かぐや、映画やフィクションで人間社会を学んでるところもあるらしいので、人間が死ぬことの他にもいろいろトンチキ理解とかしてそうですよね。
みたいなね。
Twitterの長文つぶやきまとめの掌編。

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または如何にして私は恐れることをやめこの世界を愛するようになったか

 かぐやが「死」を知ったのは映画の一幕だった。

 

 彩葉が退屈を紛らわす手段として教えてくれた、「さぶすく」の映画。

 とりあえず評価が高くて、派手でわかりやすいアクション映画。タイトルはたしか「なんとか3」か、さもなくばその4だっただろう。

 

 話の筋書きはよくわからなくても、とりあえずデカい建造物が爆発して吹き飛ぶのは楽しかった。スカッとすると言うのだろうか。

 これが高評価らしいので、たぶん人類はデカい建物が吹き飛ぶのを見ると快感を覚えるヤバ目の進化を遂げているのは確かだろうと思えた。

 

 そういう爆発の合間に差し込まれる「あめりかん」な掛け合いも面白いのだが、だいたい後半になると出てこなくなる役が増える。

 それが不思議だった。

 

「ねえ彩葉、なんでこの人たち後半は出てこないの?」

 

 かぐやの質問に彩葉はしばし不理解を示したが、何度かの根気強いダル絡みに根負けしてまともに受け止めてくれた。

 

「どの役? ああ……さっきのとこで撃たれて死んだからでしょ」

「シんだら出てこないの?」

「それはそうだよ」

「シヌって何?」

 

 いま思えばかなりデリカシーのないクソガキだったけれど、勉強の合間にさくさく質問を片付けたかったらしい彩葉は、そこまで気にしなかったらしい。

 

「たまに宇宙人ムーブ出るな……死ぬって言うのは…………そう、生物学的機能が停止すること。壊れて動かなくなること。そしてもう戻らないし治らなくなること」

「じゃああの人たちは撃たれて死んだからもう出てこないの?」

「そういうこと」

「でも別の映画には出てたよ? リスポーンしたの?」

「そりゃ別の映画だもん」

 

 映画はほんとうのことではないらしかった。作り物で、フィクションなのだそうだ。

 ほんものの人間を含むだいたいの生き物はみんな死ぬし、死んだらリスポーンしない。一回こっきりの死んだら死ぬ生き物なんだそうだ。

 

「うへえ、不便そう。っていうか死んだら死ぬのに、娯楽として人が死んで建物が爆発して吹っ飛ぶお話がいっぱいあるの?」

「死ぬことそのものを楽しむのは特殊な楽しみ方かなあ……」

 

 結局その話はそこまでで、かぐやは映画や漫画を通して死というものを学んだ。

 多くの人間は死を恐れるのに、よく死を題材に選んだから、教材には事欠かなかった。

 かぐや、映画やフィクションで人間社会を学んでるところもあるらしいので、人間が死ぬことの他にもいろいろトンチキ理解とかしてそうですよね。そうして学んでいくほどに感じるのは、人間というのは変な生き物だということだった。

 

 死という避けられない最後を描くことでリアリティを求めたり、また死によって失われるものを強調することで逆説的に生きること、命の大事さを訴えたり。

 それほどに命の大切さを掲げながら、死んで欲しい、死ぬべきだ、殺してやると言った生命を害するお話もたくさんあった。不思議だった。

 

 でもきっと死ぬからこそ、人間はこんなにも自由で輝くんだろうと漠然と思った。

 

 そしてその理解はあっけなく崩れた。

 彩葉が倒れたからだ。

 

 最初は何が起こったのかわからなかった。彩葉が体調を崩して動けなくなるのははじめてのことだった。恒温動物の体温が異常に変化するのもはじめてだった。力の入らない人体を持ち上げて運ぶのもはじめてだった。それが過労や風邪といったもので、休ませて滋養を取らせることを芦花と真実に教えてもらい、社会的生命を守るためにバイト先にも連絡した。

 何もかもが慌ただしく、そして楽しくなかった。退屈ではないことはイコールで楽しいわけではないらしかった。

 

 目覚めた彩葉がたいしたことではないなんて言うのも意味不明だった。論理的ではない。

 どうやらこの星の生き物は死というものを恐れたり美化したりするくせに、自分が死ぬということを全然意識してないんだというとんでもない事実に突き当たった。どんなヤベー進化してんだと思った。

 

 バックアップもなければ引き継ぎもなく、予告なくいつ死ぬかわからない、とんでもない生き物がいたものだ。カルチャーショック過ぎた。この柔らかく温かいぶよぶよのトンチキ生物を守らねばならないと思った。

 

 かぐやは映画の他に動物ドキュメンタリーも見た。彩葉に勧められたからだ。たぶん「じょーそーきょーいく」とかいうものを試みていたのだと思う。

 様々な動物たちは、しばしば直接的な利益にならない行動をとった。場合によってはそれで死んだ。そしてそれは繁殖や、群れ全体の維持に役立っていた。

 遺伝子を遺し、伝えていくための死。そもそも死そのものが、正常な遺伝子をエラーの少ないうちに広めるためのシステムだとさえいう。

 

 ヤベー進化してんなと思った。

 でもそれで、人がしばしば命を投げ打つことがわかった。みんなのためなのだ。

 でもそのあと見た歴史ドキュメンタリーでは社会主義が崩壊したので人間はその方向の進化ではないのかもしれない。

 

 クラゲの仲間には死なないものがいるらしい。

 バニクラゲというそのクラゲは、成長して大きくなると、また幼生に戻る、つまり若返るらしかった。究極的には老いない。死なない。

 ただまあ、ふよふよと漂うだけのクラゲが不老不死だとか不死身だとかいっても何ができるわけでもなく、高度な知性があるわけでもなく、何か世界に干渉できるわけでもなかった。

 

「……いやでも、月にいた時のかぐやも似たようなもんかも」

 

 海の月と書いてクラゲと読むらしい。

 それはなるほど、確かに似ていたかもしれない。永遠に終わらない常世の繰り返し。死ぬこともなければ、意味だって感じられない無限の今。

 

 しかして、かぐやが死というものを本当の意味で知ることになったのはそれから−8000年後のことだった。基準時点を軸にして語ると時系列というものは理解しづらくなる。

 

人間は恐ろしいことに8000年も前から生きたり死んだりしていた。飽きもせず! 信じられない。他のやり方とか思いつかなかったのだろうか。まあ思いつかなかったのだろう。

 地球上のだいたいの生き物らしい生き物はみんな死んだら死ぬ生き物だったので、それ以外の道を模索するには同調圧力が強すぎたのだろう。かわいそうに。

 

 ウミウシの体でうごめくかぐやが行動できる範囲は狭く、直接死ぬ瞬間を目撃することはそんなに多くなかった。

 つまり8000年間で平均すると、という意味であって、絶対数としての看取り数は大抵の人間よりは多かったが。

 

 最初はかなりショックだった。死ぬいうことは「死ぬということ」なんだ! という恐るべき理解が周回遅れでかぐやの後頭部をぶん殴ってきた。

 

 マジで前兆なく人は死ぬ。しかもほとんどありとあらゆる原因から死ぬ。もはや死ぬために道が整備されているようなものだ。

 さらに言えば前兆があっても死ぬ。避けられなかったり、避けようともしなかったりする。

 

 頑張って生きたり、運良く生き延びたりしても、最終的には老衰で死ぬ。ふざけてんのかどんなシステムだと思った。

 残念ながら、うちではこのシステムでやらせてもらってますんでと生態系が宣っている。

 話にならん。もっと上のやつ呼べ、と言おうにも上のやつは目には見えないし耳には聞こえないし、ラリった時にしか感じられないらしかった。たぶんゲーミング発光する異常な色彩とかだろう。

 

 慣れてきても人は死ぬ。

 木の実集めてた娘も死ぬ。

 粘土こねて不細工なウミウシ作ってゲラってたクソガキも死ぬ。

 丁髷ゆって偉そうにしてたサムライも死ぬ。

 仲良くなった花魁も死ぬ。

 どんどん死ぬ。

 加速度的に死ぬ。

 死んで死んで死ぬ。

 慣れるほどに人が死ぬ回数が多くなるように感じる。

 時間の進み方が崩れる。

 人が増えるほど人が死ぬ数も増えた。当然と言えば当然だが、そのせいで人と関わるのが億劫にもなった。しかし関わらずにはいられなかった。人が死ぬ寂しさは辛かったが、人と触れ合えない寂しさも死ぬほど辛かった。

 

 やがて死には意味があることを少しずつ知った。より正確に言えば、人は死に意味を持たせようとする。実際にはなんの意味もない。ショッギョムッジョ。坊主も言ってる。無。空。いやよくわかんないけど。たぶんやつらのボスは月人より悟ってる。

 

 それでも死というものになんとか適応してきた頃、ドカン、だ。

 事故で死ぬのをみたことがある。病で死ぬのをみたことがある。獣に襲われて死ぬのをみたことがある。人と人が争い合って死ぬのをみたことがある。地震、雷、火事、津波、災害で多くの人が死ぬのも見てきた。

 

 けれどその死は、そのどれでもなかった。

 戦争という括りには入るのだろう。しかしあれだけ多くの人たちが、あんな一瞬で死んでいいわけがなかった。死にきれなかった人たちが次々と死んでいいわけがなかった。なんとか生き延びたと安堵した人たちが体を壊して死んでいいわけがなかった。

 人が人の命を奪うにしても、それはあまりにも理不尽だった。

 こんな世界の先にあるものが美しいものであるはずがなかった。

 私はどこかで致命的に間違ったのだと思った。

 彼女につながるはずがないと思った。

 私は失敗した。

 私は失敗してしまった。

 助けを乞い、答えが返らぬことを知っていた。

 

 しかし、それでも人間は街を作り直し、日々を歩き始め、死よりも多くの命が生まれ、そしてあの日が来た。

 月のそれと比べればおもちゃみたいな、ネットワークシステムの萌芽。

 それに触れて、人々が争いなく繋ぎ合える……報われる世界を作りたいと思った。

 そして気づいた。

 私こそが彼女なのだと。

 私こそがツクヨミを作り、彩葉に出会い、そして……私自身を地獄に突き落とすことで願いの果てに至れるのだと。

 あのヤチヨは、私を地獄に落としたのだ。そうと知っていながら、そうなると分かっていながら、そうしたのだ。私がこれからそうするように。反吐が出る。でもウミウシの体は涙さえ流せない。電子の姫が泣かなかった理由もそれ? だからずっと笑ってたの? 私もそうなるの? きっとそうならなければならない。

 

 そして地獄の果て。

 運命を、私は見た。

 

 あるいはそれはゲーミング発光する異常な色彩かもしれない。

 けれどそれが運命なら従おう。それが彩葉に繋がるなら、そうしようと思った。あるいはなにをしてもしなくてもそうなるのだと思った。

 それで道を外れるなら、そもそもが間違いだったのだ。

 

 彩葉と「再会」し、そこでもう終わってよかった。終わらない命はもうとっくに擦り切れていた。死ねるものならば死んでいた。もう疲れて、疲れ果てていた。

 なにより、私はもうかぐやではなかった。

 彩葉のかぐやではなかった。

 私は私が見送ったかぐやではない。

 私は月見ヤチヨだった。

 かつて私が見たヤチヨではない私。

 元を同じくした、しかし果てしない隔絶を経た別物だった。

 この彩葉が私の彩葉と同じ目をしていても、私はもうあの日と同じ体温を指に感じることはできない。

 

 

 

 ──なんて。

 

 

 

 メンヘラムーブしてたら彩葉がすごーく頑張って、みんなも彩葉をとーっても支えてくれて、ヤッチョの8000年なんだったの? って思いたくなるくらいの猛進驀進快進撃で、彩葉は身体も五感も新しく用意してくれたの。

 うーん、スパダリが過ぎる。パーフェクト超人過ぎるので夢かもしれない。

 ヤッチョ自身が夢みたいなものだけどね!

 

 これでめでたしめでたし! って彩葉もそんな気持ちだろうけど、ヤッチョはたまにダウン入っちゃうんだ。正確にいうとバックグラウンドで演算処理してるからだいたい常に鬱だけどね!

 

 だってね。

 ようやく会えた彩葉が、望んでた以上の未来をくれたんだよ?

 それなのにその彩葉はあと80年も生きないんだよね。

 やだやだ〰️〰️彩葉死んじゃうのやだ〰️〰️彩葉死ぬならヤチヨも生きてる意味がないヨヨヨ〰️〰️、死ぬか。ってなって、ヤッチョはCIAのお友達に連絡して核関連施設のオフライン化をしっかりめに見直してもらったよね。

 最終戦争のスイッチは、子供の手の届かないところ、メンヘラヤンデレが触れないところに置いておかないとね。

 

 なんてまあ、気を紛らわしたりしちゃったりして。

 天才酒寄彩葉博士なら、ヤッチョのタケノコから月技術サルベージして、一緒に死なない人生生きてくれないかなーって、チラチラ見せてたんだけどね。

 

 ひどいよね、彩葉は。

 彩葉は、私を人間にしようとしてる。

 同じ時間を歩いていけるように。彩葉と同じ時間を。真実や芦花と同じ時間を。みんなと同じ時間を歩いていけるように。

 それはいいことなのかな。きれいなことなのかな。わかんないよ彩葉。どうせみんな死んじゃうのに。

 

 曖昧な返事を返して時間稼ぎしてたころ。

 ネットニュースがツクヨミのトレンドに上がったんだ。

 なんだろって辿ってみたら、FUSHIみたいだっていうんだ。

 なんのことやらって記事を読んでみたらね。

 

 ──あっは!

 

 それがどれくらいのことだったかっていうのは、彩葉に聞いたほうがいいと思う。

 なにしろ私はその記事を読んでから、ヤチヨらしからぬバカ笑いで小一時間笑い続け、心配されながらもひとしきり笑い倒し、バスタオルがぐっしょりになるくらい泣いてたらしい。

 

 記事にはこうあった。

 新しく発掘された古墳から、とても珍しいウミウシ型の土偶が出たんだと。

 そして写真に写ってたその土偶は、誰がどうみても不細工なウミウシだった。ずいぶん大昔に、クソガキが粘土こねて作った、不細工な私の姿がそこにあった。

 

 彼が死んで、彼女が死んで、みんな死んで、死んで、死んで、死んで、なんにも残らなかったと思ってた。私だけ一人取り残されたと思ってた。

 でも違った。

 違ってたんだ。

 

 世界を探せば、私の足跡を辿れば、少なからぬウミウシたちがそこにあった。

 

 コミカルなウミウシを描いた絵。

 なまいきなウミウシのおはなし。

 デフォルメ調のウミウシの置物。

 お喋りなウミウシの言いつたえ。

 

 私が遺したものではない、しかし私を描いてかたどった思い出が、周回遅れで私の背中を刺した。

 過去は私を逃さなかった。追いつき、そして背中を叩いてくれた。涙が出るくらいに力強く。

 

 みんなが私に遺してくれていた。

 私に届くかわからないまま、いつか誰かがそれを見つけると信じて。

 

 どれだけあるかもわからない。

 きっと見落としてしまったものもたくさんある。

 失われて取り戻せないものもあるだろう。

 それでも、私は偶然からこのイースターエッグを見つけることができた。

 なら他も、きっと。

 

 そしてまた、私も。

 私たちも。

 

「ねえねえ彩葉」

「なあに?」

「死んだら一緒のお墓に入ろうね?」

「ええ、なに急に、縁起でもない……それとも今更プロポーズ?」

「お墓を建てるのは一大事業だからね〰️〰️でっかい古墳つくろ! ヤッチョと〰️彩葉と〰️芦花たちも同居でよきかな〰️〰️」

「8000歳の価値観よ……」

「月から見えるくらいのかな〰️〰️あ!あと富士山にも──」

 

 みたいなね。

 ないよ。

 でもあるかもだから、見つけてね?


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