僕のヒーローアカデミア 徹子の部屋(※違います) 作:まだら模様
例 本編2024年の場合 25年の年前の姿、26年の姿、10年前、5年前、全盛期、老衰期などいろんなバリエーションがあります。
一度来た人でも何度でも来る可能性があります。
やったね徹郎!たくさんの人とお話しできるよ!(白目)
「……不潔だな。この空間も、お前という存在も」
ゲスト席に座るなり、彼は手袋を替え、周囲に徹底的な消毒液を撒き散らした。
オーバーホール——治崎廻。
その鳥面の奥にある瞳は、目の前の人間を「命」ではなく、解体して組み直すべき「汚れた部品」としてのみ分類していた。
眠りに落ちた瞬間——鳴った。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー
ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルルッルー
ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
スタジオに引き込まれた瞬間、徹郎は鼻を衝くものを感じた。
消毒液の匂いだった。
アルコールの刺激が、スタジオ全体に充満していた。
ガラステーブルが、びっしょりと濡れていた。
床が、消毒液で拭かれた跡がある。
ソファには——布が敷かれていた。
持参した白い布が、ソファの座面に丁寧に置かれていた。
その上に座る男が、新しい手袋をはめながら、徹郎を見た。
鳥をかたどったマスク。黒いスーツ。整った目鼻立ちの下に、静かな嫌悪の色。
「……遅い。司会者は場を整えてから迎えるものだろう。不手際だ」
(開幕から司会のダメ出しをされた)
(この番組、来るゲスト全員が何かしら司会に注文をつける……!)
「え、えー……皆様、こんばんは。本日もご覧いただきありがとうございます」
「余計な挨拶は省け。時間の無駄だ」
「……本日のゲストをご紹介します——」
「治崎廻。オーバーホール。それだけでいい」
自己紹介まで短縮された。二話連続だ。
「……治崎さん、今夜は来ていただいて——」
「来たくて来たわけではない」
「……おっしゃる通りです。では——」
「この空間の目的を先に聞かせろ。三十分間の拘束に、計画的な意義はあるのか」
(計画的な意義……!)
(この人は開幕から「この番組に意義があるか」を問いかけてくる……!)
「三十分間、お話をするだけです。失敗すれば私の意識が永久幽閉されます」
「……そのリスクを負いながら、毎晩続けているのか」
「はい」
「計画性がない。リスクとリターンが釣り合っていない」
「……私の個性の仕様なので、改善できていません」
「計画のない目標は妄想と言う。改善できないなら——」
「でも続けています」
治崎が、少しだけ目を細めた。
「……頑固だな」
「毎晩やっていれば慣れます」
「慣れで克服できるのは習慣だ。リスクではない」
(この人は本当に一言一言が論点を突いてくる……!)
「……まず、座ってもらえますか」
「座っている」
「あのソファに敷いてある布は——」
「持参した。このソファが何人の人間を触れたか不明だ。不潔なものには直接触れない」
「……わかりました。あと——」
「なんだ」
「消毒液の匂いで、スタジオの空気が——」
「清潔にした。感謝しろ」
「……感謝の方向が逆では」
「どういう意味だ」
「スタジオは私の個性が作った空間なので、元から清潔です」
「お前の主観と私の基準は別だ」
「……そうですね」
「わかったならば、続けろ」
(この人に言い負かされた……! 開幕五分で……!)
「治崎さん、今いくつですか」
「二十四だ」
(二十四歳。計画が進行中の時期——まだ壊理を「資源」として研究している時期だ)
(壊理ちゃんが昨夜ここに来た。今夜はその壊理ちゃんを道具として使っていた男が来ている)
(攻略ノートに書いた一行が、頭の中で明滅する——「この番組の順番に、意味があるのかもしれない」)
「……今夜来たことは、知っていましたか」
「夢だと理解している。この空間が何かは概ね把握した」
「では、この番組のルールも」
「三十分間のトーク番組を成立させれば、お前は現実に戻れる。失敗すれば意識が永久幽閉される。そういうことだ」
「……正確です」
「計画を実行するには、相手の状況を正確に把握することが前提だ。基本だろう」
「……そうですね」
徹郎は、少しだけ手元のメモを見た。
攻略ノートの「治崎廻」のページに書いた一行——「この人には、普通のアプローチは通用しない。論理で来る。論理で返す」。
「治崎さん、一つ確認させてください」
「なんだ」
「今夜の番組に——協力していただけますか」
「三十分が過ぎれば帰れるんだろう。なら、邪魔する理由はない」
「……ありがとうございます」
「感謝は不要だ。取引だ」
「では——話を始めさせてください」
「どうぞ」
「治崎さんの研究について聞いてもいいですか」
治崎が、少しだけ徹郎を見た。
「……どこまで知っている」
「概要程度です」
「具体的に」
「個性を病と捉えていること。個性消失弾の研究をしていること。死穢八斎會の復興を目指していること」
「……ずいぶん詳しい概要だな」
「この番組のゲストの情報は、ある程度伝わってきます」
治崎が、少しだけ考えた。
「……それは、俺の計画に支障をきたす可能性がある」
「今夜の番組を終わらせることが最優先だと思いますが」
「……そうだな。続けろ」
「個性を病と捉える理由を、聞いてもいいですか」
治崎が、手袋をはめた指先で、テーブルをわずかに叩いた。
「見れば分かるだろう。この世界を見ろ。個性という名の異能が蔓延して——人は本来の姿から逸脱している。それは病以外の何だ」
「……個性のない時代を、正常と考えているんですか」
「そうだ。個性が発現する前の社会——それが人の本来の姿だ。そこに戻すことが、真の救済だ」
「……でも、個性を持って生まれてきた人たちは、それを奪われることになります」
「病原体を摘出する。それだけだ。当人が苦しもうとも、世界が正常に戻るなら——その苦しみは必要経費だ」
(必要経費……! 人の人生を「経費」と言った……!)
(でも——怒鳴っても意味がない。この人には論理で返さなければ届かない)
「……治崎さん。一つ聞いていいですか」
「なんだ」
「その計画を、組長は賛成していましたか」
スタジオが、静かになった。
治崎の指先が——止まった。
一秒の沈黙。
二秒。
「……関係ない話だ」
「関係ないわけではないと思います」
「なぜそう思う」
「治崎さんが動いている理由の根本に、組長への恩義がある——そう感じたので」
治崎が、徹郎を見た。
今夜初めて——少しだけ、違う目で見た。
「……どこで聞いた」
「この番組の特性です。詳しくは言えません」
「……」
「組長は、今も眠っていますか」
「……俺の話はするな」
「オヤジさんの話、と言うべきでしょうか」
治崎の目が、一瞬だけ——揺れた。
本当に一瞬だけ。でも確かに、揺れた。
「……その呼び方をするな」
「すみません」
「……俺は、親父の恩に報いるために動いている。それだけだ。余計なことを詮索するな」
「……でも、組長は反対していた」
「黙れ」
低い声だった。
静かだったが——温度が違った。
「……続けるなら、今すぐお前を解体する。夢の中でも、俺の個性が機能するかどうか、試してみるか」
徹郎は、少し止まった。
(本気だ。この人は本気で言っている)
(でも——今のあの目の揺れは、本物だった)
「……わかりました。その話は、ここまでにします」
「賢明だ」
「代わりに、コーナーをやらせてください」
「コーナー?」
「はい。『八斎會式・解体新書』という名前で、世の中の事象を治崎さんに分類していただきたいのですが」
治崎が、少し目を細めた。
「……面白い名前をつけるな」
「お褒めの言葉として受け取ります」
「褒めていない」
(二回目だ。「褒めていない」が二回目だ。相澤先生と同じパターン……!)
「最初のお題——ヒーローに憧れる子供たちについて、必要か不要か」
治崎が、即答した。
「不要だ」
「理由は」
「個性に酔いしれる病人の予備軍だ。早期に現実を教え込む必要がある。憧れは麻薬に等しい——理性を曇らせ、現実から目を逸らさせる」
(……子供の夢を病気扱いかよ)
(あんた、友達いないだろ)
「……オールマイトに憧れる子も、病人ですか」
「例外はない。特にヒーローへの信仰は最たる英雄症候群だ。社会が個性というウイルスを崇拝し始めた結果がこの世界だ」
「……では、夢を持つことは」
「計画のない夢は妄想だ。計画のある目標だけが現実を変える」
(それは一理ある、とも言えなくはないが——でもこの人の言い方が全てを台無しにしている)
「次のお題——自分を犠牲にしてでも誰かを守りたいという感情について」
治崎が、少し間を置いた。
「……自己保存本能を欠いた異常行動だ。精神的な欠陥と見るのが正しい」
「一言で言うと」
「病気だ。治さなきゃいけない」
「……その感情が、誰かを助けることに繋がる場合でも」
「個人の感情的な行動は、計画を乱す。利用価値があれば資源として使う。それだけだ」
(利用価値があれば資源として使う)
(……エリちゃんのことを言っているのと、同じ論理だ)
(反吐が出る。でも——怒鳴っても、この人には届かない)
「……治崎さん」
「なんだ」
「あなたの論理は、一貫しています」
「当然だ」
「でも——」
「でも?」
「一つだけ、論理の穴があります」
治崎が、徹郎を見た。
「……言ってみろ」
「あなたの計画の目的は、組長への恩に報いることでしょう」
「……続けろ」
「でも——組長が植物状態になったのは、あなたの計画が原因です」
スタジオが、また静かになった。
治崎の指先が、テーブルの布の端を、微かに掴んだ。
「……俺がやったことが最善だった。そのためには——」
「その計画を、組長は反対していた」
「関係ない」
「あなたが恩に報いようとして動いた結果が、その恩人を傷つけることになった——それは、計画の失敗ではないですか」
治崎の目が、細くなった。
「……黙れと言った」
「すみません。でも——」
「黙れ」
低い声だった。
徹郎は、一秒だけ考えた。
(ここで引く。この人は今、一番触れてはいけない場所に触れられている)
(引かないと、本当に解体される可能性がある)
「……わかりました。その話はしません」
「……賢明だ」
少しの沈黙があった。
治崎の指先が、布の端を、ゆっくりと離した。
「……一つだけ、最後に聞いていいですか」
「なんだ」
「壊理ちゃんが、笑った顔を——見たことがありますか」
治崎が、固まった。
今夜——一番長い沈黙だった。
三秒。
五秒。
「……笑う?」
「はい」
「……必要ない」
「なぜですか」
「部品に感情は不要だ。笑おうと泣こうと——計画の進捗には関係がない」
「……でも、見たことはありますか」
治崎が、少し前を向いた。
徹郎を見ない。スタジオの壁を見ていた。
「……見たことがあったとして、それがなんだ」
「見たことがあるんですね」
「言っていない」
「言い方でわかりました」
「……」
治崎が、また指先で布の端を掴んだ。
「……笑う子供など、この世界にいくらでもいる。感傷的な質問をするな、司会者」
「感傷ではありません。ただ——あなたが設計した世界には、笑っている人間はいますか」
「……個性という病が排除された世界だ。正常な人間が、正常に生きる世界だ」
「でも——壊理ちゃんが昨夜、ここで笑いました」
治崎が、徹郎を見た。
「……何?」
「林檎の飴を食べて、パーティークラッカーのテープを見て——笑いました。あの子は笑えます。笑いたいと思えています」
「……それが何だ」
「あなたの世界に、その笑顔はありますか」
スタジオが、静かだった。
炎も冷気も匂いもない。ただ——静かだった。
治崎は何も言わなかった。
「……感傷的なことを言うな」
しばらくして、低い声で言った。
「俺は親父の恩に報いる。そのためなら、俺は何にでもなる。感情は不要だ。計画だけが存在する」
「……自分に言い聞かせていますか」
「黙れ」
「すみません」
「……黙れと言った」
今夜一番、静かな声だった。
徹郎は——黙った。
そのとき。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー ♪
エンディングのテーマが、流れ始めた。
治崎が、立ち上がった。
持参した布を、几帳面に折り畳んだ。
触れた場所を、消毒液で拭き始めた。
「……時間か」
「お時間です。治崎さん、今夜は——」
「礼は要らない」
「……わかりました」
「最後に一言だろう」
「お願いします」
治崎が、出口の方を向いたまま、言った。
「……次は、もう少し清潔な場所で会いたいものだ」
「努力します」
「……いや、次はないか」
少しだけ、間があった。
「お前も、世界と一緒に根治してやるからな。病は、全て正してやる」
テーマ曲が、最後の段階へ移った。
♪ ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
旋律が最後の一音まで鳴り切るとき——
治崎の姿が、消毒液の匂いとともに、消えていった。
拭き取られた跡だけが、スタジオの至る所に残っていた。
目が覚めた。
朝の六時。
布団の中で、徹郎はしばらく動かなかった。
消毒液の匂いが、まだ鼻に残っている気がした。
(……正しいはずの男、か)
頭の中で、今夜の言葉が繰り返された。
「病気だよ。治さなきゃいけない」
「計画のない目標は妄想と言う」
「俺は親父の恩に報いる。そのためなら、俺は何にでもなる」
(全部、一貫している)
(全部、筋が通っている)
(でも——その計画の中に、壊理ちゃんの笑顔は入っていない)
(あんたが組み直そうとしている世界には、誰も笑っている奴がいないんだよ)
攻略ノートを開いた。
「治崎廻(24歳):今夜のゲスト。開幕から消毒液を撒いた(スタジオが清潔になった——感謝すべきかどうか不明)。ソファに持参の布を敷いた。手袋を最低二回替えた。論理的で計画的——感情論は通用しない。個性を病と定義する思想は一貫していて、崩せなかった。でも——組長の話と、壊理の笑顔の話で、指先が止まった。あの瞬間だけ、違う何かがいた。危険度:最高(個性の接触で即解体の可能性)。ただし、交渉の余地はある——計画の論理の穴を突くこと」
ペンを止めた。
最後の一行を書いた。
「※壊理ちゃんが笑った顔を見たことがある、と認めなかった。でも——否定もしなかった。それだけのことが、今朝の俺には、なぜか重要な気がしている。内緒」
その日の学校帰り、コンビニに消毒液が置いてあった。
(治崎さんが来た夜の次の日に、消毒液を買うのは——)
(……いや、これは普通に衛生管理のためだ。無関係だ)
徹郎は手を伸ばして——やめた。
代わりに、林檎ジュースを一本買った。
理由は、特にない。
ただ——なんとなく、今日は林檎の味が飲みたかった。
夜になれば、また鳴る。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル……♪
明日のゲストは誰だろう。
それだけが、黒柳徹郎の仕事だ。
第17話、治崎廻回でした。この人を書く時に一番難しかったのは「否定したくなる衝動を抑えること」でした。徹郎も、俺も、この人の論理に怒りを感じる。でも怒鳴っても届かない——それを徹郎がわかっていることを、描きたかった。
「壊理ちゃんの笑顔を見たことがあるか」という問いへの沈黙。あれだけが、今夜の治崎廻の中に残った人間の痕跡でした。
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