僕のヒーローアカデミア 徹子の部屋(※違います) 作:まだら模様
攻略ノートに「爆豪勝己」のページは、ない。
正確に言うと、白紙のページはある。
名前だけ書いてある。「爆豪勝己」とだけ。
その下に書くべき攻略情報が、何もない。
理由は単純だ。
(あいつ、どう攻略すんだよ……)
昼間、学校で見かけるたびに徹郎は思ってきた。
雄英高校ではない。徹郎は一般の高校に通う普通の高校生だ。ニュースや雑誌で爆豪勝己の顔と名前は知っている。雄英の入試を爆破しながら突破したとか、体育祭で優勝したとか、なにかと話題になっている一年生だ。
話が通じない。すぐ爆破する。自尊心の塊。
どう見ても「三十分間のトーク番組」に向いていない人間だった。
そして、来た。
眠りに落ちた瞬間——鳴った。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー
ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルルッルー
ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
スタジオに引き込まれた瞬間、徹郎はゲストを見た。
見て、固まった。
ソファに座っている、というより、ソファに「押しつけられている」という感じだった。
腕を組んで、足を組んで、背もたれに沈み込んで、眉間に力を込めて、スタジオ全体を睨み回している。
爆豪勝己が、いた。
「あ”?」
目が合った。
「なんだここ。なんで俺、椅子に座ってんだ」
(詰んだ)
徹郎は瞬時にそう思ったが、詰んだ状態でも番組は始まる。詰んだ状態でも三十分は経過しない。詰んだ状態で意識を永久幽閉されるわけにもいかない。
震える足で、ステージへ踏み出した。
「え、えー……皆様、こんばんは。本日もご覧いただきありがとうございます」
「おい」
「本日のゲストをご紹介します。雄英高校ヒーロー科一年、爆豪勝己さんです」
「おい」
「よ、よろしくお願いします」
「おいこら無視すんな。なんだここ。夢か? 夢にしちゃリアルすぎるんだが」
「夢です」
「俺の夢じゃねえな。こんなしょぼいスタジオ、俺の夢に出てくるわけがねえ」
(しょぼいは余計だ)
「私の個性で発生している夢の空間です。私が司会で、あなたがゲストで、三十分間トーク番組をする、という状況です」
「は?」
「トーク番組、です」
「は??」
「徹子の部屋、といいます」
爆豪が眉をひそめた。
「……徹子の部屋ぁ?」
「はい」
「あの、昔やってたやつか」
「そうです」
「なんで」
「先祖が黒柳徹子で、その影響で個性がこういう形に発現したんだと思います」
しばらく沈黙があった。
爆豪がじっと徹郎を見ていた。値踏みするような目だった。
「……で? 俺はここで何をすればいい」
(あ、意外と話が早い)
「ただ話してくれれば、それで番組が成立します」
「話す? 何を」
「なんでも」
「なんでもって何だ、なんでもって」
「あなたの好きなこと、日常のこと、ヒーローとしての話、なんでも」
爆豪がふん、と鼻を鳴らした。
「……三十分で終わるんだろうな」
「終わります。必ず」
「わかった。座れ」
(生きた)
最初の五分は、奇跡的に平和だった。
爆豪が話す。徹郎が相槌を打つ。爆豪がまた話す。
内容は今日の訓練のことで、徹郎には専門知識がないので相槌しか打てないが、爆豪は特にそれを気にする様子もなく一方的に喋り続けた。
(あれ? 意外とトーク向いてる……?)
油断した。
「——で、俺がカウンターを決めたら相澤先生がこう言ったんだよ。『爆豪、お前は上手いが粗い』って」
「へえ、そうなんですか」
「そうなんですかじゃねえ。お前どう思う」
「え」
「粗いと思うか? 俺の動きが」
「……私には判断できないです、映像も見ていないので」
「じゃあ想像で言え」
「想像で……」
「俺の爆破を見たことくらいあるだろ。ニュースとか体育祭とか」
「あります、が……」
「粗いと思うか思わないか、二択で答えろ」
(どっちを答えても怒りそうだ)
徹郎は一秒考えて、答えた。
「思わないです。でも相澤先生がそう言うなら、画面からじゃ見えない部分に粗さがあるんじゃないですか」
爆豪が、じっと徹郎を見た。
「……まあ」
「まあ?」
「まあ、そういうことだと、俺も思ってる」
少し間があった。
「わかってるんですね、ちゃんと」
「当たり前だ。自分の欠点がわからない奴に伸びしろはない」
(あ、これはいける)
徹郎の頭の中で、攻略の糸口が光った。
「——それで言うと、爆豪さんのグローブの話を聞いてもいいですか」
「グローブ?」
「爆破の反動って、右肘に負担がかかりませんか。あの爆発の角度だと、長期戦になると蓄積するんじゃないかと思って」
爆豪の目が、細くなった。
「……なんでそれを知ってる」
「ニュース映像と体育祭の映像を見ていれば、なんとなく」
嘘だ。転生者の知識だ。でも今は使える情報は全部使う。
爆豪はしばらく徹郎を睨んでいたが、やがて口を開いた。
「……現状のグローブだと、確かに右肘への負荷が均等じゃない。それは俺も認識してる」
「対策は考えてますか」
「考えてる。グローブの設計を変えるか、撃ち方のフォームを変えるか。どっちが最適解か、まだ結論が出てない」
「設計変更とフォーム変更、どちらかが正解ということはないんじゃないですか」
「どういう意味だ」
「状況によって使い分ける、という発想はないんですか。近距離ならフォーム重視、長距離ならグローブの性能で補う、みたいな」
爆豪が、少し黙った。
徹郎の心臓が跳ねた。
(やばい、余計なこと言ったか——)
「……悪くない」
「え」
「悪くない発想だ。状況別に最適化するのは理にかなってる。なんで俺はそっちを先に考えなかったんだ」
爆豪が独り言のように呟いて、腕を組みなおした。
本気で考え始めた顔だった。
(やった。十五分は稼げる)
稼げなかった。
七分で考察が終わった。
「——で、答えが出た。設計変更とフォーム変更の並行で進める。以上」
「早い!?」
「頭の中でシミュレーションしたら答えが出た。問題ない」
(天才か)
残り時間を確認した。まだ十八分ある。
(次の話題を出さないと。何か、何か——)
「あの、爆豪さん」
「なんだ」
「好きな食べ物とか……」
「辛いもの全般」
「そ、そうですか。辛さのランキングとか——」
「俺の中では決まってる。聞くか?」
「聞きます!」
爆豪が淡々と辛さのランキングを語り始めた。
一位から十位まで、根拠とともに。
徹郎は必死にメモを取った。後で攻略ノートに書き写すために。
(これで五分は稼げる)
四分で終わった。
残り十四分。
(やばい。完全にネタが切れた。次に何を出す——)
徹郎の脳内で候補が高速で回転していた。
ヒーローとしての夢。デクのこと。体育祭のこと。
(デクの話題は地雷だ。体育祭は……さっき本人が体育祭の話をしたから、使えたかもしれないのに逃した。ヒーローとしての夢は——)
「……おい」
「はい!」
「今、何か隠してるだろ」
徹郎が固まった。
「か、隠してる?」
「この番組。失敗したらどうなる」
前回、オールマイトにも聞かれた質問だった。
今回も答えるべきか、一瞬迷った。
でも——爆豪は嘘に気づく。
「……意識が、ここに永久幽閉されます。現実の肉体は昏睡状態になります」
静寂。
爆豪がゆっくりと徹郎を見た。
「毎晩、か」
「毎晩です」
「ゲストは選べない」
「完全ランダムです」
「俺みたいなのが来る可能性もあった」
「……来ました」
爆豪がふっと、小さく息を吐いた。笑ったのか、呆れたのか、判別しにくかった。
「度胸あんじゃねえか」
「怖くてビビってます、今も」
「そうは見えない」
「見えないように必死にやってます」
爆豪がまた沈黙した。
今度は少し、種類の違う沈黙だった。
「——なんで俺に訊かないんだ」
「え?」
「攻略の話。俺をどうなだめるか、どう機嫌を取るか。訊きたいだろ、普通」
(正直すぎる人だ)
「訊いても、教えてくれなさそうだったので」
「正解だ。教えない」
「ですよね」
「でもまあ」
爆豪が、腕を組み直した。
「俺が来た夜は、少なくとも今夜は死なせてやる」
「え」
「番組を壊すつもりはない、ってことだ。俺がここを壊したところで俺の利益にならない。それだけだ」
(なんか優しいぞ……言い方は最悪だけど)
「……ありがとうございます」
「礼を言うな。気持ち悪い」
「はい」
残り七分。
空気が少し変わっていた。
爆豪が、さっきより少しだけ座り方を緩めていた。腕の組み方が、最初よりわずかにほどけている。徹郎はそれを見て、賭けに出ることにした。
「……一つだけ、踏み込んでいいですか」
「何だ」
「お母さんのこと」
スタジオの温度が、一度下がった気がした。
爆豪の眉が、ぴくりと動いた。
「……あ?」
「怒らせたかったわけじゃないです。ただ——お母さんも、強い人ですよね。あなたに厳しくして、認めることより叱ることを先にする人。でも根底に愛情がある。それはあなたも、わかってますよね」
爆豪が何も言わない。
「私、それを見てて——あなたが『誰の助けも借りずに一番になる』って信念、お母さんからの影響も大きいんじゃないかって思って」
「……」
「弱さを見せると怒られる。助けられると怒られる。だから一人で強くなるしかない。その回路、ずっと続いてませんか」
長い沈黙だった。
爆豪が、窓の外の暗闇を見ていた。スタジオに窓はない。でも彼はどこか遠いところを見ていた。
「……うるせえ」
小さい声だった。
怒鳴り声じゃなかった。
「お前には関係ない」
「関係ないですね、そうですね」
「そうだ」
「……でも、あなたは誰かに助けてもらうことを、本当は怖いと思ってるんじゃないですか。弱いと思われるより、負けることより——助けを求めることが、一番怖い」
爆豪が、徹郎を見た。
何かを言いかけて、やめた。
また、窓のない壁を見た。
「——今夜は、ここまでにしとけ」
それだけだった。
徹郎は「はい」と返した。それ以上踏み込まなかった。
そのとき。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー ♪
エンディングのテーマが、流れ始めた。
魔の三十秒。
徹郎は素早く切り替えた。
「——では、お時間となりました」
「早いな」
「そうですね。ありがとうございました、爆豪さん」
「礼を言うな気持ち悪い、と言った」
「すみません。でも本当に、助かりました」
爆豪が立ち上がった。
徹郎より少し高い視線で、無表情で、一瞬だけ見下ろして——
「最後に何か一言、いただけますか」
「……一言?」
「視聴者の皆さんへでも、私へでも」
爆豪が、鼻で笑った。
「視聴者なんて誰もいないだろ。お前以外」
「……そうですね」
「だったら——」
少し間があった。
「お前に言う。毎晩これをやってるなら、根性はあるってことだ。根性だけじゃ一番にはなれないが、根性がない奴は話にもならない」
「……」
「弱音を吐くなとは言わない。でも諦めるな。それだけだ」
その声が、テーマ曲と重なった。
♪ ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
旋律が最後の一音まで鳴り切ったとき——爆豪の姿が、煙のように消えていった。
爆発もなく。怒鳴り声もなく。
ただ、静かに。
目が覚めたのは、朝の五時半だった。
布団の中で天井を見ながら、徹郎はしばらく息をついた。
(……生きた。また生きた)
攻略ノートを開いて、白紙だったページに書き込む。
「爆豪勝己:最初は話が通じると思え。意外と筋道が立っている。技術論は有効・15分以内に結論を出すので過信するな。辛い食べ物の話は5分以内に終わる。失敗条件を正直に話しても壊さない(今夜は)。母親の話題は踏み込みすぎ注意——でも効く。危険度:中〜高(ただし本人に壊す気がなければ低)」
ペンを止めて、一行付け加えた。
「※思ったより話が通じた。あと『諦めるな』と言われた。なんか元気出た。内緒」
その日の朝のニュースに、爆豪勝己は出ていなかった。
代わりに、登校途中のコンビニで週刊誌の表紙に彼の顔を見た。体育祭の特集だ。爆破で空を舞い、誰よりも高いところにいる爆豪勝己の写真。
その顔に笑顔はなかった。でも怒っているわけでもない。ただ、圧倒的な確信とともに前を向いている顔だった。
昨夜、スタジオで「今夜は死なせてやる」と言ったときと、同じ目をしていた。
徹郎は雑誌を棚に戻して、コンビニを出た。
——まあ、また来るかもしれない。
そのときはもう少し、話せる気がした。
(たぶん。爆発しないとは言えないけど)
夜になれば、また鳴る。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル……♪
明日のゲストは誰だろう。
また爆豪だったら——
(攻略ノートのページを増やす。それだけだ)
それだけが、黒柳徹郎の仕事だ。