僕のヒーローアカデミア 徹子の部屋(※違います) 作:まだら模様
例 本編2024年の場合 25年の婆、26年の姿、10年前、5年前、全盛期、老衰期などいろんなバリエーションがあります。
一度来た人でも何度でも来る可能性があります。
やったね徹郎!たくさんの人とお話しできるよ!(白目)
攻略ノートの「ミッドナイト(香山睡)」のページには、こう書いてある。
「香山睡先生:危険度・特殊。個性は眠り香——男性の方が効果が高い。吸い込んだら意識を失う。失ったら目が覚めない。物理的に死ぬ可能性がある唯一の平和ゲスト。鼻栓を必ず用意すること。コスチュームの露出に動じないこと(動じると死ぬ)。教師としての矜持は本物——軽く扱うな」
それと——もう一行。
これだけは書いた後、何度も書き直した。最終的に、こう残した。
「原作でいつか死ぬ。……絶対に、悟られるな」
眠りに落ちた瞬間——鳴った。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー
ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルルッルー
ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
スタジオに引き込まれた瞬間——
何か、甘いものが漂っていた。
香り、だ。
微かで、柔らかくて、でも確実に神経に触れてくる種類の——
(やばい)
徹郎は舞台袖で反射的に鼻を押さえた。
スーツのポケットに入れておいた洗濯バサミを取り出して、鼻の頭にぱちん、と挟んだ。
痛い。でも眠るよりはるかにマシだ。
覚悟を決めて、ソファの方を確認した。
座っていた。
極薄タイツの上にボンデージ風のスーツ。長い黒髪。艶めいた目。
脚を組んで、肘掛けに頬杖をついて——こちらを見ていた。
面白そうな目で。
「ふふ」
声が、スタジオに滑らかに落ちた。
「鼻栓してるの、あなた」
「え、えー……皆様、こんばんは。本日もご覧いただきありがとうございます」
「あははっ、そのまま司会するの? 鼻栓で?」
「本日のゲストをご紹介します。雄英高校教師、プロヒーロー——ミッドナイト先生です」
「ちゃんと紹介してくれるのね。えらい」
「よ、よろしくお願いします」
「こちらこそ。……でも」
ミッドナイトが、ゆっくりと脚を組み直した。
「その鼻栓、私の個性対策でしょ」
「……そ、そういうわけでは」
「嘘つかなくていいわよ。むしろ準備がいいじゃない——賢い子」
くすくすと笑う声が、スタジオに漂う。
個性とは別の意味で、その笑い声はずるかった。
徹郎は鼻栓を外さないまま、向かいのソファに座った。
「……失礼ですが、先生のご登場は——個性的な問題として、大変ありがたいような、ありがたくないような」
「どっちなの」
「……命がけの意味が変わります。いつもは物理的に壊されるか意識を支配されるかですが、先生の場合は——不可抗力で眠ってしまう可能性があります」
「眠ったらどうなるの、この番組」
「意識が夢に永久幽閉されます」
「……え、それって」
「現実の肉体が昏睡状態になります。目が覚めません。二度と」
ミッドナイトが、目を丸くした。
「……私の個性で死ぬの? あなた」
「死ぬというか——目が覚めなくなります」
「……それって死より辛いじゃない」
「そうです」
「……ちょっと待って」
ミッドナイトが、少し考えた顔をした。
「じゃあ、私が来る夜って——あなたにとって一番危ない夜ってこと?」
「物理的には、そうかもしれません」
「…………」
「先生?」
ミッドナイトが、すっと背筋を伸ばした。
「わかった。この夜は私が気をつける。できる限り香りを抑えるわ」
「え」
「個性は完全に消せないけど——目一杯コントロールする。だから、その鼻栓」
「は、はい」
「外しなさい。司会者が鼻栓してたら、ゲストが傷つくじゃない」
徹郎は一瞬迷って——外した。
微かな甘さが、また鼻を掠めた。
でも先ほどより薄い。ミッドナイトが実際に抑えている。
「……ありがとうございます」
「お礼はいいわ。さあ、始めましょ。私、トーク番組は好きよ」
最初の十分は——予想外に、普通だった。
ミッドナイトの口調は砕けていて、声が柔らかくて、話の引き出しが多い。
徹郎が話題を出すより先に、彼女がどんどん話していく。
「——で、相澤くんがまたあの寝袋を持ってきて、職員室で寝てるわけ。もうアレ何年使ってるのよって話なんだけど、本人は全然気にしてなくて」
「先生からすると、相澤先生は後輩に当たるんですよね」
「そうよ。山田くんも。二人ともまだ雄英の学生だった頃からの付き合い。……若かったわねぇ、あの頃は」
「先生はその頃から、今みたいなコスチュームで?」
ミッドナイトが、くすりと笑った。
「もっと過激だったわよ。今のコスチュームは規定に合わせて大人しくしてるの」
「法律を変えたんですよね、先生が原因で」
「ちょっと! 原因って言い方はないでしょ!」
「す、すみません」
「……まあ、否定はしないけど」
笑い声が、スタジオに転がった。
(香りがまた少し濃くなった)
(でも——大丈夫。意識はある)
「でも先生は、そのコスチュームに美学があると思っているんですよね」
ミッドナイトの目が、少し変わった。
「……よく知ってるじゃない」
「個性を使う際に、衣装が邪魔だから。効率を求めた結果、という話を聞いたことがあって」
「そうよ。誰かが言ったの?」
「……先生の話は、少し前から調べていたので」
「ふうん」
ミッドナイトが、面白そうな顔をした。
「私のことを調べた。どんな子が来るかと思ったら、ちゃんと準備して迎えてくれる子だったのね」
「ゲストに失礼のないように、できる限り情報を集めています」
「……真面目ねぇ」
「先生の生徒が聞いたら驚くかもしれないですね。真面目という言葉が似合わない人に言われるとは、と」
「あら、失礼ね」
「すみません」
「……でも、あながち間違いでもないか」
ミッドナイトが、また笑った。今度は少し、柔らかい笑いだった。
十五分が過ぎた頃。
「先生の授業、生徒には人気があるそうですね」
「一番よ。自慢してもいい?」
「どうぞ」
「人気授業ランキング、ずっと一位なの。相澤くんは私の授業が人気な理由を理解できないって言ってるけど——まあ、あの子に理解できなくていい話よ」
「どんなことを教えてるんですか」
「近代ヒーロー美術史よ。あとはヒーロー名の考案。……名前って大事でしょ。ヒーローとして世に出ていく子たちが、自分の名前を自分で決める。それを手伝う授業」
「それは——素敵な授業ですね」
「でしょ」
ミッドナイトが、少し誇らしそうな顔をした。
「名前って、その子の理想が出るの。なりたい自分、なりたいヒーロー、守りたいもの。それが全部、名前に滲む。だから私は、その子の名前を一緒に考えながら——その子のことを、もっとよく知れる気がしてるわ」
「……授業が一番人気な理由、わかりました」
「やっと気づいた?」
「先生が、生徒のことを本当に見ているからだと思います。コスチュームの印象だけで判断したら、絶対に気づかないところを」
ミッドナイトが、少しだけ目を細めた。
「……あなた、なかなか鋭いじゃない」
「……先生の名前を考える授業は——先生自身が、生徒一人一人の将来を、ちゃんと見ているということですよね」
「そうよ」
「先生はその子たちの将来に、何を望んでいますか」
「青春よ」
即答だった。
「思いっきり、悩んで、転んで、傷ついて、でも立ち上がって——そういう青春を、全部やり切ってほしい。ヒーローになってからは、そんな贅沢な時間ばかりじゃなくなるんだから」
「……先生、生徒のこと、好きなんですね」
「大好きよ。あの子たちの青臭いところが、たまらなく好きなの」
声のトーンが、少しだけ違った。
奔放さの下に、何か静かなものが透けていた。
(この人は——本当に、この仕事が好きだ)
残り七分。
甘い香りが、またわずかに濃くなっていた。
ミッドナイトも気づいて、少し眉を寄せた。
「……ごめんなさい。さっきから少し滲んでるわね。大丈夫?」
「大丈夫です。意識はあります」
「そう、無理しないで」
微かに眠気が来ていた。でも意識は保てている。
あと七分。
七分だけ、持てばいい。
でも——徹郎の頭の中で、ずっと抑えていた言葉が、ぐらりと動いた。
(言わない)
(絶対に言わない)
(この人は知る必要がない)
(でも——)
「……先生」
「なあに?」
「一つだけ、踏み込んでいいですか」
ミッドナイトが、少し表情を変えた。
「いいわ。なんでも聞いて」
徹郎は、少しだけ目を伏せた。
「……あなたが教えている子たちが——いつか、絶望するような戦いに立たされるとしたら」
スタジオが、静かになった。
「……先生は、どうしますか」
長い沈黙だった。
ミッドナイトは何も言わなかった。
ただ、徹郎を見ていた。
さっきまでの奔放さが、どこかへ行っていた。
「……その質問は」
静かな声だった。
「普通の高校生が思いつく質問じゃないわね」
「……すみません」
「なんで謝るの。謝らなくていい」
ミッドナイトが、脚を組み替えた。
スタジオの香りが、少しだけ変わった気がした。甘さの中に、何か別のものが混じった。
「……あなた、何かを知っているの?」
「……言えないことが、あります」
「そう」
「……先生の生徒のことが、少しだけ——見えている部分があって」
「見えている」
「……絶望するような戦い、というのは——あくまで仮定の話です。でも、その仮定がゼロじゃないことは、知っています」
ミッドナイトが、しばらく黙っていた。
徹郎は下を向いていた。これ以上言えない。言ってはいけない。でも——言わずにはいられなかった。
「……馬鹿ね」
ミッドナイトの声が、柔らかかった。
「え」
「そんな顔して、一人で抱えて」
「……」
「あなた、ずっとそうしてるんでしょ。毎晩ここに来て、いろんな人の話を聞いて、何かを知っていて、でも言えなくて——一人で抱えている」
「……そんなことは」
「嘘」
一言で、切られた。
優しく、でも確かに。
「いいわ、教えてくれなくても。私は」
ミッドナイトが、立ち上がった。
スタジオを一歩、こちらへ向かって歩いてくる。
「先生?」
「あの子たちのことが大事なんでしょ。だから、あなたはそんな顔をしてる」
「……はい」
「じゃあ、聞くわ。——仮定の話として」
立ち止まって、真っすぐ徹郎を見た。
「もし、あの子たちが絶望するような戦いがいつか来るとしたら——私はどうするか」
「……どうするんですか」
ミッドナイトが、笑った。
今夜一番、きれいな笑いだった。
「決まってるじゃない」
「——何言ってるの。そのために私たちが先に大人になったのよ」
声が、静かで、でも揺るぎなかった。
「あの子たちの青春は、私が命に代えても守ってあげるわ」
徹郎の目が——熱くなった。
(知っている)
(この人は本当に、その言葉の通りに——)
「先生」
「なに?」
言葉が、出なかった。
「……ありがとうございます」
それだけしか、言えなかった。
ミッドナイトが、少しだけ首を傾けた。
「なんで泣きそうな顔してるの、あなた」
「……眠り香のせいだと思います」
「嘘ね」
「……嘘です」
ミッドナイトが、静かに笑った。
「あなた、正直ないい子ね」
そのとき。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル ルールールールー ルールルー ♪
エンディングのテーマが、流れ始めた。
魔の三十秒。
徹郎は急いで意識を切り替えようとした——でも、眼の熱さがなかなか引かなかった。
「——では、お時間となりました」
「もう? 早いわね」
「香山先生——ミッドナイト先生、本日は来ていただいて、ありがとうございました」
「楽しかったわよ。あなたみたいな子、私の授業に欲しいくらい」
「最後に——一言、いただけますか」
ミッドナイトが、少し考えた。
「一言ね……」
一歩、またこちらへ近づいてきた。
徹郎が思わず少し引くと——ミッドナイトが笑った。
「逃げなくていいわよ」
「……はい」
「目を閉じて」
「え」
「閉じなさい」
徹郎は——閉じた。
何かが、頭に触れた。
手だった。
ゆっくりと、頭を撫でられた。
一度、二度。
「……ゆっくり、おやすみなさい。少年」
耳元で、囁くような声だった。
「毎晩ちゃんと眠れてる? ちゃんと食べてる? ……誰かに、話を聞いてもらえてる?」
「……」
「この番組、あなたがゲストに話を聞く場所でしょ。でも——誰かがあなたの話を聞いてくれる場所は、あるの?」
徹郎は、目を閉じたまま、少し止まった。
「……ないです」
「そう」
「……覚えているのは、私だけなので。翌朝、ゲストは忘れます。だから——誰にも、話を続けることができなくて」
「……そっか」
ミッドナイトの手が、また一度だけ頭を撫でた。
「じゃあ今夜は、私が聞いたから。ちゃんと覚えておいて——この夢の中で、あなたは誰かに話を聞いてもらえた。それは本当のことよ」
テーマ曲が、最後の段階へ移った。
♪ ラーララ ラララ ラーララ ラララ ラーラー ラーラーラー
ラララ ラーラーラーラー ラララー ラーラーラーラー ♪
旋律が最後の一音まで鳴り切るとき——
「……いい司会者ね、あなた。本当に」
その声とともに、甘い香りが、ふっと薄れた。
ミッドナイトの姿が、夜の色に溶けるように、消えていった。
目が覚めた。
朝の——何時かも、すぐにはわからなかった。
布団の中で、徹郎は動けなかった。
手の甲で、目を拭った。
濡れていた。
(……泣いていた)
いつから泣いていたのか、わからなかった。夢の中でか、目が覚めてからか。
枕の近くに、微かな何かが残っている気がした。
香りだ。
甘くて、柔らかくて——でも確かにある。
個性の残滓なのか、夢の記憶が見せる幻なのか、わからない。
徹郎は、しばらくそのまま天井を見ていた。
(死なせない)
言葉が、頭の中に浮かんだ。
方法はわからない。できることもわからない。
自分はただの高校生で、夢の番組の司会者で、何の力もない。
でも——
(絶対に、死なせない)
攻略ノートを開いた。手が、少し震えていた。
「ミッドナイト(香山睡先生):個性対策——鼻栓は持参するが、先生が自分でコントロールしてくれた。無用な警戒をしなかったことで、逆に良い番組になった。教師としての矜持は本物。生徒への愛情は疑いようがない。相澤・プレゼントマイクの先輩——二人のことを本当に大切に思っている。危険度:個性面では高、でも番組への悪意はゼロ」
ペンが、止まった。
しばらく考えて——書いた。
「※泣いた。泣いてしまった。理由は書かない。でも——この夢の仕事が、ただの呪いじゃないかもしれないと思えた夜だった。ちゃんと覚えていよう。この夜のことを」
それから、もう一行。
「※枕元に香りが残っている。これは現実への影響かもしれない。……でも、嫌いじゃない。絶対に内緒」
その日の学校は、いつも通りだった。
授業を受けて、昼飯を食べて、帰りにコンビニに寄った。
何も変わっていない。
でも——何かが変わった気がした。
うまく言えない。
ただ、コンビニを出て夕焼けの道を歩きながら、徹郎は少しだけ前を向けた。
(この番組が、呪いだけじゃないとしたら)
(この番組で誰かと話せることに、意味があるとしたら)
(……だったら、ちゃんとやろう)
夜になれば、また鳴る。
♪ ルールル ルルル ルールル ルルル……♪
明日のゲストは誰だろう。
誰が来ても——今夜より怖い夜はないかもしれない、と思った。
今夜が怖かったのは、個性じゃなかった。
知っていること、知っているから言えないこと、それを抱えながら笑顔を向けてもらうことの——重さだった。
(それでも、続ける)
それだけが、黒柳徹郎の仕事だ。
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