僕のヒーローアカデミア 徹子の部屋(※違います)   作:まだら模様

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※ちなみにどの時系列のキャラが来るかは不明で、同一人物でも別の時間軸やこの本編の時期や季節、年月が違う人がこの空間に誘われてきます。
例 本編2024年の場合 25年の年前の姿、26年の姿、10年前、5年前、全盛期、老衰期などいろんなバリエーションがあります。
一度来た人でも何度でも来る可能性があります。
やったね徹郎!たくさんの人とお話しできるよ!(白目)



第28回;ベストジーニスト

 

 

 「……いささか、繊維が乱れているようだね。整えさせてもらおう」

 

 アール・デコ調のソファに、微塵の乱れもないデニムスーツを纏った男が、美しく脚を組んで座っていた。

 

 ベストジーニスト——彼の瞳は、スタジオに充満する「未整理な感情の澱」を、社会の矯正者として、静かに見定めていた。

 

 

 

 眠りに落ちた瞬間——鳴った。

 

 ♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー

  ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルルッルー

  ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー

  ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪

 

 スタジオに引き込まれた瞬間、整っていた。

 

 スタジオが、いつもより整っていた。

 

 ガラステーブルが、ほんの少し動いていた。角度が変わっていた。カメラのケーブルが、綺麗に束ねられていた。照明の角度が、微妙に調整されていた。

 

 (……え? 誰かいじった?)

 

 舞台袖からソファを確認した。

 

 男が、座っていた。

 

 全身デニム。首元まで繊維で覆われた、完璧に整ったスーツ。脚を組んで、腕を組んで、スタジオを見渡していた。

 

 「……光の角度が2度ほど歪んでいたので、修正させてもらった」

 

 「……修正していただいたんですか」

 

 「私の矯正を待っている者が大勢いる。このスタジオも例外ではない」

 

 (来た瞬間にスタジオの修正を始めていた……!!)

 

 (エッジショットさんは存在を消して、マイクさんは爆音で、常闇くんは暗くして——ジーニストさんはスタジオを整えていた……!!)

 

 

 

 「えー……皆様、こんばんは。本日もご覧いただきありがとうございます」

 

 「冒頭の挨拶、少し長い。三文字削れる。改善したまえ」

 

 「……はい。本日のゲストをご紹介します——」

 

 「袴田維。ベストジーニスト。それで十分だ」

 

 (また自己紹介を奪われた……!! そしてすぐに喋り方を矯正された……!!)

 

 「……ジーニストさん、今夜は来ていただいてありがとうございます」

 

 「礼には及ばない。ここに来たことが私の選択だ」

 

 「……開幕からスタジオを整えていただいたようで」

 

 「気になったので」

 

 「……ありがとうございます。でも、ケーブルの束ね方は前の方が使いやすかったので、元に戻してもいいですか」

 

 「……そうか。使い勝手を優先するなら、それが正しい。元に戻そう」

 

 「……あっ、いいですよ、私がやります」

 

 「いや、私が乱したのだから、私が正す。責任は取る」

 

 ジーニストさんが、繊維を伸ばした。

 

 ケーブルが、するすると元の位置に戻った。

 

 「……ありがとうございます」

 

 「礼は不要だ。当然のことをしたまでだ」

 

 (この人、開幕から整えて、乱れたと指摘されたら即座に直して、礼は不要と言う……!)

 

 (完璧すぎて怖い……!!)

 

 

 

 「まず確認させてください。今いくつですか」

 

 「三十五だ」

 

 (三十五歳。No.4のプロ。爆豪くんが職場体験に来た後の時期か、その前後か)

 

 「……この番組のルールはご存知ですか」

 

 「三十分のトーク番組を成立させれば司会者が現実に戻れる。失敗すれば意識が永久幽閉される——そういうことだろう」

 

 「……正確です。どこで」

 

 「この空間に入った瞬間、繊維の張り具合を読んだ。緊張と弛緩の配合から推測した」

 

 (繊維の張り具合から番組のルールを読んだ……!!)

 

 (エッジショットさんは音と光から読んだ。ジーニストさんは繊維から読んだ。プロヒーローの把握の速さが怖い……!!)

 

 「……この番組に来るゲストの方々は、皆さん開幕から状況を把握されていて」

 

 「当然だろう。状況を把握できない人間に、矯正はできない」

 

 「……矯正する側が、ですか」

 

 「そうだ。相手の歪みを正すには、まず全体を見渡す必要がある。見渡せない人間が、部分を直しても意味がない」

 

 「……それは、ヒーローとしての哲学ですか」

 

 「私のヒーロー活動の全てだ」

 

 

 

 「座り方が少し歪んでいる」

 

 七分が過ぎた頃、ジーニストさんが言った。

 

 「……え?」

 

 「左肩が下がっている。背骨への負担が蓄積する。直した方がいい」

 

 「……わかりました」

 

 徹郎が姿勢を正した。

 

 

「……少しマシになった。だが右の骨盤が前傾している」

 

 

 「まだありますか……」

 

 「言葉遣いも気になる」

 

 「言葉遣いも!?」

 

 「そうだ。句読点の位置が不均一だ。喋り方に乱れがある」

 

 「……それは個性というか、癖なので」

 

 「癖は矯正できる。時間をかければ」

 

 「三十分では足りませんか」

 

 「……三十分では足りないが、意識するだけで変わる。今夜から意識しなさい」

 

 (今夜から言われた……!!)

 

 (宿題を出された……!!)

 

 「……ジーニストさん。一つ聞いていいですか」

 

 「どうぞ」

 

 「矯正、という言葉を頻繁に使われますが——矯正とは、具体的にどういうことですか」

 

 ジーニストさんが、少しだけ目を細めた。

 

 「……良い質問だ」

 

 「ありがとうございます」

 

 「繊維でいえば——歪んだ糸を、正しい方向に整えることだ。切るのではない。捨てるのでもない。その糸のまま、正しい場所に置き直す」

 

 「……切らずに整える」

 

 「そうだ。人間も同じだ。歪みのある人間を見ると、切り捨てたくなる者もいる。しかし——その歪みごと、正しい方向へ。それが私のやり方だ」

 

 「……爆豪くんも、そのやり方で」

 

 ジーニストさんが、少しだけ間を置いた。

 

 「……矯正できず終いだったがな」

 

 「……矯正できなかったんですか」

 

 「根毛までプライドがガチガチの男だった。あの頑固さは、私の繊維では捌けなかった」

 

 「……でも、その後も繋がっていますよね」

 

 「……そうだ。矯正できなかったが、切り捨てもしなかった。あの男の歪みは、歪みのまま価値があると判断した」

 

 「……歪みのまま、価値がある」

 

 「全てを整える必要はない。整えるべき歪みと、残すべき歪みがある。見極めが肝心だ」

 

 (……この人は、歪みを肯定する人でもある)

 

 

 

 「コーナーをやってもいいですか」

 

 十分が過ぎた頃、徹郎が言った。

 

 「内容による」

 

 「『矯正・テキスタイル・チェック』というコーナーです。私が問いを出して、ジーニストさんが答えてください」

 

 ジーニストさんが、少しだけ目を動かした。

 

 「……面白い名前だ。やろう」

 

 「最初の問い——友達と同じ人を好きになってしまった。どうしますか」

 

 「……感情は、繊維と同じだ」

 

 「繊維と?」

 

 「感情を無理に断ち切ろうとすれば、断面が荒れる。そこから歪みが広がる。……だから、感情はそのままに、しかし行動を整える。好きな気持ちはあっていい。だが友情という布地を破ることなく、自分の糸を絡ませる方法を探せ」

 

 「……それは難しいですよね」

 

 「難しい。だが——難しいからこそ、成し遂げた時に強い布になる」

 

 (この人の言葉は全部デニム語なのに、言っていることが本物すぎる……!!)

 

 「次の問い——社会から外れた人間を、どう見ますか」

 

 ジーニストさんが、少し止まった。

 

 「……定義を確認する。『社会から外れた』とは、ヴィランのことか、それとも個性や見た目のせいで居場所がない人間のことか」

 

 「……後者です」

 

 「それは——外れているのではない」

 

 「どういうことですか」

 

 「織物に例えるなら、その人間は布の端の糸だ。端にいるから目立ちにくい。しかし——端の糸がなければ、布はほつれる。不可欠な存在だ」

 

 「……端にいることを、否定しない」

 

 「否定する理由がない。ただ——その人間が、自分が端にいることで価値がないと思っているなら、それは矯正が必要だ。端にいることと、価値がないことは、全く別の話だ」

 

 スタジオが、少しだけ静かになった。

 

 (昨日の一般女性さんの言葉が、頭に来た)

 

 (「視線が怖い」という言葉が)

 

 (この人は——あの人を、端の糸と呼んで、不可欠と言うだろう)

 

 

 

 「……一つだけ、踏み込んでいいですか」

 

 徹郎が、少し声を落とした。

 

 「どうぞ」

 

 「この番組に来たゲストたちのことを、少し話してもいいですか」

 

 「概要は把握している。繊維の空気から、相当の数の声がここに残っていることはわかる」

 

 「……はい。ヒーローも、ヴィランも、一般市民も——様々な方が来てくれました。覚えているのは私だけですが」

 

 「……記録には残らないのか」

 

 「残りません。私の記憶だけです」

 

 「……なるほど。では聞くが」

 

 「はい」

 

 「君の行為は、彼らを『救っている』のか。それとも——ただ聞いたという事実を、自己満足として消費しているだけなのか」

 

 徹郎は、少しだけ止まった。

 

 (……ねじれさんが「心がすり減っていると気づいていないでしょ」と言った)

 

 (常闇くんが「いつか食い破られるぞ」と言った)

 

 (今夜は——この人が、別の方向から問いかけてきた)

 

 「……意味はないかもしれません」

 

 「……続けろ」

 

 「社会的な記録には残らない。あの方々の記憶にも残らない。覚えているのは私だけで——誰の証明にもならない。それは、わかっています」

 

 「……ならばなぜ続ける」

 

 「でも——」

 

 徹郎は、少しだけ前を向いた。

 

 「あなたが整えようとする歪みは——私には、誰かが精一杯生きた証に見えます。社会の布地から外れた糸に見えますが、それは不可欠な糸でもある。その糸の声を聞くことが——私にできる唯一のことなので」

 

 スタジオが、静かになった。

 

 ジーニストさんが、徹郎を見た。

 

 「……続けろ」

 

 「え?」

 

 「続けろ、と言った。話を」

 

 「……それが全部です」

 

 「……そうか」

 

 少しの間があった。

 

 「……君の番組は、社会の外側で機能している。社会の繊維には組み込まれていない。しかし——」

 

 ジーニストさんが、少しだけ前を向いた。

 

 「社会の外側にあるからこそ、拾える声がある。私が整えることのできない場所で、君は機能している」

 

 「……それは、認めていただいているということですか」

 

 「矯正の及ばない場所に、別の矯正がある——そういうことだ」

 

 (……別の矯正)

 

 (この番組が——別の矯正、か)

 

 「……ありがとうございます」

 

 「礼は不要だ。観察だ」

 

 (相澤先生と同じ「観察だ」が出た……!!)

 

 (でも今回は——少し、温度が違う気がした)

 

 

 

 「……一つだけ、また聞いていいですか」

 

 「なんだ」

 

 「エッジショットさんのことを、後輩として大切にされていると聞きました」

 

 ジーニストさんが、少しだけ間を置いた。

 

 「……どこで聞いた」

 

 「この番組で先日来てくれました」

 

 「……そうか。アイツが来たのか」

 

 「はい。声だけ残して消えました」

 

 「……らしいな」

 

 ジーニストさんが、少しだけ口の端を動かした。

 

 「あの男は、私の手芸同好会の後輩だ。引き継いで自然消滅させたが」

 

 「……あ、その話もしていました」

 

 「……何を言っていた」

 

 「誰にも気づかれずに勧誘した結果、誰も入らなかったと」

 

 「……その表現は違う。勧誘したことに誰も気づかなかっただけで、勧誘は確かに行った」

 

 「……ほぼ同じでは?」

 

 「……忍びの勧誘方法に問題があったのだ。そこは否定しない」

 

 (初めて少しだけ苦笑いに近い表情をした……!!)

 

 (この人、後輩のことになると少し表情が変わる……!!)

 

 「……エッジショットさんのことを、どう思っていますか」

 

 「……あいつは、私の整え方とは真逆の方法で社会を守っている」

 

 「真逆、ですか」

 

 「私は表で整える。あいつは影で守る。……どちらが正しいわけではない。両方必要だ」

 

 「……先輩として、誇りに思っていますか」

 

 「……誇りという言葉は好まないが」

 

 少しの間があった。

 

 「信頼している、とは言える」

 

 

 

 そのとき。

 

 ♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー ♪

 

 エンディングのテーマが、流れ始めた。

 

 ジーニストさんが、少し体を起こした。

 

 「……時間か」

 

 「お時間です。ジーニストさん、今夜は来ていただいてありがとうございました」

 

 「最後に一言だろう」

 

 「お願いします」

 

 ジーニストさんが、立ち上がった。

 

 完璧に整ったデニムスーツが、照明に映えた。

 

 「……黒柳徹郎」

 

 「はい」

 

 「君の番組の存在意義を問うたが——答えは出た」

 

 「……どんな答えですか」

 

 「社会の外側で、社会には届かない声を拾う。それは——不要なことではない。社会という布地が見落とした糸を、誰かが拾っておく。その行為は、布全体の強度を保つことに繋がる」

 

 「……そうですか」

 

 「ただし」

 

 「はい」

 

 「その責任を、君は一人で背負っている。その重さに——潰れるな」

 

 テーマ曲が、最後の段階へ移った。

 

 ♪ ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー

  ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪

 

 「あと一つ」

 

 「なんですか」

 

 「君の座り方。まだ少し歪んでいる」

 

 「……帰る前に言いますか」

 

 「気になったから言った。直しなさい」

 

 旋律が最後の一音まで鳴り切るとき——

 

 「……ベストジーニストより、違法デニムな番組の方が——時として、社会を救う」

 

 それだけ言って、ジーニストさんの姿が、繊維の光の中に、静かに溶けていった。

 

 

 

 目が覚めた。

 

 朝の六時。

 

 布団の中で、徹郎はしばらく動かなかった。

 

 (……違法デニムな番組)

 

 その言葉が、頭の中にあった。

 

 (この番組は——違法デニムらしい)

 

 (社会の布地から外れた、整えられていない糸の集まり)

 

 (でも——そういう布地が、時として社会を救う)

 

 「……ありがとうございます、ジーニストさん」

 

 誰にも聞こえない声で言った。

 

 攻略ノートを開いた。

 

 「ベストジーニスト(袴田維・35歳):今夜のゲスト。来た瞬間にスタジオを整え始めていた——光の角度を直し、ケーブルを束ねていた。ただし、私が元に戻したいと言ったら即座に直してくれた。私の座り方と喋り方も矯正された——帰り際にも言われた。デニム語が随所に出てくる——でも言っていることは全部本物。社会の外側で機能する番組を『別の矯正』と呼んでくれた。エッジショットさんを『信頼している』と言っていた。危険度:低(ただし全部矯正される)。あと、『違法デニムな番組』という言葉は——今夜一番の褒め言葉だったと思う」

 

 ペンを止めた。

 

 最後の一行を書いた。

 

「※座り方の歪みは、今も直していない。……直す努力はする。でも、この番組の歪みは——直さない。それが、私の決意です。ジーニストさん、ありがとう。内緒」

 

 

 

 その日の学校で、徹郎は少しだけ背筋を伸ばして歩いた。

 

 ジーニストさんに言われたから、ではない。

 

 ただ——今日は、少しだけそういう気分だった。

 

 「社会の外側で機能している。社会の繊維には組み込まれていない。しかしそれゆえに拾える声がある」

 

 その言葉が、胸の中にあった。

 

 (……社会の外側でいい)

 

 (覚えているのが私だけでいい)

 

 (それで十分だ)

 

 夜になれば、また鳴る。

 

 ♪ ルールル ルルル ルールル ルルル……♪

 

 明日のゲストは誰だろう。

 

 それだけが、黒柳徹郎の仕事だ。

 

 




 第28話、ベストジーニスト回でした。「矯正」という言葉を武器にした男が、最後に「違法デニムな番組の方が、時として社会を救う」と言う——この着地点のために、今話の全てがありました。デニム語が随所に出てくる笑いの裏に、全て本物の言葉がある。それがベストジーニスト(袴田維)という人間でした。
 「整えるべき歪みと、残すべき歪みがある」——この一言が、今話の核心でした。

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