僕のヒーローアカデミア 徹子の部屋(※違います) 作:まだら模様
例 本編2024年の場合 25年の年前の姿、26年の姿、10年前、5年前、全盛期、老衰期などいろんなバリエーションがあります。
一度来た人でも何度でも来る可能性があります。
やったね徹郎!たくさんの人とお話しできるよ!(白目)
「ねえ、あなた。……いい匂いしますね。カワイイ。ちょっとだけ、中身見せてもらってもいいですか?」
ソファの上で体育座りをし、頬を赤らめてナイフを弄ぶ少女。
トガヒミコ——ナイトアイが説いた「最適」も、心操が研いだ「執念」も、一欠片も通用しない、感情の濁流がスタジオを侵食し始めた。
眠りに落ちた瞬間——鳴った。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー
ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルルッルー
ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
スタジオに引き込まれた瞬間——甘い匂いがした。
香水か、花か、何かが甘い。でも少しだけ、鉄の気配も混じっていた。
舞台袖からソファを確認した。
少女が座っていた。
いや——座っていなかった。
ソファの上で体育座りをして、膝の上にナイフを置いて、くるくると回していた。
黄色いお団子ヘア。八重歯。セーラー服。
頬を少し赤らめて、スタジオのカメラを見ていた。
「……カワイイ」
独り言のように言った。
「このライト、カワイイ。このカメラもカワイイ。あ——」
舞台袖の徹郎と目が合った。
少女が、ぱっと笑顔になった。
「あなたも、カワイイ」
(開幕から品定めされた……!)
「えー……皆様、こんばんは。本日もご覧いただきありがとうございます」
「こんばんは!」
元気よく言った。
「本日のゲストをご紹介します——」
「トガヒミコです! よろしく!」
「……トガちゃん、今夜は来ていただいて——」
「ねえ、徹郎くん」
「……はい」
「ここ、血は出ますか」
「出ません」
「えー」
「夢の中の空間なので出ません。絶対に出ません」
「ほんとに?」
「ほんとに」
「……つまんない」
```
(開幕三十秒で血の話になった……!)
```
「あの、トガちゃん。そのナイフ——」
「これ? カワイイでしょ」
「カワイイかどうかより——カメラに向けないでほしいんですが」
「えー、なんで。カメラ、刺したら中から何か出てくるかなって」
「出てきません!! 高いやつなので刺さないでください!!」
「じゃあカメラじゃなくて——」
「どこにも刺さないでください!!」
トガちゃんが、ぷっと吹き出した。
「徹郎くん、面白い」
「面白くないです! 毎晩命がけなんです私は!!」
「毎晩命がけ!? カワイイ!!」
(この子の「カワイイ」の射程範囲が広すぎる……!!)
「……トガちゃん、今いくつですか」
徹郎は、息を整えてから確認した。
「十六! 女子高生!」
(十六歳。林間合宿の頃か、その前後か——まだ逃亡生活の途中で、仮面をかぶって生きていた頃より後だ)
「……今夜は、どんな調子ですか」
「最高! 追われてるけど、最高!」
「追われてるのに最高なんですか」
「うん。捕まらなかった日は最高なの。毎日最高だよ」
あっさりと言った。
(逃亡生活を「捕まらなかった日は最高」と言える……この子は、その状態が普通になっているんだ)
「……この番組のルールは知ってますか」
「知らない! でも、三十分で終わるんでしょ? この夢の空間みたいなやつ」
「よくわかりましたね」
「なんとなく! 徹郎くんの顔に書いてあった」
「……私の顔に」
「『三十分で終わらせなきゃ』って顔してたよ。最初からずっと」
(この子の観察眼……! 無防備そうに見えて、全部見ている……!)
「……失礼しました」
「謝らなくていいよ。そういう顔、好きだから」
「好きですか」
「必死な顔、好き」
(必死な顔が好きという文脈を把握しかけて——やめた。やめておいた)
「では——話を始めさせてください」
「うん!」
「トガちゃんは、何が好きですか」
「血! ボロボロな人! カワイイもの! デクくん!」
「……四つ、一気に来ましたね」
「あ、あと恋バナ! 恋バナ好き!」
「恋バナ……」
「徹郎くん、好きな人いますか」
「……今それを聞きますか」
「聞く! 恋バナしようよ! あたし、恋バナするの大好きなの!」
「……私は司会者なので、基本的にゲストに話を聞く側で——」
「じゃあ私が聞く! 徹郎くんは好きな人いますか!」
「……今夜の番組の主題からずれているので——」
「ずれてない! 恋バナは全部の主題に繋がるの!」
(この子には論理が効かない……!)
(でも——その「全部に繋がる」という感覚は、あながち間違いでもない気がして怖い……!)
「……トガちゃんは、好きな人がいますか」
「います!!」
「どんな人ですか」
「ボロボロで、血の匂いがして、必死な顔をしてる人!」
「……具体的に思い浮かべている人はいますか」
「デクくん!!」
(聞いた私が悪かった)
「……コーナーをやってもいいですか」
十分が過ぎた頃、徹郎が言った。
「コーナー!? やる! 何!?」
「トガちゃんの『スキスキ・アナライズ』というコーナーです。私がお題を出すので、好きか嫌いか教えてください」
「好き! 絶対好き!」
「コーナーの内容を聞く前に好きって言わないでください」
「だって好きそうだったから!」
(先読みした……! この子、本当に全部見ている……!)
「最初のお題——一生懸命頑張っている人」
「超好き!!」
「理由は」
「必死な顔が好きだから! 頑張ってる人って、ボロボロになるじゃない? そのボロボロが——」
「わかりました次のお題!」
「えー! 続き聞いてよ!」
「次のお題——『自分を大切にしなさい』というアドバイス」
トガちゃんが、少しだけ止まった。
「……嫌い」
「理由は」
「……自分を大切にするって、どういう意味?」
「一般的には——自分を傷つけないようにする、とか、自分の気持ちを大事にする、とか」
「……じゃあ」
トガちゃんが、少しだけ声のトーンを落とした。
「ちっちゃい頃の私に『自分を大切にしなさい』って言った大人は、全員——私の気持ちを大切にしなかったけど」
スタジオが、少しだけ静かになった。
「……そういうことを言われたんですか」
「言われた。血が好きだって言ったら、気持ち悪いって言われた。でもそれが私の気持ちなのに——自分の気持ちを大切にしなさいって、どっちが本当なの?」
「……それは」
「矛盾してるじゃん。自分の気持ちを大切にしたら、周りが嫌がった。周りに合わせたら、自分が死にそうだった。どっちにしても、詰んでたんだよね、あたし」
(……この子が「自分を大切にしなさい」を嫌いな理由が、今わかった)
(その言葉を言ってきた大人は、誰一人として——トガちゃんの気持ちを大切にしなかったんだ)
「……一つだけ、踏み込んでいいですか」
徹郎が、少し声を落とした。
「なんでも聞いていいよ」
「トガちゃんが求めている『普通』って——どんなものでしたか」
トガちゃんが、少しだけ止まった。
「……普通」
「はい」
「……普通って、なんだろ」
独り言のように言った。
「みんながやってることをやること? みんなが好きなものを好きになること? でも——あたし、血が好きだったから。それは変えられなかったから」
「変えようとしましたか」
「した! ずっとした!!」
少し声が大きくなった。
「ちっちゃい頃からずっと我慢した。血を見ても、カワイイって思わないようにした。好きな子ができても、血を吸いたいって思わないようにした。ずっとやめようとしたけど——」
「でもダメだった」
「……でもダメだった」
静かな声だった。
「ダメだったの。何回やめようとしても、ダメだった。それだけなの」
「……それだけ、というのは」
「悪いことをしたいわけじゃなかった。誰かを傷つけたいわけでもなかった。ただ——自分の好きな気持ちを、止められなかっただけなの」
「……その気持ちを、受け入れてくれた人はいましたか」
トガちゃんが、少しだけ間を置いた。
「……ヴィラン連合の人たちは、受け入れてくれた。弔くんも、仁くんも——あたしのことを変だって言わなかった」
「よかったです」
「でも——外の人は、誰も」
「……外の人というのは」
「普通の人たち。学校の人とか、家族とか」
「……家族も」
「……家族も」
一言だった。
重かった。
「……一つだけ、言ってもいいですか」
徹郎が、静かに言った。
「なに?」
「トガちゃんの気持ちは——普通だったと思います」
トガちゃんが、徹郎を見た。
「……は?」
「誰かを好きになって、その人のことをもっと知りたいと思って、その人と同じになりたいと思う。それは——普通の気持ちだと思います」
「……でも、あたしの場合は血で——」
「手段が違っただけで、気持ちの本質は普通だったと思います」
「……それは」
「お茶子ちゃんも言っていましたよ。好きな人の血を吸いたいというのは——みんなが好きな人にキスをしたいと思うのと、同じだと感じたって」
トガちゃんの目が、少しだけ大きくなった。
「……お茶子ちゃんが、そんなことを」
「言っていました」
「……いつ」
「少し前に、ここに来てくれたので」
トガちゃんが、少しだけ俯いた。
「……お茶子ちゃん、好きだったな」
「……知っています」
「あたしのこと、嫌いだったと思うけど。でも——ちゃんと向き合ってくれた。あたしのことを、ちゃんと見てくれた」
「……見てくれていましたよ。ちゃんと」
トガちゃんが、少しだけ目を細めた。
「……徹郎くん、お節介」
「そうですか」
「……でも。正論を言わないところは、嫌いじゃない」
「正論というのは」
「あんた悪いことしてるから、とか。傷つけちゃいけないとか。そういうことを言わないから——嫌いじゃない」
「……言うつもりはなかったので」
「なんで」
「今夜のトガちゃんに、それを言う権利が私にあるかわからなかったので」
トガちゃんが、少しだけ止まった。
「……変な人」
「よく言われます」
「徹郎くん、本当に変な人。でも——」
少しの間があった。
「……カワイイ」
「……もう一つだけ聞いていいですか」
「なんでも」
「トガちゃんは、今——幸せですか」
トガちゃんが、ぱっと笑った。
「幸せ!」
「本当に?」
「本当に! 追われてるけど、捕まらなかった日は最高だって言ったじゃない。毎日、好きなものに正直に生きてるから——幸せだよ」
「……でも」
「でも?」
「寂しくないですか」
トガちゃんが、少しだけ止まった。
笑顔が、少しだけ——揺れた。
「……寂しいのは、ずっとだよ」
静かな声だった。
「ちっちゃい頃からずっと寂しかった。でも——寂しいのと、幸せなのは、同時にあっていいじゃない」
「……同時に」
「うん。あたしは今、寂しくて、幸せ。どっちも本当のことだから」
「……それは」
「徹郎くんも、そうじゃない?」
徹郎は、少し止まった。
「……え?」
「毎晩ここで色んな人と話して、覚えているのは自分だけで、誰にも言えなくて——寂しいじゃない。でも、それでも続けてる。幸せじゃないのに続けてるわけじゃないと思うから」
徹郎は、返す言葉が出なかった。
(この子は——こんなに鋭く見ている)
(ずっと周りを観察して生きてきたから)
(誰にも理解されなかったから、誰よりも——人の中身を見ることができる)
「……そうかもしれません」
「でしょ」
トガちゃんが、少しだけ笑った。
「あたしたち、ちょっと似てるかもね。寂しくて、幸せ」
そのとき。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー ♪
エンディングのテーマが、流れ始めた。
トガちゃんが、ソファからぴょんと立ち上がった。
「もう終わり?」
「お時間です。トガちゃん、今夜は来てくれてありがとうございました」
「楽しかった!」
「最後に——一言、もらえますか」
トガちゃんが、少しだけ考えた。
「一言ね……」
振り返って、徹郎を見た。
「バイバイ、徹郎くん」
「……バイバイ、トガちゃん」
「……ねえ」
「なんですか」
「あたしの普通が、普通だったって——言ってくれてありがとう」
スタジオが、静かになった。
「誰にも言ってもらえなかったから。ずっと。だから——覚えておく」
「……翌朝は忘れます」
「忘れてもいいよ」
トガちゃんが、少しだけ笑った。
「夢の中で誰かに言ってもらえたこと、どこかに残るかもしれないから」
テーマ曲が、最後の段階へ移った。
♪ ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
「あ、一個だけ!」
「なんですか」
「徹郎くんの血、何色かな」
「……赤です。普通の赤です」
「普通の赤かぁ」
トガちゃんが、目を細めた。
「……普通の赤でも、キレイだよ、きっと」
旋律が最後の一音まで鳴り切るとき——
トガちゃんの姿が、甘い匂いとともに、消えていった。
ソファの上に、ナイフが一本だけ残っていた。
それもすぐに、消えた。
スタジオに、甘い匂いだけが、しばらく漂っていた。
目が覚めた。
朝の——六時。
布団の中で、徹郎はしばらく動かなかった。
「あたしの普通が、普通だったって——言ってくれてありがとう」
その言葉が、頭の中にあった。
(……トガちゃん)
「誰にも言ってもらえなかったから」
ずっと我慢してきた。仮面をかぶって生きてきた。それで限界が来て、壊れた。壊れた後は、逃げ続けた。
その子が「普通だったって言ってくれてありがとう」と言った。
(俺には何もできない)
(治すこともできない。救うこともできない。止めることもできない)
(でも——今夜だけは、この子の気持ちが普通だったと言えた)
(それだけが、俺にできることだった)
攻略ノートを開いた。
手が、少し止まった。
「トガヒミコ(16歳):今夜のゲスト。開幕からナイフを弄んでいた——カメラと私の身が危なかった。『カワイイ』の射程範囲が広すぎる。観察眼が鋭い——私の顔から状況を読んだ。自分の気持ちを止められなかった、それだけだと言っていた。『自分を大切にしなさい』という言葉が嫌いな理由を聞いた——その言葉を言った大人が、誰も彼女を大切にしなかったから。寂しくて、幸せ、が今の状態だと言っていた。危険度:最高(ナイフ)。でも——今夜、誰よりも正直に話してくれた」
ペンを止めた。
最後の一行を書いた。
「※『普通の赤でも、キレイだよ、きっと』と言って消えた。……ありがとう、トガちゃん。俺は普通の赤しか持っていないけれど、今夜あなたに会えてよかった。内緒」
その日の学校帰り、なんとなく空を見た。
夕焼けが赤かった。
(普通の赤だ)
(でも——キレイだ)
トガちゃんが言った通りだった。
「寂しくて、幸せ」
今夜のあの言葉が、徹郎の胸に残っていた。
あの子は今も逃げながら生きている。捕まらなかった日を「最高」と言いながら。
笑いながら泣いた日のことを、どこかに持ちながら。
(好きなものに正直に生きている)
(それだけは——本当のことだ)
夜になれば、また鳴る。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル……♪
明日のゲストは誰だろう。
それだけが、黒柳徹郎の仕事だ。
第21話、トガちゃん回でした。「治す」でも「救う」でも「否定する」でもない話を書こうと決めていました。徹郎にできることは「あなたの普通は、普通だった」と言うことだけ。その一言のために、今夜の三十分があったのだと思います。
「普通の赤でも、キレイだよ、きっと」——最後のその一言が、今夜の全てでした。
トガちゃん……と、つい呟いてしまいそうな夜でした。
今回の回が心に残ったり、面白かったら是非お気に入りに登録、感想、評価付与をしていただければ幸いです!
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