僕のヒーローアカデミア 徹子の部屋(※違います) 作:まだら模様
※ちなみにどの時系列のキャラが来るかは不明で、同一人物でも別の時間軸やこの本編の時期や季節、年月が違う人がこの空間に誘われてきます。
例 本編2024年の場合 25年の年前の姿、26年の姿、10年前、5年前、全盛期、老衰期などいろんなバリエーションがあります。
一度来た人でも何度でも来る可能性があります。
やったね徹郎!たくさんの人とお話しできるよ!(白目)
※今回はあの一般市民の方に出てもらいました。
あえて色合いを変えてai挿絵を入れております。
誰なんだろと確認したい方はこちらより確認お願い致します。
【挿絵表示】
「……あの、すみません」
扉の前で立ち止まった女性は、申し訳なさそうに、身を縮めていた。
「私、座るとカメラに入り切らない……ですよね。立ったままの方がいいでしょうか」
鳥のような顔立ち。動物の耳。天井に届きそうな長身。普通の街を歩いていたような、カジュアルな服装。
でも——その目が、何かを怖がっていた。
怒鳴られることを。笑われることを。迷惑だと言われることを。
ヒーロー図鑑にも、ヴィランの指名手配書にも載らない——ただ、この街の片隅で「異形」として生きるだけの、一人の市民だった。
眠りに落ちた瞬間——鳴った。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー
ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルルッルー
ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
スタジオに引き込まれた瞬間、徹郎は静かな空気を感じた。
プレッシャーじゃない。熱でも冷気でも匂いでもない。
ただ——静かで、少しだけ、固い空気だった。
舞台袖からソファを確認した。
……誰もいなかった。
(また来ていない? いや——)
扉が、おそるおそる、開いた。
「……失礼します」
一歩、入ってきた。
天井まで届きそうな背丈。鳥のような顔。おどおどと、スタジオを見回している。
スタジオの照明と、カメラと、セットを、順番に確認していた。
そして——徹郎を見て。
一瞬だけ、びくっとした。
「……ご、ごめんなさい。急に来てしまって。あの、ここって——」
「大丈夫ですよ。入ってきてください」
「でも、私、大きくて——ソファに座ったらはみ出てしまうと思うんですが」
「はみ出ても大丈夫です」
「……本当ですか」
「本当です」
彼女が、また少し躊躇った。
(この人は——「大丈夫」という言葉を、すぐには信じられない)
(何度も「大丈夫」と言われてから、裏切られてきたんだろう)
「えー……皆様、こんばんは。本日もご覧いただきありがとうございます」
「あ、こんばんは……」
「本日のゲストをご紹介します——」
女性が、少しだけ身を縮めた。
「あの……名前、ないんです、私。公式に」
「……そうですね。じゃあ今夜は、どうお呼びしましょうか」
「……なんでも」
「なんでも、というのも難しいので——一般女性さん、でいいですか」
女性が、少し目を丸くした。
「……一般女性さん」
「公式の呼び方ですし」
「……笑わないんですか」
「笑いません。素敵な呼び方だと思います」
女性が、少しだけ間を置いた。
「……ありがとうございます」
小さな声だった。でも確かに聞こえた。
「ソファに座ってもらえますか」
「あの……はみ出ると思いますし、壊れてしまうかもしれないので——」
「壊れません。夢の中の備品なので」
「夢の中の……」
「私の個性で作られたスタジオなので、物理的な制約が通常とは違います。安心して座ってください」
女性が、おそるおそる、ソファに近づいた。
座った。
案の定、はみ出た。ソファの端から足が出た。背もたれから頭が出た。
でも——ソファは壊れなかった。
「……大丈夫、ですね」
「大丈夫でした」
「……あの。マイクが届かないですね、私には」
徹郎は、少しだけ周りを見た。
台を見つけた。スタジオの隅にあった踏み台を持ってきた。その上に立って、マイクを彼女の口元の高さに合わせた。
「これでどうですか」
「……あの」
「はい」
「……そういうことを、してもらったことが、なかったので」
「どういうことですか」
「こういう大きさだから、届かないから——最初からいなかったことにされることの方が、多くて。合わせてもらったことが、あまりなくて」
徹郎は、踏み台の上で少しだけ止まった。
(……合わせてもらったことがない)
(この人の高さに、誰かが合わせてくれたことが——ほとんどなかった)
「……今夜は、合わせます」
「……ありがとうございます」
「今日は、いくつですか」
「……二十三です」
「どんなところに住んでいますか」
「……普通の住宅街です。ただ、天井が低くて。よくぶつけます」
「頭を」
「頭と、耳と。冬はコートが全然なくて。サイズが合うものが、売っていないので。毎年、手縫いで作っています」
「器用ですね」
「器用というか——作るしかないので」
あっさりと言った。
その「作るしかない」という言葉の重さを、徹郎は少し噛み締めた。
「……仕事はしていますか」
「……しています。事務の仕事です。ただ、最初は中々雇ってもらえなくて」
「見た目のせいで」
「……そうです。悪い人だと思われるわけじゃないんですけど。怖いとか、お客さんが引くとか——そういう理由で、何度か断られました」
「……今の職場は」
「今の職場は……いいです。上司が、フェアな人で。見た目で判断しないで、仕事で評価してくれるので」
「それは、よかったです」
「うん。本当に、よかったです」
彼女が、少しだけ口の端を上げた。
笑みだった。
ほんの少し、でも——確かに、笑みだった。
「コーナーをやってもいいですか」
十分が過ぎた頃、徹郎が言った。
「……私で、大丈夫ですか?コーナーって、面白い人がやるものじゃないですか」
「面白い人だけがやるわけじゃないです」
「……そうですか」
「『街角の、見えない景色』というコーナーです。一般女性さんの目線から見えている世界を、聞かせてもらえますか」
「……私の目線」
「はい。この身長だと、きっと私には見えていないものが見えていると思うので」
彼女が、少しだけ考えた。
「……最初のお題、出してもらえますか」
「では——混雑した駅の改札を歩く時、どんな景色ですか」
「……みんなの頭のてっぺんが見えます」
「頭のてっぺん」
「ずっと上から見ている感じです。でも——通るたびに、人が避けていくので。道が開くんです。怖いからだと思いますけど」
「人が避けていくのは、あなたが怖いからじゃないと思います」
「……え?」
「あなたという存在の大きさに、圧倒されているだけだと思います。それは怖さとは違う」
「……でも」
「あなたが上から見ている景色は、誰も見られないものです。頭のてっぺんを見下ろせる人間は、そんなにいない。それは——特別な景色だと思います」
女性が、少しだけ俯いた。
「……そういう言い方を、されたことがなかったです」
「そうですか」
「……いつも、『邪魔』か、『珍しい』か、どちらかで。特別、という言葉じゃなかったから」
「……覚えておいてください。今夜、特別と言いました」
「……はい」
「次のお題——『普通の人』になりたいと思った瞬間はありますか」
女性が、少し間を置いた。
「……可愛い洋服を見かけた時」
「具体的に言うと」
「ショーウインドウに飾ってある服を見て——つい立ち止まるんです。自分のサイズじゃないことはわかってるんですけど。それでも鏡の前で合わせてみて、ばかみたいって思いながら、でもやめられなくて」
「……ばかじゃないですよ」
「でも、サイズが合わないんです」
「それでも立ち止まれることが——大事なことだと思います」
「どういうことですか」
「諦めていたら、立ち止まらない。でも、あなたは立ち止まった。まだ諦めていない、ということじゃないですか」
女性が、また少しだけ俯いた。
「……そう、なのかな」
「そう思います」
「……でも、あの服は、着られないんですよ。どう頑張っても」
「……今夜、この番組のために、特注で用意できますよ」
「え?」
「夢の中の備品は融通が利くので。一着、作りましょうか」
女性が、目を丸くした。
「……本当ですか」
「本当です。どんな色が好きですか」
スタジオの隅に、一着のワンピースが現れた。
彼女の身長に合わせた、薄い青色のワンピース。
女性が、それをじっと見た。
「……きれい」
「どうぞ。試着しなくていいですから、持って帰ってください」
「……この夢から出たら、消えますよね」
「消えます」
「……そっか」
女性が、それでも、そっと手を伸ばした。
布を、指でなぞった。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
「……きれいだな。こういう服を着てみたかった」
「着てみたかった、ということは——夢の中では着られます」
「……いいんですか」
「どうぞ」
女性が、少し迷ってから——着た。
鏡がなかった。でも、少しだけ、背筋が伸びた気がした。
「……どうかな」
「よく似合っています」
「……本当に?」
「本当に」
「……ほんとうに、ほんとうに?」
(この聞き方……壊理ちゃんと同じだ)
(何度も確認しなければ信じられない人が、この世界にはたくさんいる)
「ほんとうに、ほんとうに、よく似合っています」
女性が——泣きそうな顔で、笑った。
「……一つだけ、踏み込んでいいですか」
徹郎が、少し声を落とした。
「はい」
「ヒーローに助けてもらったことがあると聞きました」
女性が、少しだけ頷いた。
「……あります。ヴィランに巻き込まれた時に。若い人が助けてくれました」
「……怖かったですか」
「……ヴィランも怖かったです。でも」
少し間があった。
「助けてもらった後の視線も、怖かったです」
「……視線が」
「『助かってよかった』という視線じゃなくて——『なんだあれは』という視線で。ヴィランを見る目と、あまり変わらなくて。私もヴィランみたいなものだって思われているのかな、て」
「……そんなことはないですよ」
「でも、そう見られる時があるんです。個性が怖い見た目だと——それだけで、悪い人みたいな扱いを受けることがあって。ヒーローが来て、怪物から私を救ってくれる。でも——その後の視線からは、ヒーローは守ってくれない」
スタジオが、静かになった。
徹郎は、少しの間、何も言えなかった。
(それは——)
(ヒーローが「物理的な脅威」から守ることはできる)
(でも「視線」は個性じゃない。怪物じゃない。だから、戦えない)
「……それでも」
徹郎が、静かに言った。
「それでも、あなたはこの街にいる。その街の中にいることを、選んでいる」
「……選んでいる、というか」
「他の選択肢もあったと思います。誰も知らないところへ行くとか、何かを壊すとか——でも、あなたはしなかった」
女性が、少し黙った。
「……怖かったから、できなかっただけかもしれません」
「それでも、結果として留まった。それは——勇気だと思います」
「……勇気」
「あなたが外に出るたびに視線と戦っている。毎日、それをやっている。私には、それが勇気に見えます」
女性が、俯いた。
「……誰にも言われたことがなかったな、そういうこと」
「そうですか」
「……みんな、可哀想だね、って言うか。頑張ってね、って言うか。でも——勇気があるって言ってくれた人は、初めてです」
スタジオに、静かな時間が流れた。
「……昨夜、トガちゃんという子がここに来たんですが」
しばらくして、徹郎が言った。
「……トガヒミコ」
女性が、少しだけ声のトーンを変えた。
「……名前は知っています。指名手配のポスターで」
「怖いですか、彼女が」
「……怖いです。でも」
「でも?」
「……ちょっとだけ、わかる気がする部分があって」
「どんな部分ですか」
「……変に見られてきた、という部分は。社会に合わなかった、という部分は」
「……そうですか」
「でも——彼女は飛び出して、私は飛び出さなかった。それだけの違いだと思うんです」
「その違いは、大きくないですか」
「……大きいか、小さいかわからないです。ただ——私には、飛び出す勇気も、誰かを傷つける力も、なかった」
「……それでも」
「……ただ、普通に笑って、普通に買い物をして、誰かに『おはよう』って言いたかっただけなんです」
一言一言が、静かだった。
「……それだけのことが、こんなに大変とは思わなかった」
「……そうですね」
「ヒーローになりたいとか、世界を変えたいとか、そんなことじゃなくて——ただ、普通に、おはようって言いたいだけで」
「……その願いは」
徹郎は、少しだけ声に力を込めた。
「その願いは——誰よりもヒーローらしい、強い意志だと思います」
女性が、少しだけ顔を上げた。
「……え?」
「おはようって言いたい。それだけのために、毎日外に出る。毎日視線と戦う。それを諦めずに続けることは——戦っていることと、変わらないと思います」
「……大げさですよ、そんな」
「大げさじゃないです。私には、それがよく見えます」
女性が、しばらく黙った。
「……この番組、変な番組ですね」
「よく言われます」
「……なんで名もない私みたいな人間が、こんなに丁寧に話を聞いてもらえるんでしょう」
「名前がないからじゃないですか」
「え?」
「名前がある人たちは、名前で呼ばれる。でも名前がない人の声は、名前がないことで聞こえにくくなる。だから——私が聞きたいと思っています」
女性が、また少し俯いた。
「……そうか」
「はい」
「……ありがとうございます」
そのとき。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー ♪
エンディングのテーマが、流れ始めた。
女性が、ソファから立ち上がった。
頭が、また天井に近づいた。
「……お時間です。今夜は来てくれてありがとうございました」
「……ありがとうございました」
「最後に——一言、もらえますか」
女性が、少し考えた。
ワンピースを、そっと手で触れた。
「……また、お話してもいいですか」
「いつでも」
「……名前も聞かずに、ただ話を聞いてくれて、ありがとうございました。こんな私の声が、こんなにちゃんと誰かに届くなんて、思っていなかったから」
テーマ曲が、最後の段階へ移った。
♪ ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
「……明日も頑張って外に出てみます」
「……出てみてください」
「……誰かに、おはようって言ってきます」
「……言ってきてください」
「……その人が、ちゃんと返してくれるといいな」
「……きっと返してくれます」
「……どうしてわかるんですか」
「……あなたがそう言えるから、わかります」
旋律が最後の一音まで鳴り切るとき——
女性の姿が、ゆっくりと、静かに消えていった。
ワンピースも、一緒に消えた。
スタジオに、何も残らなかった。
踏み台だけが、そこにあった。
目が覚めた。
朝の七時。
布団の中で、徹郎はしばらく動かなかった。
「こんな私の声が、こんなにちゃんと誰かに届くなんて」
その言葉が、頭の中にあった。
(……届いていたよ)
(俺には、あなたの声が届いていた)
(覚えているのは俺だけだ。でも——届いていた。それは、本当のことだ)
名前がない。記録がない。ヒーロー図鑑にも指名手配書にも載らない。
でも——今夜、ここにいた。
話してくれた。笑ってくれた。ワンピースを指でなぞってくれた。
「普通に、おはようって言いたいだけ」
それだけの願いを、毎日、諦めずに持ち続けている人がいた。
攻略ノートを開いた。
「一般女性(23歳):今夜のゲスト。扉の前で、はみ出るから立っていた方がいいかと聞いてきた。マイクの高さに合わせたら、合わせてもらったことがなかったと言っていた。普通の服が手に入らないから毎年手縫い。視線が怖い——ヴィランの視線と、助けてくれた後の視線が、似ていると言っていた。でも、外に出続けることをやめていない。おはようって言いたいだけ、という願いを持ち続けている。危険度:ゼロ。心への影響度:今夜一番、静かに、でも確かに刺さった」
ペンを止めた。
最後の一行を書いた。
「※名前がない。でも今夜ここにいた。……明日、誰かにおはようって言えたかな。ちゃんと返ってきたかな。確かめる方法はないけれど——確かめられなくても、俺は信じている。内緒」
その日の学校。
朝のホームルームの前、廊下ですれ違った同級生に、徹郎は「おはよう」と言った。
いつも言っている。毎日言っている。
でも今日は——少しだけ、その言葉の重さが違って感じた。
「おはよう」と返ってきた。
ただそれだけだった。
でも——ただそれだけのことが、誰かにとっては、全部なんだと知った。
夜になれば、また鳴る。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル……♪
明日のゲストは誰だろう。
それだけが、黒柳徹郎の仕事だ。
第22話、一般女性回でした。名前がないキャラクターを書くのは、今まで書いたどの話とも違う難しさがありました。名前がないから何も語れないのではなく——名前がないからこそ、語れることがある。今夜はそれを書きたかった。
「普通に、おはようって言いたいだけ」——その一言が、今話の全てでした。
ヒーローが守れるものと、守れないものがある。守れないものの中に、どれだけ重いものが含まれているか。この話を書きながら、ずっとそれを考えていました。
主要キャラが出なくても、心に残る夜があります。
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