僕のヒーローアカデミア 徹子の部屋(※違います) 作:まだら模様
例 本編2024年の場合 25年の姿、26年の姿、10年前、5年前、全盛期、老衰期などいろんなバリエーションがあります。
一度来た人でも何度でも来る可能性があります。
やったね徹郎!たくさんの人とお話しできるよ!(白目)
「うおぉ! すげぇ! 何だここ、スタジオ!? 俺、拉致られたのか!?」
ゲスト席から身を乗り出し、セットの柱をガシガシと叩いて硬度を確かめる赤髪の少年。
切島鋭児郎——その眩しすぎる「漢気」の光は、前世で泥を啜ってきた俺の目を、開幕から潰しにかかっていた。
眠りに落ちた瞬間——鳴った。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー
ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルルッルー
ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
スタジオに引き込まれた瞬間、もうそこには嵐が来ていた。
赤いツンツン頭の少年がソファから立ち上がって、スタジオ中を見回していた。
カメラを触った。照明を見上げた。床をスタンプした。
そしてセットの柱を、拳で叩いた。
ガン、ガン、ガン。
「おっ、しっかりしてる! 男らしい柱だぜ!!」
(柱に男らしさの評価基準が適用されている……!)
徹郎は舞台袖から出た。
「あの」
「うわ! 司会者!? いたんすか!? ごめん、気づかなかった!」
「……大丈夫ですか」
「大丈夫大丈夫! 俺、切島鋭児郎っす! ここ夢っすよね!? なんかすごいリアルで!」
「夢です。私の個性で作られた空間です」
「個性! すごい! 何の個性っすか!?」
「トーク番組を開く個性です。三十分間、お話をするだけです」
「三十分!? それだけ!? じゃあ余裕じゃないすか!!」
(爆豪が来た夜に同じことを思って、全然余裕じゃなかった記憶が蘇る)
「えー……皆様、こんばんは。本日もご覧いただきありがとうございます。本日のゲストをご紹介します——」
「切島鋭児郎! 雄英一年! よろしくお願いします!!」
自己紹介を奪われた。
「……ありがとうございます。あの、切島くん——」
「あ、徹子の部屋! 知ってるっすよこれ! 昔すげー有名だった番組ですよね! 司会の人、黒柳徹子さんって名前じゃないっすか!?」
「先祖です。私は黒柳徹郎といいます」
「マジで!? 血統書付きじゃないすか! 男らしい!!」
(血統書は犬の話では……)
「……とりあえず、座ってもらえますか」
「あ、すんません!」
切島が、ソファにどかっと座った。
座り方が、豪快だった。
ソファが、きしんだ。
「……あの、切島くん。硬化を解いてもらえますか。そのままだとソファが」
「あ! ごめんなさい!」
ぱきっ、という音とともに、切島の体が柔らかくなった。
ソファは無事だった。
(よかった。ギリギリだった)
「切島くん、今いくつですか」
「十五! 雄英一年!」
(十五歳。雄英入学後。今夜の切島くんは——赤い髪をしている。中学時代とは決別した後の切島くんだ)
(攻略ノートに書いた一行が浮かぶ——「時系列によって完全に別人」)
(今夜の切島くんは、あの夜を乗り越えた後にいる)
「……そうですか。では、改めて——今夜はよく来てくれました」
「ありがとうっす! でも俺、こういうトーク番組ってあんまり得意じゃないんすよね。何話せばいいか」
「何でも話してもらえれば」
「何でも!? じゃあ肉の話でもいいっすか!?」
「肉……」
「あ、だめっすか。スタジオっぽい話の方がいいっすかね」
「肉は肉で——切島くんが話したいなら、肉でもいいですよ」
「マジっすか! じゃあ——」
「でも、三十分肉の話だと少し難しいので」
「ですよね! わかった、頑張る! 何でも聞いてください!」
(このエネルギー、どこから来るんだ)
(こんなに眩しい人間が、本当に存在するんだ)
最初の十分は——スタジオが明るかった。
物理的に、明るかった。
切島が喋るたびに感嘆符が飛んでくる。
質問するたびに「マジっすか!?」「すごいっすよそれ!」「男らしい!」が返ってくる。
「——でそのカメラ、めちゃくちゃ男らしいデザインじゃないっすか。誰が選んだんすか」
「夢の中の自動生成なので、誰も選んでいません」
「自動生成でこのデザインになるって、その個性自体が男らしいっすよ!!」
「……ありがとうございます」
「徹郎さんってちゃんと司会者っぽいですよね。その喋り方とか、落ち着いてて」
「毎晩やっているので」
「毎晩!? それって——」
「ゲストが誰か来るたびに、三十分番組をします。毎晩強制発動で、コントロールできません」
「え、大変じゃないっすかそれ! ちゃんと眠れてるんすか!?」
(飯田くんと梅雨ちゃんに続いて、三人目だ——こっちの体のことを心配してくれた人が)
「……睡眠はとれています。夢の中で眠れないと現実でも眠れないので」
「そうか! それは良かった!」
「でも——失敗したら目が覚めなくなります」
切島の目が、少し変わった。
「……それって」
「意識が夢に永久幽閉されます。現実の体は昏睡状態になります」
「………」
「毎晩、そのリスクがあります」
切島が、しばらく黙った。
珍しい静けさだった。
「……それを、毎晩一人でやってるんすか」
「やっています」
「……かっこいいっすよ、それ」
「え?」
「怖くても続ける。それって——めちゃくちゃ男らしいっすよ」
徹郎は、少しだけ言葉が出なかった。
(男らしい、というのは切島くんの最大の賛辞だ。この人はそれを——俺に言っている)
「……切島くん、漢気って好きですよね」
「好き! 大事にしてます!!」
「どういう意味ですか、切島くんにとって」
「どういう意味……」
切島が、少し考えた。
珍しく、静かに考えた。
「……一言で言うなら、後悔しない生き方、かな」
「後悔しない生き方」
「そう。勝てなくてもいい。かっこよくなくてもいい。でも——後悔だけはしたくない。それが俺にとっての漢気っす」
「それって——誰かの言葉ですか」
切島が、少しだけ目を細めた。
「……わかるっすか」
「なんとなく」
「そうっすね。俺が一番好きなヒーローがいて——その人の言葉なんすよ。クリムゾンライオット、って知ってますか」
「少しだけ」
「今はもう引退してるんすけど——漢気ヒーロー、って呼ばれてて。昔すごく有名だったみたいで。俺、その人のインタビュー動画を見て——ヒーローになろうって決めたんす」
「……どんな言葉でしたか」
切島が、少し遠くを見た。
「『ただ後悔のねぇ生き方。それが俺にとっての漢気よ』——って。それだけなんすけど。なんか、その時の俺に刺さって」
「その時の、というのは」
「……中学の時の話なんすけど」
切島が、拳を少しだけ握った。
「聞いていいですか」
「……いいっすよ」
「俺さ、中学の時——個性が地味だったんすよ。ちょっとだけ硬くなる、みたいな。それで、雄英受けようと思ってたんすけど、周りからも無謀だって言われて」
「でも目指していた」
「心でカバーすれば、って思ってたんす。個性が地味でも、気合いがあれば——漢気さえあれば、乗り越えられるって」
「……それで?」
切島が、少し止まった。
「ある日、街で同級生が絡まれてて」
声が、少し低くなった。
「俺はそこにいた。見ていた。助けに行こうとした——でも、足が動かなかった。怖くて。その人がすごく威圧感があって、俺の個性じゃ太刀打ちできないかもしれなくて——」
「……」
「結局、同じ中学の別の子が助けに入って、事なきを得たんすけど。俺は——何もできなかった」
スタジオが、静かになった。
さっきまでの明るさが、少しだけ沈んだ。
「……それが、今でも引っかかっていますか」
「引っかかってる、というより——」
切島が、拳を見た。
「俺がヒーローを目指すのは、あの時動けなかった自分への答えを出すためでもあるっす。あの時の俺みたいな奴を、二度と出したくない。自分がそうなりたくない。だから——」
「だから、後悔しない生き方を」
「そう」
短い言葉だった。
でも、全部が入っていた。
「……切島くん、一つ聞いていいですか」
「なんすか」
「そんなに漢気にこだわるのは——あの時、動けなかった自分を、まだ許せていないからですか」
切島が、少し止まった。
徹郎は続けた。
「怖くて動けない自分は、漢気じゃないって——今でも思ってますか」
切島が、拳を強く握った。
しばらく、何も言わなかった。
「……思ってる」
低い声だった。
「正直に言うと——今でも思ってる。あの時の自分が、嫌いっす。弱かった。情けなかった。足が動かなくて、ただ見てるだけで——」
「切島くん」
「なんすか」
「怖かったんですよね」
「……そりゃ怖かったっすよ。めちゃくちゃデカい奴で——」
「怖いのに、助けに行こうとした」
切島が、顔を上げた。
「足が動かなかったのは——怖かったからじゃなくて、怖くても行こうとしていたから、じゃないですか」
「……それは、言い訳じゃないっすか」
「言い訳と、本当の話は違います」
「でも、動けなかったじゃないっすか。結果として」
「結果として、動けなかった。でも——動こうとしていた。あなたは、助けようとした」
切島が、少しだけ黙った。
「……動こうとしたかどうかと、動けたかどうかは、別の話だと思います」
「……」
「動こうとした人間が、次に動けるようになる。動こうともしなかった人間とは、そこが違う」
切島の目が、微かに揺れた。
「……それは、慰めっすか」
「違います。本当のことを言っています」
「なんで、そんなことがわかるんすか。徹郎さんは」
「……あなたが今、ここにいるからです」
切島が、少し止まった。
「あの夜、動けなかった。でも——あなたはその後、諦めなかった。クリムゾンライオットの言葉を聞いて、立ち直って、一念発起して、雄英に合格した。髪まで染めて、あの夜の自分と決別しようとした」
「……」
「動けなかった人間がすることじゃない。動こうとしていたから、立ち直れた」
切島が、拳の力を少しだけ抜いた。
「……そう、っすかね」
「そう思います」
「俺は——まだ、あの時の自分が好きじゃないっすよ」
「いいんじゃないですか」
「え?」
「好きじゃなくていい。でも——あの時の自分を嫌いだと思えるのは、あなたがちゃんと向き合ってきた証拠です。見て見ぬふりをしてきた人は、そういう感情を持てないので」
切島が、少しだけ目を赤くした。
「……」
「後悔を知っている人間が、一番強くなれます。ファットガムが言っていた言葉らしいですが——私もそう思います」
「……ファットガムが、言ってた?」
「聞いたことがあります」
(原作知識だけど、今は言えない)
切島が、少し笑った。
今夜初めて、眩しい笑顔じゃなくて——少しだけ柔らかい笑い方だった。
「……徹郎さん、鋭いっすね」
「鋭いというより、あなたのことを少し調べてきたので」
「調べてきた!? 俺のこと!?」
「ゲストに失礼のないように、できる限り」
「それって——マジで男らしいっすよ!!」
(泣きそうな顔から三秒で「男らしい」が出てくる人間を、俺は他に知らない)
「……せっかくだから、やりたいことがあるんですけど」
徹郎が切り出した。
「なんすか!? 何でもやりますよ!!」
「漢気チェック、というコーナーをやってみたいんですが」
「漢気チェック!? 最高じゃないすか!! やりましょう!!」
「私がシチュエーションを出すので、それが漢気かどうか判定してください」
「任せてください!!」
「では最初——友達がテストで赤点を取りそうな時、どう助けますか」
「一緒に徹夜で勉強会です!! コーヒーは俺が奢ります!! 眠くなったら俺が背中叩いてやります!!」
「……判定は」
「超・漢気!!」
(暑苦しいけど——こいつの友達になったら幸せだろうな、と素直に思う)
「次です。強い敵を前に、足が震えて動けなくなってしまった時」
切島が、少しだけ止まった。
今度は即答しなかった。
少しの間、考えた。
「……それは」
静かな声だった。
「震えるのは——怖いからじゃない。心が、戦おうとしてる証拠だ」
「……」
「そこから一歩踏み出した瞬間、そいつは誰よりも男らしいんだよ」
スタジオが、静かだった。
切島が、前を向いていた。
(自分に言い聞かせている)
(あの夜の自分に、今言いかけている)
(それでも——その言葉は、今の俺にも、刺さる)
「……判定は?」
切島が、少しだけ息を吐いた。
「……漢気だ」
静かな一言だった。
今夜、一番重い一言だった。
残り六分。
「……一つだけ、最後に聞いていいですか」
「どうぞ!」
「切島くんが——一番後悔したくないことって、何ですか」
切島が、少し考えた。
今夜何度目かの、静かな沈黙だった。
「……仲間がピンチの時に、動けないこと」
「それだけですか」
「それだけっす。あの時みたいに——誰かが助けを必要としてるのに、俺が足がすくんで動けないことが、一番怖い」
「……今は、動けると思いますか」
切島が、少しだけ笑った。
「……まだわかんないっすよ、正直。でも——あの時よりは、マシになったと思いたいっす」
「あの時より、ずっとマシだと思いますよ」
「なんで言えるんすか」
「あの時の切島くんは——ここに来てくれた切島くんと、同じ目をしていないと思うから」
切島が、少し目を丸くした。
「……どういう意味っすか」
「あの時の切島くんの目は、きっと自分を見ていた。怖さを見ていた。でも——今の切島くんの目は、仲間を見ている。守りたいものを見ている。それは違う目だと思います」
切島が、しばらく黙った。
それから——
目を、拭った。
「……徹郎さん、ずるいっすよ」
「すみません」
「なんで初対面でそんなこと言えるんすか」
「初対面というより、少し準備してきましたので」
「準備……」
切島が、少しだけ笑った。今度は——最初の眩しい笑顔に近かった。
「……そういうとこが、男らしいっすよ、徹郎さん」
そのとき。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー ♪
エンディングのテーマが、流れ始めた。
切島が、目をこすりながら立ち上がった。
「もう三十分っすか! 早!!」
「お時間です。切島くん、今夜は来てくれてありがとうございました」
「ありがとうごさいました! めちゃくちゃ楽しかった!!」
「最後に——一言、いただけますか」
切島が、胸の前で拳を握った。
今夜何度も見た仕草だったが、今回は少し違った。
迷いがなかった。
「徹郎!」
「はい」
「お前、司会者としてマジで男らしいぜ!!」
(男らしい、か)
(柄じゃないけど——悪くない響きだな)
テーマ曲が、最後の段階へ移った。
♪ ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
「あとさ、徹郎!」
「はい」
「お前も——後悔しない生き方、してくれよな!」
切島が、笑いながら——消えていった。
最後まで、眩しい人だった。
目が覚めた。
朝の六時。
布団の中で、徹郎はしばらく動けなかった。
胸が、熱かった。
泣いてはいない。でも——何か熱いものが、ずっと胸の中にある。
(後悔しない生き方、か)
「ただ後悔のねぇ生き方。それが俺にとっての漢気よ」
クリムゾンライオットの言葉が、なぜか今——自分のことのように響いた。
徹郎は毎晩、誰が来るかわからないままこの仕事をしている。
失敗したら目が覚めない。
覚えているのは自分だけ。
誰にも言えない。
でも——
(後悔していないか?)
(ミッドナイト先生の夜。あの夜、踏み込んで良かったか?)
(緑谷くんの夜。あの叫びは、後悔していないか?)
——後悔していない。
一つも。
「……そうか」
徹郎は少しだけ、天井に向かって笑った。
攻略ノートを開いた。
「切島鋭児郎(雄英一年・赤髪):今夜のゲスト。開幕から柱の硬度を確認していた。硬化のまま座るとソファが壊れる——次回は事前に声をかけること。肉が好き。漢気という言葉を最高の賛辞として使う。中学時代に足がすくんで動けなかった経験を持つ——でも、動こうとしていた。クリムゾンライオットの言葉で立ち直り、赤髪にして過去の自分と決別した。弱さを知っている。だから強くなれる人間だ。危険度:物理低(ソファ除く)」
ペンを止めた。
最後の一行を書いた。
「※『お前も後悔しない生き方してくれよな』と言われた。……するよ、切島くん。絶対に。内緒」
その日の学校の帰り道、夕焼けが赤かった。
赤いな、と思った。
切島くんの髪と同じ色だ、とも思った。
あの赤髪には、あの夜の自分と決別する意味があった。
弱かった自分に、さようならを言うための色だった。
(俺も——何かと、決別しなければならないものがある気がする)
(でも、まだわからない)
(わかった時に、考えよう)
夜になれば、また鳴る。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル……♪
明日のゲストは誰だろう。
後悔しない三十分を、また積み上げる。
それだけが、黒柳徹郎の仕事だ。
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