僕のヒーローアカデミア 徹子の部屋(※違います) 作:まだら模様
例 本編2024年の場合 25年の婆、26年の姿、10年前、5年前、全盛期、老衰期などいろんなバリエーションがあります。
一度来た人でも何度でも来る可能性があります。
やったね徹郎!たくさんの人とお話しできるよ!(白目)
「あ、どうも。手羽先とかあれば最高だったんですけど、ここって持ち込み禁止っすか?」
ソファに深々とふんぞり返り、羽根の一枚で勝手にスタジオの空調をいじり始める男。
速すぎる男、ホークス——その軽やかな笑顔の裏で、俺の「心拍数」と「脳波」はすでに公安のデータベースと照合されている気がした。
眠りに落ちた瞬間——鳴った。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー
ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルルッルー
ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
スタジオに引き込まれた瞬間——すでに、何かがおかしかった。
空調の風が、いつもと違う向きから来ていた。
舞台袖からスタジオを確認すると、ソファに男が座っていた。
いや——座っていない。
ソファの背もたれの上に、座っていた。
足をぶらぶらさせながら。背中の大きな翼から、一枚だけ羽根を出して、それでスタジオのエアコンのルーバーをいじっていた。
「……あの」
「あ、司会者さん。ちょっと風の向きが気になったんで調整してたんすよ。翼があると気流に敏感になるんですよね」
「ソファの背もたれに座らないでください」
「あっ、これ駄目っすか。すんません」
飛び降りた。着地音が、ほとんどなかった。
そのままソファに、今度はちゃんと、でも片足を上げた半横座りで収まった。
(落ち着いてくれ……!)
「えー……皆様、こんばんは。本日もご覧いただきありがとうございます。本日のゲストを——」
「ホークスっす。ウィングヒーロー、ホークス。あ、本名は言わなくていいっすよね」
「……そうですね。では、ホークスさん、今夜はよく来ていただいて——」
「来たくて来たわけじゃないですけどね。まあ、面白そうな場所ではあるんで」
男が、スタジオをぐるりと見回した。
笑顔だった。ずっと笑顔だった。
でも——目が、笑っていない場面がある。一瞬だけ。スタジオの死角を確認する時。カメラの位置を測る時。徹郎の立ち位置を把握する時。
(この人は、常に周囲を把握している)
(笑顔は——営業用だ)
「……今夜は何歳ですか」
「二十二。プロになって数年っすね」
「わかりました」
「なんで年齢聞くんすか。個性の仕様?」
「時系列の確認です。この番組のゲストは時系列がランダムなので、最初に把握しておく必要があって」
「へぇ」
ホークスが、少しだけ目を細めた。
「……なかなか合理的な対応っすね。几帳面な性格してますね、司会者さん」
「毎晩やっていれば慣れます」
「毎晩、ね」
一瞬だけ——目が、笑顔と別のものになった。
「それ、大変なやつっすね」
「さっき、持ち込みについて聞いてましたよね」
「あっ、手羽先っすね。好きなんですよ。鶏肉全般。福岡出身なんで」
「福岡ですか」
「そうっすよ。まあ、ずっとそこにいたわけじゃないすけど」
「今は九州が拠点と聞きましたが」
「よく調べてますね」
「ゲストのことは事前に調べています」
「どこまで調べました?」
「……概要程度です」
「具体的に」
「出身地、個性の特性、ヒーローとしての戦績、目標として掲げている言葉——そのくらいです」
ホークスが、少しだけ笑い方を変えた。
「目標ね。『ヒーローが暇を持て余す世の中』ってやつですよね」
「はい」
「それ、本気で言ってると思います?」
「……どういう意味ですか」
「建前と本音、どっちに聞こえました?」
徹郎は少し考えた。
「……本音だと思います」
ホークスが、少しだけ目を細めた。
「当たり。正解っす」
「なんで試したんですか」
「建前だと思う人が多いんですよね。冗談で言ってるとか、キャラ作りだとか。でも俺、マジで言ってるんで。ヒーローがいなくても世の中が回る状態が、俺の理想っすよ」
「それって——ヒーローが必要とされない世の中ってことですか」
「ヒーローが暇を持て余せる世の中、っすね。ちょっと違う」
「どう違いますか」
ホークスが、羽根を一枚、指先で弄んだ。
「必要とされない、だと——ヒーローが消える世の中。でも暇を持て余す、だと——ヒーローが存在しても、出番がないくらい平和な世の中。そっちが理想なんですよ」
「……なるほど」
「わかります?」
「わかります。ヒーローが必要ない世の中ではなく、ヒーローが仕事を選べる世の中」
「そうそう。仕事を選べる。それだけで全然違う」
ホークスの目が、少しだけ——本当に少しだけ——温かくなった。
「……勝手なことをしてもいいですか」
十分が過ぎた頃、徹郎が言った。
「なんすか」
「コーナーをやりたくて」
「コーナー? 番組っぽいじゃないっすか。やりましょう」
「『速攻!ヒーロー世論調査』というコーナーです。私がお題を出すので、ホークスさんが答えてください」
「面白そう。どうぞ」
「最初のお題——好きな人に告白するか、三ヶ月悩んでいます」
ホークスが、即答した。
「却下。悩んでる間に相手に恋人ができたらどうすんの。三秒で言いなさい。ダメなら次。」
(アドバイスが速すぎて情緒が!!)
「……三秒は短くないですか」
「俺が言いたいのはそういうことじゃなくて——悩んでいる間に状況は変わるってこと。行動が遅い人間は、機会を逃す。それだけっす」
「でも気持ちの準備が——」
「気持ちの準備をするために時間を使うより、動いてから準備した方が速いっす」
「……それはホークスさんだから言えることでは?」
「かもしれないすね。でも、速く動けるようになったのは訓練したからっすよ。最初から速かったわけじゃない」
「次のお題——今のヒーロー社会に足りないものは何だと思いますか」
ホークスが、少し間を置いた。
今度は即答しなかった。
「……暇な時間」
静かな声だった。
「みんな必死すぎて怖いんですよ。俺みたいに、仕事中に焼き鳥買いに行けるくらいがちょうどいい」
(そう言いながら——あなたは誰よりも働いて、誰よりも自分を削っている)
(それをわかった上で、笑いながら言っている)
「……焼き鳥を買いに行けるヒーローが、ホークスさんにとっての理想ですか」
「理想、っすね。本当に」
「今は、焼き鳥を買いに行けていますか」
ホークスが、少し笑った。
今度は——少し、疲れたような笑い方だった。
「……たまには行けてますよ。速攻でね」
「一つ、踏み込んでいいですか」
徹郎が言った。
「どうぞ」
「ホークスさんって——自由に空を飛んでいるように見えて、実は一番太い鎖に繋がれているんじゃないですか」
スタジオが、少し静かになった。
ホークスの笑顔が——消えた。
一瞬だけ。でも確かに、消えた。
そしてすぐに戻ってきた。
「……鋭いっすね、司会者さん」
「すみません、踏み込みすぎましたか」
「いや、いいっすよ。あなたが調べてきた人なら、わかるか」
ホークスが、少し背もたれに体を預けた。
翼が、わずかに揺れた。
「……鎖って言い方、好きじゃないんすよね。でも——間違ってもないか」
「公安の話ですか」
「直接的だなぁ」
「答えたくなければ——」
「いや、答える。夢の中だし」
ホークスが、天井を少し見た。
「……俺、子供の頃から公安に拾われてて。訓練して、ヒーローになって。それ自体は嫌じゃなかったんすよ。ヒーローになりたかったし、なれた。だから感謝もしてる」
「でも」
「でも——ヒーローになってからも、公安の仕事が続くんすよね。表向きはヒーローとして動いて、その裏で公安の依頼をこなす。ずっとそれが続く」
「……それは、自分で選んだことですか」
ホークスが、少し考えた。
「……最初は、選んだっていうより、そういうもんだと思ってたっすね。俺がヒーローでいるための条件みたいな感覚で。でも今は——」
「今は」
「今は、選んでいると思ってます。自分で選んでいる、と思うようにしてる。そうじゃないと、やってられないっていうのもあるけど」
「……やってられないと思うことがあるんですか」
「あるっすよ。当然」
あっさりと言った。
「でも——それが俺の仕事で、俺が速攻で片付けた方が、他の奴らへの影響が少ない。そう思ってる」
「……鎖に繋がれていても、その中で最速で動く」
「そう。誰かが繋がれてないと、他の奴らが飛べないことがある。だったら、俺が繋がれる。速攻で仕事を片付けて、また飛ぶ。それだけっす」
スタジオが、静かだった。
徹郎は、少し考えた。
(この人は——重さを感じさせない言い方をする)
(でも、重さがないわけじゃない)
(軽く言えるほど、慣れてしまっているのかもしれない)
「……ホークスさんにとっての自由って、何ですか」
徹郎が、静かに聞いた。
ホークスが、少し止まった。
「自由ね」
「はい」
「……難しい質問っすね。正直に答えていいっすか」
「どうぞ」
「俺、自由に飛んでいるように見えるじゃないっすか。翼もあるし、速いし、どこへでも行けそうで」
「見えます」
「でも本当のことを言うと——自由に飛べると思ったことが、あんまりないんすよね」
「……子供の頃から、ですか」
ホークスが、少しだけ目を細めた。
「調べてますね」
「少しだけ、概要を」
「……まあ、そうっすね。子供の頃は外に出られなかった。その後は公安に引き取られて、訓練して、ヒーローになって。ずっと何かの中にいる感じで」
「それは——辛くなかったですか」
「辛い、という感覚があんまりなかったっすね。比較対象がないから」
「それが当たり前だった」
「そう。だから——自由が何かって言われると、正直よくわかんないんすよ」
少しだけ、声が低くなった。
「でも」
「でも?」
「空を飛んでいる時だけは——何も考えなくていい瞬間があるんすよ。ほんの一秒くらい。そのために飛んでいるかもしれない」
「……その一秒が、自由ですか」
「かもしれない。よくわからんけど」
ホークスが、少し笑った。
今夜初めて——作っていない笑顔だった。
「……一つ、最後に聞いていいですか」
「なんすか」
「エンデヴァーさんのことです」
ホークスの目が、少しだけ動いた。
「……なんで知ってるんすか」
「昨夜、エンデヴァーさんが来ていました」
「マジっすか」
「マジです」
「……で、俺の名前が出た?」
「出ていません。でも、エンデヴァーさんの話を聞いていて——あなたのことが頭に浮かびました」
ホークスが、少し考えた。
「……どんな話をしたんすか」
「贖罪の話と、背中を降ろせない話を」
「……らしいっすね」
「あなたはエンデヴァーさんのことを、どう思っていますか」
ホークスが、少しだけ黙った。
この人が黙るのは珍しかった。
「……子供の頃から、ずっと好きなんすよ」
静かな声だった。
「ぬいぐるみを持ってたくらい。貧乏っちゅうか、家の状況もあって——エンデヴァーの安売りのやつしか買えんかったけど、ずっと持ってた」
(博多弁が、少し滲んだ)
「……それは」
「親父がエンデヴァーに捕まった日に、ヒーローが本当にいるんだって知ったんすよ。テレビの向こうの話じゃなくて、現実にいる、って。それが——俺がヒーローになろうと思った最初の気持ちっすね」
「……エンデヴァーさんは、あなたにとって」
「全部の始まりっすよ。まあ、本人はそんなこと知らんやろうけど」
徹郎は、少し考えた。
「……エンデヴァーさんに、それを伝えたいと思いますか」
ホークスが、また少し止まった。
「……伝えたいかどうかは、わかんないすね」
「なぜですか」
「俺がエンデヴァーさんに持っている気持ちは——ファンの気持ちとか、感謝とか、そういうのじゃなくて」
「どんな気持ちですか」
「……あの人だけですよ、本気で超えようとしてたのは」
静かな声だった。
「俺ね、見てたんで知ってんですよ。本気で超えようなんて人は、一人もいなかった。あなただけですよ、本気で超えようとしてたのは——って、そう言いたいんすよ」
「……伝えてほしいですね、それ」
「かもしれないっすね」
「私から言うことはできませんが——今夜ここで話してくれたことは、覚えています」
「覚えていても、伝える方法がないじゃないっすか」
「ありません。でも——覚えていることに、意味はあると思っています」
ホークスが、徹郎を少し見た。
「……そういう考え方もあるっすね」
しばらく、静かだった。
「……疲れたりしないっすか。それ」
「え?」
「覚えているのは自分だけで、誰にも言えなくて——それって、かなりしんどくないっすか」
「しんどい、と思う時もあります」
「でも続けてる」
「続けています」
「なんで」
徹郎は、少し考えた。
「……後悔したくないので」
ホークスが、少しだけ笑った。
「それ、わかるっすよ」
そのとき。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー ♪
エンディングのテーマが、流れ始めた。
ホークスが、すっと立ち上がった。
「もう三十分っすか。速いっすね」
「お時間です。ホークスさん、今夜は来ていただいてありがとうございました」
「まあ、悪くない時間でしたよ」
「最後に——一言、いただけますか」
ホークスが、少しだけ考えた。
そして——ポケットに手を入れた。
何かを取り出した。
ミンティアだった。
「……それは私のポケットから——」
「返しますね」
「いつ取ったんですか!?」
「さっき。気づきませんでした?」
「全然気づきませんでした!!」
「まあ、それが俺の仕事っすから」
ホークスが、ミンティアをガラステーブルに置いた。
「それと——」
少し、声が変わった。
「昨夜のエンデヴァーさん。あの人、司会者さんにどんな顔してましたか」
「……どんな顔、というのは」
「嫌そうだったっすか。めんどくさそうだったっすか」
徹郎は、昨夜のエンデヴァーを思い出した。
仁王立ちで、炎をまとって、短文で断言して、床のタイルを溶かして——でも最後に「精進しろ」と言った。
「……最後に、あなたの言葉には泥を舐めた者の匂いがすると言って去りました」
ホークスが、少しだけ目を細めた。
「それ、褒め言葉っすよ」
「そう受け取りました」
「……そっすか」
少し間があった。
ホークスが、翼をゆっくりと広げた。
「ありがとね、司会者さん」
「……何がですか」
「エンデヴァーさんをそういう顔にさせてくれて。あの人がそういう顔する相手、あんまりいないんで」
テーマ曲が、最後の段階へ移った。
♪ ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
「あ、あと一個だけ」
消えかけながら、ホークスが言った。
「たまには、羽根を休めても——誰も怒りませんよ」
徹郎が言った。
ホークスが、少しだけ笑った。
今夜一番——柔らかい笑顔だった。
「……そうっちゃんね」
それだけ言って、消えた。
翼の羽根が一枚だけ、スタジオの床にふわりと落ちた。
目が覚めた。
朝の六時。
布団の中で、徹郎はしばらく動かなかった。
(……そうっちゃんね)
最後だけ、博多弁が出た。
訓練で矯正されたはずの言葉が——あの一言だけ、滲み出た。
それが何を意味するのか、徹郎にはわからなかった。
でも——あの人の本音が、一瞬だけそこにあった気がした。
攻略ノートを開いた。
「ホークス(鷹見啓悟・22歳):今夜のゲスト。開幕からソファの背もたれに座っていた——なぜ。エアコンのルーバーを羽根でいじっていた。俺のポケットからミンティアを抜き取っていた——気づかなかった。目が笑っていない瞬間がある——スタジオの死角、カメラの位置、こちらの立ち位置を常に確認している。飄々とした外面の裏に、休めない緊張感がある。公安の鎖に繋がれていることを、自分で選んでいると言っていた。自由の定義が『飛んでいる時の一秒』——それだけ。エンデヴァーさんへの気持ちは本物。博多弁は矯正されているが、本音の時に滲む」
ペンを止めて、最後の一行を書いた。
「※最後に『そうっちゃんね』と言って消えた。その一言だけ、全部がそこにあった気がした。……羽根を休めてくれ、ホークスさん。内緒」
その日の学校帰り、鶏の手羽先が特売されていた。
手を伸ばして——買った。
夢の中には持ち込めない。それはわかっている。
でも——なんとなく、買ってしまった。
帰り道、袋の中で揺れる手羽先を見ながら、徹郎は少し考えた。
「ヒーローが暇を持て余す世の中」
それがホークスの理想だ。
でも今夜のホークスは——一秒も暇じゃなかった。
あの笑顔を保つことが、すでに仕事だった。
(いつか、本当に暇になれる日が来てほしい)
夜になれば、また鳴る。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル……♪
明日のゲストは誰だろう。
それだけが、黒柳徹郎の仕事だ。
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