七囚人『災厄の狐』(成り代わり転生者)   作:百合って良いよねって思う

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エタったと思った?今までのペースがおかし過ぎただけなんだよなぁ。


遥か遠い、未来を求めて

「もう一度だけ聞くぞ……あんた、『災厄の狐』だろ?」

 

 ミレニアム外郭部。周囲に人気はなく、そこにいるのは対面する二人の少女のみ。

 

 その片方は、ミレニアムが誇るエージェント集団『Cleanig&Clearing』のコールサイン・ダブルオー……美甘ネル。彼女は相対している百鬼夜行の生徒を前に、自信有り気な微笑みと共に、銃を構えていた。

 

「……まさか、人違いではないでしょうか?(わたくし)は、藻女(みずくめ)ユウヒと申します。確かに、貴女がおっしゃっている『災厄の狐』――ワカモの親戚ではありますが……彼女と(わたくし)は、れっきとした別人ですよ」

 

 ネルの前にいる、狐の耳を生やした百鬼夜行の生徒は、穏やかな笑みを崩さずに、飄々とそう返す。彼女の言葉は、ネルには嘘を言っているようには聞こえない……が、本当のことを話しているようにも聞こえなかった。

 

 構えた銃口を目の前の『ユウヒ』と名乗る少女から外すことなく、獰猛に口角を上げる。

 

「嘘だな……いや、『嘘ではねえが、本当のことも言ってない』って感じか?」

「…………うふふ、流石にこれ以上は、誤魔化せませんね。何故わかったのでしょうか?……少なくとも、(わたくし)の素顔はあまり知られていなかったはずですが」

 

 彼女のその様子を見て、誤魔化すことは不可能だと悟ったユウヒは、懐からいつも身に着けている狐の面を取り出し、それをいつも通り顔を覆い隠すように着けた。そこには確かに、ネルが言う通り『災厄の狐』と呼ばれる少女がいた。

 

「歩き方だよ。前に見た『災厄の狐』と同じ歩き方をしていた。普通の奴にはわかんねえだろうが……あたしの目は誤魔化せねえ」

「なるほど、歩き方ですか……それは盲点でしたね。尤も、貴女のようにそれだけで(わたくし)を看破できる者がいるとは、考えにくいですが。それで、何か御用でしょうか?見ての通り、今はプライベートなのですが……もしかして、(わたくし)を捕まえに?」

「まさか、そんなのに興味はねえよ。あたしとしても、あんたが悪人だとは思ってねえしな。ただ、『キヴォトスでもトップクラスの実力を持つ生徒』だなんて言われてる奴と出会っちまったら……戦いたくなるだろ?」

 

 ネルは直感的に、ワカモの『破壊を楽しむ性格破綻者』という噂を、嘘であると見抜いていた。加えて、こうして初めて相対して、彼女は自分の直感は間違いではないと確信を得た。その直感を裏付けるように情報が揃えられている事実もあるが、それを抜きにしても、今の彼女自身にワカモを捕らえるつもりなど毛頭ない。

 

 しかし、それは戦いたくないということと同義ではない。むしろ『キヴォトス最強の一角』として、ゲヘナの風紀委員長やトリニティの正義実現委員会委員長と比肩して語られることの多いワカモと、戦いたいとすら思っていた。

 自分と対等に戦えるかもしれない存在。しかも相手はどれだけ善人でも世間的には犯罪者。政治的な理由を含めた様々な事情で、簡単には戦うことの出来ない空崎ヒナや剣先ツルギとは違い、こちらから仕掛けても何も言われない。まさにうってつけの相手である。

 

「…………貴女と同じにしないでください。(わたくし)にそういった趣味はありません」

 

 そんなネルへと呆れるように言葉を零しながら、ワカモは背負っていた『真紅の災厄』に手をかける。カモフラージュのためにデザインを変えてはいるが、それは確かに彼女の手によく馴染んでいた。

 

「そうかよ……でも悪いな。こうして出会っちまったんだ……付き合ってもらうぜ?『災厄の狐』!!」

 

 ネルはそれを見て、愛銃である『ツイン・ドラゴン』の引き金を引いた。銃声が鳴り響き、辺りのコンクリートには無数の穴が開く。ワカモは彼女の発砲と同時に大きく動き出し、遮蔽物に身を隠したために一発も被弾していないが、もし当たっていればそれなりにダメージを負っていただろう。

 

 相手が普通の生徒であったのなら、あり得ない。例え回避を選択しなかったとしても、ワカモにダメージを与えることは困難だ。それだけ、美甘ネルが脅威であることを示していた。

 

「…………予定通り、釣れましたね。では、時間稼ぎといきましょう」

 

 彼女はそれだけ呟くと、相対する最強格の一人に意識を集中させる。その手に収まる、愛する者から借り受けた銃(『真紅の災厄』)の確かな安心感と共に、ワカモは遮蔽物から身を乗り出し、圧倒的な存在感を放つ小さなメイドへと狙いを定め、その引き金を絞った。

 

 こうして、ミレニアムサイエンススクールの『約束された勝利の象徴』と、七囚人でも最強と目される『災厄の狐』との戦闘が始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そもそも、何故ワカモとネルが相対し、戦闘をしているのか。その原因は、ゲーム開発部が『廃墟』から帰還し、ヴェリタスの部室を訪れたところまで遡る。

 

 

 

 

 

「まさかヴェリタスと組んで、生徒会を襲撃するつもり!?」

 

 ヴェリタスの部室に、ミドリのそんな叫び声が響き渡る。

 

 モモイ達はヴェリタスの部室にて、彼女達が持ち帰ってきた『G.Bible』のファイルの解析の結果の報告を受けていた。結論から言えば、『G.Bible』のファイルは本物(オリジナル)ではあるが、パスワードの解析は出来ていない。

 

 数えきれないほどのシステムやデータの復旧を行ってきた、キヴォトス最高のハッカー集団を自負するヴェリタスでも、できないことはある。しかしながら方法がないというわけではなく、彼女達が『鏡』と呼ぶツールさえあれば、解析は可能だというのが小塗(こぬり)マキの見解だ。

 

 『鏡』さえあれば、『G.Bible』を読むことができる……そう期待に胸を膨らませた(アリスとワカモを除く)ゲーム開発部一同だったが、その『鏡』はどうやら生徒会に押収されてしまったらしいという話を聞き、がっくりと肩を落とした。

 

 そもそも『鏡』とは、正式名称を『Optimus Mirror System』という、暗号化されたシステムを開くのに最適な世界に一つしかないツールである。作成者はヴェリタスの部長であり、ミレニアムでも史上三人しか取得していない『全知』の学位を取得した、本物の天才である『明星(あけぼし)ヒマリ』。そんな彼女が作成しただけあり、その性能は高い。それこそ、他校の最重要機密ですらデバイス上にあれば盗み出すことも可能だろう。セミナーがそんな危険物を警戒して押収するのは、至極当たり前のことだと言える。尤も、この『鏡』の押収はセミナーの会長とヴェリタスの部長が手を組んで、アリス(名もなき神々の王女)の様子を伺うために仕組まれたものであることを、ワカモは正しく理解していた。

 

 正直な話、彼女が作り上げたハッキングツールなど厄ネタが満載の代物でしかないのだから、アリス云々の事柄がなかったとしても押収されるのも当然の話なのでは、とワカモは思っているが。ヒマリという生徒はイタズラ半分で、気軽に様々な所へハッキングを仕掛ける。そんな彼女のせいで、ワカモは自身の持つ知識を保存することをデバイス上で行うことが出来ず、常に持ち歩いているメモ帳に何重にも物理的かつ神秘的な施錠を施したものを使用することで対策するという、無駄な苦労をさせられたのだ。特に自身の神秘を用いた施錠方法の確立にはかなりの時間を費やし、結果的に莫大な資金とオーパーツを使用することで何とか作成することが出来た。

 

 明星ヒマリさえいなければこのような苦労もしなくて済んだのだと思うと、彼女は自然とヒマリに対して恨みを募らせている。割とクソガキな性格なのも、無関係ではないだろう。ゲームのキャラクターとしてなら個性的で魅力のある人物なのだが、現実となると途端に厄介極まりない存在になる……それがワカモから見た、明星ヒマリという生徒の評価である。

 

 故にほとんど私怨ではあるが、彼女は『鏡』没収を正直「残当(残念でもないし当然)」としか思わなかった。

 

「まあ、ちょっと問題があるんだけどね」

「問題?」

 

 話を戻すが、そんな『G.Bible』解析に必要な『鏡』は現在セミナーが回収してしまっている。ヴェリタスは『鏡』を取り戻したいし、ゲーム開発部にとっても『G.Bible』のパスワードを解くために『鏡』は必要。そういった利害の一致から、前述したようなミドリの叫びに繋がるわけである。

 

 彼女達の目的は同じであり、手を組まない理由など存在しなかった。

 

「『鏡』は生徒会の『差押品保管所』に保管されてるんだけど、そこを守ってるのが実は……メイド部、なんだよね」

「ああ、C&Cのことだよね?ミレニアムの武力集団、メイド服で優雅に相手を『清掃』しちゃうことで有名なあの……」

「そうそう!まあ些細な問題なんだけどさ~」

「そっか~!そうだねー、うーんなるほど~……………………

 

 

 

 

 

諦めよう!!!ゲーム開発部、回れ右!前進っ!!」

 

 …………マキの言う『問題』が大きすぎてたった今、モモイは諦めて帰ろうとしているが。

 

「待って待って待って!諦めちゃダメだよモモ!『G.Bible』が欲しいんでしょ!?」

「そりゃ欲しいよ!でもだからって、メイド部と戦うなんて冗談じゃない!そんなの、走ってる列車に乗り込めとか、燃え盛る火山に飛び込めとか、七囚人に喧嘩を売ってこいって言われた方がまだマシ!!」

「……うふふ、七囚人は話の通じない方ばかりなので、メイド部の方々の方が遥かにマシだと思いますよ」

「ユウヒ、あまり自分を悪く言うのは良くありません!ケイにもワカモにも怒られてしまいます!…………確かに、仮にモモイがワカモに喧嘩を売ったら……生存ミッションすら、難しいかもしれませんが」

 

 メイド部――C&Cは、ミレニアムの生徒会であるセミナー直轄のエージェント集団である。その戦闘力はミレニアムでも堂々のトップで、彼女達の『ご奉仕』によって壊滅させられた過激団体や武装サークルは数え切れない。『最後には痕跡すら残さず、綺麗に掃除される』というのは、有名な話だ。

 

 余談ではあるが、彼女達C&Cと『災厄の狐』と呼ばれる狐坂ワカモは、度々比較されることがある。そもそもC&Cはエージェント集団であり、テロリストや犯罪者集団ではないのだが……それは置いておくとして。両方とも大規模な破壊を行っている、という点で両者は比較されており、単独であること、C&Cと異なり他者に徹底的な恐怖の印象を与えることから、破壊においてはワカモの方に軍配が上がるというのが一般的な評価だ。

 

 もう一度言うが、C&Cはテロリストでも犯罪者集団でもない。エージェントである。それでもなお破壊を本職とするワカモと比較されている現状に、セミナー会計担当の皆大好き早瀬ユウカは頭を抱えていた。どこからか噂を聞きつけたネルが、ワカモに負けてはいられないと、任務での破壊をより大規模に行うようになったからだ。そのため賠償金の額も馬鹿にならないほどに膨れ上がっており、ユウカの敏腕経営により何とか原作と同じ程度の運営資金を維持している状態。原作よりもユウカがC&Cにキレる頻度が遥かに上がったのは、言うまでもないだろう。

 

 そんな集団と戦うなんて、モモイからすれば心の底から御免だった。彼女達は戦闘集団ではないのだ、流石に勝ち目がなさすぎる。

 

「で、でもこのままじゃあたし部長に怒られ……じゃなくて!ゲーム開発部も終わりだよ!このままじゃ廃部になっちゃうんでしょ!?」

「廃部は嫌だけど……でもこれは、話の次元が違う」

 

 確かに、部活は守りたい。ゲーム開発部は自分達の居場所であり、大切なものだ。しかしモモイにとっては、ミドリやユズ、アリスの方が圧倒的に大事。故にC&Cが護衛するセミナー襲撃には、いくらヴェリタスの協力があるとはいえ反対であった。

 

「待って待って、C&Cが危険なのは分かってるって!でもあたし達はゲヘナの風紀委員会でもなければ、トリニティの正義実現委員会でもないんだから、何も真正面から喧嘩しようってわけじゃないよ」

 

 そんなモモイを、マキは必死に説得する。曰く、メイド部を倒すのではなく『鏡』さえ回収できれば良いのだと。モモイからすれば、そこに何の違いがあるのか分からなかった。彼女からすればマキの言っていることは、難易度LunaticかTormentかの違いでしかない。せいぜいがエクストリーム程度のモモイ達からすれば、遥か上の領域だ(強さに関しては諸説あるが、何となくのイメージが出来ればそれで良い)。

 

「そ、そうだ!わか……じゃなくて、ユウヒ!ユウヒがいればどうにかなるかもしれない!!」

 

 しかしその瞬間、モモイに天啓が下りた。

 

 そうだ、ワカモに手を貸してもらえば良いじゃないか、と。

 

 ワカモの実力はメイド部と真正面から戦えるほどの高みにある。そんな彼女がいるなら、今回の作戦も成功する可能性は高くなると踏んだのだ。

 

「えっと、期待していただいている所申し訳ないのですが……(わたくし)はセミナー襲撃には協力できませんよ?」

「なんでええぇぇぇ!?」

 

 ……そんな彼女の幻想を、ワカモは見事に打ち砕いた。

 

「百鬼夜行の生徒である(わたくし)がセミナー襲撃に協力してしまえば、『外交問題』として百鬼夜行に迷惑が掛かることになります。流石にそんな迷惑を掛ける訳にはいきませんから」

 

 もしもここにいたのが『狐坂ワカモ』であったなら、彼女は喜んで協力しただろう。『災厄の狐』がいくら暴れたとて、最早今更であり誰も気に留めない。百鬼夜行にだって、大した迷惑は掛からない。

 

 しかしながらここにいるのは七囚人である『狐坂ワカモ』ではなく、『ただの百鬼夜行の生徒』である藻女ユウヒだ。この状態でセミナーに襲撃を仕掛ければ、いくらシャーレの言い訳があったとしても百鬼夜行に迷惑が掛かりかねない。『藻女ユウヒ』という生徒が偽造された学籍であるということがバレてしまうという危惧もあったが、それ以上に後輩であるアヤメとナグサに迷惑が掛かるのを、ワカモは良しとしなかった。

 

「ユウヒ……手伝って、くれないんですか?」

「うっ………………いえ、ダメです!!いくら、アリスのお願いだとしても……っ!」

 

 不安そうな顔をしているアリスからの懇願があっても意見を変えないほど、その決意は断固なものだった。実際には「手を貸してはいけない」と言う天使と、「アリスのお願いだから」と言う悪魔が頭の中で、体感時間三日ほどの激しい葛藤を繰り広げた末になんとか天使が勝ったのが真相だが。

 

「うん、じゃあ無理だ!諦めよう!!」

 

 彼女が溺愛しているアリスの懇願でも意見を変えないのなら、モモイ達に打つ手はもうない。諦めて帰ろうと、彼女達は歩きだそうとしていた。

 

「……待って、モモイ。今回に限っては、可能性のない話じゃない」

「私の盗ちょ……情報によると、現在のメイド部は完全な状態ではありません」

「えっ?」

 

 そんな状況の中、ハレとコタマは彼女達にとって耳寄りな情報を出す。

 

 語るまでもないだろうが、『C&C』がミレニアム最強の武力集団と言われる由縁は、コールサイン・ダブルオーである『美甘ネル』の存在が大きい。

 

 しかし現在、そんなネルは個人的な用事でミレニアムの外郭へと出向いており、今回の作戦で彼女を考慮する必要はないというのだ。厳密に言えばネルは『守ること』ではなく、ワカモのように『壊すこと』に特化した人物なのだが、それでも相手にするというだけで脅威となる。

 

 故にネルがいないセミナーの防衛の現状は、ゲーム開発部とヴェリタスにとって、これ以上ないほどの追い風だった。

 

「正面戦闘を避けて、『鏡』だけを奪って逃げる……う~ん……」

 

 だから、この作戦も成功する可能性は高い。しかしいくらネルがいないとはいえ、相手はメイド部。あらゆる可能性を天秤にかけた上で、モモイは渋っていた。

 

「…………やってみよう、お姉ちゃん」

 

 そんな姉へと向かって、決意を固めたミドリはそう言った。

 

 このままゲーム開発部を失うわけにはいかない。確かに部室はボロボロで、狭く、稀に雨漏りもする。

 

 しかしミドリにとって――否、ゲーム開発部にとって。あの部室は、ただ集まってゲームをするだけの場所ではない。みんなで一緒にいるための、大切な場所なのだ。

 

「少しでも可能性があるなら……私はやってみたい。ううん、もしメイド部と対峙することになっても、それがどれだけ危険だとしても……!守りたいの。アリスちゃんのために、ユズちゃんのために……私達、全員のために!」

「ミドリ…………」

 

 覚悟を示すミドリに続くように、アリスもまた口を開いた。

 

「アリス達なら、きっと出来ます。今まで沢山の冒険をしてきました……数えきれないくらい、沢山。だから、アリスは知っています……勇者達が魔王を倒すために必要な、一番強力な力を」

「一番強力な力……レベルアップ?あ、装備の強化?」

「盗聴ですか?」「EMPショックとか!?」

「違います………………一緒にいる、仲間です。仲間がいれば、勇者は……いえ、アリス達は、なんだって出来るんです。それが例え、どれだけ無謀に見えようとも」

 

 彼女は知っている。仲間がどれだけ自分に力をくれるのか。仲間を、居場所を失うことが、どれだけ苦しいことなのか。

 

 モモイ達には、色んなことを教わった。ゲームの楽しさから、何から何まで。今のアリスを構成しているその根幹には、確かに彼女達の存在があった。

 

 だから、アリスはそれに報いたいのだ。彼女達は憶えていなくとも、確かにアリスの中には、モモイ達から贈られたものがあるのだから。

 

「…………うん、よし。やろう!生徒会に潜入して、『鏡』を取り戻す!」

 

 そして、アリスとミドリの言葉を聞いたモモイは奮起する。

 

 彼女達の作戦は、きっと上手くいく。アリスもいるし、頼れる仲間もいる。それを知っているワカモは、邪魔にならぬように静かにヴェリタスの部室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこへ行くんですか、先生?」

 

 部室を出てしばらく、ワカモの背後から声が聞こえる。それはとても聞き慣れた、天童アリス(愛する少女)の声だった。どうやら作戦会議を少しの間だけ抜け出してきたようだ。

 

「…………少し、外せない用事があってね。夜までには戻るから、心配しないでよ」

「ネル先輩の所に、向かうんですよね?」

「……………………そっか、バレてたか」

 

 誤魔化すことに失敗したワカモは、困ったように眉を下げながら、アリスを見据える。一方のアリスもまた、ワカモのことを心配そうに見つめていた。

 

「アリスには、分かります。先生は、『前』と同じ道筋を辿りたいんですよね。そのために、敗北イベントのエネミーであるネル先輩の対処をする……そう、なんですよね?」

 

 彼女は知っている。ワカモが『前』と同じ道筋を出来るだけ辿ることを意識していることを。もちろん、同じように行くわけがないということも理解している。それでもワカモは、同じ道筋を辿らなければ、不安なのだ。

 

 今までワカモが行ってきた改変は、その全てが好転することを期待してのものである。アヤメとナグサの問題も、梔子ユメの救済も、あらゆる可能性を加味してなお、賭けるに値すると判断できた。

 

「…………ゲーム開発部は、存続しなくちゃいけない。それと同時に、リオとヒマリにアリス達の存在を知らしめることも必要。そうしないと……キヴォトスがどうなるか、分からないから。これで何もしないでいて、ネルが予定よりも早く現れて、失敗でもしたら……(わたし)は、(わたし)を許せなくなる」

 

 しかしゲーム開発部の失敗とはすなわち、世界の崩壊に直結するものである。デカグラマトンも、あまねく奇跡の始発点も、彼女達の存在なしでは成立すらしない。故にワカモがネルを相手する理由は『アリスの居場所を守る』というものだけではなく、そういった打算的な理由もあるのだ。

 

「それは、分かります。そうした方が良いってことも…………でも、不安なんです」

 

 そのことを、理解は出来る。納得も…………しかしアリスは、不安だった。

 

「離れたら、また……いなくなるんじゃないかって。そんなことがないのは分かってます。今の先生は、アリス達よりも強いです。ネル先輩と戦っても、勝てる可能性があるくらいには。それでも…………怖いんです」

 

 離れていくワカモ――否、()()()が、帰ってこないのではと。一度失ってしまったから、怖いのだ。また失ってしまうことが。

 

「だから、約束してください……無事に、戻って来るって」

「…………うん、わかった。約束するよ……ちゃんと、アリスとケイの元に帰るから」

 

 それでも、アリスはユウヒの行動を尊重したかった。だから『約束』をしたかった。先生は、生徒との『約束』を破らないから。

 

「じゃあ、行ってくるね」

「はい、いってらっしゃい。アリスは、クエストをクリアして待ってます……先生」

 

 そうして、二人は歩き出した。アリスは来た道を戻り、『鏡』を手に入れるために。ユウヒは、ネルという最大級の不確定要素を相手するために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミレニアム外郭地区。惜しげもなく素顔を晒しながら、ユウヒはチンピラの対処をしつつ歩いていた。付近の監視カメラをハッキングし、この辺りにネルがいるであろうことは把握している。

 

「…………いた」

 

 誰にも聞こえない、自身の耳にも届かないであろう程に小さくそう漏らした彼女の視線の先には、目標であるネルがいた。

 

 おそらく用事が終わり帰る頃なのだろうか、ミレニアムの方向へと向かって歩いている。このまま行けば、想定よりも早い段階でミレニアムに着いてしまうだろう。

 

「すみません、そこのメイドさん。少々よろしいですか?」

「……あん?あたしになんか用か?」

 

 それを防ぐために、ユウヒは一般人の振りをしてネルに近付いた。「目的もなく歩いていたので、道がわからなくなってしまって」と、今は朧げになってしまったアリスとの思い出を思い出すような言い訳をすれば、ネルはため息を吐きながらも付き合ってくれるようだった。

 

「んで、どこに行きたいんだよ?」

「付近に『――――』というお店はありませんか?その辺りでしたら何度か来たことがあるので、そこまで案内していただければ」

「…………遠いな。しゃあねえ、ついてきな」

 

 ネルの問いに、ユウヒは外郭部をぐるっと回るように移動する必要のある場所にある、カフェの名前を答える。この辺りの地形は頭に叩き込んであるため、そのくらいは造作もないことだ。ネルも特に疑問を持たず案内してくれるようで、「戦闘しなくても時間稼ぎ出来るな」とユウヒは思っていた。カフェに着いたら、お礼として奢ると強引に誘えば、更に時間を稼げるだろう。

 

「……あんた、百鬼夜行からか?珍しいな」

「ええ、まあ。(わたくし)は様々な場所を周っていますが……確かに、遠方に赴く方はあまりいないですね」

 

 行く途中で適当な雑談を挟みながら、ユウヒはネルに付いていく形で目的の場所へと向かう。

 

 しかし、道半ば……付近に人影が完全になくなった所で、ネルは振り向き、ユウヒへと持っていた銃を突きつけた。

 

「…………その銃は、一体どういうつもりですか?」

「あんまり惚けんなよ……何が目的かは知らねえが、『道に迷った』なんて、嘘だろ?なあ……『災厄の狐』」

 

 そう言ったネルの瞳には、彼女の純粋な闘争心が、こちらにもありありと伝わってくるほどに籠っていた。




・成り代わりワカモ
原作通りに進めることに固執というか、ある程度のこだわりがある。情報を集めて様々なルート分岐を考えた結果、ミレニアムは原作通りが最適解だと思った。逆に百花繚乱やユメ救済は最悪リカバリーが効くと判断したために実行した(ユメ救済は完全に想定外だったけど)。
ネルと戦って勝てるかは、完全に五分五分。どれだけ自分の得意を相手に押し付けるかによって勝敗が決まる。

・天童アリス
成り代わりワカモが離れることに不安を感じた。失った記憶があるから、またそうなってしまうのではないかと、頭の片隅では思ってる。
一先ず『約束』を取り付けることで、なんとか成り代わりワカモを送り出せた。
精神が不安定な成り代わりワカモの影響を受けているため、親が離れ子供が一人きりになった時のような若干の精神不安がある。

・天童ケイ
今回はタブレットの中で復旧に勤しんでいた。
ヴェリタスが「解析していい?」って言って成り代わりワカモが静かに圧を放つシーンを書こうと思ったけど、没になった。
アリスほどの精神不安さはない。ただ成り代わりワカモのことはどうにかしなければならないと思ってる。

・美甘ネル
スカジャンを着たチビメイド先輩。敗北確定イベントのエネミーのため、原作以外の方法で作戦途中で出会ったら即終了、即世界崩壊。それを防ぐために成り代わりワカモは彼女の相手をする。
実は時間稼ぎをしなければ成り代わりワカモの危惧通りの展開になっていた可能性が高い。アリスがどうなるかは分からないが、少なくともゲーム開発部はなくなっていたと思われる。





成り代わりワカモの諸々の問題が解決すれば自動的にアリスやケイの不安も消えるので、アリスとケイには早急に成り代わりワカモの問題を解決してほしい所ですね。そんなすぐに解決できる問題ではありませんが()
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