僕のヒーローアカデミア 徹子の部屋(※違います)   作:まだら模様

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※ちなみにどの時系列のキャラが来るかは不明で、同一人物でも別の時間軸やこの本編の時期や季節、年月が違う人がこの空間に誘われてきます。
例 本編2024年の場合 25年の年前の姿、26年の姿、10年前、5年前、全盛期、老衰期などいろんなバリエーションがあります。
一度来た人でも何度でも来る可能性があります。
やったね徹郎!たくさんの人とお話しできるよ!(白目)



第17回:オーバーホール

 

 

 「……不潔だな。この空間も、お前という存在も」

 

 ゲスト席に座るなり、彼は手袋を替え、周囲に徹底的な消毒液を撒き散らした。

 

 オーバーホール——治崎廻。

 

 その鳥面の奥にある瞳は、目の前の人間を「命」ではなく、解体して組み直すべき「汚れた部品」としてのみ分類していた。

 

 

 

 眠りに落ちた瞬間——鳴った。

 

 ♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー

  ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルルッルー

  ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー

  ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪

 

 スタジオに引き込まれた瞬間、徹郎は鼻を衝くものを感じた。

 

 消毒液の匂いだった。

 

 アルコールの刺激が、スタジオ全体に充満していた。

 ガラステーブルが、びっしょりと濡れていた。

 床が、消毒液で拭かれた跡がある。

 

 ソファには——布が敷かれていた。

 

 持参した白い布が、ソファの座面に丁寧に置かれていた。

 

 その上に座る男が、新しい手袋をはめながら、徹郎を見た。

 

 鳥をかたどったマスク。黒いスーツ。整った目鼻立ちの下に、静かな嫌悪の色。

 

 「……遅い。司会者は場を整えてから迎えるものだろう。不手際だ」

 

 (開幕から司会のダメ出しをされた)

 

 (この番組、来るゲスト全員が何かしら司会に注文をつける……!)

 

 

 

 「え、えー……皆様、こんばんは。本日もご覧いただきありがとうございます」

 

 「余計な挨拶は省け。時間の無駄だ」

 

 「……本日のゲストをご紹介します——」

 

 「治崎廻。オーバーホール。それだけでいい」

 

 自己紹介まで短縮された。二話連続だ。

 

 「……治崎さん、今夜は来ていただいて——」

 

 「来たくて来たわけではない」

 

 「……おっしゃる通りです。では——」

 

 「この空間の目的を先に聞かせろ。三十分間の拘束に、計画的な意義はあるのか」

 

 (計画的な意義……!)

 

 (この人は開幕から「この番組に意義があるか」を問いかけてくる……!)

 

 「三十分間、お話をするだけです。失敗すれば私の意識が永久幽閉されます」

 

 「……そのリスクを負いながら、毎晩続けているのか」

 

 「はい」

 

 「計画性がない。リスクとリターンが釣り合っていない」

 

 「……私の個性の仕様なので、改善できていません」

 

 「計画のない目標は妄想と言う。改善できないなら——」

 

 「でも続けています」

 

 治崎が、少しだけ目を細めた。

 

 「……頑固だな」

 

 「毎晩やっていれば慣れます」

 

 「慣れで克服できるのは習慣だ。リスクではない」

 

 (この人は本当に一言一言が論点を突いてくる……!)

 

 

 

 「……まず、座ってもらえますか」

 

 「座っている」

 

 「あのソファに敷いてある布は——」

 

 「持参した。このソファが何人の人間を触れたか不明だ。不潔なものには直接触れない」

 

 「……わかりました。あと——」

 

 「なんだ」

 

 「消毒液の匂いで、スタジオの空気が——」

 

 「清潔にした。感謝しろ」

 

 「……感謝の方向が逆では」

 

 「どういう意味だ」

 

 「スタジオは私の個性が作った空間なので、元から清潔です」

 

 「お前の主観と私の基準は別だ」

 

 「……そうですね」

 

 「わかったならば、続けろ」

 

 (この人に言い負かされた……! 開幕五分で……!)

 

 

 

 「治崎さん、今いくつですか」

 

 「二十四だ」

 

 (二十四歳。計画が進行中の時期——まだ壊理を「資源」として研究している時期だ)

 

 (壊理ちゃんが昨夜ここに来た。今夜はその壊理ちゃんを道具として使っていた男が来ている)

 

 (攻略ノートに書いた一行が、頭の中で明滅する——「この番組の順番に、意味があるのかもしれない」)

 

 「……今夜来たことは、知っていましたか」

 

 「夢だと理解している。この空間が何かは概ね把握した」

 

 「では、この番組のルールも」

 

 「三十分間のトーク番組を成立させれば、お前は現実に戻れる。失敗すれば意識が永久幽閉される。そういうことだ」

 

 「……正確です」

 

 「計画を実行するには、相手の状況を正確に把握することが前提だ。基本だろう」

 

 「……そうですね」

 

 徹郎は、少しだけ手元のメモを見た。

 

 攻略ノートの「治崎廻」のページに書いた一行——「この人には、普通のアプローチは通用しない。論理で来る。論理で返す」。

 

 「治崎さん、一つ確認させてください」

 

 「なんだ」

 

 「今夜の番組に——協力していただけますか」

 

 「三十分が過ぎれば帰れるんだろう。なら、邪魔する理由はない」

 

 「……ありがとうございます」

 

 「感謝は不要だ。取引だ」

 

 

 

 「では——話を始めさせてください」

 

 「どうぞ」

 

 「治崎さんの研究について聞いてもいいですか」

 

 治崎が、少しだけ徹郎を見た。

 

 「……どこまで知っている」

 

 「概要程度です」

 

 「具体的に」

 

 「個性を病と捉えていること。個性消失弾の研究をしていること。死穢八斎會の復興を目指していること」

 

 「……ずいぶん詳しい概要だな」

 

 「この番組のゲストの情報は、ある程度伝わってきます」

 

 治崎が、少しだけ考えた。

 

 「……それは、俺の計画に支障をきたす可能性がある」

 

 「今夜の番組を終わらせることが最優先だと思いますが」

 

 「……そうだな。続けろ」

 

 「個性を病と捉える理由を、聞いてもいいですか」

 

 治崎が、手袋をはめた指先で、テーブルをわずかに叩いた。

 

 「見れば分かるだろう。この世界を見ろ。個性という名の異能が蔓延して——人は本来の姿から逸脱している。それは病以外の何だ」

 

 「……個性のない時代を、正常と考えているんですか」

 

 「そうだ。個性が発現する前の社会——それが人の本来の姿だ。そこに戻すことが、真の救済だ」

 

 「……でも、個性を持って生まれてきた人たちは、それを奪われることになります」

 

 「病原体を摘出する。それだけだ。当人が苦しもうとも、世界が正常に戻るなら——その苦しみは必要経費だ」

 

 (必要経費……! 人の人生を「経費」と言った……!)

 

 (でも——怒鳴っても意味がない。この人には論理で返さなければ届かない)

 

 「……治崎さん。一つ聞いていいですか」

 

 「なんだ」

 

 「その計画を、組長は賛成していましたか」

 

 スタジオが、静かになった。

 

 治崎の指先が——止まった。

 

 

 

 一秒の沈黙。

 

 二秒。

 

 「……関係ない話だ」

 

 「関係ないわけではないと思います」

 

 「なぜそう思う」

 

 「治崎さんが動いている理由の根本に、組長への恩義がある——そう感じたので」

 

 治崎が、徹郎を見た。

 

 今夜初めて——少しだけ、違う目で見た。

 

 「……どこで聞いた」

 

 「この番組の特性です。詳しくは言えません」

 

 「……」

 

 「組長は、今も眠っていますか」

 

 「……俺の話はするな」

 

 「オヤジさんの話、と言うべきでしょうか」

 

 治崎の目が、一瞬だけ——揺れた。

 

 本当に一瞬だけ。でも確かに、揺れた。

 

 「……その呼び方をするな」

 

 「すみません」

 

 「……俺は、親父の恩に報いるために動いている。それだけだ。余計なことを詮索するな」

 

 「……でも、組長は反対していた」

 

 「黙れ」

 

 低い声だった。

 

 静かだったが——温度が違った。

 

 「……続けるなら、今すぐお前を解体する。夢の中でも、俺の個性が機能するかどうか、試してみるか」

 

 徹郎は、少し止まった。

 

 (本気だ。この人は本気で言っている)

 

 (でも——今のあの目の揺れは、本物だった)

 

 「……わかりました。その話は、ここまでにします」

 

 「賢明だ」

 

 「代わりに、コーナーをやらせてください」

 

 「コーナー?」

 

 「はい。『八斎會式・解体新書』という名前で、世の中の事象を治崎さんに分類していただきたいのですが」

 

 治崎が、少し目を細めた。

 

 「……面白い名前をつけるな」

 

 「お褒めの言葉として受け取ります」

 

 「褒めていない」

 

 (二回目だ。「褒めていない」が二回目だ。相澤先生と同じパターン……!)

 

 

 

 「最初のお題——ヒーローに憧れる子供たちについて、必要か不要か」

 

 治崎が、即答した。

 

 「不要だ」

 

 「理由は」

 

 「個性に酔いしれる病人の予備軍だ。早期に現実を教え込む必要がある。憧れは麻薬に等しい——理性を曇らせ、現実から目を逸らさせる」

 

 (……子供の夢を病気扱いかよ)

 

 (あんた、友達いないだろ)

 

 「……オールマイトに憧れる子も、病人ですか」

 

 「例外はない。特にヒーローへの信仰は最たる英雄症候群だ。社会が個性というウイルスを崇拝し始めた結果がこの世界だ」

 

 「……では、夢を持つことは」

 

 「計画のない夢は妄想だ。計画のある目標だけが現実を変える」

 

 (それは一理ある、とも言えなくはないが——でもこの人の言い方が全てを台無しにしている)

 

 「次のお題——自分を犠牲にしてでも誰かを守りたいという感情について」

 

 治崎が、少し間を置いた。

 

 「……自己保存本能を欠いた異常行動だ。精神的な欠陥と見るのが正しい」

 

 「一言で言うと」

 

 「病気だ。治さなきゃいけない」

 

 「……その感情が、誰かを助けることに繋がる場合でも」

 

 「個人の感情的な行動は、計画を乱す。利用価値があれば資源として使う。それだけだ」

 

 (利用価値があれば資源として使う)

 

 (……エリちゃんのことを言っているのと、同じ論理だ)

 

 (反吐が出る。でも——怒鳴っても、この人には届かない)

 

 「……治崎さん」

 

 「なんだ」

 

 「あなたの論理は、一貫しています」

 

 「当然だ」

 

 「でも——」

 

 「でも?」

 

 「一つだけ、論理の穴があります」

 

 治崎が、徹郎を見た。

 

 「……言ってみろ」

 

 

 

 「あなたの計画の目的は、組長への恩に報いることでしょう」

 

 「……続けろ」

 

 「でも——組長が植物状態になったのは、あなたの計画が原因です」

 

 スタジオが、また静かになった。

 

 治崎の指先が、テーブルの布の端を、微かに掴んだ。

 

 「……俺がやったことが最善だった。そのためには——」

 

 「その計画を、組長は反対していた」

 

 「関係ない」

 

 「あなたが恩に報いようとして動いた結果が、その恩人を傷つけることになった——それは、計画の失敗ではないですか」

 

 治崎の目が、細くなった。

 

 「……黙れと言った」

 

 「すみません。でも——」

 

 「黙れ」

 

 低い声だった。

 

 徹郎は、一秒だけ考えた。

 

 (ここで引く。この人は今、一番触れてはいけない場所に触れられている)

 

 (引かないと、本当に解体される可能性がある)

 

 「……わかりました。その話はしません」

 

 「……賢明だ」

 

 少しの沈黙があった。

 

 治崎の指先が、布の端を、ゆっくりと離した。

 

 

 

 「……一つだけ、最後に聞いていいですか」

 

 「なんだ」

 

 「壊理ちゃんが、笑った顔を——見たことがありますか」

 

 治崎が、固まった。

 

 今夜——一番長い沈黙だった。

 

 三秒。

 

 五秒。

 

 「……笑う?」

 

 「はい」

 

 「……必要ない」

 

 「なぜですか」

 

 「部品に感情は不要だ。笑おうと泣こうと——計画の進捗には関係がない」

 

 「……でも、見たことはありますか」

 

 治崎が、少し前を向いた。

 

 徹郎を見ない。スタジオの壁を見ていた。

 

 「……見たことがあったとして、それがなんだ」

 

 「見たことがあるんですね」

 

 「言っていない」

 

 「言い方でわかりました」

 

 「……」

 

 治崎が、また指先で布の端を掴んだ。

 

 「……笑う子供など、この世界にいくらでもいる。感傷的な質問をするな、司会者」

 

 「感傷ではありません。ただ——あなたが設計した世界には、笑っている人間はいますか」

 

 「……個性という病が排除された世界だ。正常な人間が、正常に生きる世界だ」

 

 「でも——壊理ちゃんが昨夜、ここで笑いました」

 

 治崎が、徹郎を見た。

 

 「……何?」

 

 「林檎の飴を食べて、パーティークラッカーのテープを見て——笑いました。あの子は笑えます。笑いたいと思えています」

 

 「……それが何だ」

 

 「あなたの世界に、その笑顔はありますか」

 

 スタジオが、静かだった。

 

 炎も冷気も匂いもない。ただ——静かだった。

 

 治崎は何も言わなかった。

 

 「……感傷的なことを言うな」

 

 しばらくして、低い声で言った。

 

 「俺は親父の恩に報いる。そのためなら、俺は何にでもなる。感情は不要だ。計画だけが存在する」

 

 「……自分に言い聞かせていますか」

 

 「黙れ」

 

 「すみません」

 

 「……黙れと言った」

 

 今夜一番、静かな声だった。

 

 徹郎は——黙った。

 

 

 

 そのとき。

 

 ♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー ♪

 

 エンディングのテーマが、流れ始めた。

 

 治崎が、立ち上がった。

 

 持参した布を、几帳面に折り畳んだ。

 

 触れた場所を、消毒液で拭き始めた。

 

 「……時間か」

 

 「お時間です。治崎さん、今夜は——」

 

 「礼は要らない」

 

 「……わかりました」

 

 「最後に一言だろう」

 

 「お願いします」

 

 治崎が、出口の方を向いたまま、言った。

 

 「……次は、もう少し清潔な場所で会いたいものだ」

 

 「努力します」

 

 「……いや、次はないか」

 

 少しだけ、間があった。

 

 「お前も、世界と一緒に根治してやるからな。病は、全て正してやる」

 

 テーマ曲が、最後の段階へ移った。

 

 ♪ ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー

  ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪

 

 旋律が最後の一音まで鳴り切るとき——

 

 治崎の姿が、消毒液の匂いとともに、消えていった。

 

 拭き取られた跡だけが、スタジオの至る所に残っていた。

 

 

 

 目が覚めた。

 

 朝の六時。

 

 布団の中で、徹郎はしばらく動かなかった。

 

 消毒液の匂いが、まだ鼻に残っている気がした。

 

 (……正しいはずの男、か)

 

 頭の中で、今夜の言葉が繰り返された。

 

 「病気だよ。治さなきゃいけない」

 「計画のない目標は妄想と言う」

 「俺は親父の恩に報いる。そのためなら、俺は何にでもなる」

 

 (全部、一貫している)

 

 (全部、筋が通っている)

 

 (でも——その計画の中に、壊理ちゃんの笑顔は入っていない)

 

 (あんたが組み直そうとしている世界には、誰も笑っている奴がいないんだよ)

 

 攻略ノートを開いた。

 

 「治崎廻(24歳):今夜のゲスト。開幕から消毒液を撒いた(スタジオが清潔になった——感謝すべきかどうか不明)。ソファに持参の布を敷いた。手袋を最低二回替えた。論理的で計画的——感情論は通用しない。個性を病と定義する思想は一貫していて、崩せなかった。でも——組長の話と、壊理の笑顔の話で、指先が止まった。あの瞬間だけ、違う何かがいた。危険度:最高(個性の接触で即解体の可能性)。ただし、交渉の余地はある——計画の論理の穴を突くこと」

 

 ペンを止めた。

 

 最後の一行を書いた。

 

「※壊理ちゃんが笑った顔を見たことがある、と認めなかった。でも——否定もしなかった。それだけのことが、今朝の俺には、なぜか重要な気がしている。内緒」

 

 

 

 その日の学校帰り、コンビニに消毒液が置いてあった。

 

 (治崎さんが来た夜の次の日に、消毒液を買うのは——)

 

 (……いや、これは普通に衛生管理のためだ。無関係だ)

 

 徹郎は手を伸ばして——やめた。

 

 代わりに、林檎ジュースを一本買った。

 

 理由は、特にない。

 

 ただ——なんとなく、今日は林檎の味が飲みたかった。

 

 夜になれば、また鳴る。

 

 ♪ ルールル ルルル ルールル ルルル……♪

 

 明日のゲストは誰だろう。

 

 それだけが、黒柳徹郎の仕事だ。

 




 第17話、治崎廻回でした。この人を書く時に一番難しかったのは「否定したくなる衝動を抑えること」でした。徹郎も、俺も、この人の論理に怒りを感じる。でも怒鳴っても届かない——それを徹郎がわかっていることを、描きたかった。
 「壊理ちゃんの笑顔を見たことがあるか」という問いへの沈黙。あれだけが、今夜の治崎廻の中に残った人間の痕跡でした。

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