2023年有馬記念。本バ場入場前のやり取りです。
史実馬のウマ娘化有り。

1 / 1
第1話

 勝負服に着替えた私は地下バ道を歩いていた。今日のセレモニーが終われば、もうこの服も着ることはないだろう。柄でもない感傷に浸っているのは、このレースが最後だと、トレーナーさんと決めていたからだった。今までの、集大成。その言葉が過ぎる度、その勝負服がずしりと重くなっていくような気がした。

 

「先輩」

 

 ふいに私を呼ぶ声がした。GI前の地下バ道は出走ウマ娘しかいない。静まり返っていたので、その声はよく響いた。

 「えっと……君確か」

 振り返って顔を確認する。人懐っこそうな鹿毛のウマ娘。見覚えはある。あるはずなのだが、その名前をどうにも思い出せない。

 

「忘れたっすか?一緒に走ったでしょ、凱旋門」

 

 目の前のウマ娘が言う。頬を膨らまし、目がじとりとすわる。本来おっとりとしている顔が不満を表明していた。

 凱旋門、と言われて思い出す。確かに、彼女とは去年の凱旋門を共に走ったのが最初だった。当代のダービーウマ娘として挑んだ彼女が、自らの初めての惨敗に悔しがっていた姿が脳裏に浮かぶ。三連勝の勢いに乗っていた私もまた、あの大舞台で敗れた。未だに思い出し、悔しさが込み上げてくる。得意の逃げ、母に縁のあるヨーロッパで、日本の総大将として挑み、惨敗したのだ。悔しくないわけなかった。

 

「あはは、ごめんね……名前覚えるの苦手なんだよね」

「ほんと、ウマにキョーミないっすよね。基本塩というか。」

 

 私は曖昧に笑みを返す。ヒトミミの時は覚えられるのだが。ウマミミとなると、記憶力がとんと仕事をしない。姉にも言われたことを思い出して、もう一度小さく謝罪した。

 

「話しかけてくるなんて珍しいよね。何か、あったの?」

 

 居心地が悪くなって、会話の続きを促した。すると、彼女はへにょりと眉を下げて呻く。あーとかうーとか、吃るような声を出した後、か細い声で切り出した。

 

「私は期待されていいのかなって」

「秋の天皇賞も、ジャパンカップも。さんざ期待されたけど、勝てなかった」

「もしまた負けたら。もう私は期待されなくなっちゃうのかなって。失敗するのが怖いんです」

 

 不安げな瞳が私を射抜く。かつての自分を見ているようだった。凱旋門の時は期待されていたのに応えられなかった。期待されることの重さに、脚が竦んだ。有馬記念で負けて、春の天皇賞を完走できなくて、あのレースから狂ってしまった歯車が、日に日に衰えていく自分の脚が、何より恐ろしかった。復帰してからだってそうだ。一発目に選んだ重賞では勝ちきれず、ジャパンカップだって掲示板に入るので精一杯だった。失望した人だっていたかもしれない。

 だが、今はどうだろう。

 きっと、あの春ほど強くはない。凱旋門に挑んだときほど期待されていない。復帰してからは振るわない。それでも、歓声轟く中山で、私の名前を呼ぶ声が聞こえる。応援してくれるひとがいるだけで、こんなにも脚が軽い。

 私は言い聞かせるつもりで口を開いた。

 

「君はさ。君の同期ほど抜けて強いわけじゃない」

 

 ホープフルステークス、皐月賞、日本ダービー。何度も負けた。シニア級に混じって、あっさり勝ち切る同期に嫉妬した。

 

「きっとこの先何度も負けて、悔しい思いをするんだと思う。勝てなくなる日だって来るかもしれない」

 

 春の天皇賞で人気を背負ったのは1年先輩のウマ娘だった。1度もGIを取ったことはなかったけれど、菊花賞を取った私よりもずっと「応援」されていた。

 

「でも君が背負ってるのは、期待じゃあない。」

 

 勝つか負けるかじゃない。勝ってほしいんだ。

 

「聞こえるでしょ?君を待ってる」

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 掲示板が着順を示す。1番上には後輩のゲート番が踊っていた。

 私の結果は____3着。引き離した逃げ。やりきったという感触を覚えた。勝てなかったけれど、それは+αだ。

 ふと、後輩の姿を見とめる。ファンサを終えた彼女に近づくと、柔らかな笑顔で迎えてくれた。

「あはは、敵に塩を送っちゃったかな?」

 気取った言葉を吐く。飲み込んだ悔しさは涙の味がした。

「人参にしてください。塩は嫌いなので。」

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。