僕のヒーローアカデミア 徹子の部屋(※違います) 作:まだら模様
例 本編2024年の場合 25年の婆、26年の姿、10年前、5年前、全盛期、老衰期などいろんなバリエーションがあります。
一度来た人でも何度でも来る可能性があります。
やったね徹郎!たくさんの人とお話しできるよ!(白目)
攻略ノートの「麗日お茶子」のページには、こう書いてある。
「麗日お茶子:危険度・低(たぶん)。個性は無重力。感情が動くと暴走する可能性あり。三重出身、関西弁混じり。両親思い。デクのことが好き(たぶん本人は気づいてない)。個性使いすぎると酔う——絶対に使いすぎさせるな」
これだけだ。
でも今夜だけは、このページを読み返しながら、徹郎は胸を撫で下ろした。
(良かった)
(本当に良かった)
(ありがとう神様。昨夜のAFOの後にこれが来るとは、今夜だけはあなたを信じます)
眠りに落ちた瞬間——鳴った。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー
ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルルッルー
ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
今夜のテーマ曲は——やわらかかった。
気のせいかもしれない。でも確かにそう聞こえた。死柄木が来た夜の重さとも、AFOが来た夜の圧とも違う。軽くて、丸くて、どこかほっとする空気。
舞台袖から、ソファを確認した。
座っていた。
ショートボブの茶髪。丸い目。ヒーロースーツではなく、おそらく私服のような格好。きょろきょろとスタジオを見回して——
「えっ」
声が、スタジオに響いた。
「なんですかここ!? すごい!テレビのスタジオみたい!!」
徹郎は舞台袖で、静かに目を閉じた。
(……ありがとう神様。本当にありがとう)
「えーっと——皆様、こんばんは! 本日もご覧いただきありがとうございます!」
「あっ、こんばんは!!」
お茶子が元気よく返した。
「本日のゲストをご紹介します。雄英高校ヒーロー科一年、麗日お茶子さんです」
「はい! 麗日お茶子です! あの、ここって夢ですか? 夢にしてはリアルすぎひん?」
「夢です。私の個性で作られた空間です」
「個性!? すごいな! どんな個性なんですか?」
「えと——毎晩、見知らぬスタジオに召喚されて、ゲストと三十分間トーク番組をする、という個性です」
「三十分間!? 毎晩!?」
「はい」
「大変やなぁ!!」
徹郎は少し、笑ってしまった。
今まで来たどのゲストも——「大変やなぁ」とは言ってくれなかった。
「ありがとうございます。では、始めさせてもらいますね」
「はい! よろしくお願いします!」
最初の五分は、天国だった。
お茶子が喋る。徹郎が相槌を打つ。お茶子がまた喋る。笑う。身振りを交える。
スタジオが、明るかった。
「——それで、雄英に入った日から一人暮らしで! 最初は全然うまく自炊できへんくて、もやし炒めだけで三日間過ごしたこともあって!」
「三日間!?」
「もやし、安いんですよ!! 一袋十八円で! 三日分でも五十四円! すごいと思いません?」
「すごい節約ですね……」
「でも四日目に限界が来て、スーパーの惣菜の唐揚げを六個食べたんですよ。それが美味しくて美味しくて! 泣きそうになった!!」
「もやし三日の後の唐揚げは泣けますね」
「泣けます!! お父さんお母さんのご飯がどれだけありがたかったか!!」
お茶子が、少し柔らかい顔になった。
「……うちの親、建設会社やってるんですけど、最近ちょっと大変で。だから私が早くプロになって、楽させてあげたくて」
「それが雄英に来た理由ですか」
「最初は、そうでした。でも今は——」
少し間があった。
「今は、ちゃんとしたヒーローになりたい、って思ってます。お金のためだけじゃなくて。助けたい人がいるから」
その言葉の重さを、徹郎は静かに受け取った。
(この人は、ちゃんとした人だ)
(命がけの番組でなければ、もっとゆっくり話を聞きたい)
そのとき。
ふわ、と。
徹郎の体が、わずかに浮いた。
「……え」
「あっ!! ごめんなさい!!」
お茶子が両手を上げた——それがまずかった。
スタジオ内の空気が、ふいに軽くなった。ガラステーブルがふわりと浮き、グラスが宙に漂い、徹郎がソファごとゆっくりと天井方向へ移動し始めた。
「あーっ!! 指! 指離さな!!」
お茶子が自分の両手の指先を合わせて「指離し」をした。重力が戻る。ガラステーブルが落ちた。グラスが落ちた。徹郎がソファごと落ちた。
ドン、という音がスタジオに響いた。
「……大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫です……」
「本当にごめんなさい!! 話してたら興奮して、個性の制御忘れてしまって!!」
「大丈夫ですよ、本当に。慣れてますから」
嘘だった。全然慣れていない。お尻が痛い。
でも徹郎は微笑んだ。
「……あの」
お茶子が、少し恥ずかしそうに言った。
「この番組、失敗したらどうなるんですか。さっき聞きそびれて」
「……意識が、ここに永久幽閉されます」
「えっ」
「失敗すると目が覚めなくなる、という感じです」
「それって——毎晩、そのリスクがある状態で、これを!?」
「はい」
お茶子の顔が、少し変わった。
「……すごいな、あなた」
「そんなことは」
「すごいです。私やったら、もう一回目で泣いて諦めてると思う」
「一回目は泣きました。一時間くらい」
「それ諦めてへんやん!」
お茶子がぱっと笑った。
「一時間泣いてから続けたん? それが一番すごいわ」
徹郎は、返す言葉がしばらく出てこなかった。
「……一つ、踏み込んでいいですか」
十五分が過ぎた頃、徹郎は切り出した。
「はい! なんでも!」
「最近、気になっている人はいますか」
お茶子の顔が、一瞬でゆでだこになった。
「えっ」
「あ、答えたくなければ——」
「えっ、えっ、えっ」
そしてふわ、と。
お茶子が浮いた。椅子ごと、天井に向かって。
「あっ!! 指!! 落ち着いて!!」
「落ち着けてへん!!!」
徹郎は素早く手を伸ばして、お茶子の足首をつかんだ。引っ張る。椅子ごと戻ってくる。着地。
「ありがとうございます」と言いながらお茶子は顔が真っ赤なままだった。
「……答えなくて大丈夫です。本当に」
「いや、えっと」
お茶子が、両手で顔を押さえた。
「……いる。かもしれん」
「そうですか」
「でも、今は——しまっとかなあかんって思って」
「どうして」
「……頑張ってる人がいる。その人が一番努力してて、一番しんどそうで。そういう人の隣で、自分だけ浮かれてたら——なんか、違う気がして」
静かな声だった。
さっきまでの明るさとは、少し違うトーンだった。
「……その人のことが好きだから、自分の気持ちをしまっておく。それは——強さだと思います」
「強さ?」
「好きな人を応援したくて、でも邪魔したくなくて、だから黙っておく。それを選べる人は、そんなに多くない」
お茶子が、少しだけ目を細めた。
「……黒柳くん、優しいな」
「そうでもないです。ただ——そういう人が、傍にいてくれたら、その人はどれだけ助かるかって思って」
お茶子が、少し黙った。
それから、小さく笑った。
「……ありがとう。なんか、気持ち楽になった」
「ところで」
二十三分が過ぎた頃。
お茶子が、少し声のトーンを落とした。
「ヴィランのこと——聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「……トガヒミコって子がいて」
徹郎は、静かに頷いた。
「私と戦ったことがあって。あの子、なんか——ずっと頭から離れへんくて」
「どんなふうに」
「普通に生きてたら、どんな子やったんかなって。笑顔がきれいな子やったんですよ。ヴィランで、敵で、怖かったけど——笑顔が、すごくきれいで」
スタジオが静かになった。
「……私、ヒーローになりたいんです。人を救けるために。でも——あの子のことを考えると、なんか、わからんくなる。救けるって、何なんやろって」
「難しい問いですね」
「わかってます。簡単に答えが出る話じゃないって。でも——考えてしまう」
お茶子が、手を膝の上で組んだ。
「……あの子も、誰かに救けてもらえてたら、違ったんかなって。思ってしまう。それがエゴやって、わかってても」
「エゴじゃないと思います」
徹郎は言った。
「エゴ?」
「エゴだとしても——そのエゴが、あなたをより良いヒーローにするんじゃないですか。救けられなかった人を思い続けられる人が、次に誰かを救けるとき、一番本気で救けようとする。そういう気がします」
お茶子が、しばらく黙った。
「……黒柳くんって、普段誰かにそういう話、する?」
「しません。誰にも」
「なんで」
「……この番組のこと、誰にも言えていないので。この個性の話をするということは、番組の話をすることになって——夢の中でヴィランと会っています、意識が永久幽閉されるかもしれません、と話すのは、心配させるだけだから」
「……」
「それに——覚えているのは私だけなので。昨夜、誰と話したか、どんな夜だったか、全部私だけが知っていて。ゲストの方は翌朝忘れる」
「……それ、孤独やな」
お茶子の声が、柔らかかった。
怒っていない。同情でもない。ただ——見ていた。
「孤独なんかな、と思うこともあります」
「思うこともある、って——普段は?」
「普段は、仕事だと思って割り切っています。割り切れているときは」
「割り切れへんときは」
「……割り切れないときも、あります」
お茶子が、まっすぐ徹郎を見た。
「黒柳くん」
「はい」
「なんで、そんなに無理して笑ってるん」
徹郎の、言葉が止まった。
「……え」
「ずっと気になってた。この番組の間ずっと——笑顔で、テキパキして、でもどこかで、ものすごく疲れてる顔をしてる」
「そんなことは——」
「してる。今も」
お茶子の声は、怒っているわけでも、責めているわけでもなかった。
ただ——見えていた。
「……笑わないと、番組が成立しないので」
「それだけ?」
徹郎は、少し黙った。
「……笑っていないと、怖くなるので」
「怖い?」
「毎晩ここに来て、誰かと話して、でも朝になると覚えているのは自分だけで——それを怖いと思い始めると、止まらなくなるから。だから笑って、テキパキして、『仕事だ』と思って、やり過ごしています」
スタジオが、静かだった。
お茶子が、少し息を吐いた。
「……そっか」
「すみません、変なことを言いました」
「変くないです」
お茶子が、きっぱりと言った。
「怖くて当たり前やし、孤独で当たり前やと思う。でも——」
少し間があった。
「今夜の私は、覚えてへんかもしれんけど。黒柳くんは覚えてるんやろ」
「……はい」
「じゃあ、覚えといて。今夜ここで話せてよかった、って私が思ってたこと」
徹郎は、返す言葉が出てこなかった。
「それと——今度は、君の話を聞かせてな」
そのとき。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー ♪
エンディングのテーマが、流れ始めた。
魔の三十秒。
でも今夜は——それが、いつもより短く感じた。
「——では、お時間となりました」
「もう!? 早いなぁ」
「麗日さん、本日は来ていただいて、ありがとうございました」
「ありがとうございます! 楽しかった!!」
お茶子が立ち上がった。
「最後に一言、いただけますか」
「えっと——」
お茶子が少し考えて、まっすぐ徹郎を見た。
「毎晩お仕事、お疲れ様です。ちゃんと、えらいと思います。一人で頑張ってる人を見るの、私、放っておけへんタイプやから——」
一歩、こちらへ近づいた。
そして——徹郎の手を、両手で、ふわりと包んだ。
温かかった。
「——また来るかもしれんから、そのときはよろしくな」
テーマ曲が、最後の段階へ移った。
♪ ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
旋律が最後の一音まで鳴り切るとき——お茶子の姿が、ゆっくりと霧に溶けるように消えていった。
手の温もりだけが、一瞬だけ、残った。
目が覚めた。
朝の六時。
いつも通りの天井。いつも通りの布団。
徹郎はしばらく、起き上がれなかった。
手を見た。
何もない。ただの手だ。
でも——なんとなく、温かい気がした。
気のせいだ。絶対に気のせいだ。
「……」
体が、ふわりとしていた。
(おかしい。これは、何だ)
起き上がろうとしたら、少し浮いた気がした。
(……気のせい、だよな)
(気のせい、であってくれ)
(個性の空間が、現実に影響しているわけが——)
布団の端を、ぎゅっとつかんだ。
地面は、ちゃんとあった。重力は、ちゃんとあった。
浮いていない。浮いていない。
(よかった)
徹郎はゆっくりと、攻略ノートを開いた。
「麗日お茶子」のページの続きに、震えのない手で書き足した。
「今夜来た。個性、感情で暴発する(デク関連は特に注意)。一回ソファごと天井に浮かされかけた。落ちた。お尻が痛い。でも——」
ペンが、少し止まった。
「でも、今まで来たゲストの中で一番、この個性のことを『大変やな』と言ってくれた。一番、こっちの話を聞こうとしてくれた。また来てほしいかどうかは、正直わからない。でも来たとしても——怖くはない、たぶん」
最後の一行を書いた。
「※手を握られた。温かかった。それが翌朝になっても残っているのは、個性の影響かもしれない。確認が必要。……でも、悪い気はしない。内緒」
その日の夕方。
スーパーの特売コーナーで、もやしが一袋十八円で売られていた。
徹郎はそれを見て、思わず手を伸ばした。
買った。
帰り道、袋の中で揺れるもやしを見ながら、徹郎は少し考えた。
「今度は、君の話を聞かせてな」
あの言葉は——翌朝のお茶子には残っていない。
覚えているのは、自分だけだ。
でも——覚えている。
(それで、いい)
夜になれば、また鳴る。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル……♪
明日のゲストは誰だろう。
またお茶子だといい、なんて——贅沢なことは、言わない。
ただ、今夜も番組を成立させること。
それだけが、黒柳徹郎の仕事だ。