僕のヒーローアカデミア 徹子の部屋(※違います) 作:まだら模様
例 本編2024年の場合 25年の婆、26年の姿、10年前、5年前、全盛期、老衰期などいろんなバリエーションがあります。
一度来た人でも何度でも来る可能性があります。
やったね徹郎!たくさんの人とお話しできるよ!(白目)
攻略ノートの「蛙吹梅雨」のページには、こう書いてある。
「蛙吹梅雨:危険度・低。個性は蛙——蛙っぽいことは大体できる。寒さが弱点(冬眠モードに入ると『眠い』しか言わなくなる——絶対に室温を下げるな)。洞察力が鋭い——嘘は即座に見抜かれる。思ったことをすぐ言う。自分のことは『梅雨ちゃん』と呼ばれたい(友達になりたい相手限定)」
そして最後の一行だけ、書くのに少し時間がかかった。
「梅雨ちゃん:嘘は通用しない。でも正直に話せる相手かもしれない」
眠りに落ちた瞬間——鳴った。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー
ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルルッルー
ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
スタジオに引き込まれた瞬間——
湿度が、高かった。
気のせいではない。空気が、しっとりしていた。
ガラステーブルの表面に、うっすらと水滴が浮いていた。
(あれ。なんで)
徹郎は舞台袖からスタジオを確認した。
ソファの横に——いつのまにか、大きな水槽が置かれていた。
縦一メートル、横一・五メートルほどの水槽。中に水が満たされている。
水草が揺れている。
ガラス面に、ちいさな気泡がついている。
その水槽の縁に——ちょこんと座っている少女がいた。
長い黒髪を後ろで結んで。大きな目で、きょろきょろとスタジオを見回して。
口元に人差し指を当てながら——
「ケロ」
その子が言った。
(水槽は……どこから来たんだ)
「え、えー……皆様、こんばんは。本日もご覧いただきありがとうございます」
「あ、こんばんは。ケロ」
梅雨が、水槽の縁からぴょん、と降りた。
素足で、タイル張りのスタジオの床に着地した。
着地音が、ほとんどなかった。
カエルだ。カエルの動きだ。
「本日のゲストをご紹介します——蛙吹梅雨さんです」
「蛙吹さん、じゃなくて」
「え?」
「梅雨ちゃんでいいわ。ケロ」
言いながら、まっすぐ徹郎を見た。
大きな目が、じっと見ていた。
(ひえ。この目だ。この目が怖い。物理的な脅威はないのに、なぜか)
「……あの、梅雨ちゃん。その水槽——」
「落ち着くの。水の近くだと」
「そうですか。でも、スタジオの湿度が——」
「九十二パーセントを超えてそうね」
「超えてます。機材が死にそうです」
「大丈夫よ。夢の中の機材でしょ。ケロ」
「論理は正しいですが、気分的に——」
「あなた、徹子さんじゃないのね」
梅雨が、首を傾けながら言った。
「黒柳徹郎といいます。先祖が——」
「黒柳徹子さんの血族。ケロ」
「……よくご存知で」
「ヒーロー史で習ったわ。あの番組、すごく長く続いたのよね。名前が似てるなって思って——個性の影響なのかしら」
(この子、一言で要点を押さえる……!)
「……そうです。先祖の番組の影響で、こういう個性になりました」
「じゃあここが——徹子の部屋。ケロ」
「はい」
「徹子さんは確か、ゲストに思ったことを全部聞いてたって読んだわ。番組を見て泣いた人も多かったって」
「そう、ですね」
「区別するために、あなたのことは苗字で呼ぶわね。黒柳ちゃんも、そうするつもり?」
徹郎は、少し止まった。
(この質問、答え方によっては……)
「……できる限り、そう心がけています」
梅雨が、少し目を細めた。
「じゃあ、正直に話してもいいわ」
そう言って——ソファに、ちょこんと座った。
「まず聞いていいかしら」
「どうぞ」
「昨日は誰が来たの?」
(開幕から核心)
(来た。来ると思った。この子はそういう子だ)
「……飯田くんが来ました」
「飯田ちゃん。そう」
梅雨が、少しだけ頷いた。
「あの子、真面目すぎて心配なことがあるわ。大丈夫だった?」
「……元気でした。チョップで衝撃波が出ていましたが」
「あ、出た。そう。よかった。元気な証拠ね。ケロ」
(チョップの衝撃波が「元気な証拠」として認識されている……!)
「……梅雨ちゃんは、クラスメイトのことをよく見ているんですね」
「そう。見てると、だいたいわかるわ」
「何が?」
「誰が無理してるか。誰が本当は助けを求めてるか」
徹郎の首の後ろが、少し冷えた。
「……それは、便利な観察眼ですね」
「便利というより——習慣なのよ。ケロ」
「習慣?」
梅雨が、口元の人差し指を少し動かした。
「家で、ずっとそうしてきたから」
「家族の話、聞いていいですか」
「いいわ」
「両親がお仕事で出張が多いと聞きました」
「そうね。二人とも忙しいの。だから私が——弟と妹の面倒を見ることが多かったわ」
「弟さんと妹さんが、いるんですね」
「五月雨と、さつきよ。ケロ」
「いい名前ですね」
「うちは蛙一家だから、みんな梅雨時期の名前が多いわ。見ての通りのケロケロ家族よ」
さらっと言った。
でも——さらっと言えるようになるまでに、どれだけ時間がかかったかは、わからなかった。
「……弟さんと妹さんの面倒を見るのは、大変じゃなかったですか」
「大変よ」
即答だった。
「でも——しょうがないでしょ。お父さんもお母さんも仕事があるんだから。私が長女だから。それだけよ。ケロ」
「……それだけ、ですか」
梅雨が、少し徹郎を見た。
「何かある?」
「……大変だったのに、大変という顔をしない人が多いので。少し、気になって」
「顔には出さないようにしてるの。心配かけたくないから」
「誰に?」
「……五月雨と、さつきに」
「両親にも?」
「うん。心配かけたくない。仕事でいないから、余計に」
「……梅雨ちゃん自身が、誰かに心配してもらうことは?」
少しだけ——間があった。
「……あんまりないわ。ケロ」
「梅雨ちゃん」
「なあに」
「お姉ちゃんを、休みたくなることはないですか」
スタジオが、少し静かになった。
水槽の水が、微かにゆれる音がした。
梅雨が、口元の指をおろした。
「……考えたことなかったわ。ケロ」
「考えたことない?」
「うん。考える暇がなかったのか——考えないようにしてたのか。どっちかわからないけど」
「……それは」
「でも」
梅雨が、少しだけ目を細めた。
「雨の日は、少しだけ——寂しくなるかもしれないわね」
静かな声だった。
「好きなの、雨。音が落ち着くから。でも雨の日に一人でいると——なんか、わからないものが胸に来るのよ。ケロ」
「……わからないもの」
「泣きたいわけじゃないの。でも、泣く手前みたいな感じ。誰かに話したいような——でも、話してどうなるってものじゃないし、って感じ。ヘンかしら」
「ヘンじゃないですよ」
「そう?」
「そういう気持ちを持っている人は、たくさんいると思います。うまく言葉にできないだけで」
梅雨が、少し考えた顔をした。
「……あなた、変わってるわね。ケロ」
「変わってますか」
「司会者なのに——ゲストのことを、ちゃんと気にしてる」
「それは、仕事なので」
「仕事の範囲を超えてると思うわ。気になるから聞いてるんでしょ、本当は」
(この子、やっぱり見抜く……!)
「……まあ、そうかもしれません」
「正直でいい。ケロ」
梅雨が、小さく笑った。
口元に人差し指を当てたままで——でも確かに、笑っていた。
「あなたと話してると、なんか楽なのよ。思ったことを全部言っても怒らなそうだから」
「怒りません」
「それは、この番組のルールだから?」
「……ルールというより」
徹郎は少し考えた。
「この番組で話すことは、翌朝あなたに残りません。だから——ここでだけは、何を言っても誰にも聞こえない。そういう場所でいたいと思っています」
梅雨が、少しだけ目を丸くした。
「……誰にも聞こえない場所。ケロ」
「はい」
「そういう場所、なかったわ。今まで」
「そうですか」
「うちは家族みんなが家にいる時間が少なくて——弟と妹に心配かけたくないから、私が大丈夫な顔をしていて——友達も、雄英に来るまであんまりいなかったから」
「……雄英では、できましたか」
「できたわ。ケロ。緑谷くんとか、麗日ちゃんとか、飯田ちゃんとか」
「よかったです」
「うん。よかった。本当に」
梅雨が、少し顔を上げた。
「中学のときはね——自分の表情が読みにくいって言われて、なかなか友達ができなかったの。思ったことをすぐ言うから怖いって言われることもあって」
「……それは、傷つきましたね」
「まあね。でも、しょうがないと思ってたの。私は私だから」
「……強いですね、梅雨ちゃんは」
「強いんじゃなくて——諦めが早いだけかもしれないわ。ケロ」
少し、自嘲するような声だった。
「諦めじゃないと思いますよ」
「なんで?」
「諦めた人は、友達を作ろうとしない。でも梅雨ちゃんは——雄英で、ちゃんと友達を作った。ちゃんと、自分から作りに行った」
梅雨が、少し黙った。
「……そうかしら」
「そうだと思います。だって今夜——私に、『梅雨ちゃんでいい』と言ってくれたじゃないですか」
「……それは」
梅雨が、少しだけ照れたような顔をした。
表情筋はほとんど動かないが——でも、目が、少しやわらかくなっていた。
「……あなたに言いたかっただけよ。ケロ」
残り五分。
「一つだけ、聞いていいですか」
「なんでも」
「梅雨ちゃんは——自分に正直に生きていると思いますか」
梅雨が、少し考えた。
「思ったことを全部言うから——そう見えるかもしれないけど」
「そうではない?」
「正直というより……私は、自分の気持ちに鈍いだけかもしれないわ。ケロ」
「鈍い?」
「さっきの雨の話もそうなんだけど——自分が何を感じてるか、うまくつかめないことがあるの。みんなのことはよく見えるのに——自分のことは、意外とよく見えないのよ」
「それは——梅雨ちゃんが自分より、ずっと他人を優先して来たからじゃないですか」
梅雨が、徹郎を見た。
「……そう聞こえる?」
「家族のために、弟妹のために、クラスメイトのために——ずっと誰かのことを考えてきたから。自分のことを考える癖が、少しだけ薄い」
「……」
「たまには、自分のことを考えてもいいと思いますよ。梅雨ちゃんが好きなことを、梅雨ちゃんがしたいことを」
梅雨が、少しだけ黙った。
水槽の水が、また微かに揺れた。
「……雨の日に、ゼリーを食べながら外を見るのが好きなの」
「それは——いいですね」
「ヘンかしら。ゼリーだから」
「全然ヘンじゃないです。むしろ、完璧な休日の過ごし方だと思います」
「完璧、は言い過ぎよ。ケロ」
「言い過ぎじゃないです。梅雨ちゃんにとって、それが一番好きな時間なんでしょう。それを守ってください」
「……守る?」
「ちゃんと休んでください。ちゃんと、梅雨ちゃんでいてください。お姉ちゃんである前に、梅雨ちゃんでいていい」
スタジオが、静かだった。
梅雨が、口元の指を少しおろした。
「……あなた、面白いわね。ケロ」
「面白い?」
「司会者なのに——なんか、友達みたいに話してる」
「そうですか。それは、この番組の一番いいところかもしれません」
「そう。ケロ」
梅雨が、小さく笑った。
そのとき。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー ♪
エンディングのテーマが、流れ始めた。
梅雨が、ぴこっと頭を動かした。
「もうおしまい?」
「お時間です。梅雨ちゃん、今日は来てくれてありがとうございました」
「楽しかったわ。ケロ」
梅雨が立ち上がった。
「最後に——一言、いただけますか」
梅雨が、少し考えた。
それから——まっすぐ、徹郎を見た。
「あなたのこと、観察してたの。最初から」
「……そうですか」
「毎晩こういうことをして、誰が来るかわからなくて、覚えてるのは自分だけで——でも、ちゃんとゲストの話を聞いてる。笑顔で。なんか、すごく疲れてそうなのに」
「……バレてましたか」
「最初から。ケロ」
「それは——」
「いいのよ。バレても」
梅雨が、ゆっくりと口元の指をおろした。
「それだけ気を遣ってくれてたってことでしょ。ありがとう、黒柳ちゃん…いえ、徹郎ちゃん」
その言葉は、妙に心に染み渡った。
「お友達になれそうね。ケロ」
テーマ曲が、最後の段階へ移った。
♪ ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
旋律が最後の一音まで鳴り切るとき——
梅雨の姿が、雨に溶けるように、消えていった。
水槽だけが、少しの間残っていた。
それから——そちらも、ゆっくりと消えた。
スタジオの湿度が、元に戻った。
目が覚めた。
朝の六時。
布団の中で、徹郎はしばらく動かなかった。
(……友達、か)
徹郎ちゃん、と名前を呼んでくれた。
今まで、この番組でそれをしてくれた人はいなかった。
オールマイトは「少年」と呼んだ。
爆豪は「お前」と言った。
死柄木は「お前」と言った。
轟は「黒柳」と呼んだ。
ミッドナイトは「少年」と言った。
梅雨だけが——「黒柳ちゃん、そして徹郎ちゃん」と言った。
(……それは)
(この世界で初めて、名前を呼ばれた気がする)
徹郎は、枕に顔を埋めた。
泣いてはいない。でも——何か温かいものが、胸にあった。
攻略ノートを開いた。
「蛙吹梅雨(雄英一年):今夜のゲスト。開幕から水槽に座っていた(水槽の出典不明)。スタジオの湿度が九十二パーセントを超えた——室温管理は絶対。洞察力が高く、嘘は即座に見抜かれた。思ったことをすぐ言う——でも、自分の気持ちには意外と鈍い。家族思い、弟妹思い。長女として色々抱えてきた。雨の日にゼリーを食べながら外を見るのが好き」
ペンを止めた。
最後の一行を書いた。
「※『徹郎ちゃん』と名前を呼んでくれた。お友達になれそう、と言ってくれた。……翌朝、彼女は覚えていない。でも、私は覚えている。それで十分だ」
その日の学校帰りに、スーパーでゼリーを買った。
別に理由はない。
ただ——目についた。
パウチ入りの、透明なゼリー。
雨の日に食べると美味しそうだ、と思った。
帰り道、少し雨が降り始めた。
傘を差しながら、ゼリーを握りながら、徹郎は少し考えた。
この番組は、おかしな個性だ。
毎晩誰かと話して、覚えているのは自分だけで、一人で抱えて、誰にも言えなくて。
でも——
誰かが「徹郎ちゃん」と呼んでくれた夜のことを、自分は覚えている。
それは、自分の中にだけある宝物だ。
(……悪くない)
雨音が、少しだけ心地よかった。
夜になれば、また鳴る。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル……♪
明日のゲストは誰だろう。
それだけが、黒柳徹郎の仕事だ。
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