僕のヒーローアカデミア 徹子の部屋(※違います)   作:まだら模様

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※ちなみにどの時系列のキャラが来るかは不明で、同一人物でも別の時間軸やこの本編の時期や季節、年月が違う人がこの空間に誘われてきます。
例 本編2024年の場合 25年の年前の姿、26年の姿、10年前、5年前、全盛期、老衰期などいろんなバリエーションがあります。
一度来た人でも何度でも来る可能性があります。
やったね徹郎!たくさんの人とお話しできるよ!(白目)



第35回:スピナー

 

 

 「……悪いな。俺みたいな『トカゲ』が、こんな綺麗なスタジオに座っちまって」

 

 皮肉げな笑みを浮かべながら、所在なさげに首をかく男。

 

 スピナー——何者にもなれなかった自分を知りながら、それでも「燃えた瞬間」だけを胸に抱いて、誰かの夢に乗っかり続けてきた男が、今夜静かにソファに座った。

 

 

 

 眠りに落ちた瞬間——鳴った。

 

 ♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー

  ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルルッルー

  ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー

  ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪

 

 スタジオに引き込まれた瞬間、静かだった。

 

 でも——重さが、あった。

 

 マンダレイさんの温かい空気とは、また違う。

 

 舞台袖からソファを確認した。

 

 男が、座っていた。

 

 爬虫類のような外見。紫の髪。ステインを模した装束。

 

 でも——ソファに座って、スタジオをきょろきょろと見回していた。

 

 珍しそうに。

 

 子どもみたいに。

 

 「……あれ、このカメラって結構古いやつじゃね? ゲームの配信機材みたいな型番だな」

 

 (カメラの型番を見ている……!!)

 

 (開幕からゲーマーの目線だ……!!)

 

 

 

 「えー……皆様、こんばんは。本日もご覧いただきありがとうございます」

 

 「……こんばんは」

 

 ぶっきらぼうだった。でも、ちゃんと返した。

 

 「本日のゲストをご紹介します——スピナーさん、伊口秀一さんです」

 

 「……名前まで言うの?」

 

 「言います」

 

 「なんか、恥ずかしいな」

 

 「どうしてですか」

 

 「……伊口秀一って、どこにでもいる名前じゃん。スピナーの方がまだキャラがある」

 

 「……どちらでお呼びしましょうか」

 

 「スピナーでいい。その方がなんか、ちゃんとここに来た意味がある気がする」

 

 (名前の選び方に、意味がある……!)

 

 「わかりました。スピナーさん、今夜は来てくれてありがとうございます」

 

 「……別に。来たくて来たわけでもないけど」

 

 「それはわかっています。でも——」

 

 「でも?」

 

 「来てくれた方が、私は嬉しかったです」

 

 スピナーが、少しだけ固まった。

 

 「……なんで? 俺みたいな奴が来ても、何もいい話なんてできないぞ」

 

 「やってみないとわかりません」

 

 「……フン」

 

 

 

 「まず確認させてください。今いくつですか」

 

 「二十一だ」

 

 (二十一歳。ヴィラン連合に入って活動している時期だ)

 

 「……そのマフラー、手入れが行き届いていますね」

 

 スピナーが、少しだけ手でマフラーを触った。

 

 「……そんなとこ見るなよ、恥ずかしい」

 

 「大切にしているのが、伝わりました」

 

 「……ステインの真似をしたくて。最初は、ただそれだけだったんだよ」

 

 「今は違いますか」

 

 スピナーが、少しだけ考えた。

 

 「……違う。今はあいつのマフラーとは別に、自分で選んだやつをしてる。同じ色だけど」

 

 「自分で選んだ、というのが大切ですね」

 

 

「……気づかなかったけど、そうかもな」

 

 

 (この人は、自分で選んでいることに気づいていなかった)

 

 (「乗っかっただけ」と言いながら、実は少しずつ自分の選択をしている)

 

 

 

 「……この番組のルールはわかりますか」

 

 「三十分話せばお前が現実に帰れる。失敗すれば幽閉——そういうやつだろ。入った瞬間になんとなくわかった」

 

 「正確です」

 

 「ゲームで言えばチュートリアルが終わった感じだな。ルールが見えた」

 

 (ゲーム語で状況を把握した……!!)

 

 「……失敗したら私が幽閉されることも、わかっていましたか」

 

 「わかった。だから今夜は、変なことはしない」

 

 「ありがとうございます」

 

 「礼はいらない。そういう気分じゃないってだけだ」

 

 「……今夜はどんな気分ですか」

 

 スピナーが、少しだけ天井を見た。

 

 「……なんかさ、しゃべりたい気分だったんだよ。今日」

 

 「しゃべりたかったんですね」

 

 「……誰に言うわけでもないし、翌朝お前以外には残らないんだろ、この番組」

 

 「そうです」

 

 「じゃあ言いやすいな。……そういうとこ、このスタジオは上手く設計されてるじゃないか」

 

 

 

 「ゲームが好きなんですよね」

 

 「……知ってたのか」

 

 「調べました」

 

 「どこまで?」

 

 「引きこもり時代にゲームをして、ドライビングテクニックをゲームで磨いたということも」

 

 スピナーが、少しだけ笑った。

 

 苦笑いだったが——確かに笑った。

 

 「……それが今、役に立ってるんだよな。運転担当として」

 

 「連合でドライバーを担当しているんですよね」

 

 「そう。他に運転できる奴がいなかったから。……でも、それが俺の役割って感じがして、嫌いじゃない」

 

 「役割、ですか」

 

 「ずっと、俺には役割なんてないと思ってた。田舎でいじめられて、引きこもって、ゲームして——それだけだった。社会なんて、俺がいてもいなくても変わらないと思ってた」

 

 「……それは、長かったですか。その時期が」

 

 「長かったな。出口が見えなかった」

 

 「……ステインのニュースが、それを変えましたか」

 

 スピナーが、少しだけ前を向いた。

 

 「……変えたっていうか——燃えたんだよ。急に。テレビ見てたら」

 

 「燃えた、というのは」

 

 「こいつの言ってることが、なんかわかるって思った。偽物のヒーローを否定する。本物だけが残るべきだ——そういう話が、なんか刺さった。俺の怒りと重なったんだろうな」

 

 「怒り?」

 

 「……異形だから差別されてきたことへの怒り。なんもできない自分への怒り。全部まとめて、あいつの言葉が燃やした感じ」

 

 

 

 「コーナーをやっていいですか」

 

 十分が過ぎた頃、徹郎が言った。

 

 「コーナー?」

 

 「『何者でもない俺たちの、名もなき伝説』というコーナーです」

 

 スピナーが、少しだけ目を細めた。

 

 「……なんか、そのタイトル、刺さるな」

 

 「スピナーさんに合わせました。私が問いを出すので、答えてください」

 

 「……わかった」

 

 「最初の問い——超難関ゲームの隠し要素を、世界で自分だけが知っている気がしています。でも誰にも言えません」

 

 スピナーが、目を輝かせた。

 

 「……最高じゃないか、それ!!」

 

 声のトーンが、変わった。

 

 今夜初めて、声に力が入った。

 

 「その優越感だけで一ヶ月飯が食えるだろ! 世間が認めなくても、お前があのゲームと向き合った時間は本物だ。……誇れよ、名もなき勇者」

 

 (……スピナーさん、ゲームの話になると本当にいい声になる……!!)

 

 (さっきまでの自嘲と全然違う……!!)

 

 「……スピナーさん、ゲームの話になると声が変わりますね」

 

 「……そうか?」

 

 「全然違う声になります」

 

 「……ゲームは、俺の話ができる場所だったからな。現実では居場所がなかったけど、ゲームの中だけは、ちゃんと俺がいた」

 

 「……ゲームの中では、何者でしたか」

 

 スピナーが、少しだけ笑った。

 

 「……強い奴。攻略が上手い奴。誰にも頼らなくていい奴。……現実とは正反対だったけど」

 

 「でも、そこで積み上げたものが今の運転技術になった」

 

 「……そうだな。ゲームで磨いたものが、こんな形で役に立つとは思わなかったけど」

 

 「次の問い——自分は役に立っていないと感じている人に、何か言いますか」

 

 スピナーが、少しだけ考えた。

 

 「……俺が言えることかどうか、わからんけど」

 

 「言ってください」

 

 「……乗っかるだけでも、いいんだよ」

 

 「乗っかるだけでも?」

 

 「自分で何かを始める必要なんてない。誰かの流れに乗って、気づいたら役に立ってることがある。運転担当の俺みたいに」

 

 「……それは、経験から?」

 

 「そう。乗っかっただけって、俺は一番知ってる。でも——乗っかった先で、死柄木に会った。あいつの見据える未来を見たいって思った。それは、乗っかってからじゃないと思えなかった」

 

 

 

 「……一つだけ、踏み込んでいいですか」

 

 徹郎が、少し声を落とした。

 

 「なんだ」

 

 「少し前に、一般の女性がここに来ました」

 

 スピナーが、少しだけ止まった。

 

 「……どんな人?」

 

 「名前がない方で、見た目が異形で——ヒーローに救われた後の視線が怖いとおっしゃっていました。でも、それでも外に出ることを選んでいる人でした」

 

 スピナーが、しばらく黙った。

 

 「……そうか」

 

 「……スピナーさんと、状況が似ていると思って」

 

 「似てる部分はあるな。異形で、社会から弾かれて」

 

 「……でも、行き着いた場所が違いました。あなたはヴィラン連合に、彼女は社会の中に」

 

 「……それは」

 

 スピナーが、少しだけ前を向いた。

 

 「……運だろうな」

 

 「運、ですか」

 

 「あるいは——差し伸べられた手の温度の違いか」

 

 スタジオが、静かになった。

 

 「……俺の前に現れたのは、死柄木弔だった。あいつは俺に『ここにいろ』とは言わなかった。ただ、一緒にゲームをしてた。それだけだったんだよ、最初は」

 

 「……それだけで」

 

 「それだけで十分だったんだよ。俺には。横に誰かがいて、同じゲームをしてる——それだけで、居場所ができた気がした」

 

 「……マンダレイさんが言っていました。SOSを出せば助けてくれると」

 

 「……出したさ、俺も。でも」

 

 

少しの間があった。

 

 

 「……ノイズとして処理されたんだよ。異形だから、引きこもりだから、何者でもないから。俺の声は、届く先がなかった」

 

 「……それは」

 

 「だから今、俺は——マンダレイみたいな光り輝くヒーローが届けられない場所で、生きてる。それだけだよ」

 

 「……後悔していますか」

 

 「してない」

 

 即答だった。

 

 「死柄木に会えたから。あいつの夢を見届けたいから。……後悔なんてしてない」

 

 

 

 「……あの女性のことを、あなたならどう思いますか」

 

 徹郎が、静かに言った。

 

 「……どう思う、か」

 

 「異形で、視線が怖くて、でも社会の中に居続けている。そういう人です」

 

 スピナーが、少しだけ考えた。

 

 「……それは、すごいことだよ」

 

 「そう思いますか」

 

 「俺にはできなかったから。社会の中に居続けることが——できなかった。だから出てきた」

 

 「……どちらが正しいとは言えませんが」

 

 「そうだな。どっちも、生きてるだけで精一杯なんだよ。異形で生きることは」

 

 「……覚えておきます、その言葉を」

 

 「別に、いい言葉でもないけど」

 

 「いい言葉ですよ」

 

 スピナーが、少しだけ目を細めた。

 

 「……徹郎。お前のそのスタジオ、せいぜい守ってくれよ」

 

 「守ります」

 

 「あの一般女性みたいな奴の声が、ここで聞いてもらえる場所として」

 

 「……はい」

 

 「ヒーローが届けられない場所に、お前のスタジオが届くなら——それは意味があることだよ」

 

 

 

 そのとき。

 

 ♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー ♪

 

 エンディングのテーマが、流れ始めた。

 

 スピナーが、少しだけ顔を上げた。

 

 「……時間か」

 

 「お時間です。スピナーさん、今夜は来てくれてありがとうございました」

 

 「別に」

 

 「最後に——一言、もらえますか」

 

 スピナーが、少し考えた。

 

 「……お前の必死さ、ステインが見たらなんて言うかな」

 

 「……なんと言うと思いますか」

 

 「わかんないけど——俺は、悪くないと思う。少なくとも」

 

 テーマ曲が、最後の段階へ移った。

 

 ♪ ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー

  ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪

 

 「あと一個だけ」

 

 「なんですか」

 

 「今夜、俺のことをトカゲって言わなかっただろ」

 

 「……言いませんでした」

 

 「ありがとな」

 

 旋律が最後の一音まで鳴り切るとき——

 

 スピナーの姿が、静かに消えていった。

 

 ソファだけが、そこに残った。

 

 少しだけ、低く沈んでいた。

 

 

 

 目が覚めた。

 

 朝の六時。

 

 布団の中で、徹郎はしばらく動かなかった。

 

 「救いなんて、紙一重なんだ」

 

 その言葉が、頭の中にあった。

 

 (差し伸べられた手の温度の違い——それだけで、あの一般女性とスピナーさんの行き着いた場所が違った)

 

 (俺が少しでも遅れていたら。もしこの番組がなかったら。あの夜、あの女性が来てくれなかったら)

 

 (救済は、偶然の上に成り立っている)

 

 (それでも——届けようとすること自体に、意味がある)

 

 攻略ノートを開いた。

 

 「スピナー(伊口秀一・21歳):今夜のゲスト。開幕からカメラの型番を見ていた——ゲーマーの目線。マフラーの手入れが行き届いていた。ゲームの話になると声が変わる——今夜一番元気な声だった。『乗っかっただけの小市民』と自嘲するが、乗っかった先で死柄木への純粋な想いを見つけた。一般女性との対比——差し伸べられた手の温度の違いだけが、二人の運命を分けた。危険度:低(今夜は動こうとしなかった)。最後に『トカゲって言わなかった』と言ってくれた」

 

 ペンを止めた。

 

 最後の一行を書いた。

 

「※『ヒーローが届けられない場所に、お前のスタジオが届くなら——それは意味があることだよ』——スピナーさんが言ってくれた。乗っかっただけの小市民の言葉が、今夜一番、腑に落ちた。内緒」

 

 

 

 その日の学校帰り、ゲームショップの前を通った。

 

 ウィンドウにレースゲームのパッケージが飾ってあった。

 

 (……ゲームの中だけは、ちゃんと自分がいた)

 

 その言葉が、頭に来た。

 

 人はどこかに居場所を持って、生きている。

 

 ゲームの中でも。夢の番組の中でも。

 

 

いなくなった後に残る「空席」の重さを——今夜初めて、本当の意味で知った気がした。

 

 

 夜になれば、また鳴る。

 

 ♪ ルールル ルルル ルールル ルルル……♪

 

 明日のゲストは誰だろう。

 

 それだけが、黒柳徹郎の仕事だ。

 

 




 第35話、スピナー回でした。「差し伸べられた手の温度の違いだけが、二人の運命を分けた」——一般女性回と対になるこの話を書くために、あの回があったのかもしれません。どちらが正しいわけでも、どちらが間違っているわけでもない。ただ、偶然だけが二人の行き着いた場所を変えた。その残酷さと、それでも届けようとすることの意味を書きたかった話でした。
 「乗っかっただけの小市民」が言った「ヒーローが届けられない場所に、お前のスタジオが届くなら意味がある」——これが今夜の全てでした。

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