僕のヒーローアカデミア 徹子の部屋(※違います) 作:まだら模様
例 本編2024年の場合 25年の年前の姿、26年の姿、10年前、5年前、全盛期、老衰期などいろんなバリエーションがあります。
一度来た人でも何度でも来る可能性があります。
やったね徹郎!たくさんの人とお話しできるよ!(白目)
「あ、いたいた! ここが噂のスタジオか! 意外と普通なんだな!」
ゴーグルを首にかけ、青空のような笑顔を浮かべた少年が、雲に乗るようにふわりと現れた。
白雲朧——彼が「現在」の時系列に存在しないことを、この部屋の主である徹郎だけが知っていた。
眠りに落ちた瞬間——鳴った。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー
ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルルッルー
ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
スタジオに引き込まれた瞬間、白かった。
スタジオが、白い。
ガラステーブルの上に、小さな雲が浮いていた。
照明の周りに、綿菓子みたいな雲が漂っていた。
カメラのレンズの前に、うっすらと靄が漂っていた。
(……雲が、スタジオに入ってきている)
徹郎は舞台袖からソファを確認した。
少年が、ソファの背もたれに腕を乗せて、スタジオをきょろきょろと見回していた。
高い身長。ゴーグルを首にかけた、屈託のない顔。
生命感が、満ちていた。
眩しかった。
(……来たんだ)
(本当に、来てしまったんだ)
徹郎の胸が、じわりと痛んだ。
「えー……皆様、こんばんは。本日もご覧いただきありがとうございます」
「おっ、始まった始まった! こんばんは!」
元気よく返した。
「本日のゲストをご紹介します——」
「白雲朧! 雄英高校ヒーロー科二年! ヒーロー名はラウドクラウド! よろしく!」
「……よく来てくれました、白雲くん」
「なんか、しみじみした言い方だな。どうした?」
「いえ——今夜来てくれたことが、嬉しくて」
白雲が、少し首を傾けた。
「変なやつ」
「よく言われます」
「ハハッ、そうか! 俺は喜怒哀楽が顔に出るからな、しみじみした空気は苦手なんだよ。もっとさくっとやろうぜ!」
「……そうですね。さくっとやりましょう」
(さくっとやれるかどうか、わからないけれど)
「あの——ソファの上の雲、少し片付けてもらえますか。カメラが認識しにくくて」
「あっ、ごめんごめん! 無意識に出ちゃうんだよな!」
白雲が、ぱっと手を振ると、ソファの周りの雲が散った。
「こんな感じでいいか?」
「ありがとうございます。ちなみにスタジオの隅の靄も——」
「あー、あれも俺だ。すまん」
「天井の雲も」
「……全部俺だ。ごめん」
(全部!!)
(スタジオ中が白雲くんの個性で霧に包まれていた……!)
(エッジショットさんが存在を消すなら、白雲くんはスタジオをフィールドに塗り替えるのか……!)
「全部消してもらえますか」
「はいはい!」
白雲が両手を動かすと、スタジオの白靄がすっと消えた。
「……上手いですね、制御が」
「一応ヒーロー科だからな! でも無意識に出ちゃうのが玉に瑕でさ。落ち着いてる時は大丈夫なんだけど、楽しくなってくると漏れてくるんだよ」
「楽しくなると個性が漏れる」
「そうそう。……あ、また出てきた」
ガラステーブルの上に、小さな雲が一つ浮いていた。
白雲が、笑いながら消した。
(……楽しいと漏れてくる)
(今夜の白雲くんは、楽しそうだ)
(それが——一番、胸に刺さる)
「今日は何歳ですか」
「十七! 二年生!」
(十七歳。インターンの前か、その頃か——まだ、全部の未来の前だ)
(攻略ノートに書いた一行が頭に浮かぶ——「絶対に悟られるな。悟らせてはいけない」)
「……雄英は楽しいですか」
「最高だぜ! 消太はしかめっ面ばかりだし、マイクは毎回うるさいし、でも——なんかこの三人でいると、何でもできる気がするんだよ」
「三人で、ですか」
「うん。なんか変な組み合わせだよな。暗い奴と、うるさい奴と、俺。でも——そういうもんじゃないか? 違うやつが集まった方が面白いし、強い気がする」
「……強い、ですか」
「お互いの弱いところを、お互いで補える。それって——最強じゃないか?」
白雲が、あっさりと言った。
(最強じゃないか、か)
(その三人は、今も繋がっている。形は変わったけれど)
(相澤先生がゴーグルをつけているのは、あなたが貸してくれたから)
(マイクさんが叫び続けているのは、あなたに届けたい声があるから)
「……徹郎? どうした? また、しみじみしてる」
「……すみません。少し考えていました」
「何を?」
「……白雲くんが言う『最強』という言葉について」
「大げさだよ! ただの感想だぜ」
「大げさじゃないと思います」
「コーナーをやってもいいですか」
十分が過ぎた頃、徹郎が言った。
「コーナー! 好きだぜそういうの! 何をやる!?」
「『青空・イマジネーション』というコーナーです。もし、のお話を聞かせてください」
「もし、の話か! 好きだぜそういうの!」
「三人で事務所を立てるなら、名前はどうしますか」
白雲が、ぱっと目を輝かせた。
「お、いい質問じゃないか! 考えたことあるぞ!」
「どんな名前を」
「うーんとな——三色雲、ってどう?」
「三色雲」
「消太の影と、マイクの音と、俺の雲。全部合わせれば、どんな嵐も怖くない最強のチームになれる気がするだろ?」
「……最強ですね」
「ダサいか?」
「……いいえ」
「ほんとか? マイクに言ったら笑われそうだけどな。消太はなんか黙ってそうだし。でも——本当はそういうの、ちょっといいなって思ってるやつらだから」
「……そうですね」
「見てみたいよな、三人でやってる事務所。絶対面白いぜ。消太が経理担当で、マイクが広報担当で、俺がフィールドワーク担当。完璧じゃないか」
「……完璧ですね」
(見てみたかった。本当に、見てみたかった)
徹郎の声が、少しだけかすれた気がした。
「……次のお題です」
「うん」
「今の相澤くんに一言、言うとしたら何を言いますか」
白雲が、少し考えた。
珍しく——ゆっくりと考えた。
「あいつは、一人で抱え込みすぎるんだよ」
「……そうですか」
「個性の使い方が地味だとか、ヒーローに向いてないかもとか、ずっと一人で悩んでたからさ。でも——そんなことないって、俺は思ってる。あいつの目つきと判断力は、本物だ」
「……それを、本人に伝えましたか」
「伝えたよ! ちゃんと」
「どうでしたか」
「……黙ってた。でも、ちょっと肩の力が抜けたから、届いてたと思う。あいつ、顔に出ないけど、ちゃんと感じてるやつだから」
「……そうですね。相澤くんはそういう人だと思います」
白雲が、少し徹郎を見た。
「……なんか、知ってる感じの言い方だな」
「……この番組に来た方の話を、よく聞いているので」
「消太も来たのか」
「……来てくれました」
「そっか! アイツ、ちゃんとしゃべったか?」
「短文でしたが、全部届きました」
白雲が、ぱっと笑った。
「ハハッ! 短文! そりゃアイツらしいな!」
「……一つだけ、踏み込んでいいですか」
徹郎が、少し声を落とした。
「どうぞ」
「白雲くんは——誰かに覚えていてほしいですか」
白雲が、少しだけ止まった。
「……なんで急にそんなこと聞くんだ」
「この番組のゲストは、翌朝記憶が消えます。覚えているのは私だけです。そういう話をよくしていて——その言葉で、白雲くんに聞きたくなりました」
白雲が、少し前を向いた。
スタジオの天井を、見上げた。
「……んー」
「難しいですか」
「難しくはないんだけど——どう言えばいいかな」
少しの間があった。
「忘れられるのは、寂しいかもな。でも——」
「でも?」
「アイツらが俺のことを思い出して、一瞬でも笑ってくれるなら。俺がそこにいた意味って、それだけで十分なんじゃないかな」
徹郎は、返す言葉が出なかった。
(……それだけで十分)
(相澤先生がゴーグルをつけるたびに。マイクさんが叫ぶたびに。あなたのことを思っている。それは——今もそうだ)
「……笑ってくれていますよ」
「え?」
「アイツら、笑ってくれていますよ。あなたのことを思って」
白雲が、少しだけ目を丸くした。
「……なんか、知ってる感じの言い方だな、また」
「……すみません。つい」
「謝らなくていいよ。……ありがとな」
「……マイクくんのことも聞かせてもらえますか」
「マイク! あいつはな——」
白雲が、くしゃっと笑った。
「一番うるさいくせに、一番寂しがりなんだよ。沈黙が怖いから叫んでるって言ったら笑うかもしれないけど、俺にはそう見える」
「……鋭いですね」
「三年間隣にいれば、わかるよ。あいつ、誰かが傍にいないと不安になるタイプだから。だからうるさいんだと思う。声で、自分がここにいることを確認してる」
「……その通りです。マイクくんも先日来てくれて——沈黙が怖いと言っていました」
「だろ! やっぱりそうじゃないか!」
白雲が、得意そうに笑った。
「でもな、マイクのうるさいところ、嫌いじゃないんだよ。あいつが喋ってると、なんか安心するし——消太みたいに静かな奴と、マイクみたいにうるさい奴の間に俺がいると、ちょうどいいんだよな」
「……バランサーですね」
「そうそう! 俺がいないと、消太とマイク、絶対噛み合わないから!」
白雲が笑った。
(あなたがいなくなった後も、二人はちゃんと噛み合っているよ)
(あなたがいたから、二人は繋がれた)
(今もそれは続いている)
徹郎は、そのことを言わなかった。
言えなかった。
でも——言わなくてよかったと思った。
白雲くんが笑っているから、それでいいと思った。
「……一つだけ、最後に言っていいですか」
徹郎が、静かに言った。
「なんだ?」
「昨夜、マイクくんがここに来て——あなたに声を届けたいって言っていました。喉が枯れるまで叫んでいる人がいるって」
白雲が、少しだけ止まった。
スタジオの天井に、小さな雲が一つ、ふわりと浮いた。
「……マイクのやつ、相変わらずだな」
「相変わらずです」
「……嬉しいよ」
静かな声だった。
「届かなくても、響いてる。俺の耳には届かなくても——俺がここにいた証に、ちゃんと響いてる」
「……そうですね」
「だから徹郎、アイツらに言っといてくれ」
「……はい」
「曇り空の先は、いつも晴れてるぞって」
徹郎は、しばらく何も言えなかった。
目が、熱かった。
「……泣いてるか?」
「……泣いていません。目にゴミが」
「嘘だろ」
「……嘘です」
白雲が、くしゃっと笑った。
「ハハッ! 正直じゃないか! いいぞ!」
そのとき。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー ♪
エンディングのテーマが、流れ始めた。
白雲が、のんびりと立ち上がった。
「もう三十分か! 早いな!」
「お時間です。白雲くん、今夜は来てくれてありがとうございました」
「楽しかったぜ!」
「最後に——一言、もらえますか」
白雲が、少し考えた。
「そうだな——」
真っすぐ、徹郎を見た。
「お前みたいな奴がいてくれて、良かった」
「……ありがとうございます」
「覚えてくれる奴がいるってのは——悪くないな」
「……覚えています。絶対に」
「うん。じゃあ——消太とマイクのこと、よろしく頼むぜ」
徹郎は、一秒だけ、目を閉じた。
「……任せてください」
白雲が、笑った。
今夜最後の、青空みたいな笑顔だった。
テーマ曲が、最後の段階へ移った。
♪ ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
旋律が最後の一音まで鳴り切るとき——
白雲の姿が、白い靄の中に溶けていった。
雲に乗っていたような、そのままどこかへ行ったような。
スタジオに、小さな白い綿のような雲が一つだけ、残った。
それも、ゆっくりと——消えていった。
目が覚めた。
朝の——時計を見る気にならなかった。
布団の中で、徹郎はしばらく動かなかった。
顔が、濡れていた。
(……泣いていた)
今夜も。
でも——今夜の涙は、今まで泣いてきた涙と種類が違った。
悲しくて泣いたのか。
嬉しくて泣いたのか。
よくわからなかった。
ただ——あの笑顔が、頭の中にあった。
青空みたいな笑顔が。
(消太とマイクのこと、よろしく頼むぜ)
「……任せてください」
布団の中でもう一度、声に出して言った。
誰にも聞こえない声で。
でも、ちゃんと言った。
攻略ノートを開いた。
手が、少し震えていた。
「白雲朧(17歳・雄英二年):今夜のゲスト。開幕からスタジオが雲で白くなっていた——全部白雲くんの個性だった。楽しくなると個性が漏れる。今夜ずっと漏れていた。相澤先生のゴーグルのことを、本人は知らずに話していた。三人の事務所の名前を『三色雲』と言っていた。マイクさんのことを『沈黙が怖いから叫んでいる』と正確に読んでいた。覚えていてほしいか、という問いに——アイツらが笑ってくれるなら、それだけで十分だと言っていた。危険度:ゼロ」
ペンを止めた。
長い間、止まった。
最後の一行を書いた。
「※『曇り空の先は、いつも晴れてるぞ』と言って消えた。……覚えている。ずっと覚えている。この番組が続く限り、白雲朧がここに来た夜のことを、俺は忘れない。内緒」
---
その日の学校は、なんとなく、空が気になった。
雲が多い日だった。
白くて、ふわふわした雲が、いくつも流れていた。
(……あの雲は)
(違う)
(でも——なんとなく)
校舎の屋上から空を見上げながら、徹郎は少しだけ目を細めた。
曇り空の先は、いつも晴れている。
今日の空は、曇っていた。
でも——その奥に、確かに青が透けていた。
夜になれば、また鳴る。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル……♪
明日のゲストは誰だろう。
それだけが、黒柳徹郎の仕事だ。
第25話、白雲朧回でした。「明るいまま来る」——それが一番切なかった。この子は全部の未来を知らない。でも徹郎は知っている。その非対称な状況の中で、徹郎が泣きそうになりながら司会を続ける。それだけを書きたかった話でした。
「曇り空の先は、いつも晴れてるぞ」——その言葉を笑いながら言える人が、かつてここにいた。相澤先生とマイクさんが今も前を向けているのは、その言葉があるからかもしれない。
白雲朧は、今もこの世界を支えている光だと思います。
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