僕のヒーローアカデミア 徹子の部屋(※違います)   作:まだら模様

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※ちなみにどの時系列のキャラが来るかは不明で、同一人物でも別の時間軸やこの本編の時期や季節、年月が違う人がこの空間に誘われてきます。
例 本編2024年の場合 25年の年前の姿、26年の姿、10年前、5年前、全盛期、老衰期などいろんなバリエーションがあります。
一度来た人でも何度でも来る可能性があります。
やったね徹郎!たくさんの人とお話しできるよ!(白目)



第34回:マンダレイ

 

 

 「……哲郎くん、ちょっといい?」

 

 ゲストの椅子に座る前に、彼女はまっすぐ徹郎を見た。

 

 母親のような、教師のような、慈愛に満ちた瞳で。

 

 「肩、すごく凝ってるわよ。呼吸も浅い。……ちゃんと、夜眠れてる?」

 

 マンダレイ——テレパスで数多の迷い子を導いてきた彼女は、スタジオに漂う「ステインの残滓」を、その柔らかな空気で、静かに霧散させた。

 

 

 

 眠りに落ちた瞬間——鳴った。

 

 ♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー

  ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルルッルー

  ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー

  ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪

 

 スタジオに引き込まれた瞬間——温かかった。

 

 昨夜のステインの冷気が、まだどこかに残っていた気がしていたが——今夜は違った。

 

 空気が、やわらかかった。

 

 舞台袖からソファを確認した。

 

 女性が、ソファに座っていた。

 

 焦げ茶色のボブヘア。猫のような目元。落ち着いた雰囲気。

 

 でも——座って待っているのではなく、スタジオの空気を読んでいた。

 

 壁を見て、照明を見て、徹郎が出てくる舞台袖の方向を見て。

 

 「……随分と、重たい夜が続いたのね」

 

 独り言のように言った。

 

 「……気づかれましたか」

 

 「テレパスがなくても、わかるわよ。この部屋の空気が語ってる」

 

 (テレパスがなくても読める人だ……!)

 

 

 

 「えー……皆様、こんばんは。本日もご覧いただきありがとうございます」

 

 「こんばんは」

 

 穏やかな声だった。

 

 「本日のゲストをご紹介します——マンダレイさん、ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ所属——」

 

 「送崎信乃よ。マンダレイって呼んでもいいし、送崎でもいい。どちらでも」

 

 「……マンダレイさん、今夜は来てくれてありがとうございます」

 

 「呼ばれたから来たわ。……それより哲郎くん」

 

 「はい」

 

 「ちょっとこっちに来なさい」

 

 「……え?」

 

 「いいから。手を出して」

 

 

徹郎が、おそるおそる手を出した。

 

 

 マンダレイさんが、その手首を軽く握った。

 

 「……脈が速い。ここ数日、ちゃんと眠れていないでしょ」

 

 「……これは個性で」

 

 「個性じゃないわよ。触ってわかる程度のことよ」

 

 (脈まで読まれた……!!)

 

 「……放送中ですよ」

 

 「放送中だからって、健康管理を怠っていい理由にはならないわ」

 

 「……そのご意見はもっともなんですが、今夜は私が司会で——」

 

 「わかってる。でも、ちょっとだけ先に聞かせて。肩を揉んでいいかしら」

 

 「揉まないでください!! 放送中です!!」

 

 「固いわよ、本当に」

 

 「固くてもいいです!! この体は三十一話分の積み重ねで固くなってるんです!!」

 

 

「三十一話分……」

 

 

 マンダレイさんが、少しだけ目を細めた。

 

 「……それは、大変だったわね」

 

 「大変でした。でも慣れて——」

 

 「慣れた、と言いかけたわね」

 

 「……はい」

 

 「それが一番心配なのよ」

 

 

 

 「まず確認させてください。今いくつですか」

 

 「三十一よ」

 

 (三十一歳。プッシーキャッツとして活動中の時期。洸汰くんを引き取って、距離感に悩んでいる頃だ)

 

 「……今夜はよく来てくれました」

 

 「あなたが心配で来たのよ、半分は」

 

 「……半分は?」

 

 「もう半分は、この番組が気になって。プッシーキャッツの間でも、変わった番組があるって噂になってたから」

 

 「……噂になっていたんですか」

 

 「なってたわよ。毎晩誰かが来て、三十分話すだけで帰っていく。ゲストは翌朝忘れる。でも、司会者だけが覚えている——そういう番組があるって」

 

 「……どんな噂で」

 

 「興味深い、という感じ。ヒーローじゃない方法で、何かをしている人間がいる、という感じ」

 

 「……ヒーローじゃない方法」

 

 「でも——それが羨ましい部分もあってね」

 

 「羨ましい、ですか」

 

 マンダレイさんが、少しだけ前を向いた。

 

 「ヒーローは、助けに行って、助けて、また次へ行く。その繰り返し。助けた後の人がどうなったか、見守り続けることはできない。……でも、あなたの番組は、三十分間だけでも、ちゃんとそこにいる」

 

 「……そうですね」

 

 「それは——ヒーローが苦手なことよ」

 

 

 

 「……あの、マンダレイさん」

 

 徹郎が、少しだけ声を落とした。

 

 「なに?」

 

 「洸汰くんのことを、少し聞いてもいいですか」

 

 マンダレイさんが、少しだけ止まった。

 

 「……調べてきたのね」

 

 「はい。ゲストのことは事前に調べています」

 

 「……洸汰のことを知って、なんで聞くの」

 

 「心を閉ざした子に、居続けることを選んでいる——その理由を、聞きたかったので」

 

 マンダレイさんが、少しだけ柔らかい目をした。

 

 「……あの子、ヒーローが嫌いなのよ」

 

 「知っています」

 

 「親をヒーロー活動で亡くしたから。ヒーローが何かを守るために誰かを失う——その現実を、幼い頃に見てしまったから」

 

 「……それでも、あなたはヒーローとして引き取った」

 

 「そうね。矛盾してるわよね」

 

 「……矛盾していますか」

 

 「あの子からすれば、矛盾してるはずよ。でも——私は、それしかできないから」

 

 「それしかできない、というのは」

 

 「私はヒーローとして生きてきた。それをやめることはできない。でも——だからといって、あの子を見捨てることもできない。どちらも本当のことだから、どちらも続けるしかない」

 

 「……それは、しんどくないですか」

 

 「しんどいわよ」

 

 即答だった。

 

 「心を閉ざした子に、毎日居続けることが——ちゃんとしんどい。でも」

 

 「でも?」

 

 「やめる理由がないのよ。あの子がいる限り、私はそこに居続ける。それだけ」

 

 

 

 「コーナーをやってもいいですか」

 

 十分が過ぎた頃、徹郎が言った。

 

 「いいわよ。どんなコーナー?」

 

 「『マンダレイの届いて!テレパス・メッセージ』というコーナーです。私が問いを出して、マンダレイさんが答えてください」

 

 「テレパスを使う必要はあるかしら」

 

 「言葉だけで十分です」

 

 「……わかった。やりましょう」

 

 「最初の問い——仕事でミスをして、自分が誰の役にも立っていない気がしています」

 

 マンダレイさんが、少しだけ間を置いた。

 

 「……届いてるわよ」

 

 「え?」

 

 「あなたが今日まで一生懸命やってきたこと、ちゃんと見てる人がいる。……今は、自分を責めるのをやめて。深呼吸して。あなたは、そこにいるだけで十分素敵なんだから」

 

 (……これ、リスナーだけじゃなくて私にも刺さりすぎている……!!)

 

 (声のトーンがずるい……!! 聞いているだけで、何かが緩んでくる……!!)

 

 「……マンダレイさん、ずるいですよ、その声のトーンは」

 

 「ずるくないわよ。本当のことを言っただけよ」

 

 「言葉が直接頭に入ってくる感じがして、困ります」

 

 「それは個性じゃなくて、三十一年間の経験よ」

 

 (三十一年間の経験……!! この人の言葉の重みの正体はそこだ……!!)

 

 「次の問い——誰かのために動いているのか、自分のためなのか、わからなくなった時、どうしますか」

 

 「……両方でいいのよ」

 

 「両方で?」

 

 「誰かのためと、自分のためは、本来矛盾しない。洸汰のために居続けるのは、私自身がそれをしたいからでもある。どちらかだけじゃなく、両方が本当だから続けられるのよ」

 

 「……それは」

 

 「純粋な動機なんて、あまりないわよ。人間は複雑だから。でも——複雑であることが、弱さじゃないの。複雑なまま動ける人間が、一番強い」

 

 

 

 「……一つだけ、踏み込んでいいですか」

 

 徹郎が、少し声を落とした。

 

 「どうぞ」

 

 「昨夜、ステインがここに来ました」

 

 マンダレイさんが、少しだけ目を細めた。

 

 「……あの人が」

 

 「はい。本物かどうかを問われました。覚悟があるかどうかを」

 

 「……それで?」

 

 「少しだけ答えられた気がしています。でも——まだ、揺れています」

 

 マンダレイさんが、少しの間、黙った。

 

 「……ステインの問いは正しいと思うわ」

 

 「そうですね」

 

 「でも——本物であることと、完璧であることは違う」

 

 「どういうことですか」

 

 「私は、洸汰に対して完璧な保護者じゃない。距離感を間違えることもある。うまく話せない夜もある。でも——そこに居ることはやめない」

 

 「……居ることをやめない」

 

 「あなたもそうでしょ。毎晩、失敗するかもしれない。届かないかもしれない。でも——マイクの前にいることをやめない。それが、あなたの形の本物よ」

 

 徹郎の、何かが——また緩んだ。

 

 「……本物とか偽物とか、そんなの気にしなくていいのかもしれない」

 

 「気にしてもいいのよ。気にしながら、それでも続ける——それが大切なの」

 

 (……ステインが「磨け」と言った。マンダレイさんは「続けなさい」と言う。両方が本当だ)

 

 (どちらかだけじゃなく——両方が、今の俺には必要だ)

 

 

 

 「……SOSを飲み込まないで、と言いましたよね、最初に」

 

 徹郎が、少しだけ言いにくそうに言った。

 

 「言ったわね」

 

 「……この番組が、私自身の助けてという叫びかどうか——わかりません。でも」

 

 「でも?」

 

 「……この番組をやっていなければ、もっと一人だったと思います」

 

 マンダレイさんが、静かに頷いた。

 

 「……そうね。あなたは、この番組で話を聞くことで、自分も支えられてきたのよ」

 

 「……そうなんでしょうか」

 

 「そうよ。覚えているのはあなただけでも——あなたが覚えていることで、あなたは繋がっていた。それは、SOSの形よ」

 

 「……SOSの形」

 

 「助けてと言わずに助けを求める方法が、人によって違う。あなたの方法は、この番組だったのかもしれない」

 

 徹郎は、しばらく何も言えなかった。

 

 「……疲れたら、言いなさい」

 

 「……言えます」

 

 「言えないでしょ、絶対に」

 

 「……言えます」

 

 「意地っ張りなところ、洸汰くんにそっくり」

 

 (洸汰くんと比べられた……!!)

 

 (でも——それは、この人の中で洸汰くんが大切な存在だということだ)

 

 「……洸汰くんとそっくり、というのは——どんな意味ですか」

 

 「弱音を吐けないくせに、ちゃんと誰かのそばに居続ける、という意味よ」

 

 

 

 そのとき。

 

 ♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー ♪

 

 エンディングのテーマが、流れ始めた。

 

 マンダレイさんが、少しだけ体を起こした。

 

 「……もう時間? 早いわね」

 

 「お時間です。マンダレイさん、今夜は来てくれてありがとうございました」

 

 「こちらこそ。……哲郎くん、最後に一言いいかしら」

 

 「どうぞ」

 

 マンダレイさんが、まっすぐ徹郎を見た。

 

 「ちゃんとご飯食べて、お風呂に入って寝る。それが今のあなたのヒーロー活動よ。わかった?」

 

 「……わかりました。でも、毎晩番組があるので」

 

 「番組が終わったらでいいの。終わったら、ちゃんと寝なさい」

 

 「……はい」

 

 「それと——」

 

 テーマ曲が、最後の段階へ移った。

 

 ♪ ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー

  ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪

 

 「また虎たちと遊びに来るわね。洸汰も、そのうち」

 

 「……洸汰くんも来てくれますか」

 

 「まだわからないけど」

 

 少しだけ——目が、温かくなった。

 

 「いつでもプッシーキャッツがついてるから。わかった?」

 

 

旋律が最後の一音まで鳴り切るとき——

 

 

 マンダレイさんの姿が、やわらかい光の中に溶けていった。

 

 スタジオに、温かい空気だけが残った。

 

 

 

 目が覚めた。

 

 朝の七時。

 

 布団の中で、徹郎はしばらく動かなかった。

 

 (……参ったな)

 

 完全に子供扱いだった。

 

 肩の状態を確認されて、脈を読まれて、洸汰くんと比べられて——「ご飯食べてお風呂入って寝なさい」と言われた。

 

 (でも)

 

 「強くなれ」と言ったステインの言葉と、「休んでいい」と言ったマンダレイさんの言葉が、頭の中に並んでいた。

 

 (両方、本当だ)

 

 (どちらかだけじゃなく、両方あるから——俺は明日もマイクの前に立てる)

 

 攻略ノートを開いた。

 

 「マンダレイ(送崎信乃・31歳):今夜のゲスト。開幕から肩を揉もうとしてきた——放送中に断った。脈まで読んでいた——個性ではなく経験で。洸汰くんとの距離感に悩みながら、居続けることを選んでいる。テレパスを使わなくても、言葉だけで心に届く人だ。SOSを飲み込まないで、と言ってくれた。危険度:ゼロ(ただし子供扱いされるリスクあり)」

 

 ペンを止めた。

 

 最後の一行を書いた。

 

「※「意地っ張りなところ、洸汰くんにそっくり」と言われた。……悪くない比べられ方だ。洸汰くんに会いたくなった。でも会えない。代わりに——ちゃんとご飯を食べようと思う。マンダレイさんに怒られたくないから。内緒」

 

 

 

 その日の朝、ちゃんとご飯を食べた。

 

 インスタントじゃないやつを。

 

 ついでに、お風呂にも入った。

 

 (……マンダレイさんの言う通りにしてしまった)

 

 (でも——悪くない朝だった)

 

 夜になれば、また鳴る。

 

 ♪ ルールル ルルル ルールル ルルル……♪

 

 明日のゲストは誰だろう。

 

 今夜だけは——しっかり眠れる気がした。

 

 それだけが、黒柳徹郎の仕事だ。

 




 第34話、マンダレイ回でした。「居続けることをやめない」——洸汰くんに心を閉ざされながらも、それでも居続けてきた人の言葉だから、重さが違います。ステインが「磨け」と言い、マンダレイさんが「続けなさい」と言う——両方が本当だから、徹郎は明日も立てる。そういう話でした。
 「ちゃんとご飯食べてお風呂入って寝る、それが今のあなたのヒーロー活動」——最高の言葉でした。

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