僕のヒーローアカデミア 徹子の部屋(※違います)   作:まだら模様

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※ちなみにどの時系列のキャラが来るかは不明で、同一人物でも別の時間軸やこの本編の時期や季節、年月が違う人がこの空間に誘われてきます。
例 本編2024年の場合 25年の年前の姿、26年の姿、10年前、5年前、全盛期、老衰期などいろんなバリエーションがあります。
一度来た人でも何度でも来る可能性があります。
やったね徹郎!たくさんの人とお話しできるよ!(白目)



第21回:トガヒミコ(血に飢えた少女)

 

 

 「ねえ、あなた。……いい匂いしますね。カワイイ。ちょっとだけ、中身見せてもらってもいいですか?」

 

 ソファの上で体育座りをし、頬を赤らめてナイフを弄ぶ少女。

 

 トガヒミコ——ナイトアイが説いた「最適」も、心操が研いだ「執念」も、一欠片も通用しない、感情の濁流がスタジオを侵食し始めた。

 

 

 

 眠りに落ちた瞬間——鳴った。

 

 ♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー

  ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルルッルー

  ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー

  ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪

 

 スタジオに引き込まれた瞬間——甘い匂いがした。

 

 香水か、花か、何かが甘い。でも少しだけ、鉄の気配も混じっていた。

 

 舞台袖からソファを確認した。

 

 少女が座っていた。

 

 いや——座っていなかった。

 

 ソファの上で体育座りをして、膝の上にナイフを置いて、くるくると回していた。

 

 黄色いお団子ヘア。八重歯。セーラー服。

 頬を少し赤らめて、スタジオのカメラを見ていた。

 

 「……カワイイ」

 

 独り言のように言った。

 

 「このライト、カワイイ。このカメラもカワイイ。あ——」

 

 舞台袖の徹郎と目が合った。

 

 少女が、ぱっと笑顔になった。

 

 「あなたも、カワイイ」

 

 (開幕から品定めされた……!)

 

 

 

 「えー……皆様、こんばんは。本日もご覧いただきありがとうございます」

 

 「こんばんは!」

 

 元気よく言った。

 

 「本日のゲストをご紹介します——」

 

 「トガヒミコです! よろしく!」

 

 「……トガちゃん、今夜は来ていただいて——」

 

 「ねえ、徹郎くん」

 

 「……はい」

 

 「ここ、血は出ますか」

 

 「出ません」

 

 「えー」

 

 「夢の中の空間なので出ません。絶対に出ません」

 

 「ほんとに?」

 

 「ほんとに」

 

 「……つまんない」

 

```

(開幕三十秒で血の話になった……!)

```

 

 「あの、トガちゃん。そのナイフ——」

 

 「これ? カワイイでしょ」

 

 「カワイイかどうかより——カメラに向けないでほしいんですが」

 

 「えー、なんで。カメラ、刺したら中から何か出てくるかなって」

 

 「出てきません!! 高いやつなので刺さないでください!!」

 

 「じゃあカメラじゃなくて——」

 

 「どこにも刺さないでください!!」

 

 トガちゃんが、ぷっと吹き出した。

 

 「徹郎くん、面白い」

 

 「面白くないです! 毎晩命がけなんです私は!!」

 

 「毎晩命がけ!? カワイイ!!」

 

 (この子の「カワイイ」の射程範囲が広すぎる……!!)

 

 

 

 「……トガちゃん、今いくつですか」

 

 徹郎は、息を整えてから確認した。

 

 「十六! 女子高生!」

 

 (十六歳。林間合宿の頃か、その前後か——まだ逃亡生活の途中で、仮面をかぶって生きていた頃より後だ)

 

 「……今夜は、どんな調子ですか」

 

 「最高! 追われてるけど、最高!」

 

 「追われてるのに最高なんですか」

 

 「うん。捕まらなかった日は最高なの。毎日最高だよ」

 

 あっさりと言った。

 

 (逃亡生活を「捕まらなかった日は最高」と言える……この子は、その状態が普通になっているんだ)

 

 「……この番組のルールは知ってますか」

 

 「知らない! でも、三十分で終わるんでしょ? この夢の空間みたいなやつ」

 

 「よくわかりましたね」

 

 「なんとなく! 徹郎くんの顔に書いてあった」

 

 「……私の顔に」

 

 「『三十分で終わらせなきゃ』って顔してたよ。最初からずっと」

 

 (この子の観察眼……! 無防備そうに見えて、全部見ている……!)

 

 「……失礼しました」

 

 「謝らなくていいよ。そういう顔、好きだから」

 

 「好きですか」

 

 「必死な顔、好き」

 

 (必死な顔が好きという文脈を把握しかけて——やめた。やめておいた)

 

 

 

 「では——話を始めさせてください」

 

 「うん!」

 

 「トガちゃんは、何が好きですか」

 

 「血! ボロボロな人! カワイイもの! デクくん!」

 

 「……四つ、一気に来ましたね」

 

 「あ、あと恋バナ! 恋バナ好き!」

 

 「恋バナ……」

 

 「徹郎くん、好きな人いますか」

 

 「……今それを聞きますか」

 

 「聞く! 恋バナしようよ! あたし、恋バナするの大好きなの!」

 

 「……私は司会者なので、基本的にゲストに話を聞く側で——」

 

 「じゃあ私が聞く! 徹郎くんは好きな人いますか!」

 

 「……今夜の番組の主題からずれているので——」

 

 「ずれてない! 恋バナは全部の主題に繋がるの!」

 

 (この子には論理が効かない……!)

 

 (でも——その「全部に繋がる」という感覚は、あながち間違いでもない気がして怖い……!)

 

 「……トガちゃんは、好きな人がいますか」

 

 「います!!」

 

 「どんな人ですか」

 

 「ボロボロで、血の匂いがして、必死な顔をしてる人!」

 

 「……具体的に思い浮かべている人はいますか」

 

 「デクくん!!」

 

 (聞いた私が悪かった)

 

 

 

 「……コーナーをやってもいいですか」

 

 十分が過ぎた頃、徹郎が言った。

 

 「コーナー!? やる! 何!?」

 

 「トガちゃんの『スキスキ・アナライズ』というコーナーです。私がお題を出すので、好きか嫌いか教えてください」

 

 「好き! 絶対好き!」

 

 「コーナーの内容を聞く前に好きって言わないでください」

 

 「だって好きそうだったから!」

 

 (先読みした……! この子、本当に全部見ている……!)

 

 「最初のお題——一生懸命頑張っている人」

 

 「超好き!!」

 

 「理由は」

 

 「必死な顔が好きだから! 頑張ってる人って、ボロボロになるじゃない? そのボロボロが——」

 

 「わかりました次のお題!」

 

 「えー! 続き聞いてよ!」

 

 「次のお題——『自分を大切にしなさい』というアドバイス」

 

 トガちゃんが、少しだけ止まった。

 

 「……嫌い」

 

 「理由は」

 

 「……自分を大切にするって、どういう意味?」

 

 「一般的には——自分を傷つけないようにする、とか、自分の気持ちを大事にする、とか」

 

 「……じゃあ」

 

 トガちゃんが、少しだけ声のトーンを落とした。

 

 「ちっちゃい頃の私に『自分を大切にしなさい』って言った大人は、全員——私の気持ちを大切にしなかったけど」

 

 スタジオが、少しだけ静かになった。

 

 「……そういうことを言われたんですか」

 

 「言われた。血が好きだって言ったら、気持ち悪いって言われた。でもそれが私の気持ちなのに——自分の気持ちを大切にしなさいって、どっちが本当なの?」

 

 「……それは」

 

 「矛盾してるじゃん。自分の気持ちを大切にしたら、周りが嫌がった。周りに合わせたら、自分が死にそうだった。どっちにしても、詰んでたんだよね、あたし」

 

 (……この子が「自分を大切にしなさい」を嫌いな理由が、今わかった)

 

 (その言葉を言ってきた大人は、誰一人として——トガちゃんの気持ちを大切にしなかったんだ)

 

 

 

 「……一つだけ、踏み込んでいいですか」

 

 徹郎が、少し声を落とした。

 

 「なんでも聞いていいよ」

 

 「トガちゃんが求めている『普通』って——どんなものでしたか」

 

 トガちゃんが、少しだけ止まった。

 

 「……普通」

 

 「はい」

 

 「……普通って、なんだろ」

 

 独り言のように言った。

 

 「みんながやってることをやること? みんなが好きなものを好きになること? でも——あたし、血が好きだったから。それは変えられなかったから」

 

 「変えようとしましたか」

 

 「した! ずっとした!!」

 

 少し声が大きくなった。

 

 「ちっちゃい頃からずっと我慢した。血を見ても、カワイイって思わないようにした。好きな子ができても、血を吸いたいって思わないようにした。ずっとやめようとしたけど——」

 

 「でもダメだった」

 

 「……でもダメだった」

 

 静かな声だった。

 

 「ダメだったの。何回やめようとしても、ダメだった。それだけなの」

 

 「……それだけ、というのは」

 

 「悪いことをしたいわけじゃなかった。誰かを傷つけたいわけでもなかった。ただ——自分の好きな気持ちを、止められなかっただけなの」

 

 「……その気持ちを、受け入れてくれた人はいましたか」

 

 トガちゃんが、少しだけ間を置いた。

 

 「……ヴィラン連合の人たちは、受け入れてくれた。弔くんも、仁くんも——あたしのことを変だって言わなかった」

 

 「よかったです」

 

 「でも——外の人は、誰も」

 

 「……外の人というのは」

 

 「普通の人たち。学校の人とか、家族とか」

 

 「……家族も」

 

 「……家族も」

 

 一言だった。

 

 重かった。

 

 

 

 「……一つだけ、言ってもいいですか」

 

 徹郎が、静かに言った。

 

 「なに?」

 

 「トガちゃんの気持ちは——普通だったと思います」

 

 トガちゃんが、徹郎を見た。

 

 「……は?」

 

 「誰かを好きになって、その人のことをもっと知りたいと思って、その人と同じになりたいと思う。それは——普通の気持ちだと思います」

 

 「……でも、あたしの場合は血で——」

 

 「手段が違っただけで、気持ちの本質は普通だったと思います」

 

 「……それは」

 

 「お茶子ちゃんも言っていましたよ。好きな人の血を吸いたいというのは——みんなが好きな人にキスをしたいと思うのと、同じだと感じたって」

 

 トガちゃんの目が、少しだけ大きくなった。

 

 「……お茶子ちゃんが、そんなことを」

 

 「言っていました」

 

 「……いつ」

 

 「少し前に、ここに来てくれたので」

 

 トガちゃんが、少しだけ俯いた。

 

 「……お茶子ちゃん、好きだったな」

 

 「……知っています」

 

 「あたしのこと、嫌いだったと思うけど。でも——ちゃんと向き合ってくれた。あたしのことを、ちゃんと見てくれた」

 

 「……見てくれていましたよ。ちゃんと」

 

 トガちゃんが、少しだけ目を細めた。

 

 「……徹郎くん、お節介」

 

 「そうですか」

 

 「……でも。正論を言わないところは、嫌いじゃない」

 

 「正論というのは」

 

 「あんた悪いことしてるから、とか。傷つけちゃいけないとか。そういうことを言わないから——嫌いじゃない」

 

 「……言うつもりはなかったので」

 

 「なんで」

 

 「今夜のトガちゃんに、それを言う権利が私にあるかわからなかったので」

 

 トガちゃんが、少しだけ止まった。

 

 「……変な人」

 

 「よく言われます」

 

 「徹郎くん、本当に変な人。でも——」

 

 少しの間があった。

 

 「……カワイイ」

 

 

 

 「……もう一つだけ聞いていいですか」

 

 「なんでも」

 

 「トガちゃんは、今——幸せですか」

 

 トガちゃんが、ぱっと笑った。

 

 「幸せ!」

 

 「本当に?」

 

 「本当に! 追われてるけど、捕まらなかった日は最高だって言ったじゃない。毎日、好きなものに正直に生きてるから——幸せだよ」

 

 「……でも」

 

 「でも?」

 

 「寂しくないですか」

 

 トガちゃんが、少しだけ止まった。

 

 笑顔が、少しだけ——揺れた。

 

 「……寂しいのは、ずっとだよ」

 

 静かな声だった。

 

 「ちっちゃい頃からずっと寂しかった。でも——寂しいのと、幸せなのは、同時にあっていいじゃない」

 

 「……同時に」

 

 「うん。あたしは今、寂しくて、幸せ。どっちも本当のことだから」

 

 「……それは」

 

 「徹郎くんも、そうじゃない?」

 

 徹郎は、少し止まった。

 

 「……え?」

 

 「毎晩ここで色んな人と話して、覚えているのは自分だけで、誰にも言えなくて——寂しいじゃない。でも、それでも続けてる。幸せじゃないのに続けてるわけじゃないと思うから」

 

 徹郎は、返す言葉が出なかった。

 

 (この子は——こんなに鋭く見ている)

 

 (ずっと周りを観察して生きてきたから)

 

 (誰にも理解されなかったから、誰よりも——人の中身を見ることができる)

 

 「……そうかもしれません」

 

 「でしょ」

 

 トガちゃんが、少しだけ笑った。

 

 「あたしたち、ちょっと似てるかもね。寂しくて、幸せ」

 

 

 

 そのとき。

 

 ♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー ♪

 

 エンディングのテーマが、流れ始めた。

 

 トガちゃんが、ソファからぴょんと立ち上がった。

 

 「もう終わり?」

 

 「お時間です。トガちゃん、今夜は来てくれてありがとうございました」

 

 「楽しかった!」

 

 「最後に——一言、もらえますか」

 

 トガちゃんが、少しだけ考えた。

 

 「一言ね……」

 

 振り返って、徹郎を見た。

 

 「バイバイ、徹郎くん」

 

 「……バイバイ、トガちゃん」

 

 「……ねえ」

 

 「なんですか」

 

 「あたしの普通が、普通だったって——言ってくれてありがとう」

 

 スタジオが、静かになった。

 

 「誰にも言ってもらえなかったから。ずっと。だから——覚えておく」

 

 「……翌朝は忘れます」

 

 「忘れてもいいよ」

 

 トガちゃんが、少しだけ笑った。

 

 「夢の中で誰かに言ってもらえたこと、どこかに残るかもしれないから」

 

 テーマ曲が、最後の段階へ移った。

 

 ♪ ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー

  ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪

 

 「あ、一個だけ!」

 

 「なんですか」

 

 「徹郎くんの血、何色かな」

 

 「……赤です。普通の赤です」

 

 「普通の赤かぁ」

 

 トガちゃんが、目を細めた。

 

 「……普通の赤でも、キレイだよ、きっと」

 

 旋律が最後の一音まで鳴り切るとき——

 

 トガちゃんの姿が、甘い匂いとともに、消えていった。

 

 ソファの上に、ナイフが一本だけ残っていた。

 

 それもすぐに、消えた。

 

 スタジオに、甘い匂いだけが、しばらく漂っていた。

 

 

 

 目が覚めた。

 

 朝の——六時。

 

 布団の中で、徹郎はしばらく動かなかった。

 

 「あたしの普通が、普通だったって——言ってくれてありがとう」

 

 その言葉が、頭の中にあった。

 

 (……トガちゃん)

 

 「誰にも言ってもらえなかったから」

 

 ずっと我慢してきた。仮面をかぶって生きてきた。それで限界が来て、壊れた。壊れた後は、逃げ続けた。

 

 その子が「普通だったって言ってくれてありがとう」と言った。

 

 (俺には何もできない)

 

 (治すこともできない。救うこともできない。止めることもできない)

 

 (でも——今夜だけは、この子の気持ちが普通だったと言えた)

 

 (それだけが、俺にできることだった)

 

 攻略ノートを開いた。

 

 手が、少し止まった。

 

 「トガヒミコ(16歳):今夜のゲスト。開幕からナイフを弄んでいた——カメラと私の身が危なかった。『カワイイ』の射程範囲が広すぎる。観察眼が鋭い——私の顔から状況を読んだ。自分の気持ちを止められなかった、それだけだと言っていた。『自分を大切にしなさい』という言葉が嫌いな理由を聞いた——その言葉を言った大人が、誰も彼女を大切にしなかったから。寂しくて、幸せ、が今の状態だと言っていた。危険度:最高(ナイフ)。でも——今夜、誰よりも正直に話してくれた」

 

 ペンを止めた。

 

 最後の一行を書いた。

 

「※『普通の赤でも、キレイだよ、きっと』と言って消えた。……ありがとう、トガちゃん。俺は普通の赤しか持っていないけれど、今夜あなたに会えてよかった。内緒」

 

 

 

 その日の学校帰り、なんとなく空を見た。

 

 夕焼けが赤かった。

 

 (普通の赤だ)

 

 (でも——キレイだ)

 

 トガちゃんが言った通りだった。

 

 「寂しくて、幸せ」

 

 今夜のあの言葉が、徹郎の胸に残っていた。

 

 あの子は今も逃げながら生きている。捕まらなかった日を「最高」と言いながら。

 

 笑いながら泣いた日のことを、どこかに持ちながら。

 

 (好きなものに正直に生きている)

 

 (それだけは——本当のことだ)

 

 夜になれば、また鳴る。

 

 ♪ ルールル ルルル ルールル ルルル……♪

 

 明日のゲストは誰だろう。

 

 それだけが、黒柳徹郎の仕事だ。

 

 




 第21話、トガちゃん回でした。「治す」でも「救う」でも「否定する」でもない話を書こうと決めていました。徹郎にできることは「あなたの普通は、普通だった」と言うことだけ。その一言のために、今夜の三十分があったのだと思います。
 「普通の赤でも、キレイだよ、きっと」——最後のその一言が、今夜の全てでした。
 トガちゃん……と、つい呟いてしまいそうな夜でした。

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