僕のヒーローアカデミア 徹子の部屋(※違います)   作:まだら模様

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第6回:轟焦凍(父を変えるために)

 

 

 攻略ノートの「轟焦凍」のページには、たった一行しか書いていない。

 

「エンデヴァーの話は、絶対にするな」

 

 その一行の下に、今日は少し付け加えた。

 

「あと——蕎麦の話をすれば五分は稼げる(情報源:原作知識)」

 

 それだけだ。

 

 轟焦凍は、ある意味で一番「普通の高校生」に近いゲストだと思っていた。

 爆豪みたいに爆発しない。死柄木みたいに崩壊しない。AFOみたいに全部見通してこない。お茶子みたいに浮かない。

 

 ただ——家庭が、地雷原だ。

 

 エンデヴァー。轟冷。兄弟たち。

 踏まないように。絶対に踏まないように。

 

 (できる。これはできる案件だ)

 

 眠りに落ちた瞬間——鳴った。

 

 ♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー

  ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルルッルー

  ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー

  ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪

 

 スタジオに引き込まれた瞬間——

 

 寒かった。

 

 左側が。

 

 右側は——温かかった。

 

 徹郎は舞台袖から、ゆっくりとスタジオを確認した。

 

 ソファに座っているのは、白と赤の髪を持つ少年だった。

 静かに座っている。腕を組んでいる。正面を見ている。

 左目の周囲に、火傷の跡。

 

 「……ここは、夢か」

 

 低く、静かな声だった。

 

 「そうです。夢です」

 

 「……そうか」

 

 それだけ言って、轟はまた正面を向いた。

 

 

 

 「えー……皆様、こんばんは。本日もご覧いただきありがとうございます」

 

 「ああ」

 

 「本日のゲストをご紹介します。雄英高校ヒーロー科一年、轟焦凍さんです」

 

 「……俺が、ゲスト」

 

 「はい」

 

 「……で、お前が司会」

 

 「そうです」

 

 「……この番組の名前は」

 

 「徹子の部屋、です」

 

 轟が、わずかに目を細めた。

 

 「……蕎麦屋ではないのか」

 

 「違います」

 

 「……見た目がそれっぽかった」

 

 どこが、とは聞かなかった。スタジオのどのあたりが蕎麦屋に見えたのか、全く見当がつかなかったが、きっと轟の中では何かが蕎麦屋に見えたのだろう。

 

 「……座っていいか」

 

 「もうソファに座ってますよ」

 

 「……そうだな」

 

 轟が、少し視線を落とした。

 

 「……この夢は、どういう仕組みだ」

 

 「私の個性で作られた夢の空間です。ゲストと三十分間、トーク番組をします」

 

 「……三十分」

 

 「はい」

 

 「……短くはできないか」

 

 「できません」

 

 轟が、小さく息を吐いた。不満とも、諦めとも取れる息だった。

 

 「……わかった。やる」

 

 

 最初の十分は——寒かった。

 

 会話が続くかどうかという意味で。

 

 轟の受け答えは短い。最低限の言葉しか使わない。「ああ」「そうか」「なるほど」。徹郎が話題を出しても、轟は三言以内で完結させる。

 

 (これは、別の意味でキツい)

 

 (死柄木とAFOは怖かった。爆豪は忙しかった。お茶子は楽しかった。轟は——静かすぎる)

 

 「……轟さん、好きな食べ物とかは」

 

 「蕎麦」

 

 「冷たいのと温かいの、どちらが」

 

 「冷たいやつ」

 

 「こだわりはありますか」

 

 轟が、わずかに止まった。

 

 「……こだわり」

 

 「蕎麦のこだわりです。コシとか、出汁とか」

 

 「……ある」

 

 「教えてもらえますか」

 

 轟が、少し徹郎を見た。

 

 「……本当に聞くか」

 

 「はい。時間が三十分あるので」

 

 「……わかった」

 

 そして——轟が喋り始めた。

 

 蕎麦の話は、轟を変えた。

 

 口数が増えた、というより、言葉の密度が変わった。

 普段の三言が、五言になり、七言になり、いつの間にか段落になっていた。

 

 「……コシは産地で全然違う。同じ蕎麦粉でも挽き方で変わる。出汁は返しの配合が肝で、甘めの返しは冷たい蕎麦に合うが、温かいのには少し辛口が——」

 

 「すごい詳しいですね」

 

 「……好きだから」

 

 「どこで覚えたんですか」

 

 「……子供の頃、近所に蕎麦屋があった。そこの親父が色々教えてくれた」

 

 「良い思い出ですね」

 

 「……まあ」

 

 短い返答だったが、少しだけ声のトーンが柔らかかった。

 

 そのとき——スタジオの気温が、わずかに上がった。

 

 右側が、ほんのりと温かくなっていた。

 

 (蕎麦の話をしているとき、轟の右側の温度が上がる)

 

 (……これは良い兆候だ)

 

 「じゃあ、今日のために蕎麦を用意しました」

 

 「……は」

 

 徹郎はスタッフテーブルから、ざるそばの器を二つ持ってきた。

 

 轟が、目を丸くした。

 

 「……用意していたのか」

 

 「はい」

 

 「……なぜ」

 

 「あなたが好きだと知っていたので」

 

 轟がしばらく器を見ていた。

 

 「……食べていいか」

 

 「どうぞ。食べながら話しましょう」

 

 「……」

 

 轟が、箸を取った。

 

 一口。

 

 「……」

 

 二口。

 

 「……出汁が甘い」

 

 「蕎麦屋さんに頼んで作ってもらいました」

 

 「……どこの」

 

 「この夢の空間内の架空の蕎麦屋です」

 

 「……そうか」

 

 三口。

 

 「……まあ、悪くない」

 

 それが轟の最大の賛辞だと、徹郎には何となくわかった。

 

 蕎麦を食べながら、十五分が過ぎた。

 

 最初の静寂が嘘のように、轟は喋っていた。

 蕎麦の話から始まり、訓練の話になり、クラスメイトの話になった。

 

 「……緑谷は、変わった奴だ」

 

 「どんなふうに」

 

 「……諦めない。普通の奴は、あそこまで追い詰められたら一度止まる。でもあいつは止まらない。怖くないのかと思う」

 

 「怖いんじゃないですか。でも止まれない」

 

 「……そうかもしれない」

 

 「あなたも、似たところがありませんか」

 

 轟が、少しだけ徹郎を見た。

 

 「……俺は、止まったことがある」

 

 「今は?」

 

 「……今は、動いている」

 

 それだけだった。でも、それだけで十分だった。

 

 「……何で動いているんですか」

 

 「……なりたい自分になるために」

 

 静かな声だった。

 

 「誰かの道具でなく。誰かの否定でもなく。ただ——俺が、なりたい姿に、なるために」

 

 スタジオの気温が、また少し上がった。今度は右側だけでなく、少し全体が。

 

 残り八分。

 

 徹郎の頭の中で、攻略ノートの一行が点滅していた。

 

 「エンデヴァーの話は、絶対にするな」

 

 (しない。絶対にしない)

 

 「——轟さん、最後に一つだけ」

 

 「ああ」

 

 「お母さんへのプレゼントを考えたことはありますか」

 

 轟が、少し止まった。

 

 箸を置いた。

 

 「……母さんに」

 

 「はい。もし何か贈るとしたら、何を選びますか」

 

 しばらくの沈黙。

 

 スタジオの左側が、少しだけ冷えた。右側が、少し温まった。

 

 「……難しいな」

 

 「難しい?」

 

 「……母さんは、今、会えない状況で」

 

 「そうですか」

 

 「……ずっと、俺のせいだと思っていた。違うと、今はわかっているが——それでも、何を贈っていいか、わからない」

 

 「謝りたいですか」

 

 「……謝った。もう、謝った」

 

 「じゃあ——ただ、会いたいですか」

 

 轟が、正面を向いたまま、少しだけ息を吐いた。

 

 「……ああ」

 

 一言だった。

 

 でも、一言の重さがあった。

 

 「……そのうち、会える気がしますよ」

 

 徹郎は、転生者知識から確信を持って言った。

 

 「……お前がそう言うなら、そうかもしれない」

 

 轟が、わずかに口の端を動かした。

 

 笑ったわけではない。でも、笑みに近い何かだった。

 

 そのとき。

 

 「——ところで」

 

 轟が、静かに言った。

 

 「お前、さっきから気になっていることがある」

 

 徹郎の背中に、冷たいものが走った。

 

 「な、なんでしょう」

 

 「……俺が言っていないはずのことを、知っているような聞き方をする」

 

 (来た)

 

 「……そんなことは」

 

 「母さんが『今、会えない状況』だと、俺は言ったか?」

 

 「……言いましたよ、さっき」

 

 「その前に、お前は『会えない』という前提で質問してきた」

 

 徹郎が、言葉を失った。

 

 「俺の話を聞いて引き出したのか、それとも——最初から知っていたのか」

 

 スタジオの温度が、ゆっくりと下がり始めた。

 

 左側から。

 

 「……夢の番組なので、ゲストの情報が何となく伝わることが——」

 

 「お前、嘘が下手だ」

 

 轟が、静かに言った。

 

 怒鳴らない。冷やさない。ただ、見ていた。

 

 「……一つだけ聞く」

 

 「はい」

 

 「お前が知っている俺の情報は——俺の家族のことも含めて、全部か」

 

 (全部じゃない。でも、かなり多い)

 

 「……言えない部分もあります」

 

 「どこまで知っている」

 

 「……かなり、知っています」

 

 「兄弟のことも?」

 

 徹郎の、心臓が止まった。

 

 (轟には兄弟が四人いる——燈矢、冬美、夏雄、そして)

 

 (今の轟は、まだ知らない。荼毘の正体を)

 

 (ここで何を言っても、何を言わなくても——)

 

 「……兄弟のことは」

 

 徹郎は、一秒考えた。

 

 「……長く話せることではないです。あなたが、自分で知っていく話だと思っています」

 

 轟が、じっと徹郎を見た。

 

 「……それは、どういう意味だ」

 

 「未来の話は、番組ではできません。ただ——」

 

 「ただ」

 

 「……あなたの家族の話は、今夜が終わっても、続いていきます。それは確かです」

 

 轟が、長い間黙っていた。

 

 スタジオの温度が、じわじわと変化していた。左側が冷え、右側が熱を持ち始めた。感情の渦が、気温に滲み出ていた。

 

 「……お前、何者だ」

 

 静かな声だった。

 

 怒りではない。でも、真剣な問いだった。

 

 「……ただの高校生です」

 

 「嘘だ」

 

 「……嘘じゃないです。ただ、少し——色々知りすぎています。その理由は、今は言えません」

 

 「いつか言えるか」

 

 徹郎は少し考えた。

 

 「……また来てくれれば、少しずつ話せるかもしれません」

 

 「また来る」

 

 「ランダムなので、来るかどうかは——」

 

 「来る」

 

 轟が、断言した。

 

 「……来る。お前に、聞きたいことができた」

 

 (やばい。轟くんが真剣モードに入った)

 (天然だと思っていたのに、一番核心に近いところを掴んでいる)

 (真面目な奴の追求が、一番逃げ場がない——)

 

 そのとき。

 

 ♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー ♪

 

 エンディングのテーマが、流れ始めた。

 

 魔の三十秒。

 

 今夜の轟は——このタイミングで質問を続けてきそうだった。

 

 「——では、お時間となりました」

 

 「待て」

 

 「お時間です」

 

 「一つだけ」

 

 「轟さん——」

 

 「お前に、質問がある。一つだけ」

 

 徹郎は、一瞬迷った。

 

 (答えられる質問なら、答える。答えられなければ——)

 

 「……どうぞ」

 

 轟が、まっすぐ徹郎を見た。

 

 「お前は——この番組が怖くないか」

 

 「……え」

 

 「毎晩、誰が来るかわからない。失敗したら目が覚めない。それを、怖くないか」

 

 徹郎は、少し間を置いた。

 

 「……怖いです。毎晩、怖いです」

 

 「なのに続けている」

 

 「……続けるしか、ないので」

 

 轟が、少し目を細めた。

 

 「……俺と、似てるな」

 

 「……そうですか」

 

 「やめたくてもやめられない。逃げたくても逃げられない。でも——続けることで、何かが変わっていく。そういう話だろ」

 

 「……そうかもしれません」

 

 轟が、静かに立ち上がった。

 

 「最後に一言、いただけますか」

 

 「……そばの出汁、もう少し辛めにしろ」

 

 「…………それだけですか」

 

 「……あと」

 

 少し間があった。

 

 「続けていれば——何かが変わる。俺はそれを、最近学んだ。お前も、たぶんそうだ」

 

 テーマ曲が、最後の段階へ移った。

 

 ♪ ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー

  ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪

 

 旋律が最後の一音まで鳴り切るとき——轟の姿が、薄い霧の中に溶けていった。

 

 左から冷気が。右から熱が。

 それが交じり合いながら、消えた。

 

 スタジオの温度が、ゆっくりと元に戻った。

 

 目が覚めた。

 

 朝の五時。

 

 布団の中で、徹郎はしばらく天井を見ていた。

 

 喉が、少しガラガラだった。

 

 (……やはり温度差は体に来る)

 

 体を起こして、攻略ノートを開いた。

 

 「轟焦凍」のページの一行目の下に、書き足した。

 

「今夜来た。蕎麦の話は有効——かなり喋る。出汁は辛口の方が好きらしい(次回に備えること)。感情が温度に出るので、スタジオの体感で心理状態がわかる。天然に見えるが、核心を掴む洞察力がある。転生者知識に気づいた——次回は確実に追及される。エンデヴァーの話は今夜も回避できた。母さんの話は有効——大切に使うこと。危険度:中(ただし核心を掴まれると高)」

 

 最後の一行を書いた。

 

「※喉がガラガラ。次回は防寒具と冷却シートを用意すること。あと蕎麦の出汁を辛口に変える。……轟くんは癒やし枠だと思っていたが、別の意味で死ねる可能性があることが判明した。内緒」

 

-----

 

 その日の学校の帰り道。

 

 スーパーの前を通った。

 

 なんとなく足が止まった。

 

 蕎麦のコーナーに、乾麺が並んでいた。

 出汁の素が、隣に置いてあった。

 徹郎は少し考えて——蕎麦と、辛口の出汁の素を、カゴに入れた。

 

 レジに向かいながら、ふと思った。

 

 これは何のための買い物だろう。

 

 夢の中に現実の食材は持ち込めない。当然だ。

 でも——「出汁を辛口にする」と決めた。

 それはただ、次に轟が来たときのための準備だ。

 

 (そういうことだ。それだけだ)

 

 夜になれば、また鳴る。

 

 ♪ ルールル ルルル ルールル ルルル……♪

 

 明日のゲストは誰だろう。

 

 また轟だったら——辛口の出汁と、彼の「聞きたいことができた」という言葉の答えを、考えておかなければならない。

 

 (どう答える。転生者のことを、どこまで言える)

 (言えない。でも、嘘もつけない)

 (どうする)

 

 答えは、まだ出ていない。

 

 それだけが、今の黒柳徹郎の宿題だ。

 

 




今回の轟回、自分でもかなり熱を入れて書きました。もし少しでも心に刺さったら、評価や感想で応援いただけると、徹郎の生存率(と執筆モチベーション)が上がります!
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