僕のヒーローアカデミア 徹子の部屋(※違います) 作:まだら模様
例 本編2024年の場合 25年の年前の姿、26年の姿、10年前、5年前、全盛期、老衰期などいろんなバリエーションがあります。
一度来た人でも何度でも来る可能性があります。
やったね徹郎!たくさんの人とお話しできるよ!(白目)
「来ました来ました来ましたよ! ここが噂のスタジオですね! 改良の余地が山ほどあります!」
ガスマスクを頭に跳ね上げ、工具箱をガシャガシャと鳴らしながら、その少女は席に着くなりマイクのねじを外し始めた。
発目明——スピナーの残していった「空席の痛み」を、彼女は自らの手で物理的に組み替えていく。
眠りに落ちた瞬間——鳴った。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー
ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルルッルー
ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
スタジオに引き込まれた瞬間——騒がしかった。
スピナーの静かな重さとは、正反対に。
舞台袖からソファを確認した。
少女が、ソファに座っていなかった。
マイクスタンドの前でしゃがみ込んで、台座のねじをドライバーで外していた。
「……このネジ規格、M3ですね。もう少し大きくした方が安定します。ウフフfff」
(開幕からマイクを分解している……!!)
「えー……皆様、こんばんは——って、発目さん!!」
「うわっ、司会者さんいらっしゃったんですね!」
「ずっとここにいました!! マイクからドライバーを抜いてください!!」
「大丈夫ですよ! ちゃんと戻せますから! ウフフfffff!」
「戻せる問題じゃなくて——放送中にマイクを分解しないでください!!」
「でもここ、集音効率が40パーセントも落ちてますよ! このままだと徹郎くんの声の低音域が——」
「低音域より今すぐ番組を成立させることの方が大事なんです!!」
発目さんが、ドライバーを止めた。
「……成立させないと、徹郎くんが幽閉されるんでしたっけ」
「そうです!!」
「それは困りますね! じゃあ後で直します!」
「後でもやめてください!!」
「ウフフfff!」
(笑っている……!!)
(マイクを分解して笑っている……!!)
「えー……改めて。皆様、こんばんは。本日もご覧いただきありがとうございます」
「こんばんは!!」
「本日のゲストをご紹介します——発目明さんです」
「発目明! 雄英サポート科一年H組! 私のドッ可愛いベイビーたちをどうぞよろしく!!」
(ベイビーたちが優先された……!!)
「……今夜は来てくれてありがとうございます」
「呼ばれたから来ましたよ! でもスタジオの設備、全体的に改良点がありすぎて! どこから手をつけましょうか!!」
「どこにも手をつけないでください!! これ、夢の中の番組なので!!」
「夢の中でも精度は大事ですよ!! ウフフfff!!」
(この人は夢の中でも機材を改良しようとする……!!)
(工具箱を夢の中に持ってくる人間、初めて見た……!!)
「まず確認させてください。今いくつですか」
「十五! 一年生! サポート科では一番の天才です!」
「それは自分で言うんですね」
「事実なので! ウフフfff!」
(堂々としている……!!)
「……この番組のルールはわかりますか」
「三十分話せば徹郎くんが現実に戻れる! 失敗したら幽閉! これ、システム設計としては興味深いですね! どんな仕組みで——」
「仕組みは私にもわかりません!! 個性なので!!」
「個性で設計されたシステムか! それも解析したいですね!!」
「解析しなくていいです!! 三十分話すだけです!!」
発目さんが、少しだけ工具箱の中を整理しながら言った。
「……徹郎くん、すごく必死ですね」
「必死です。毎晩命がけですから」
「それって——好きだからやってるんですよね?」
「……え?」
「命がけでも続けてるって、好きじゃないとできないことじゃないですか。私がベイビーを作るのと同じで」
徹郎は、少しだけ止まった。
(……この人、一番最初にそこを突いてきた)
「……発目さん、なんで発明が好きになったんですか」
「思いついたらベイビーを育てたくなるんです! これは私の言葉ですよ!!」
「それは口癖ですか」
「人生の哲学です!! 頭の中に何かが浮かんだら、それを形にしないと気が済まなくて!!」
「形にできない時は?」
「爆発することがあります!!」
「……物理的に?」
「物理的に!! 開発場を吹き飛ばしたことが何回か!!」
(開発場を吹き飛ばしてきた……!!)
(それでもやめていない……!!)
「……失敗しても続けるんですか」
「失敗?」
発目さんが、少しだけ首を傾けた。
まるで「失敗」という言葉の意味が、自分の辞書に入っていないような顔だった。
「それってデータじゃないですか?」
「データ、ですか」
「失敗したら、その方法じゃダメだってことがわかるんですよ! 最高に価値のある情報じゃないですか! 恐れる理由がゼロです!!」
「コーナーをやってもいいですか」
十分が過ぎた頃、徹郎が言った。
「コーナー!! 好きですよそういうの!!」
「『大失敗・オークション』というコーナーです」
「オークション!! いい名前!! 私のベイビーもオークションに出したいくらいです!!」
「私が問いを出すので、発目さんが答えてください」
「任せてください!!」
「最初の問い——告白して思いっきり振られました。人生の黒歴史です」
「素晴らしいデータが取れましたね!!」
「素晴らしいんですか!?」
「そのアプローチ方法では相手の心に接続できないってわかったじゃないですか! 次は出力の角度を変えるか、相手のリサーチを徹底的にして、新しい自分を開発すればいいんです! 次回作に期待!!」
(振られた傷口にオイルを塗られたみたいなアドバイスだ……!!)
(でも、なぜか「次行こう!」って思える不思議さがある……!!)
「……傷ついた人に『次回作に期待』は少し乱暴では」
「でも止まってたら次回作が生まれないじゃないですか!!」
「次の問い——自分のやっていることが誰にも認められない時、どうしますか」
「は?」
発目さんが、本当に意味がわからないという顔をした。
「認めてもらうために作ってるんじゃないですよ!? 私が作りたいから作るんです!!」
「……でも、誰にも気づいてもらえなかったら」
「気づいてもらえたらラッキー! 気づいてもらえなくてもベイビーは完成してます!! 私の中では最高傑作です!! ウフフfff!!」
「……それは、孤独じゃないですか」
発目さんが、少しだけ考えた。
珍しく、少しだけ止まった。
「……孤独かどうかより、作ってる時間の方が好きなんですよ。ベイビーが育っていく過程が——それが全部で、それだけで十分なんです」
「……それだけで十分」
「うん。誰かに認めてもらった瞬間より、作り上げた瞬間の方が、ずっと嬉しいんです」
(……この人の強さの正体が、今わかった)
「……少しだけ、重い話をしていいですか」
徹郎が、少し声を落とした。
「どうぞ!」
「昨夜、社会の中に自分の居場所がないと感じてきた人の話を聞いたんです。誰にも声が届かなかった人の話を」
発目さんが、少しだけ徹郎を見た。
「……そういう人に、何か言いますか」
「席がないなら——」
発目さんが、きっぱりと言った。
「自分で作ればいいじゃないですか!!」
「作る、ですか」
「テーブルも、椅子も、部屋も! ないなら全部自分のベイビーで埋め尽くせばいいんですよ! そこが自分の世界になります!!」
「……でも、それができない人もいます。作る力がない人も」
「だったら——まず一個だけ作ってみればいいんです」
「一個だけ?」
「ベイビーも最初は一個から始まりますよ! 全部を一気に作ろうとするから手が止まる! 一個だけ。小さくても、へたくそでも——一個だけ作れたなら、それはもう始まってるんです!!」
「……始まってる」
「そう! 手を動かした瞬間が、スタートです! 止まってる時間は何も生みません!!」
徹郎の胸に、何かが火花を散らした。
(……ステインが「覚悟があるか」と問いただした)
(マンダレイさんが「居続けなさい」と言った)
(スピナーさんが「乗っかっただけでもいい」と言った)
(そして今夜——「一個だけ作ってみればいい」と言っている)
(全部、違う角度から同じことを言っている)
(続けろ、という意味で)
「……発目さんに、直接聞いていいですか」
「なんでもどうぞ!!」
「この番組——失敗したと思う夜があります。うまく話せなかった夜や、ゲストを傷つけてしまったかもしれない夜」
発目さんが、徹郎を見た。
「それって——データじゃないですか?」
「データ」
「その方法じゃダメだったって、一番早くわかる方法でしょ! むしろ、失敗しないと次のベイビーが作れないじゃないですか!!」
「……失敗を、データとして使えますか」
「使えますよ!! って言うか、使わなかったら失敗の意味がないじゃないですか!!」
「……それは」
「徹郎くんの番組で一番失敗した夜って、どの夜ですか」
「……いくつかあります」
「その夜の後、次の番組はどうでしたか」
「……少しだけ、変わっていたと思います」
「でしょ!! 失敗が次を作るんですよ!! それを恐れてどうするんですか!! ウフフfff!!」
(この人に言われると——なぜか、怖くなくなってくる)
(失敗がデータになる。その言葉が、シンプルに腑に落ちる)
「……最後に一個だけ見せてもらっていいですか」
徹郎が、少し笑いながら言った。
「何をですか!?」
「さっき分解したマイクを——直してもらえますか」
発目さんが、目を輝かせた。
「任せてください!!」
工具箱を開いた。
手が動いた。
カチリ。
カチカチ。
カチン。
三十秒で、マイクが元の形に戻った。
「……早い」
「当然です! 私のベイビーたちは全員、私が直せます!!」
「……集音効率は」
「さっきまでより30パーセント上がってます! ウフフfff!!」
「……ありがとうございます」
そのとき。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー ♪
エンディングのテーマが、流れ始めた。
発目さんが、工具箱をガシャガシャと片付けながら言った。
「もう時間ですか! 早いですね!!」
「お時間です。発目さん、今夜は来てくれてありがとうございました」
「こちらこそ!! 楽しかったですよ!!」
「最後に——一言、もらえますか」
発目さんが、少しだけ考えた。
それから——工具箱を閉めて、まっすぐ徹郎を見た。
「じゃあね徹郎くん! 次はスタジオ丸ごと改造しに来ますから、予算組んどいてくださいね!!」
「……予算はないです!!」
「じゃあ材料費だけで!!」
「夢の中には予算も材料費もないです!!」
「ウフフfff!! でも!!」
テーマ曲が、最後の段階へ移った。
♪ ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
「徹郎くんの番組——失敗してもデータにして、次のベイビーを作り続けてくださいよ!!」
「……はい」
「約束!!」
「……約束します」
旋律が最後の一音まで鳴り切るとき——
発目さんの姿が、オイルと火花の残滓とともに、消えていった。
スタジオに、少しだけ改良されたマイクと、ドライバーが一本だけ残っていた。
目が覚めた。
朝の七時。
布団の中で、徹郎はしばらく動かなかった。
(……体が軽い)
不思議と、体が軽かった。
スピナーさんの夜は重かった。大切な重さだったが、重かった。
今夜は——軽かった。
(席がないなら、作る)
(失敗したら、データにして次のベイビーを作る)
(止まってる時間は何も生まない)
(一個だけ作れたなら、もう始まってる)
全部、シンプルだった。
でも全部、本物だった。
攻略ノートを開いた。
「発目明(15歳・サポート科一年):今夜のゲスト。開幕からマイクのねじを外していた——止めた。工具箱を夢の中に持ち込んできた。ドライバーを一本忘れていった。マイクを三十秒で修理した——集音効率が30パーセント上がった。『失敗はデータ』——この一言が今夜の全てだった。孤独じゃないかと聞いたら『作ってる時間が好き』と言っていた。一個だけ作れたなら始まっていると言っていた。危険度:低(ただしスタジオの機材が危ない。ドライバーは別途返却が必要)」
ペンを止めた。
最後の一行を書いた。
「※残されたドライバーを拾って持って帰った。工具の使い方を知らないが、何か作りたくなった気がする。とりあえず、明日の番組を一本作る。それだけが、今の俺のベイビーだ。内緒」
その日の学校帰り、文房具屋の前を通った。
ノートが並んでいた。
何もない真っ白なノートだった。
(……一個だけ作ってみればいい)
徹郎は、そのノートを一冊買った。
攻略ノートとは別の、真っ白な新しいノートを。
まだ何を書くかはわからなかった。
でも——手を動かした瞬間が、スタートだと言っていた。
(だったら、買った今がスタートだ)
夜になれば、また鳴る。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル……♪
明日のゲストは誰だろう。
それだけが、黒柳徹郎の仕事だ。
第36話、発目明回でした。「失敗はデータ、前進の証明」——これを信じて爆発しながら作り続けている人間が書きたかった。スピナーさんが言った「何者にもなれなかった」という痛みの後に、「なれなくていい、作ればいい」と言える人間が来る。この対比が、今話の全てでした。
マイクを三十秒で修理してくれた。集音効率が上がった。それが今夜の一番の贈り物だったかもしれません。
ドライバーは、返しに来てください、発目さん。
今回の回が心に残ったり、面白かったら是非お気に入りに登録、感想、評価付与をしていただければ幸いです!