僕のヒーローアカデミア 徹子の部屋(※違います)   作:まだら模様

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※ちなみにどの時系列のキャラが来るかは不明で、同一人物でも別の時間軸やこの本編の時期や季節、年月が違う人がこの空間に誘われてきます。
例 本編2024年の場合 25年の年前の姿、26年の姿、10年前、5年前、全盛期、老衰期などいろんなバリエーションがあります。
一度来た人でも何度でも来る可能性があります。
やったね徹郎!たくさんの人とお話しできるよ!(白目)



第23回:エッジショット

 

 

 「……物音ひとつ立てず、そこに座る。それがこれほど困難な場所とはな」

 

 ソファの上に、紙のように薄く、研ぎ澄まされた刃のような男が座っている。

 

 エッジショット——光輝くNo.1でもなく、闇に沈むヴィランでもない。その間の「影」に身を置く男が、白昼夢の静寂を、音もなく切り裂いた。

 

 

 

 眠りに落ちた瞬間——鳴った。

 

 ♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー

  ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルルッルー

  ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー

  ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪

 

 スタジオに引き込まれた瞬間——静かだった。

 

 いつもより静かだった。

 

 徹郎は舞台袖からソファを確認した。

 

 ……誰かが、いた。

 

 いる、はずだった。

 

 でも——カメラのモニターを確認すると、ソファが映っていない。ソファが映っていないというより——ソファの前の空間が、なぜか存在感を失っていた。

 

 (……え?)

 

 目を凝らすと——わずかに、輪郭が見えた。

 

 紙のように薄い、人の形が、ソファの上にあった。

 

 「……あの」

 

 徹郎が声をかけた。

 

 「……失礼した」

 

 低く、古風な声がした。

 

 輪郭が、少しだけ厚みを取り戻した。

 

 忍装束。覆面。折れ曲がった前髪。

 

 エッジショットが、ソファの上に——ようやく、「存在」していた。

 

 

 

 「えー……皆様、こんばんは。本日もご覧いただきありがとうございます」

 

 「……うむ」

 

 短かった。

 

 「本日のゲストをご紹介します——エッジショットさんです」

 

 「紙原伸也。エッジショット。それだけで足りよう」

 

 「……今夜は来ていただいて、ありがとうございます」

 

 「来たくて来たわけではないが——この空間、なかなかに面白い。音の反射が通常の建造物と異なる。司会者の個性が作る空間というのは、こういうものか」

 

 「……開幕から音響分析をされていたんですか」

 

 「職業病だ。場所に入れば、まず音と光と影を読む。忍びとして当然のことだ」

 

 (忍びの当然の基準が高い……!)

 

 「……あの、エッジショットさん」

 

 「なんだ」

 

 「先ほど、カメラに映っていなかったんですが」

 

 「……気づいていたか」

 

 「輪郭だけは見えていました。でも——体を薄くしすぎると、うちのカメラが認識できなくなるので、もう少しだけ存在感を出していただけますか」

 

 エッジショットが、少しだけ間を置いた。

 

 「……それは失礼した。無意識であった」

 

 「無意識で薄くなれるんですか!?」

 

 「習慣だ」

 

 「習慣で人体が薄くなるんですか!?」

 

 「十数年の鍛錬の賜物だ。誇っていい」

 

 (誇っていいんだ……!)

 

 (確かに音速超えの変化速度は誇れますけど、問題はそこじゃなくて……!)

 

 

 

 「改めて——今夜は何歳ですか」

 

 「三十三だ」

 

 (三十三歳。現役のプロヒーロー、No.4の時期だ)

 

 「……忍んでいるところ、申し訳ないのですが」

 

 「なんだ」

 

 「番組中に薄くなるのはやめていただけると助かります。掃除機で吸ってしまいそうで」

 

 「……掃除機で吸われるほど薄くはなれぬが」

 

 「ならないんですか」

 

 「流石にそこまでは」

 

 「安心しました。ただ——できるだけ、カメラに存在を認識させてください」

 

 「……努力する」

 

 (努力になるんだ……!)

 

 (存在感を出す努力、という概念を初めて聞いた……!)

 

 「それと、ソファの繊維に同化していましたが——あれは意図的にやっていましたか」

 

 「……気づいていたか」

 

 「なんとなく、ソファの柄が増えた気がして」

 

 「……情けないな。プロが一般市民に同化を看破されるとは」

 

 「一般市民というより、毎晩色んな人が来るので、多少は観察眼が育っていまして」

 

 「……そうか。それは良いことだ」

 

 エッジショットが、少しだけ背筋を正した。

 

 「この番組、思ったより侮れぬな」

 

 

 

 「一つ、確認させてください」

 

 「なんだ」

 

 「この番組のルールはご存知ですか」

 

 「三十分のトーク番組を成立させれば、司会者は現実に戻れる。失敗すれば意識永久幽閉。……そういうことであろう」

 

 「……正確です。どこで」

 

 「この空間に入った瞬間から、構造を読んでいた。音の反射、光の角度、司会者の緊張の度合い——そこから逆算した」

 

 (この人も開幕から全部把握している……!)

 

 (エンデヴァーさんが「部品を読む」なら、この人は「影と音で読む」……)

 

 「……失敗したら私の意識が永久幽閉されることも、読めましたか」

 

 「読めた。だからこそ、慎重に動いている」

 

 「慎重に動く、というのは」

 

 「この空間を壊すような行動は取らぬ。お前の命に関わることだからな」

 

 「……ありがとうございます」

 

 「礼は要らぬ。当然のことだ。人命を優先することは、忍びの基本だ」

 

 (この人の「基本」の基準も高い……!)

 

 

 

 「……エッジショットさん、少し聞いていいですか」

 

 十分が過ぎた頃、徹郎が言った。

 

 「なんだ」

 

 「名声のために活動していない、とおっしゃっていましたが——その言葉の意味を聞かせてもらえますか」

 

 エッジショットが、少しだけ前を向いた。

 

 「……数字に頓着はない。名声も、ランキングも、関心がない」

 

 「なぜですか」

 

 「ヒーローの本質は、安寧をもたらすことだ。名声はその結果として付いてくるものであって、目的ではない。名声を求めた瞬間、ヒーローは自分のために動き始める。それは危険だ」

 

 「……危険、というのは」

 

 「自分のために動く人間は、状況が不利になった瞬間に躊躇う。しかし——人のために動く人間は、最後まで動ける」

 

 「……それが、影であることを選んだ理由ですか」

 

 エッジショットが、少しだけ徹郎を見た。

 

 「……その問い、核心を突くな」

 

 「踏み込みすぎましたか」

 

 「いや——答える」

 

 少しの間があった。

 

 「影には、二つの意味がある。一つは目立たぬということ。もう一つは——光が当たる場所があるからこそ、影が生まれるということだ」

 

 「……影は、光があるから存在できる」

 

 「そうだ。光輝くヒーローたちが表に立つ。それを俺は支える。それが、俺の役割だと考えている」

 

 「……No.4という順位でも、それは変わらないですか」

 

 「変わらぬ。数字は他者が付けるものだ。俺が決めるものではない」

 

 

 

 「……コーナーをやってもいいですか」

 

 「なんだ」

 

 「『隠密・街角パトロール』というコーナーです。エッジショットさんがパトロール中に遭遇したシチュエーションを、どう対処するか教えてください」

 

 エッジショットが、少しだけ考えた。

 

 「……面白い趣向だ。やろう」

 

 「最初のシチュエーション——深夜、誰にも気づかれずに泣いている人を見つけた時」

 

 エッジショットが、間を置かずに言った。

 

 「……姿は見せぬ。近くの自販機で温かい飲料を買い、その者の足元に置いて去る」

 

 「……え」

 

 「声をかける必要はない。ただ——世界はまだ温かいと、一瞬だけ思わせれば十分だ」

 

 (かっこよすぎる……!)

 

 (それ、一歩間違えれば完全に不審者なんですが、エッジショットさんがやると忍道になるのがすごい……!)

 

 「……声はかけないんですか」

 

 「その者が泣いている理由は、俺には知れぬ。知らぬままに言葉をかけることは、時として傷つける。だが——温かいものを置くことは、傷つけない」

 

 「……それは」

 

 「言葉より先に、温度を届ける。それが俺の流儀だ」

 

 (この人の流儀、全部が深い……!)

 

 「次のシチュエーション——見た目のせいで人に避けられている市民を見かけた時」

 

 エッジショットが、少しだけ間を置いた。

 

 「……その者の、前を歩く」

 

 「前を歩く?」

 

 「俺が前を歩けば、人は俺を避ける。俺が道を開けることで、その者が歩きやすくなる。ただ、それだけのことだ」

 

 徹郎は、少しだけ黙った。

 

 (……昨夜の一般女性が言っていた言葉が、頭に来た)

 

 (「視線が怖い」という言葉が)

 

 「……実際に、そういうことをやったことがありますか」

 

 「ある」

 

 「……どんな方でしたか」

 

 「……答えられぬ。その者の話は、その者だけのものだ。俺が語る権利はない」

 

 「……それも、忍びの流儀ですか」

 

 「流儀というより——礼儀だ」

 

 

 

 「……一つだけ、踏み込んでいいですか」

 

 徹郎が、少し声を落とした。

 

 「どうぞ」

 

 「昨夜、一般の女性がここに来ました。名前がない方で——見た目が異形で、ヒーローに救われた後の視線が怖いとおっしゃっていました」

 

 エッジショットが、静かに聞いていた。

 

 「ヒーローは物理的な危機からは救えても、その後の視線からは救えない——そう言っていたんです。あなたは、それについてどう思いますか」

 

 長い沈黙があった。

 

 「……救えぬ」

 

 静かな声だった。

 

 「物理的な危機から救い出した後、その者の人生に寄り添い続けることは、我々には叶わぬ。戦場を離れれば、俺たちは影だ。日常には踏み込めない」

 

 「……それは」

 

 「歯がゆい。ずっと歯がゆい」

 

 エッジショットが、少しだけ前を向いた。

 

 「しかし——救えぬものを見続けることも、我々の仕事だ。その痛みを忘れないために。忘れた瞬間、俺たちは『救けに行く』という言葉を軽く使い始める」

 

 「……その痛みを、忘れないために影でいる」

 

 「そうだ。表舞台にいれば、見えなくなるものがある。影にいるからこそ、見え続けるものがある。その女性のような声が——影にいる俺には、届く」

 

 「……届いているんですか、今でも」

 

 「届いている。だからこそ、今夜ここでお前に話している」

 

 スタジオが、静かだった。

 

 徹郎は、少しだけ言葉を選んだ。

 

 「……彼女は、明日も外に出てみると言って帰りました。誰かにおはようって言ってみると」

 

 「……そうか」

 

 「……ヒーローは、その言葉が返ってきたかどうか、知ることができない」

 

 「……知ることができなくても——影は、巡り続ける。誰かが返事をした瞬間を、どこかで見ているかもしれぬ」

 

 「……そうですね」

 

 「忍びとはそういうものだ。結果を求めぬ。ただ、あるべき方向に動き続ける」

 

 

 

 「……エッジショットさん、個性についての話を聞いていいですか」

 

 「……なんだ」

 

 「個性を『忍法』と呼んでいますよね」

 

 「そうだ。紙肢は忍法だ」

 

 「……公式には否定されているそうですが」

 

 エッジショットが、少しだけ沈黙した。

 

 「……誰に聞いた」

 

 「調べました」

 

 「……」

 

 「個性なんですよね、実際には」

 

 「……忍法だ」

 

 「でも公式には——」

 

 「忍法だ」

 

 (譲らない……!)

 

 (この人、個性を忍法と呼ぶことに関しては一切揺るがない……!)

 

 「……わかりました。忍法ですね」

 

 「うむ」

 

 「ちなみに、学生時代に手芸同好会に所属していたと聞きましたが」

 

 エッジショットが、少しだけ間を置いた。

 

 「……どこで聞いた」

 

 「調べました」

 

 「……」

 

 「ベストジーニストさんの後輩で、同好会を引き継いだが誰にも気づかれずに自然消滅させてしまったと」

 

 「……それは、あまり人に話したくない話だ」

 

 「失礼しました」

 

 「謝らなくていい。事実だ。……新入部員を忍んで勧誘した結果、誰にも気づかれなかった。それだけのことだ」

 

 「忍びの技術を部員勧誘に使わないでください……!」

 

 「……あの時は、勧誘の仕方がわからなかったのだ」

 

 「わからなかったんですか!?」

 

 「……人前に出ることが苦手でな」

 

 (No.4ヒーローが人前が苦手……!)

 

 (でも言われてみれば、私生活は完全に謎で人前に姿を現さない……!)

 

 「……それは、意外でした」

 

 「意外か」

 

 「ヒーローとしてあれだけ活躍されているのに」

 

 「ヒーローの仕事と、私生活は別だ。仕事では役割がある。しかし私生活では——俺はただの紙原伸也だ。役割がない分、どう振る舞えばいいかわからなくなる」

 

 「……それは」

 

 「職業病だな。影でいることに慣れすぎて、光の中に出る方法を忘れてしまった」

 

 「……忘れてしまった」

 

 「……少し、笑えるだろう」

 

 エッジショットが、口の端をわずかに動かした。

 

 自嘲めいた、でも確かな笑みだった。

 

 「笑えないです」

 

 「……そうか」

 

 「……でも、今夜ここに来てくれた。光の中とは違うかもしれませんが」

 

 「……夢の中だからな。責任が伴わぬ分、少し楽だ」

 

 「それは良かったです」

 

 

 

 そのとき。

 

 ♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー ♪

 

 エンディングのテーマが、流れ始めた。

 

 エッジショットが、静かに立ち上がった。

 

 「……時間か」

 

 「お時間です。エッジショットさん、今夜は来ていただいてありがとうございました」

 

 「最後に一言だろう」

 

 「お願いします」

 

 エッジショットが、出口の方を向いた。

 

 「……黒柳徹郎」

 

 「はい」

 

 「お前は、この夢の中で多くの者の声を聞いてきた。ヒーローも、ヴィランも、市民も」

 

 「……はい」

 

 「その声を覚えていることは——無駄ではない」

 

 「……そうですか」

 

 「影が見続けることに意味があるように、お前が覚え続けることにも意味がある。この世界が、誰の声の上に成り立っているかを——忘れないでいてくれ」

 

 テーマ曲が、最後の段階へ移った。

 

 ♪ ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー

  ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪

 

 旋律が最後の一音まで鳴り切るとき——

 

 瞬きをした、一瞬で。

 

 ソファの上から、エッジショットの姿が消えた。

 

 音もなく。気配もなく。

 

 でも——

 

 「……さらばだ」

 

 声だけが、スタジオの空気に溶けるように、残った。

 

 「……君の問い、忘れることはない」

 

 それだけ言って——完全に、静寂になった。

 

 

 

 目が覚めた。

 

 朝の六時。

 

 布団の中で、徹郎はしばらく動かなかった。

 

 「この世界が、誰の声の上に成り立っているかを——忘れないでいてくれ」

 

 その言葉が、頭の中にあった。

 

 (……ええ)

 

 (それが、この番組にいる俺の——義務だと思っています)

 

 名声のために動かない人間が、誰よりも深くこの社会を見ている。

 

 影でいるから、見えるものがある。

 

 昨夜の一般女性が「視線が怖い」と言った。エッジショットは「その痛みを忘れないために影でいる」と言った。

 

 そして今朝、あの女性はどこかでおはようと言っているかもしれない。

 

 (……信じている)

 

 攻略ノートを開いた。

 

 「エッジショット(紙原伸也・33歳):今夜のゲスト。開幕からソファの繊維に同化していた——カメラが認識できなかった。無意識に薄くなる——十数年の鍛錬の賜物らしい。古風な口調。淡々としているが、気遣いができる。影でいることを選んだ理由が深かった——名声を求めると躊躇いが生まれる、だから影でいる。一般女性の『視線の話』を受けて、救えぬものを見続けることも仕事だと言っていた。学生時代に手芸同好会を自然消滅させた——それは笑えるが、人前が苦手な理由として聞くと笑えなくなる。危険度:低(今夜は敵意ゼロ)。でも、うっかり薄くなって掃除機で吸う可能性がある——次回は注意」

 

 ペンを止めた。

 

 最後の一行を書いた。

 

「※声だけ残して消えた。忍びらしい去り方だった。……『忘れることはない』と言っていた。俺も忘れない。影にいる人が見ているものを——覚えておく。内緒」

 

 

 

 その日の学校帰り、自販機の前を通った。

 

 温かいコーンスープが、一本売れていた。

 

 (……気のせいだ)

 

 でも——少しだけ、足を止めた。

 

 深夜、誰かの足元に温かいものを置いて去る人間がいる。

 

 その人間がNo.4ヒーローだとは、誰も知らない。

 

 (……そういう人が、この社会を動かしている)

 

 夜になれば、また鳴る。

 

 ♪ ルールル ルルル ルールル ルルル……♪

 

 明日のゲストは誰だろう。

 

 それだけが、黒柳徹郎の仕事だ。

 

 




 第23話、エッジショット回でした。「声だけ残して消えた」という演出がずっと頭にあって、そこから逆算して書きました。影でいることを選んだ人間が、夢の中だから少し楽だと言った。その一言に、この人の孤独と覚悟が全部入っていた気がします。
 手芸同好会を誰にも気づかれずに自然消滅させた——という公式エピソードも、笑いとして使いながら、でもその裏に「人前が苦手」という理由があると知ると笑えなくなる。そういうエッジショットが書けて、満足しています。
 「忍法だ」は一切揺るがなかった。公式に否定されても、彼にとっては忍法なのだから。

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