僕のヒーローアカデミア 徹子の部屋(※違います) 作:まだら模様
例 本編2024年の場合 25年の年前の姿、26年の姿、10年前、5年前、全盛期、老衰期などいろんなバリエーションがあります。
一度来た人でも何度でも来る可能性があります。
やったね徹郎!たくさんの人とお話しできるよ!(白目)
最悪な気分だ。
あいつらの後に、俺をここに座らせるなんて。
焦げた皮膚を繋ぎ止めるステープラーが、スタジオのライトを鈍く弾いていた。
荼毘——その体から漂う青い炎の残滓と、底のない憎悪の静けさは、ホークスが残した爽やかな風を、一瞬で焼き殺した。
眠りに落ちた瞬間——鳴った。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー
ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルルッルー
ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
スタジオに引き込まれた瞬間、徹郎は空気が違うと気づいた。
熱くも、寒くもなかった。
ただ——重かった。
空気に、重さがあった。
舞台袖からソファを確認した。
男が座っていた。
ぼさぼさの黒い髪。顔の下半分を覆う縫い跡。目の下にも、皮膚を繋ぎ止めたような跡。
ソファに深く座って、指先から小さな青い炎を出し入れしていた。
炎が出る。消える。出る。消える。
スタジオのアームチェアの肘掛けが、少しずつ焦げていた。
(……来た)
(攻略ノートの「荼毘」のページは、書くのを三回やめた)
(最終的に一行だけ書いた——「この人とは、何を話せばいいかわからない」)
「えー……皆様、こんばんは。本日もご覧いただきありがとうございます」
荼毘が、ゆっくりとこちらを見た。
「……テレビ番組か」
「そうです。徹子の部屋、という番組です」
「ハ」
短く笑った。嘲笑だった。
「よりによってそれか」
「ご存知ですか」
「昔の番組だろ。爺さん婆さんが見るやつ」
「……先祖が黒柳徹子です。私の個性でこういう形に」
「へぇ」
荼毘が、また指先を見た。炎が出て、消えた。
「本日のゲストをご紹介します——」
「いらない」
「……そうですか」
「知ってるだろ、俺のことは。この夢とやらは、ゲストの情報を多少引き寄せる。そういう話じゃないのか」
「……そうです」
「なら余計だ。どうせお前はもう知ってる」
「……名前だけ、聞いていいですか」
「荼毘だ」
「本名ではなく」
荼毘が、少し止まった。
目が、徹郎を見た。
「……なんで本名を聞く」
「今夜、その名前で呼んでいいか確認したかったので」
荼毘が、少しだけ目を細めた。
何秒か——沈黙があった。
「……面白ぇこと聞くな、司会者」
「答えていただけますか」
「……好きにしろ」
「では——燈矢さん、今夜は来ていただいて」
「やめろ」
「え?」
「その名前で呼ぶな」
荼毘が、静かに言った。
声に、温度がなかった。
「……そうですか。では」
「荼毘でいい。それが今の俺の名前だ」
「……わかりました。荼毘さん」
「さん、もいらない」
「……荼毘。今夜は来てくれてありがとうございました」
「礼を言われる筋合いはない。勝手に来た」
「この番組のゲストは全員、勝手に来ます」
「ハ。そうか」
荼毘が、ソファの背もたれに体を預けた。
肘掛けの焦げが、少し広がった。
(あの、肘掛けが……)
(言うか。言うべきか。これはソファの問題じゃなくて、この人が今触れているものを燃やしているという問題で)
「……あの、荼毘」
「なんだ」
「そこ、本革のソファなんで。燃やされると色々困るんで、火遊びは——」
「火遊び」
荼毘が、低く繰り返した。
「……言い方が悪かったです。すみません」
「いや——合ってる」
少しの間があった。
「俺がやってることは、火遊びだろ。本質的には」
徹郎は、返す言葉が出なかった。
「……いくつですか、今」
恒例の確認を、しなければならなかった。
「二十四だ」
(二十四歳。荼毘として動いている時期。まだ正体を明かしていない頃か、明かした後か——判断が難しい)
(ただ——今夜この人が来たことは、エンデヴァー回とホークス回の後だ)
(それは、この番組のランダムが引き当てた偶然かもしれない。でも——)
「……何か聞きたいことがあって来たわけじゃないですよね」
「ない」
「嫌いですか、こういう場所」
「嫌いだな。綺麗なセット、カメラ、司会者。全部偽物の平和みたいで」
「偽物の平和」
「そうだろ。番組って、そういうもんだ。カメラの外を映さない。綺麗なところだけを切り取って、それが現実だと思わせる」
「……この番組は、失敗したら私が意識永久幽閉されます」
「知ってる」
「綺麗なところだけではないと思いますが」
荼毘が、少しだけ口端を上げた。
「司会者にリスクがあっても——映ってるのはゲストの都合のいい面だろ。そういうことだ」
「……今夜、都合の悪い面を話してもらえますか」
荼毘が、また目を細めた。
「なんで」
「聞きたいので」
「聞いてどうする」
「……覚えておきます」
「この番組、翌朝俺は忘れるんだろ」
「はい。覚えているのは私だけです」
「じゃあ意味がない」
「……私が覚えていることに、意味はないですか」
荼毘が、少しだけ黙った。
指先の炎が、一瞬だけ大きくなった。
「……ない」
低い声だった。
「俺の話を覚えている人間が一人増えたところで、何も変わらない」
「そうかもしれません」
「だったら聞くな」
「でも聞きます」
荼毘が、徹郎を見た。
「……図太い司会者だな」
「毎晩やっていれば慣れます」
しばらく、沈黙があった。
荼毘は何も喋らなかった。
徹郎も、急かさなかった。
スタジオに、小さな青い炎の音だけがあった。
「……聞いていいか」
荼毘が、先に口を開いた。
「どうぞ」
「お前の番組に、エンデヴァーが来たことがあるか」
徹郎の、背中が少し強張った。
(来ている。二日前に。「この背中を降ろすことは死んでも許されない」と言って去った)
「……来ました」
「そうか」
「……聞きますか、どんな話をしたか」
「いらない」
即答だった。
「……どうしてですか」
「聞いたらムカつくだろうから」
「……そうですか」
「あいつが何を言おうと——俺には関係ない。今更だ」
「……」
「ただ」
荼毘が、また指先を見た。
「あいつが来たことがある、ということは——この番組に、あいつも座ったってことだな」
「同じソファです」
「ハ」
短く笑った。今度は少し、種類が違う笑いだった。
「それは——少し面白いな」
「……一つだけ、聞いていいですか」
徹郎が言った。
「なんだ」
「荼毘が焼こうとしているのは——社会ですか」
荼毘が、少し止まった。
「当たり前だろ」
「本当に?」
「なんだその聞き方は」
「……社会じゃなくて、見てもらえなかった自分を焼こうとしているんじゃないかと思って」
スタジオが、静かになった。
炎の音が、消えた。
荼毘が、徹郎を見た。
今夜初めて——真正面から、見た。
「……ハハッ」
笑い声が出た。今夜一番、温度のある笑い声だった。
「司会者、いいツッコミするじゃないか。反吐が出るぜ」
「図星でしたか」
「いいや」
「……そうですか」
「的外れだ。俺はもう、見てもらいたいなんて思ってない。とっくに諦めた」
「いつ諦めましたか」
荼毘が、また指先を見た。
炎が、出た。
「……十三の冬だ」
静かな声だった。
「山で一人で待ってた。来るはずだった人間が、来なかった。それだけだ」
「……」
「それだけのことで、全部終わった。諦めるのにそんなに時間はかからなかった」
「諦めた、というのは——」
「轟燈矢は死んだ、ということだ」
断定だった。
「今ここにいるのは荼毘だ。轟家の長男でも、エンデヴァーの失敗作でもない。荼毘だ」
「……でも」
「でもはない」
「蕎麦が好きですよね」
荼毘が、一瞬だけ止まった。
「……なんだ急に」
「荼毘の好物が蕎麦だと聞いていたので」
「それが何だ」
「轟焦凍も、蕎麦が好きです」
長い沈黙だった。
荼毘が、前を向いた。
徹郎を見なかった。スタジオの壁を見ていた。
「……知ってる」
低い声だった。
「知ってて、今でも食ってる。それが何だ」
「……別に、何でもないです」
「じゃあ言うな」
「……すみません」
「謝るな。ウザい」
「……ヒーローのことを聞いていいですか」
しばらくして、徹郎が言った。
「何を聞く」
「ヒーローが嫌いですか」
「嫌いだ」
「どうして」
「救うのは——救いがいのある奴だけだからだ」
「……それは」
「俺みたいなのは、最初から視界に入らない。ゴミクズは、ゴミ箱の中でいろってことだ」
「それは——誰かに言われましたか」
「言われてない。事実だ」
「事実、というのは」
「俺が焼けた山で死にかけてた時——助けに来たのはAFOだった。ヒーローじゃなかった。そういうことだ」
徹郎は、少しの間、何も言えなかった。
「……それは」
「何かを言いたいなら言え。でも綺麗事はいらない」
「綺麗事を言うつもりはありません」
「じゃあ何だ」
徹郎は、少し考えた。
「……今夜、荼毘がここに来た。私はあなたの話を聞いた。それだけのことですが——それは、起きました」
「だから何だ」
「あなたが十三の冬に一人で待っていて、誰も来なかった——それと今夜は、違います」
荼毘が、徹郎を見た。
「……俺を慰めてるのか」
「慰めじゃないです。事実を言っています」
「翌朝俺は忘れる。お前一人が覚えてる。それが何の意味がある」
「……わかりません」
「じゃあ言うな」
「でも——私は忘れません」
荼毘が、少しだけ目を細めた。
何も言わなかった。
炎が、出て、消えた。
「……コーナーをやってもいいですか」
徹郎が、少し声を変えて言った。
「何だ」
「『焼却・ゴミ捨て場』というコーナーです。私がお題を出して、荼毘が焼き払ってください」
「ハ。面白ぇ名前つけるじゃないか」
「最初のお題——努力は必ず報われる」
荼毘が、少しだけ口端を上げた。
「報われない努力の結果がこれだ」
自分の体を、指で示した。
「報われるのは、最初から持ってる奴だけだ。才能がある奴が努力すれば報われる。ない奴が努力しても——体が焼けるだけだ」
(……切島くんが聞いたら、きっと反論する。でも——これを言っている人間の体は、本当に焼けている。否定しきれない重みが、ある)
「次のお題——家族の絆は永遠だと思いますか」
荼毘が、少し止まった。
「……永遠だな」
「そう思いますか」
「呪いとして、死ぬまで焼き付いて離れないという意味ではな」
スタジオが、静かになった。
(……エンデヴァーさん。あなたの息子は今も、こんな場所で燃えている)
(轟くんの兄は、今も、この炎の中にいる)
「最後のお題——あなたは今、幸せですか」
荼毘が、徹郎を見た。
「……何を聞いてる」
「そのままの意味です」
「最悪な質問だな」
「答えたくなければ——」
「幸せじゃない」
静かに、言った。
「幸せかどうかなんて、考えたこともない。そういう話じゃないから」
「……そういう話、とは」
「俺はただ——燃やすだけだ。それだけだ。幸せとか不幸とか、そういう話は関係ない」
「……燃やし終わったら、どうするつもりですか」
「終わりだ」
一言だった。
重さが、違った。
徹郎は、少しだけ言葉が出なかった。
「……そうですか」
「何か言いたそうだな」
「……荼毘が今夜ここに来た。私は、それを覚えています」
「だから何だと言った」
「覚えているだけです。それだけです」
荼毘が、少しだけ黙った。
「……どうかしてるな、お前は」
「毎晩やっていれば、そうなります」
荼毘が、また口端を上げた。
今夜——何度目かの、乾いた笑いだった。
そのとき。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー ♪
エンディングのテーマが、流れ始めた。
荼毘が、ゆっくりと立ち上がった。
足元のタイルに、薄く焦げた跡が残っていた。
「……時間か」
「お時間です」
「最後に一言だろ」
「……お願いします」
荼毘が、出口の方を向いた。
背中を見せたまま、言った。
「司会者。次にあいつが来たら——伝えとけ」
「……何を」
「まだ見てるぞ、と」
テーマ曲が、最後の段階へ移った。
♪ ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
旋律が最後の一音まで鳴り切るとき——
荼毘の姿が、青い炎の残滓の中に消えていった。
スタジオの床に、焦げた足跡が残った。
肘掛けが、少し焦げていた。
その匂いだけが、しばらくスタジオに残っていた。
目が覚めた。
朝の——時計を見る気にならなかった。
布団の中で、徹郎はしばらく動かなかった。
(救いがない)
頭の中で、言葉が繰り返された。
(一ミリも、救いがないのに——なんでこんなに目が離せなかったんだ、あの男は)
「まだ見てるぞ」
その一言が、ずっと耳の中にあった。
あの言葉は——エンデヴァーへの憎悪だ。復讐の宣言だ。それは間違いない。
でも。
(でも)
十三の冬に山で一人で待っていた少年が、ずっとまだ——見ていたのだとしたら。
その言葉の意味は、どちらなのか。
徹郎には、わからなかった。
わかろうとすることが、正しいのかもわからなかった。
攻略ノートを開いた。
手が、少し止まった。
「荼毘(24歳):今夜のゲスト。本名を名乗らなかった——荼毘と呼んだ。肘掛けが焦げた(弁償先不明)。嘲笑と静けさが同居している。怒鳴らない、暴れない——それが一番怖かった。エンデヴァーの話を聞こうとしなかった。蕎麦の話をしたら、一瞬だけ止まった。『轟燈矢は死んだ。今ここにいるのは荼毘だ』と言った。でも——今夜ここに来たのは、荼毘だったのか、燈矢だったのか、俺にはわからない」
ペンを止めた。
最後の一行を、書こうとして——やめた。
何を書いても、足りない気がした。
しばらく考えて、ただ一行だけ書いた。
「※「まだ見てるぞ」——伝えない。伝える方法がない。でも、覚えている。それだけは、確かだ」
その日、学校に行けなかった。
体調不良、と親に言った。嘘ではなかった。
布団の中で天井を見ながら、考えた。
エンデヴァーは「この背中を降ろすことは死んでも許されない」と言った。
轟は「また来る。聞きたいことができた」と言った。
ホークスは「あなただけですよ、本気で超えようとしてたのは」と言った。
そして荼毘は「まだ見てるぞ」と言った。
全員が——同じ家族の話をしている。
でも誰も、同じ方向を向いていない。
(俺には何もできない)
徹郎は、布団の中で膝を抱えた。
転生者として知っていることがある。
でも知っているからといって、何かを変えられるわけじゃない。
この番組のゲストは翌朝忘れる。
覚えているのは俺だけだ。
伝言を頼まれても、伝える方法がない。
(それでも)
徹郎は、少しだけ目を閉じた。
(覚えている。荼毘が今夜ここにいたことを。十三の冬に一人で待っていた少年がいたことを。それだけは——覚えている)
夜になれば、また鳴る。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル……♪
明日のゲストは誰だろう。
でも今夜だけは——まだ、あの青い炎の残滓の匂いが、頭の中に残っていた。
今回の回が心に残ったり、面白かったら是非お気に入りに登録、感想、評価付与をしていただければ幸いです!
励みになります!