――最〝期〟まで、一緒にいてね。

1 / 1
もし明日私が死んだら

「ヤチヨ、いる?」

 そんな愛しい声がして振り返ると、彩葉がこの天守閣にやってきていた。

「職権乱用するなんて、彩葉ったら悪いんだー」

 なんて茶化すと、「ごめん」と眉をひそめてはにかんだ。おや、どうやらそういう気分じゃないみたい? 「まあ、会いに来てくれるのは嬉しいけどね〜」って本音でフォローするも、「ありがとう」って言うだけでやっぱり表情は晴れない。

 「とりあえず座って座って」と、つい最近お忍びで買ってきた座布団とちゃぶ台に促して、向かい合って座る。

 再会を果たしてからというもの、いつも楽しそうにしてたのに、今日はどうしちゃったんだろう。もしかして、かぐやと喧嘩でもしちゃったのかな? そんなことを考えていると、「あのさ」と彩葉は少しだけ不安そうに口を開いた。

「ヤチヨはさ――もし明日私が死んだらどうするの?」

「え――」

 どんな時でも、そんな言葉を口にしなかった彩葉から聞くことになるなんて。こりゃ重症だ。すぐ彩葉の横に移って、そっと肩を預ける。

「どうしちゃったの彩葉。らしくない」

「らしくない、か。……そうかな」

 目を伏せる彩葉に、「まあね」とか弱く微笑む。らしくない、とは言ったけど、誰でもそんな日はある。

 現についさっきまでしていたお悩み相談配信では、そんな質問が今日もたくさん来ていた。きっと彩葉も見ていただろうし、もしかしたらそれにアテられてしまったのかもしれない。

 とはいえ、今回のお相手は長年片思いを続けていた彩葉。いつも以上に言葉選びは慎重にしなければ。気を引きしめる。

 それにしても彩葉が明日居なくなったらかぁ……。想像して、案外すぐに私の答えは出た。

「たくさん泣くかな、私は」

「……そう?」

「うん。だってまた彩葉に会うために、ずっと待ってきたんだもの。当たり前じゃない」

 すると、それを聞いた彩葉は、「そっか」と少しだけ頬の緊張を解いてくれた。よかった。少なくともハズレではなかったみたいだ。

 ほっとしていると、「急にこんなこと聞いてごめん」と彩葉は申し訳なさそうに笑った。

「実は言うとさ、別に今、そういう感情になった訳じゃないんだけど……。でも、いつかはそういう日が来るでしょ? そしたらどうするのかな、って思って」

「あぁ、なるほどねぇ……」

 近々の話じゃないなら気は楽だ。ふう、と息をつく。

 けど、彩葉の質問はもっともだった。「そうだなぁ」と立ち上がって迴縁(まわりえん)に向かう。高欄の奥には、今日も華やかに輝くツクヨミの街並みが広がっている。

 少し遅れて、彩葉もやってきた。いつか、彩葉に全て話した時のような構図に少し懐かしくなりつつ、「その時は、わたしもついて行くかもね〜」と街並みに目を向けたまま答える。

「え」

 意外そうな彩葉の声。

「もちろんその時になってみないと、さすがのヤッチョも分からないよ? だけど、いつか私が消えたとしても、この街が消えてしまわないようにしてあるし、彩葉のご要望とあらば、って感じ?」

「……ふふ、どんな答えよ」

 ほんの少しだけ明るくなった声色に、私も「あまり考えたことなかったからさ〜」って笑い返す。ま、それは嘘だけどね。

 駆け抜けてきた八千年の間、FUSHIの目を通して、泥臭くって理不尽なこの世界のことを見てきた。出会った人たちにはその人なりの生き方や死に方があったし、中には勝手な都合で消えてしまう人たちもいて、心が壊れかけそうになってしまったこともある。その度に、「いつか彩葉に再会できたとして、死んでしまったらどうしよう」って思ったりもした。

 人の命は儚い。だけど、月人としてこの世界に降り立ったかぐやこと私においては、悲しいかな、そんな常識は通用しない。私は彩葉を想って八千年待ち続けることが出来たけど、彩葉にこんな輪廻をして欲しいわけでもない。

 だから、せめて私が作ったこの世界が、私が居なくなったとしても永く続くように、少しずつツクヨミでの私の存在はAIに置き換えていった。煩雑な事務作業も、しっかり回せるようにコードは書いたし、誰かが読んでも分かるように整理もした。

 そうして空いたリソースで、彩葉に見つけて貰えるように曲やライブを行ってきた。その結果が今。そして〝かぐや〟が巡っていた輪廻は彩葉によって断ち切られて、少しずつ終わりに向かって歯車は動き出している。私が見てきた人たちのように。

「ヤチヨ?」

「……っ」

 いけないいけない、私としたことが。大好きな彩葉を放って考え事をしちゃうだなんて。

「まー、そんな難しく考えなくたって平気だよー。彩葉が生きてるうちはヤッチョも、かぐやも傍に居るからさっ! 気楽にいこー」

「……そうだね」

 やっと大好きないつもの笑顔を浮かべてくれた。良かった良かった。

 それからしばらく、他愛もないくだらない話をして笑い合って、「それじゃあ、私はそろそろ行くね」と彩葉は立ち上がった。

「うん。また遊びに来て、彩葉」

「もちろん」

 小さく手を振って、退出しようとする彩葉に「あ、待って」と引き留める。

「? なに?」

 晴れ晴れした表情(かお)で首を傾げる彩葉に笑う。

 

「最〝期〟まで、一緒にいてね」

 

 別に本当に死んじゃうんじゃないか、って本気で思ったわけじゃない。これはきっと、願掛けみたいなもの。

 それを知ってか知らずか、「うん、言われなくても」とにこりと笑って、今度こそ現実(あっちの)世界に帰っていった。

「……ふう」

 高欄に寄りかかって、ぼんやり空を見上げる。吸い込まれそうなほど真っ暗闇に、色とりどりに光る深海魚たちのホログラムが泳いでいる。

――ふふ。

 彩葉とまた出逢えたら、それで〝ハッピーエンド〟だった。彩葉は彩葉の人生を生きて、私は私でAIライバーとして生きて、そのまま私たちの関係は寂しいけれど幕を下ろす。それが私の考えていたオチだった。

 だけど――だけど彩葉はそれを良しとしなかった。私の過去を覗き見て、きっと彼女の思っていた姿じゃなくたって、「一緒にいたい」と言ってくれた。そうして今、彼女の隣には、再会を叶えられなかったはずの〝かぐや〟がいる。もちろん、私のことも彩葉は大事にしてくれているけれど。

『ネムッテ、ネムッテ』

 FUSHIの声に、あくびで答える。ほんの少しずつ、眠るまでの間隔が短くなってきた。輪廻を断ち切るということは、そういうことなのだ。

 ごろんと寝転んでそっと目を閉じる。どうなったってもう私は後悔しない。それぐらい、今とんでもなく幸せだし、それに対価が必要だと言われるのなら喜んで差し出せる。

 きっとそれを『諦め』と呼ぶんだろう。出会ってばかりの頃の彩葉を思い出す。

――まるで彩葉になっちゃったみたいだな。

 そう笑ってしまうけど。でもなんでかな、そう思っている心の内は、静かに揺れる海のように穏やかだった。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。