七囚人『災厄の狐』(成り代わり転生者)   作:百合って良いよねって思う

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貴女だけが、どこにもいない。だから私(わたし)は、私(わたし)を赦せない。


彷徨う狐は安息の地で幸福の夢を見る

「遅かったですね、先生。もうアリスも眠ってしまいましたよ」

 

 ワカモとネルの戦闘から数時間が経ち、深夜。一度ミレニアムの拠点で消耗品の補充と、銃の軽いメンテナンスを行ってから、ゲーム開発部の部室へとやって来ていたワカモは、ピンク色の瞳と、本来のヘイローとは左右対称で、瞳と同色のそれを持つアリス――彼女の体を借りた、天童ケイに出迎えられていた。

 

 夜更けも夜更けのため、アリスはもう寝てるだろうなと思っていたワカモは、ソファに座ったケイのその姿を見ると、顔にパッと笑顔を咲かせ、凄まじい速度で彼女へと近付き、おもむろに彼女のことを撫で始める。

 

「ケイちゃん!復旧終わったんだ、早かったね!」

「ちょっ、先生っ!?急に撫でるのはやめてください!」

 

 彼女にとって、ケイの姿は白髪のものがイメージとして先行していたため、こうしてアリスの体を借りていることに、珍しさを感じていた。恐らくはアリスが眠っているからだろう。今日を逃せば、次に彼女が出てくるのがいつになるか分からない。故にワカモはこの機会を逃す事なく、満喫する魂胆だった。

 

 対するケイも、形ばかりは抵抗しているものの、その表情は満更でもないように見える。それを見たワカモは、撫でる手を止めることなく、彼女の髪が崩れるくらいにわしゃわしゃと手を動かす。

 

「他の皆はどうしたの?」

「モモイとミドリは寮に帰りました。ユズはロッカーで寝てます。アリスも少し前までは起きてましたが……疲れからか、今は眠ってしまいました」

 

 しばらく撫でて満足したのか、ワカモはケイの頭を撫でるのをやめると、彼女を自身の膝の上に乗せてそう質問する。それと同時に、乱れた髪を直すように、どこからか取り出した櫛で、ケイの長い髪を丁寧に梳かし始めた。

 

 無事にセミナーから『鏡』を奪取したゲーム開発部は、疲れていたためにヴェリタスに『G.Bible』の解析を依頼すると、満場一致で休むことを決めた。才羽姉妹は寮へ帰り、過去の出来事から寮へ帰りにくいユズと、まだ入寮の手続きが済んでいないアリスは部室へ。ユズはそのままロッカーへ慣れたように入ると、そこで眠りに就いた。その眠りは深く、もし騒いでも早々起きないであろうことを、ケイは把握している。

 

 その中で、モモトークでワカモが無事であることは知っていたが、そのことを自分の目で確かめたかったらしいアリスだけは、「先生が帰ってくるまで起きています」と言って起きていた。しかし経験したことのある襲撃だったとしても、思いの外緊張したのか、或いは純粋な疲労からか次第にウトウトし始め、ワカモが帰ってくる二十分ほど前には、完全に意識が落ちてしまったのだ。アリスの中で意識を保っていたケイは、彼女の代わりにワカモを迎え入れるべく体を借り、今に至る。

 

「……そっか。やっぱり、心配させちゃったかな」

「当然でしょう。モモイ達は気付いていなかったようですが、貴女が行ってしまってから、アリスはずっと不安そうでした。……私だって、同じです」

 

 アリスとケイにとって、ユウヒを失うことほど恐ろしいことはない。一度失ってしまったからこそ、再びそれが訪れるのが怖いのだ。

 

 もしも、また失ってしまえば……今度こそ、アリスは壊れてしまうかもしれない。ケイ自身だって、どうなるか分からない。

 

「あまり、無理はしないでください……先生まで居なくなるのは、嫌ですから」

「……………………」

 

 静かにケイの口から放たれた言葉に、ユウヒは何かを返すことが出来なかった。似たような台詞を、聞いたことがある。しかし彼女が声にしたそれは、記憶に残る照れ隠しを含んだ優しい声色ではなく、何かに怯えるような、縋りつくようなものに聞こえたからだ。

 

 髪を梳かす手が少しだけ遅くなり、静寂が二人を支配する。

 

「……無理は、してないよ」

 

 やがてユウヒが声にしたのは、そんな言い訳のような言葉だった。

 

 「……先生は、いつもそうです。無理をしてるのに、平気な顔をして「大丈夫」と言って、私達のことも、全部一人で抱え込んで。誤魔化さないでください……少しくらい、私達を頼ってください……!」

 

 無論、そんな言葉がケイに信じられるはずもなく。むしろ、彼女の感情をより一層刺激した。

 

「誤魔化してなんか」

「先生、上手く寝れてないですよね」

「…………っ!……なんで」

「わかりますよ。疲れが顔にも、動きにも出ていますから」

 

 例え全く同じ容姿であろうと、人が変われば表情や動作に細かい違いは出るものだ。ここにいるワカモは、確かにワカモの姿をしているが……同時に、ユ(・)ウ(・)ヒ(・)は(・)ワ(・)カ(・)モ(・)で(・)な(・)い(・)。だからこそ、アリスもケイも、一目見てワカモがユウヒであることを見抜いていた。

 

 あまりにも自然に隠された、彼女に蓄積している疲労は、普通なら気付けないだろう。しかしその僅かな疲労の気配を、ケイは確かに捉えていた。それは、本来のワカモと任務を共にし、ユウヒという人物を知っている彼女だからこそ気付けたものだ。

 

「アリスだって、気付いてます。もしかして、自覚ないんですか?」

「………………それは」

「そこで言い淀むということは、自覚していますね?」

「……………………」

 

 ジトっと、振り返ったケイの眼つきが鋭くなり、ユウヒのことを睨む。いつの間にか髪は梳かし終わっており、ユウヒの手に握られていた櫛は、既に元在った場所にしまわれていた。

 

 彼女自身、無理をしている自覚はある。愛したこの世界が滅ばないようにするためには、多大なる知識と技術、情報が必要だ。それを手に入れるためには、とにかく時間を費やさなければならなかった。誰にも頼ることなく、たった一人で。

 

 幼い頃から止まることなく進んできたユウヒは、とっくの昔から限界すれすれの綱渡りをしているに等しい状態だ。

 

 罪悪感から、上手く眠れていることも少ない。「そんなことはない」と頭では理解していても、ワカモに責められる悪夢を見てしまうから。訪れることを望まない、滅びの夢を見てしまうから。昔と比べればマシにはなったが、それでも依然、彼女の睡眠の浅さは原作の小鳥遊ホシノに並ぶほどだ。

 

 アリスとケイはそういった『一人で無理をしている』『上手く眠れていない』という事実を、正しく把握していた。

 

「はぁ……そうやって、都合が悪くなると押し黙る所は、変わらないですね」

 

 そう言うと、ケイはユウヒに抱き着いて、そのままソファの上へと共に並んで寝転ぶ。ちょうど、昨夜のアリスとユウヒの立ち位置が真逆になったような態勢だ。

 

「ちょっ、ケイちゃん!?」

 

 突然の行動に、ユウヒは驚いて声を上げる。しかしケイはそんな抗議の声を無視して、彼女をぎゅっと胸元に抱き締めたまま、優しい声で語り始めた。

 

「今は……今だけは、全部忘れてください。貴女が背負っているもの、失ったもの……沢山、あると思います。ワカモのことも、私達のことも、これからのことも……沢山考えて、悩んでいるのでしょう」

 

 全てを把握している訳ではない。ワカモの命の上に立ち、更にアリスとケイのことすら背負おうとしている彼女と、ケイとでは立場も状況も違う。優秀な頭脳を持つケイですら想像もできない程に、ユウヒは悩んできたはずだ。

 

「それを、やめるなとは言いません。ただの言葉で止められるほど、軽いものではないということくらい、分かります。でもせめて、私達の前でだけは……何も背負わず、取り繕わず、ゆっくり休んで欲しいんです」

 

 それでも、自分達の前では何も背負わずに過ごして欲しい。また戻っていくのだとしても、少しでも安寧を享受して欲しい。

 

「じゃないと、先生は本当に……壊れて、しまいます。嫌なんです……もう、失いたく、ないんです……っ!」

「…………ケイちゃん」

 

 抱き締められているがために、ケイの顔を見ることは出来ない。しかしその声には嗚咽が混じっており、顔が見えなくても涙ぐんでいることは分かった。

 

 その事実がまた、ユウヒに途方もない罪悪感を与えている。生徒の命の上に立つ彼女は、常々『償いをしなければならない』と思っていた。そうしなければ、自分で自分を殺してしまいたくなるから。

 

 だから彼女は、未来が変化する可能性を許容してでも、周りのものを救ったのだ。

 

 百花繚乱での出来事も、偶然起きた梔子ユメの救済も、小鳥遊ホシノと日常を過ごしたのも。手が届くものだけでも良いから、何かを救いたくて。自分がいなくとも、彼女達が前を向いたであろうことは理解している。それでも、自分の手で救えた『証』が欲しかった。そうでなければ、いずれ自分を許せなくなる気がしたから。

 

 言わば、罪悪感からの逃避行動に近いものだ。純粋な気持ちもあった。後輩への優しさも、ホシノとの友情も、嘘は何一つない。しかしその中には少なからず、『自分のため』という思いも入っていたのだ。

 

「お願いです……先生…………っ!」

 

 それが、今度はまた別の生徒に心配を掛けている。

 

 ――休んではならない。まだ、償いは終わっていないから。まだ、為すべきことがあるのだ。お前(わたし)はまだ、壊れていない。

 

 ――このまま休むのが、アリスとケイのためだ。もしも壊れてしまえば、彼女達を守ることが出来ない。

 

 二つの矛盾した思考が、ユウヒの頭を支配した。

 

「………………っ」

 

 言葉に迷う。何かを言おうと口を開いても、それは音にすらならず、ただ息として消えていくだけだった。

 

 アナログの時計すらない、物音のしない静かな部室で、やけに自分の心臓の音だけが、耳に響いて聴こえる。

 

「………………本当は、ね」

 

 やがて、ユウヒは恐る恐るといった風に、ケイの背中に腕を回して、口を開いた。再度彼女の口から紡がれたものは、先ほどとは異なりきちんと声として、ケイの耳に届く。

 

「…………本当は……すごく、辛いの。私(わたし)のせいで――『私(わたし)のせいで、ワカモが死んじゃったんだ』って考えると、上手く休めなくて。私(わたし)は、この娘の全部を奪ったくせに、のうのうと生きてる……そんな自分が、許せないの。だから、進まないといけない……あの娘の代わりなんていないって分かってるのに、それが贖罪になるはずもないのに、あの娘を救えなかった分、救わないとって。それに……キヴォトスが滅ぶのは、嫌だから。より良いハッピーエンドを、目指したいから」

 

 誰にも明かすことなく押し潰した、心の奥底に抱えていたもの。それが、涙と共に自然と彼女から吐き出される。一度口にしてしまえば、止めることなど出来なかった。

 

「辛いことばっかりじゃないよ。救えたものもあった。ホシノと過ごす時間は、楽しいって思えてるし、アリスとケイと一緒にいる時も、幸せを感じてる…………でも、どこにも居ないの。どこにも、ワカモが居ない……どこを探しても、神秘の研究を進めても、ワカモだけが見つからなくて。その度に自分が嫌になって、休もうとすることすら許せなくて……」

「先生…………」

 

 ケイは哀しそうな声を上げながら、目の前の大切な人を安心させるために、より優しく、抱き締める力を強める。

 

「だけど私(わたし)、少しだけ、疲れちゃった………………今だけ、ゆっくり休んでも……許されるかな……?」

 

 ケイへと向けられた彼女のその呟きは、酷く震えた、消え入りそうな声だった。『災厄の狐』としての強かさも、『元先生』としての余裕もない。自分のことを許せない、それでも進み続けてきた一人の少女が、これまで誰にも吐き出すことのなかった、隠し通してきたありのままの弱音だ。

 

「許されますよ。ワカモもきっと、先生に休んで欲しいと思ってます。あの人は、そういう人ですから」

「…………うん、知ってる」

 

 静かに、ユウヒは目を伏せる。抱き締められた状態だと、ケイの鼓動の音が聞こえてきて、それが自分に安心を与えてくれる気がした。

 

「……ねえ、ケイちゃん」

「何ですか?」

「名前…………呼んで」

 

 ユウヒは、自分が『ワカモ』と呼ばれることにも、罪悪感を感じている。奪ってしまった、自分のせいで、と考えてしまうから。

 

「……ユウヒ」

 

 だからこそ、自分のことを『ワカモ』ではなく、『ユウヒ』と呼んでくれる二人が、彼女にとっては大きな救いになっていた。

 

 ケイの優しい声色に、ユウヒは自然と頬を緩める。

 

「呼び捨て、なんだね。少し、意外かも」

「……昔、ワカモに「呼び捨てでも構わない」と言われましたから……その延長で。嫌でしたか?」

「ううん。むしろ……嬉しい」

 

 そうして穏やかな空気で会話をしていると、次第にユウヒに眠気が襲ってきた。思考もままならなくなり、聞こえてくるケイの声も、内容がよく聞き取れず、心地の良い子守唄のようになっていく。

 

「――おやすみなさい、ユウヒ」

 

 何故かはっきりと聞き取れたその言葉を最後に、ユウヒのヘイローは完全に消えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ちゃんと、眠れてますね」

 

 ヘイローの消えた(眠っている)ユウヒが穏やかな寝息を立てているのを見て、ケイは静かに息を吐く。

 

 昨夜の彼女もアリスと一緒に寝た影響か、ヘイローは消えていたものの、今ほどきちんと眠れているとは言い難い状態だった。そもそも一日安眠できたとて、それだけで彼女が完全に回復できるとは到底思えない。

 

 これを期に、少しは自分を許せるようになって欲しいとは思うが、きっとその願いは叶わないのだろうと、ケイは何となく察していた。

 

「アリス、起きてますね?……流石に気付きますよ。変わりますか?え、今日は私が一緒に寝て良い?……ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」

 

 徐に、彼女はユウヒの頭を撫でる。長く美しい黒髪は、ケアを怠っていないことを証明するように、ケイの指の間をサラサラと流れていった。しかしその丁寧な手入れすらも、『ワカモの体だから』という理由で行っているのだろうということは、簡単に想像できる。

 

 ケイにとっては当たり前の『美容』という行為ですら、ユウヒにとっては贖罪の一環であるのだろうと思うと、また少し胸が締め付けられた。

 

 そうして優しく手を動かしていると、ユウヒの口から寝言が発せられる。

 

「……ん…………わか、も。ごめん、なさい…………わたしの、せい」

「…………はい、分かっています。アリス……共に背負いましょう。それが、『約束』ですから」

 

 涙の跡が残る顔や、彼女の寝言を見聞きしたケイと、その内にいるアリスは静かに覚悟を決めた。必ず、この人の罪を共に背負うことを。それが、彼女達が交わした『約束』であるから。

 

 勇者達の小さな決意は静かに、しかし確かに彼女達の胸に、刻まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふっ、ふへへへへ、全部終わった!おしまいだぁ!!!」

 

 セミナーへの襲撃から一夜が明け、太陽ももうすぐで頂点に昇る頃。ゲーム開発部の部室に、モモイのそんな叫び声が響き渡った。

 

 彼女の声が目覚まし代わりにでもなったのか、ユウヒはゆっくりと意識を浮上させる。いつもなら目が覚めてすぐに思考がハッキリするのに、今日はぼんやりとしたまま一向に働き始めないことに疑問を覚えていた。

 

「…………あ、ユウヒ。おはようございます!」

「……あり、す……?」

 

 重い瞼を開けて一番最初に目に入ったのは、こちらのことを横から覗き込んで来ているアリスの姿。ケイは彼女に体を返したらしく、ヘイローも瞳も、本来のアリスの色である碧色に戻っていた。

 

「はい、アリスです!」

 

 眩しいほどの笑顔を咲かせているアリスの返事を耳にして、ようやくユウヒは昨夜のこと……ケイと共に、ゲーム開発部のソファで眠りに就いたことを思い出した。それと同時に、頭が覚醒し始め、ゆっくりと現状を把握しようと動き出す。

 

 ふと後頭部に、柔らかさを感じた。枕の感触でも、ソファの感触でもない。今までに感じたことのない、不思議な感触だ。

 

「……えっと……なんで、膝枕?」

 

 アリスに膝枕をされている……そう理解するのに、時間は掛からなかった。

 

「好きな人が眠っていたら、こうして膝枕をするのが定番なんですよね!アリスは恋愛ゲームもプレイしていたので、知ってます!スチル獲得ですね、ユウヒ!」

 

 自身の問いに対する彼女らしい返答に、思わず目を細める。アリスが当たり前のように口にした『好きな人』という言葉は、ユウヒに気恥ずかしくも温かな気持ちを与えた。

 

 ――知ってはいた。知識として、彼女達が自分にそういう好意を持っているであろうということは。それでも、いざ実際にその好意を向けられると、戸惑うものもある。

 

 しかしそれ以上に、自身がアリスやケイに抱くものと似た感情を向けられて、自然と胸が軽くなったのだ。

 

「…………ふふっ、そっか。……重くなかった?」

「アリスはSTRの値が高いので問題ありません!例えあと二十人……いや、百人居ても余裕です」

「そ、それは面積的に難しいんじゃないかな……?」

 

 ユウヒは気恥ずかしさや戸惑いを誤魔化すように、言葉を紡ぐ。幸いなことにアリスから何か言及されるようなことはなく、そんな会話が続けられた。

 

 少しの時間、そのままの態勢でいた後に、ユウヒはようやく体を起こす。もう少し堪能していたい気持ちもなくはなかったが、流石に気恥ずかしさと罪悪感が勝ったからだ。膝枕を続けてもらうことを選べるほど、彼女の心は強くはない。

 

 しかしこのまま離れてしまうのは何だか名残惜しい気がして、ユウヒはアリスと肩をくっ付けるようにしてソファへと座る。彼女のさりげない行動に、アリスは表情をやわらげ、暖かい目線を向けた。

 

 そんなアリスの視線に気付くことのなかったユウヒは、ソファに座ってようやく、彼女の周りの様子に意識を向ける。

 

「…………それで、えっと……この状況は……?」

 

 すぐに目についたのは、項垂れ絶望していたり、泣きわめいているモモイ達。モモイは咽び泣き、ミドリは光を失った目で虚空を見つめている。ユズに至っては、青い顔で「憤怒、厄災、腐食、絶望、虚説……世界は今、破滅に向かって……」と、恐ろしい単語を並べているほど危険な状態だった。

 

「モモイ達は、『G.Bible』のせいで……」

「あぁ……なるほど」

 

 モモイ達はユウヒが起きたことに、全く気が付いていない。そもそも部室にいることすら忘れているのではと思えるほどの光景だった。

 

 事の発端は、今から二時間ほど前。ヴェリタスのマキから『G.Bible』の入った端末を受け取った後のことだ。

 

 彼女達は最高のゲームの作り方が記されているという『G.Bible』に期待を寄せ、意気揚々とファイルを起動した。だがそこに書かれていたのは、ゲームの作り方やノウハウなどではなく……

 

 ――ゲームを愛しなさい。

 

 ……という、たったの一言のみ。エラーやバグを疑っても、それすら作者は見越していたのか、ファイルにさえ『エラーではない』と否定される始末。

 

 同じところに入っていたケイに聞いても、『知りません』と素っ気なく返されてしまい、一筋の淡い希望すらも見事に砕かれてしまった。『G.Bible』の中身に期待していた彼女達は反転して絶望し、日課のデイリークエストをやる気力すら失っていた。

 

「…………とりあえず、モモイ達をどうにかしないとかな」

「説得ミッションですね!アリスに任せてください」

 

 アリスはそう言うと、ソファから勢い良く立ち上がる。その顔は自信あり気な表情をしていて、ユウヒは「彼女に任せればモモイ達は大丈夫だろうな」と確信できた。

 

「……あ、そうだ。言い忘れていました」

 

 しかし立ち上がってすぐに、アリスはソファの方へと振り返る。ぼんやりと彼女の背を眺めていたユウヒは、愛おしいものを見るような碧い瞳と、目が合った。

 

 一拍、呼吸を置いて――

 

 

 

「――おかえりなさい」

 

 

 

 優しい声が、紡がれる。

 

 彼女の口から発せられたそれは、いつもの朗らかさはない。静かで……だが確かに力強く、ユウヒの耳へと届いた。

 

 一瞬だけその言葉に、どう返事をすれば良いのか迷う。昨夜ケイから聞いた「不安そうにしていた」という話を思い出し、罪悪感がまた湧き上がった。

 

 しかし、アリスが求めているのは謝罪の言葉ではないということくらいは、ユウヒでも簡単に分かる。自分が彼女に求められているのは、当たり前で、普遍的で、どこで覚えたのかも思い出せないほどに馴染んだ……でもちょっとだけ、特別な言葉。

 

「…………うん、ただいま」

 

 形容しがたい複雑な感情を抱きながら、ユウヒは返事をした。その普通の光景が何だか感慨深くて、自然と二人の頬は緩む。

 

 不安が消えたわけではない。物事が何か解決したわけではない。

 

 未だにアリスはユウヒを――大切な仲間を失うことを、恐れている。本当なら、ずっと傍に居たい。傍に居て欲しい。そうでないと、泡沫のように消えてしまいそうに思うから。

 

 ユウヒのワカモに対する罪悪感もまた、何一つ変わることなく彼女の中に残っている。明るく振る舞っていたとしても、その内側はふとした拍子に壊れてしまいそうな、綱渡りの状態だ。

 

 名もなき神々の王女と、鍵としての問題もある。エデン条約も、『色彩』の到来も、百鬼夜行の怪談も、セトの憤怒も、デカグラマトンのことだって。

 

 やらなければならないこと、考えなければならないこと……それは終わりが見えないほどに、膨大だ。

 

 未来はまだ分からない。この一瞬も、最善を尽くさなければならない。目の前の少女を、この景色を、失いたくないから。

 

 ――それでも、今この瞬間だけは。

 

 再びモモイ達の元へと向かうアリスの背中を見て、胸が高鳴る。

 

(……あぁ…………やっぱり、大好きだな)

 

 ――少しだけ止まって、この夢に浸ってしまっても、許される気がした。




・成り代わりワカモ
ずっとずっと、自分のことが許せない人。何をしてもワカモの影がちらついている。
今話と、少し前のアリスと一緒に寝た時はちゃんとヘイローが消えてたけど、普段は眠りが浅いため、眠ってもヘイローが消えない。
ケイちゃんのセラピーで少し回復したけど、まだまだ綱渡り状態。
百鬼夜行に居た時に一回壊れかけたことがある。アヤナグの一件やユメ救済、ホシノとの日常があったためなんとかここまで来れた。
ケイやアリスの前で見せる明るさも嘘ではない。しかし幸せを感じた分、後で自分のことが嫌になるという面倒くさい精神性をしている。
髪や肌の手入れは自分のためではなく『ワカモの体だから』という理由で行っている。

・本物ワカモ
もしも生きてたら(その場合は多分成り代わりワカモと共に双子の姉妹として生まれた世界になる)この作品は曇らせ要素のない四人の百合百合青春物語になっていた。つまり曇らせ展開を作った戦犯。
でももしも成り代わりワカモが死んでたら普通に自害してると思うし、アリスとケイも後を追っていたため、普通にこの世界のキヴォトス救済のMVP。

・天童ケイ
成り代わりワカモの危うさを理解している。今のパーティーの中で精神が一番安定している娘。それでも内心では「先生を殺して、私も死にます!(照れ隠し)」じゃなくて、「先生が死ぬのなら、私も一緒に死にます(激重感情)」という考えをしていて、この娘もこの娘でだいぶ危うい。

・天童アリス
実は「……無理は、してないよ」の台詞の辺りから起きていて、会話を聞いていた。成り代わりワカモが傍にいない時、ケイしか気付けないくらいちょっとだけ不安そうにする。
成り代わりワカモが死んだら精神が崩壊するかもしれないくらい、危うい。生きてる限りは普通に勇者としてのメンタリティを発揮するので、成り代わりワカモが死なければ何も問題はない。





成り代わりワカモさんことユウヒさん、地の文で『ユウヒ』と書く時と『ワカモ』と書く時の境目が難しい。
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