個性名:円堂守(イナズマイレブン)   作:まだら模様

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第二話「ゴッドハンド」

# 神の手を継ぐ者

 

## 第二話「ゴッドハンド」

 

 雄英高校入試当日。

 

 守門大地は、試験会場の外に並ぶ受験生の列の中で、静かに右手を握り締めていた。

 

 春先にしては冷たい風が吹いている。空は高く晴れていた。

 

 周囲を見渡すと、思い思いに個性を試している受験生たちが目に入る。掌から小さな爆発を繰り返す男子。指先から電流を走らせている女子。壁を素手でよじ登っては降りている男子。誰もが強い個性を当然のように扱っていた。

 

 大地は右手を開いて、手のひらを見た。

 

 光は出ない。今はまだ。

 

(今日だ)

 

 九年間、毎日続けてきた。ブロック塀の前に立って、右手を突き上げて、何度も何度も叫んだ。光は出るようになった。形になりかけた。でも完成しなかった。

 

 それが今日、ここで、完成する。そう決めていた。

 

   

 

 受付を済ませて大講堂に向かう途中のことだった。

 

「あっ——」

 

 隣から短い声が聞こえた瞬間、誰かが大地の腕にぶつかってきた。

 

 慌てて支えると、茶色い短い髪をした女子が「ごめんね!」と顔を上げた。丸い頬。人なつっこい目。制服の袖が少しだけ乱れていた。

 

「大丈夫?」と大地が聞くと、女子は照れくさそうに笑った。

 

「うん! ありがとう。前ちゃんと見てなくて。緊張してたんやと思う」

 

「俺も緊張してる」

 

「そうなん? あんまりそう見えへんけど」

 

 大地は苦笑した。「中は結構ドキドキしてる」

 

「あ、私も! なんか試験前ってソワソワするよね」女子は大地の隣に並んで歩き始めた。気さくな人だと思った。「あなた、個性なに?」

 

「円堂守(イナズマイレブン)」

 

 女子はきょとんとした。「……イナズマイレブン?」

 

「数百年前のアニメ。そのキャラの技が使えるようになる体質」

 

「へえ! 面白い個性やね。あ、私は無重力(ゼログラビティ)。触ったものを無重力にできるんよ」

 

「強そうだ」

 

「どうかな〜。でも頑張る! お互い頑張ろうね」

 

 明るい笑顔だった。大地も少し肩の力が抜けた。

 

「ああ。頑張ろう」

 

 大講堂の扉が開く。受験生の波に乗って中に入ると、広い空間に数百人が集まっていた。

 

 その時、壇上のスピーカーから轟音のような声が響いた。

 

「受験生のリスナー、今日は俺のライヴにようこそーッ!! エヴィバデセイヘイッ!!」

 

 大地は思わず耳を塞いだ。周りでも何人かがびくりと肩を跳ねさせた。

 

 壇上に立っていたのは、金色の長髪に大型のマイクを持った派手な男だった。

 

「こいつあシヴィー! 俺はボイスヒーロー、プレゼント・マイク! 今日の試験の説明をサクッとプレゼンするぜ! アーユーレディ!?」

 

 大地の隣では、黒い癖毛の男子が「プレゼント・マイクだ……!ラジオ毎週聞いてるよ……!」と小さく呟いていた。

 

 プレゼント・マイクが説明する実技試験の内容は、シンプルだった。

 

 模擬市街地の演習場に放たれたヴィランロボットを制限時間内に倒し、ポイントを稼ぐ。1ポイントロボット、2ポイントロボット、3ポイントロボットの三種類。倒した数の合計が実技点になる。

 

「なお! この中には0ポイントのヴィランロボットも存在するぜ! こいつを倒しても意味はないからそのつもりで! 以上! 頑張れよリスナー!!」

 

 説明が終わった。受験生たちがざわめく。

 

 大地は右手を握り締めた。

 

(攻撃手段は使えない。ゴッドハンドは守りの技だ。ロボットのシュートを弾くか、ロボットそのものに叩きこむか——でもそれができるレベルにはまだない)

 

 どうポイントを稼ぐか。制限時間は十分。身体能力を活かして動き続けるしかない。

 

   

 

 演習場のゲートが開いた瞬間、受験生たちが一斉に走り出した。

 

「スタートォ!!」

 

 大地も走る。

 

 模擬市街地は広い。ビルが立ち並び、路地が入り組んでいる。あちこちから爆発音や衝撃音が聞こえてくる。個性が強い受験生たちがすでにロボットを次々と倒していた。

 

 2ポイントロボットが路地の角から現れた。大地は身を低くして距離を測る。

 

(近接なら——)

 

 右手に気を集める。完全なゴッドハンドじゃなくていい。光だけでも、叩きこめば衝撃になる。

 

「っ——!」

 

 右手を叩きつけた。金色の光がロボットの胴体に当たり、ロボットが傾く。完全には倒れない。もう一度。今度は蹴りを入れて追い打ちをかける。

 

 ロボットが倒れた。2ポイント。

 

「よし……」

 

 走る。次を探す。

 

 1ポイントロボット。倒した。3ポイントロボット。これは硬い。拳を三発叩きこんでようやく倒れた。右手が痺れる。

 

 でも——ポイントが伸びない。

 

 他の受験生と比べると、明らかに遅い。爆発の個性を持つ受験生は一撃でロボットを粉砕している。電流を操る受験生は範囲攻撃でまとめて倒している。大地は一体一体を手で叩いて倒す。効率が悪い。

 

 五分が経過した時点で、大地のポイントは十を超えたくらいだった。

 

(焦るな。焦っても出るもんは出ない)

 

 深呼吸をする。右手のひらに意識を向ける。

 

 気は集まってくる。形になりかけて、消える。

 

 まだだ。

 

   

 

 試験残り二分を切った頃だった。

 

 突然、地面が揺れた。

 

 遠くから轟音が聞こえる。空気が震える。

 

 大地がビルの角から顔を出すと——見えた。

 

 演習場の端、巨大なロボットが現れていた。

 

 高さは数十メートル。他のロボットとは比べ物にならない巨体。ビルを押しつぶしながらゆっくりと進んでくる。

 

(あれが——0ポイントロボット)

 

 周囲の受験生たちが逃げ始めた。誰もあれに立ち向かわない。当然だ。倒してもポイントにならないのだから。

 

 大地も走り始めた。逃げるために。

 

 その時、声が聞こえた。

 

 叫び声じゃない。短い、痛そうな声だ。

 

 振り返ると——さっきの女子が路地に転んでいた。足首を押さえている。零点ロボットが迫ってくる方向に、逃げ場がない。周囲の受験生は素通りしていく。誰も止まらない。

 

「くそっ——!」

 

 大地は踵を返した。

 

 走る。零点ロボットの巨大な足が地面を踏み砕きながら近づいてくる。影が広がる。

 

 女子の傍らに滑り込み、かばうように前に立った。

 

「——っ、なんで!? 逃げて!」

 

「逃げられない」

 

 大地は右手を前に出した。

 

 来る。

 

 零点ロボットの腕が振り上がる。あの一撃が直撃すれば——

 

(守れ)

 

 右手に全神経を集中させた。

 

 心臓が鳴っている。その熱を感じる。熱が腕を伝って流れてくる。いつもと違う。流れが太い。止まらない。

 

 九年間、毎日突き上げてきた右手。

 

 光るだけで終わってきた右手。

 

 形になりかけて、消えてきた右手。

 

 でも——今は、退けない。

 

 この人を守らないといけない。

 

 それだけで十分だった。

 

「——**ゴッドハンドォォォ!!!!**」

 

 右手が爆発するように輝いた。

 

 黄金の巨大な手が出現した。数百年前の映像の中で何千回と見てきた、あの手が——今、守門大地の右手から現れた。

 

 零点ロボットの腕が叩きつけられた。

 

 衝撃。轟音。砂埃が舞い上がる。

 

 でも——止まった。

 

 ゴッドハンドが、零点ロボットの腕を完全に受け止めていた。

 

 静寂。

 

 ゆっくりと、砂埃が晴れていく。

 

 大地は右手を見た。震えている。熱い。手のひらから、金色の光がまだ滲んでいた。

 

「……出た」

 

 九年越しの言葉は、思ったよりも小さかった。

 

   

 

「終了!!」

 

 プレゼント・マイクの声が演習場に響いた。

 

 大地はその場にゆっくりと膝をついた。足に力が入らない。右手の震えが止まらない。でも——全身がじんわりと熱かった。

 

「だ、大丈夫!?」

 

 後ろから声がかかった。さっきの女子だった。足首を庇いながら、大地の背中に手を置いていた。

 

「俺は大丈夫。足は?」

 

「なんとか……ありがとう、助けてくれて。あんな大きいの相手に……すごかった」

 

「いや、俺も……びっくりした」

 

 大地は苦笑した。女子も少し笑った。

 

「私、麗日お茶子。さっきはちゃんと名乗れてなかったから」

 

「守門大地。よろしく」

 

「よろしく! ……あの技、ゴッドハンドって言ってたよね」

 

「ああ」

 

「かっこよかった」

 

 その言葉が、じんわりと胸に染みた。

 

 大地は右手を見つめた。金色の光は消えている。でも確かに、この手の中に残っている。

 

(じいちゃん——)

 

 頭の中で、あのバンダナの少年が笑っていた。泥だらけで、汗だくで、でもまっすぐ前を向いて。

 

 守門大地は、静かに右手を握り締めた。

 

 始まりだ。

 

 この手で、これからもっとたくさんの人を守っていく。

 

  

 

 後日、合格通知が届いた。

 

 封筒を開いた瞬間、大地は一人で笑った。声に出さずに、ただ笑った。

 

 机の上のスマートフォンのスクリーンセーバーが目に入る。泥だらけのユニフォーム。はためくバンダナ。天に突き上げられた右手。

 

「——行ってくる」

 

 春の光の中で、守門大地の新しい物語が始まろうとしていた。

 

 

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