり返った教室に、久保田の勝ち誇ったような呼吸音だけが響く。

だが、生徒たちは誰一人として、彼が用意したマスクに手を伸ばそうとはしなかった。

               ♠

第五章:巣立ち

阿久津真矢が去ってから三日。教室には再びアクリル板が並べられ、校内放送では「適切な距離」と「徹底した消毒」が繰り返されていた。

学校側は、3組を阿久津という毒から浄化すべき対象として扱い、道徳の時間はすべて「社会のルールと連帯」を学ぶ講義に差し替えられた。

「……みんな、阿久津先生は病んでいたんだ。あんな極端な考えは忘れて、元の正しい生活に戻ろう」

担任の寺尾は、怯える子供たちをなだめるように、そして自分に言い聞かせるように繰り返した。

だが、生徒たちの目は死んでいなかった。

真矢の最後の言葉――『一生、自分を騙し続けながら生きなさい』。

その言葉が、アクリル板に反射する自分たちの惨めな姿を、鋭く抉り続けていたからだ。

「……行くよ」

放課後、進藤が里中に短く言った。

その土曜日。学校側が「自粛」を理由に中止した修学旅行の代わりに、3組の有志二十名は、真矢がかつて授業で触れた山奥のキャンプ場へと向かった。親には塾の合宿だと嘘をつき、電車を乗り継いで。

そこには仕切りも、マスクの着用を強いる看板もない、剥き出しの自然があった。

「……空気が、痛いくらい冷たい」

里中がマスクを外し、深呼吸をした。

彼らは自分たちで薪を拾い、火を起こした。教科書通りの安全なキャンプではない。指を切り、煙に巻かれ、服を泥だらけにしながら。

「イメージしなさい。火の熱さを。水の冷たさを。……それが生きるということよ」

真矢の声が、風の音に混じって聞こえた気がした。

だが、夕暮れ時、数台の車がキャンプ場に急停車した。

GPSや連絡網を駆使して追ってきた校長と数人の保護者たちだった。

「お前たち! 何を考えているんだ! 無断でこんな場所に来て、密になって!」

校長は震える手で生徒たちの肩を掴もうとした。

「今すぐマスクを着けろ! 消毒しろ! 学校の責任問題になったらどうするんだ!」

「……校長先生」

進藤が校長の手を静かに、だが力強く振り払った。

その顔にはかつての怯えはなかった。

「僕たちは自分の責任でここに来ました。病気になるのが怖いからって、心が腐っていくのを黙って見てるなんてもうできません。僕たちは自分の顔でこの空気を吸いたいんです」

「洗脳されているんだ! 阿久津先生に……!」

「いいえ」里中が続いた。

「阿久津先生は何もしなくていいって言いました。でも、決めたのは僕たちです。……イメージしました。このまま大人に従って、嘘をつき続けて生きる自分の姿を。それは、死んでいるのと同じでした」

大人たちは子供たちの迷いのない瞳に気圧され立ち尽くした。

彼らが守ろうとしていた「安全」が、子供たちの「生」をいかに殺していたか。その残酷な事実を、マスクを脱ぎ捨てた子供たちの素顔が無言で告発していた。

その夜、焚き火を囲む生徒たちの輪を遠く離れた暗闇の中から見つめる黒い影があった。

阿久津真矢。

彼女は生徒たちを助けることも、褒めることもしない。ただ、自分の足で檻を壊しに出てきた雛鳥たちの羽ばたきを、冷徹な、しかしどこか見届けるような眼差しで確認すると、音もなく闇の中に消えていった。

               ♠

第六章:卒業

卒業式を一週間後に控えた日、校長と寺尾は3組の生徒全員に最後通牒を突きつけた。

「いいか、卒業式は学校の公式行事だ。当日、マスク着用に従わない者は体育館への入場を一切認めない。卒業証書も渡さない。……どうしても出たければ大人しく従いなさい」

2021年3月。式当日。

3組の生徒たちは全員がマスクを着用し、静かに体育館の椅子に座っていた。

いよいよ、卒業証書授与が始まった。

「6年3組、進藤龍二」

寺尾に名前を呼ばれ、進藤が壇上に登った。校長の目の前に立ち、証書を受け取るために一礼する、その直前。

進藤は迷いのない動きでマスクを外した。

そのまま、むき出しの素顔で校長を真っ向から見据えた。

「なっ……」

校長が絶句する。だが、進藤は動じない。

「……ありがとうございました」

彼は差し出されていた卒業証書を、自らの意志で、力強く受け取った。

それを合図に、3組の生徒全員が一斉にマスクを外した。

一人、また一人と名前を呼ばれるたびに、彼らは素顔で壇上に上がり、堂々と証書を受け取っていく。

静まり返っていた体育館に異変が起きた。

保護者席から、ポツリ、ポツリと拍手が上がり始めたのだ。

今まで子供たちを縛り付けてきた親たちが、壇上で輝く我が子のあまりにもたくましい素顔を見て、心動かされたかのように。

拍手は次第に大きくなり、やがて体育館全体を包み込む大きなうねりとなった。

式を終え、証書を手に校門を出ようとした生徒たちは足を止めた。

校門の外に、阿久津真矢が立っていた。

生徒たちは真矢の正面まで歩み寄ると深く一礼した。

真矢は、教え子たちの晴れやかな顔を一つ一つ見渡し、最後に出入り口の門柱を指差した。

そこには、チョークで整然と、一分の乱れもない美しい筆致でこう書き残されていた。

【卒業おめでとう】

真矢はそれ以上何も語らず、翻って雑踏の中へ消えていった。

生徒たちは、その言葉を焼き付けるように見つめた後、それぞれの未来へと歩き出した。

(悪魔の教室【Director's Cut Ver.】 完)


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